関西歌劇団「アドリアーナ・ルクヴルール」は公演間近〜演出家、指揮者、出演者に聞いた

インタビュー
クラシック
2021.9.1
藤田卓也、北野智子、吉岡仁美、清原邦仁 (左から)   (C)H.isojima

藤田卓也、北野智子、吉岡仁美、清原邦仁 (左から)   (C)H.isojima

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コロナの影響で1年延期となっていた関西歌劇団 第101回定期演奏会「アドリアーナ・ルクヴルール」が間近に迫っている。

感染防止策を十分に施した上での稽古は、歌手にとっては厳しい条件となるが、それでも観客を前に、本拠地の吹田メイシアターのステージで歌えるのは、歌手にとってやはり格別な思いのようだ。立ち稽古の前に、演出家の井原広樹と指揮者の粟辻聡、タイトルロールのアドリアーナを演じる吉岡仁美、北野智子、マウリツィオ役の清原邦仁、藤田卓也の6人に話を聞いた。

第97回定期演奏会「こうもり」(2016.1. 吹田市文化会館メイシアター大ホール)  (C)早川壽雄

第97回定期演奏会「こうもり」(2016.1. 吹田市文化会館メイシアター大ホール)  (C)早川壽雄

―― 昨年、延期になった「アドリアーナ・ルクヴルール」の上演が近づいてきました。関西歌劇団としても本当に久しぶりの大規模オペラではないですか。

井原広樹 そうですね。バレエや大編成の合唱が入るオペラは、本当に久しぶりです。昨年9月にやる予定だったのが、コロナで1年延期になった公演ですが、今この時期に「アドリアーナ・ルクヴルール」をやる事に意味があるように思います。このオペラは生の声に魅力のある歌手でないと歌えません。モーツァルトのように構成力やチームワークで見せるというよりは、アドリアーナが美しいアリアで魅了し、マウリツィオが圧倒的な声でお客を黙らせる!といった、鍛え抜かれた個人技が求められるオペラです。今日お集まりの4名の皆さんは、声楽的な力のある方々です。劇場から足が遠のき、配信などで音楽を聴いて来られたお客様に、圧倒的な生の舞台の打撃力を味わっていただくには相応しいオペラだと思います。

演出家 井原広樹

演出家 井原広樹

―― それでは吉岡さんから、演じる上でのポイントをお話しください。

吉岡仁美 アドリアーナは名声、美貌、実力と、ありとあらゆるものが備わった完璧な女性です。まさに神がかった存在で、そのうちどれか一つでも分けて頂きたいですね(笑)。演じる上では、恋人に対する情熱や嫉妬、ライバルに対するドロドロした人間臭いトコロも表現出来ればと思っています。

ソプラノ 吉岡仁美   (C)H.isojima

ソプラノ 吉岡仁美   (C)H.isojima

北野智子 「アドリアーナ・ルクヴルール」は5年前に河内長野のラブリーホールで、小編成のオーケストラとやっています。演劇的要素を含むこのオペラは、上手に歌うだけでも演じるだけでもダメです。登場しただけで観客が吸い込まれていくような存在感が無ければならないと思います。自分を成長させてくれる機会と捉え、そのようになれるよう、しっかり勉強して臨みます。

ソプラノ 北野智子   (C)H.isojima

ソプラノ 北野智子   (C)H.isojima

藤田卓也 まず、藤原歌劇団の一人として、関西歌劇団さんの舞台に出演させて頂くことに感謝いたします。マウリツィオは初めてやらせて頂きます。アドリアーナの魅力を最大限に引き出せるように、脇役としてしっかり支えて行こうと思っています。ベルディ「椿姫」のアルフレードのような役回りになるかなと思いますし、ストーリー的に、三角関係で戦士と言えば「アイーダ」のラダメスを思い出す方もいらっしゃるでしょうね。歌うアリアの数は多いのですが、1曲がとても短い。端的に言いたいこと伝える、とても知的な印象を持っています。技術的には、パーンという声の張り方ではなく、粘りの中で頂点に持っていくとでも言うのでしょうか、音楽的に珍しいキャラクターだと思います。

テノール 藤田卓也  (C)H.isojima

テノール 藤田卓也  (C)H.isojima

清原邦仁 北野さんと同じくラブリーホールのプロダクションで、マウリツィオをやらせて頂きました。また、2003年に関西歌劇団で上演した時は、ジャズイユ僧院長をやらせて頂いたので、公演自体は3度目です。このオペラはアドリアーナが主役。自分がセコンドに入って、いかにアドリアーナをよく見せることが出来るか、ここがポイントだと思います。また、ラストの悲劇への持って行きかたとして、お客様が見たときに、因果応報に見えるのではなく、どっかでボタンを掛け違ったのでこうなったというふうに、誰にでも起こりうる事のように見せた方が効果的ではと思っていますが、井原さんの演出がどうなっているのか? 劇場で確かめていただければと思います。

テノール 清原邦仁   (C)H.isojima

テノール 清原邦仁   (C)H.isojima

―― 井原さん、「アドリアーナ・ルクヴルール」の見どころ、聴きどころを教えてください。

井原 男女の駆け引きですね。マウリツィオを挟んで二人の美女が争う。恋の鞘当てと言いますか。一人は大女優アドリアーナ。彼女は舞台の上で貴族を演じて人気を博していますが、それは現実では無く、自分はハリボテなんだと思っています。そんな彼女の心の拠り所がマウリツィオの愛です。もう一人が、ブイヨン公爵夫人。かつてはマウリツィオと上手く行っていた時期もありましたが、今は彼の気持ちが自分から離れている事が面白くありません。ある事をきっかけに、マウリツィオの相手がアドリアーナだと分かったから大変。自分は本当の貴族。彼女は貴族を演じているだけ。どうして本物じゃなく偽物になびくのか。許せない。一方のマウリツィオは、アドリアーナが人気女優だから惹かれているのではなく、人気の裏で劣等感に苛まれている人間らしい姿に惹かれています。彼女に比べると公爵夫人は自信に満ちていて、興味が失せて行ったのでしょうね。

演出家 井原広樹    (C)H.isojima

演出家 井原広樹    (C)H.isojima

―― そんな痴話げんかのようなハナシがエスカレートし、最後は殺人にまで発展します。

清原 音楽的な事ですが、3人が揃う所は急にブースターがかかって、一気に5速くらいにスピードが駆け上がっていく感じで、感情が突出します。他の役は、ゆったり日常を生きているのに、この3人のシーンだけは、和声的にも曲調も色合いが変わります。通常、オペラでは、出会いがあって、ときめきがあって、徐々に両者の気持ちが高まって行く感じですが、アドリアーナとマウリツィオは初めから愛し合っている二人なので、ページをめくればいきなりアリア。それが結構キツイのですが、面白い(笑)。この作品の特徴だと思います。

テノール 清原邦仁

テノール 清原邦仁

―― そういえば、このオペラには序曲は存在しないのですね。

井原:はい、いきなり劇中劇の役者が走り回っているところから始まります。

藤田 最初から登場する初老の舞台監督ミショネというバリトンの役が、個人的に一番感情移入出来る大好きな役です。アドリアーナに恋心を抱きながらも、自分の気持ちは出さずに、彼女の成功を祈っている。素敵な役ですよ。

清原 高らかに歌い上げない分、余計に泣かせますね。

藤田 そうなんです。最後、アドリアーナを看取るところで、マウリツィオとミショネのもう一つの恋敵二重唱とも言うべき掛け合いで終わるので、その切なさも是非ご堪能ください。

井原 実はこのオペラ、プログラムの掲載順を悩むほど、重要な役が多いんです。もちろんアドリアーナがタイトルロールなので主役ですが、恋人役のテノールのマウリツィオもライバルのメゾソプラノのブイヨン公爵夫人も、舞台監督バリトンのミショネも、バスのブイヨン公爵も、どれもがドラマの上で重要な役です。

第98回定期公演「皇帝ティートの慈悲」(2016.11. 吹田市文化会館メイシアター中ホール)  (C)早川壽雄

第98回定期公演「皇帝ティートの慈悲」(2016.11. 吹田市文化会館メイシアター中ホール)  (C)早川壽雄

―― なるほど、見応えがありそうですね。ところでアドリアーナは歌唱的には難しいのでしょうか。

北野 音域的にはそれほど高くなく、アジリタや超高音を連発するような事はありませんが、転調が多く独特の和音展開が多いですね。音楽稽古では難しかった箇所も、立ち稽古でしっくりいくことがあり、言葉と動きがリンクして作られているのだと改めて感じました。音程感、ブレス、フレージングなど、普通オペラは気持ち先行で行かない方がいいと思うのですが、このオペラは例外かもしれません。やればやるほど歌も変化して行って興味深いです。

ソプラノ 北野智子

ソプラノ 北野智子

吉岡 この役には強くて粘質的な声が求められると思いますが、マウリツィオとの場面ではそれに加えて抒情的な甘さも必要ですし、逆にプリンチペッサをなじるところは声楽的でない汚い声も要求されます。三幕のフェードラのくだりでは歌唱ではなく音程のないせりふの言い回しにとても苦労しました。そこから終幕、どんどんと気持ちが昂ぶりすぎると歌唱が乱れてしまうので、冷静さを保ちながら常に声をコントロールして全幕歌い切れるようにと、心がけています。

井原 二幕のアドリアーナと公爵夫人によるマウリツィオの奪い合いなど、感情的になって怒る場面が多く、音程はないのに声でやっつけてしまうので、ヴェリズモオペラに有りがちですが、喉に負担がかかり危険です。

清原 このオペラ、あと20分長かったら、全員喉を壊すと思います(笑)。大変ですが、そういう紙一重なところの面白さはあります。

第96回定期公演「ラ・ボエーム」(2014.6. 吹田市文化会館メイシアター大ホール)  (C)早川壽雄

第96回定期公演「ラ・ボエーム」(2014.6. 吹田市文化会館メイシアター大ホール)  (C)早川壽雄

―― では皆さま、本番に向けた抱負をお願いします。

北野 コロナ禍に在って閉塞した世の中ですが、心躍るような舞台をご覧に入れたいと思っています。美しい舞台美術の中、煌びやかな衣装をまとって素晴らしい歌手達が最高の音楽を奏でます。最強の舞台になるので、ぜひご覧になって頂きたいです。

吉岡 コロナ禍で劇場に足を運べず、オンラインで音楽を楽しむことに慣れた皆さまにも、生の音楽の臨場感を感じて頂ける舞台になると良いですね。アドリアーナのアリアは2曲あって、どちらも声楽を勉強する学生なら一度は歌う曲。私も学生の頃に勉強しました。そのアリアを、全幕オペラの中で歌えるのは本当に幸せなことです。この役を通して、自分がさらに高みに行けるよう頑張りたいです。

ソプラノ 吉岡仁美

ソプラノ 吉岡仁美

藤田 「アドリアーナ・ルクヴルール」と言うと、歴史に輝くテノール、エンリコ・カルーソーの存在を出さない訳にはいきません。マウリツィオは初演でカルーソーが歌うことに決まっていましたから、当然彼の歌唱技術が背景にあるわけです。彼がどれほど凄い歌手だったのかは、マウリツィオを歌ってみて逆算出来るものがあります。全力でカルーソーに(挑み)イドミアーナしていきたいですね(笑)。当時のオペラの様式は現在とは違っています。この度は現代のオペラの見せ方をしっかり意識しながら、現代のお客様に喜ばれるものを作っていきたい思っています。

テノール 藤田卓也

テノール 藤田卓也

清原 オペラ歌手はアスリートと同じです。日頃の練習で鍛え上げた声により、名作オペラを楽しんで頂くわけですが、この「アドリアーナ・ルクヴルール」は、オペラ通も初心者も、誰もが楽しめる作品だと思います。しかしその裏で、歌手にとっては厳しい作品である事も確かです。あと20分この作品が長ければ、みんな喉が潰れる。そんなギリギリの線を攻めていって、お客さまにスリリングで充実した舞台を味わって頂けるよう、役者、スタッフ一丸となって挑みたいです。藤田くんとのダブルキャストは今回が2度目ですが、一緒にやれてとても勉強になります。胸を借りるつもりで演じたいと思っています。

―― 皆さま、長時間ありがとうございました。「アドリアーナ・ルクヴルール」の成功を祈っています。

井原広樹、藤田卓也、北野智子、吉岡仁美、清原邦仁、粟辻聡(左より)  (C)H.isojima

井原広樹、藤田卓也、北野智子、吉岡仁美、清原邦仁、粟辻聡(左より)  (C)H.isojima

最後に、指揮者・粟辻聡からのメッセージもご覧いただこう。

粟辻聡 「アドリアーナ・ルクヴルール」を指揮するのは初めてです。指揮をしていて、人間の感情や体温がそのまま音で表現されている感じがします。そしてオーケストラの編成も厚く、非常に豪華なサウンドを楽しんでいただけると思います。稽古の時から、歌手の皆さんと同じ“温度”を持って指揮をするように心がけています。閉塞感のある今だからこそ、日常を少しの間忘れて、私たちと一緒にアドリアーナ・ルクヴルールの世界に浸っていただきたいなと思っています。公演まであと少し。最後まで一回一回の稽古を大切にして、本番に臨みたいと思います。

皆さまのお越しをお待ちしています!  指揮者 粟辻聡

皆さまのお越しをお待ちしています!  指揮者 粟辻聡

取材・文=磯島浩彰

 

公演情報

関西歌劇団 第101回定期公演
「アドリアーナ・ルクヴルール」

 
​■日時:
2021年9月25日(土)16:00開演(15:15開場)
2021年9月26日(日)14:00開演(13:15開場)
■会場:吹田市文化会館メイシアター大ホール

■指揮:粟辻聡
■演出:井原広樹
■出演:25日(土)、26日(日)の順に表記
アドリアーナ 吉岡 仁美/北野 智子
マウリツィオ 清原 邦仁/藤田 卓也(藤原歌劇団)
ブイヨン公爵夫人 橘 知加子/西原 綾子
ミショネ 迎 肇聡(客演)/西村 圭市(客演)
ブイヨン公爵 片桐 直樹(関西二期会)/武久 竜也(客演)
ジャズイユ僧院長 上辻 直樹/中川 正崇(客演)
ジュヴノ 西上 亜月子/東 里桜
ダンジュヴィル 蒔田 奈々穂/福井 由美子
ポアソン 岡成 秀樹/近藤 勇斗
キノー 富永 奏司/伊藤 友祐
執事 近藤 勇斗/岡成 秀樹
■管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
■合唱:関西歌劇団合唱部
■バレエ:法村友井バレエ団
■料金:S席11,000円、A席8,800円、B席6,600円、C席3,300円
■問合せ:関西芸術振興会・関西歌劇団 06-4801-8185
■公式サイト:https://www.kansai-opera.co/

 
【あらすじ】
18世紀前半のパリ。有名な劇場コメディ・フランセーズの大人気女優アドリアーナ・ルクヴルールは、ザクセン伯爵の旗手マウリツィオにと、愛の証としてスミレのブーケを渡す。マウリツィオは実は伯爵本人で、ブイヨン公爵夫人はザクセン伯爵であるマウリツィオへの愛が故に、フランスにザクセン援護の約束を取り付けるよう奔走している。
ある事件をきっかけに恋敵だと判ったアドリアーナとブイヨン公爵夫人は火花を散らす。夜会の席で朗読を所望されたアドリアーナは、暗に公爵夫人の不義をなじる内容の詩を読み上げる。激怒した公妃は、毒を仕込んだスミレのブーケを、マウリツィオからだと偽ってアドリアーナに送り返す。アドリアーナは、枯れたスミレを見て絶望し、ブーケに接吻したまさにその時、マウリツィオが現れ彼女に求婚する。アドリアーナは喜ぶが時すでに遅く、ブーケの毒がまわり、マウリツィオの腕の中で息絶えるのだった。
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