最先端のミイラ研究の成果と貴重な遺物が集結 特別展『大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語』レポート
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会場風景
2021年10月14日(木)から2022年1月12日(水)まで、東京・上野の国立科学博物館にて、特別展『大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語』が開催中だ。古代エジプト文明の研究で世界を牽引してきた大英博物館の研究成果を紹介する本展は、CT(コンピュータ断層撮影)スキャンを使って6体のミイラの画像を解析し、ミイラの謎に迫りながら古代エジプト人の生活や文化を幅広く紹介している。以下、6体のミイラと高精度の映像、約250点もの貴重な遺物(過去の文化を示す物品)が一堂に会するスケールの大きい展示を紹介しよう。
※本記事で掲載している写真は、報道内覧会で許可を得て撮影したものです。
CTスキャンで解き明かされるミイラの謎
科学的なアプローチによる新しい発見の数々
今回出展されるミイラは、「アメンイリイレト テーベの役人」「ネスペルエンネブウ テーベの神官」「ペンアメンネブネスウトタウイ 下エジプトの神官」「タケネメト テーベの既婚女性」「ハワラの子ども」「グレコ・ローマン時代の若い男性」の6体だ。展示空間では、それぞれのミイラとともに、1体につき約7000枚撮影したCTスキャン画像より作成された3次元構築画像の映像を見ることができる。
アメンイリイレトの内棺(前600年頃)。このミイラには3重の棺がつくられていた。
左:ペンアメンネブネスウトタウイの内棺 右:ペンアメンネブネスウトタウイのミイラ(いずれも前700年頃) 展示には、ペンアメンネブネスウトタウイのように棺のあるミイラと、ハワラの子どものミイラのように棺のないミイラがある。
ミイラを詳しく調査する際、昔は亜麻布(包帯)を解いて実施し、結果としてミイラを傷つけていたが、やがてテクノロジーの進歩によってX線を使用するようになり、ミイラに損傷を与えない形で調べられるようになった。更に近年ではCTスキャンの解析によってミイラの身体のほか、体内の護符の素材が石か蜜蝋か、といったことまで分かるようになったという。
グレコ・ローマン時代の若い男性のミイラ(前100年~後100年頃)
本展は、そうした科学の最先端を駆使したミイラ研究の成果が結集した内容だ。例えば二体目のミイラのネスペルエンネブウの頭には、椀のようなものがある。以前はたまたまくっついたとされていたが、CTスキャンによって頭と椀の間には布があることが分かり、偶然置かれたわけではないという解釈に至った。なお、ネスペルエンネブウの頭の椀状の物体や、体内に配置された護符は3Dプリンターで再現されているので、是非確認してほしい。
ネスペルエンネブウのミイラ(前800年頃)
ネスペルエンネブウのミイラの護符等を3Dプリンターで複製したもの。右の大きい塊が粘土製の椀。
4体目のミイラであるタケネメトは3重の棺に入っており、高い技術でミイラ化されているため、裕福だったことが分かる。タケネメトはCTスキャンの分析の結果、性別が女性であり、また髪型はお団子ヘアであることが判明した。当時、身分の高い人間は鬘を使用しており、女性のミイラの多くは地毛が非常に短いそうなので、タケネメトは髪を伸ばすのが好きで、特別な機会にだけ鬘をつけていたのかもしれない、などと想像が膨らむ。また、タケネメトの内棺はとりわけ美しく装飾され、絵には神々の前で楽器を演奏する彼女の姿も見受けられる。会場には棺に描かれたタケメネトが持っているのと同じ形の楽器、シストルムが展示されているので、比べて見てみるのも面白いだろう。
タケネメトの内棺(前700年頃)。このミイラは3重の棺の中に納められていた。
タケネメトの内棺(蓋)の表面。楽器シストルムを抱え、神と対面しているタケネメトが描かれている。
左:シストルム 右上:拍子木 右下:縦笛
『死者の書』や古代エジプトのパンやワインも
当時のライフスタイルが分かる展示品や貴重な遺物に興奮
本展は、ミイラの人生を紐解きながら背景にある文化を探る内容になっており、ミイラになった人々のライフスタイルを示す貴重な遺物が多数展示されている。パピルスなどに死者の魂が楽園に入るまでの過程を描いた葬祭文書『死者の書』や、ミイラ作りの道具などをふんだんに見ることができるので、当時の生活への想像が膨らむだろう。
左上:『死者の書』第110章:葦の野 右中:バーの像 下:ヘヌウトメヒトのシャブティ(来世の死者の労役を代行する)
ジェドバステトイウエフアンクのカノポス壺(ミイラの内臓を保存する壺)
食べ物の展示も豊富で、当時の手形が残ったパンや、円形や葉の形のパン、大麦が入った椀や乾燥ブドウが入った椀、ワイン壺などを見ることができる。なお、大英博物館の科学者がパンのかたまりを調査したところ、石や砂の粒、大麦や小麦の丸のままの粒や殻なども入っていたという。アメンイリイレトやネスペルエンネブウ、ネブネスウトタウイらは歯に問題を抱えていたことが判明しており、パンの中の固い塊が歯のトラブルを招いていたのかもしれない。
左より:葉の形をしたパン、円形のパン、手跡が残ったパン
ネジェメトのワイン壺(ネジェメトという女性の副葬品)
セクメト女神像(セクメト女神はビールを飲んでなだめられ、病気を治す神となったという)
化粧品や装飾品などは繊細で美しく、とりわけ目をひく。装飾が施された化粧道具は、薬効への期待のほか、当時の人々の美意識の高さを物語るようだ。また、首飾りや耳飾り、バングルや指輪などは、見た目が華やかであるだけではなく、呪術的・保護的な象徴で装飾されているものが多い。なお、象徴的な効果は来世においても継続し、死者を護る力があるとされるものもある。
いずれも化粧用具(儀式用品の可能性もある)。細かい細工が施されている。
左3点は指輪で、右は耳飾り(ビーズかヘアリングの可能性もある)
「ハワラの子ども」のミイラの付近では、子ども用のアクセサリーや護符なども見受けられる。かわいらしいミニサイズの腕輪や首飾りや護符などは、再生を示す魚や永遠の保護をもたらす女神などが施され、子を思う親の心を示しているようだ。古代エジプトの子どもの装身具が展示されることは珍しいとのことなので、この機会を逃さずに確認してほしい。
魚形護符。魚は再生の象徴で、こうしたペンダントをまとった幼女の姿がよく描かれている。
ハワラの子どものミイラ(後40~後55年頃)
(※すべて大英博物館蔵)
本邦初公開の猫のミイラも公開
日本特別展示もある充実の内容
会場では、頭がハヤブサのホルス神や、イヌ科の動物の姿を取るアヌビス神などのほか、ゲームに興じるライオンとガゼルの風刺パピルスの拡大図など、たくさんの動物たちを見ることができるが、ひときわインパクトがあるのは猫のミイラといえよう。こちらは阿波・徳島藩の18代当主で、ツタンカーメン王の墓を日本人として初めて訪問した蜂須賀正氏がエジプトで入手、国立科学博物館に寄贈したもの。猫のミイラは本邦初公開となっており、CTスキャンデータや猫のミイラの匂いも紹介されている。
猫のミイラ
猫のミイラの匂いが再現されている。
その他、日本独自の展示として、遺物が展示される前の段階である発掘・研究の過程も紹介されており、エジプトの首都カイロ南方に位置するサッカラ遺跡で発見されたローマ支配時代のカタコンベ(地下集団墓地)の実寸大の部分模型も鑑賞できる。今も調査が続いているという内部の様子を見ていると、まるで発掘現場に迷い込んだかのような感覚を味わえる。
音声ガイドのナビゲーターは、2020年『第15回声優アワード』助演男優賞を受賞した島﨑信長。展示の鑑賞ポイントや当時のライフスタイルの説明などのほか、本展監修者の坂上和弘と、金沢大学教授の河合望による特別解説など、鑑賞時の気持ちを盛り上げる内容だ。
本展の物販コーナーには、表裏に違う色を貼り合わされたシルクスクリーンのポストカードや、美しい遺物の芸術性を活かした型抜きのマグネット、シンプルなマグカップなど、日常に馴染むデザインのものが揃っている。「かいけつゾロリ」コラボグッズやカカオブランド「ホテルショコラ」本展オリジナルパッケージのチョコレートなどもある。図録はコンパクトで手に取りやすいサイズながら、最新の研究成果がふんだんに記載された充実の内容だ。
物販コーナー。色彩が美しいシルクスクリーンのポストカード。
物販コーナー。ヒエログリフが描かれたマグカップ。
物販コーナー。図録はコンパクトながら充実の内容。
6体のミイラはそれぞれに個性を備え、時代や職業、文化的な背景が異なっている。彼らの棺や遺物、映像による情報に触れると親近感が湧き、もっと知りたいという気持ちが強くなるだろう。また本展でCTスキャンによる詳細な解析や、3Dプリンターによる遺物の再現などを見ていると、古代遺跡の研究は日々更新されているのだと実感させられる。過去の文化への想像力が膨らみ、今後の更なる研究への期待が高まる特別展『大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語』、是非見逃さずに鑑賞いただきたい。
文・写真=中野昭子
イベント情報
会期:2021年10月14日(木)〜2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(〒110–8718 東京都台東区上野公園7–20)
開館時間:午前9時~午後5時(入場は閉館時刻の30分前まで)
主催:国立科学博物館、大英博物館、朝日新聞社
協賛:鹿島建設、DNP大日本印刷、パナソニック、三菱商事
協力:日本航空
公式サイト:https://daiei-miira.exhibit.jp
問い合わせ:050–5541–8600(ハローダイヤル)03-5814–9898(FAX)