お客様との時間と空間の共有に終始したい~坂東玉三郎取材会レポート『信濃路紅葉鬼揃』12月歌舞伎座で上演へ
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坂東玉三郎
坂東玉三郎が、歌舞伎座『十二月大歌舞伎』の第三部で、『信濃路紅葉鬼揃(しなのじもみじのおにぞろい)』に出演する。公演は、2021年12月1日(水)より26日(日)千穐楽まで。本作は、平維茂と鬼の伝説を題材とした能の『紅葉狩』を歌舞伎にしたもの。維茂が、従者とともに信濃の戸隠山を通りかかると、美しく身分の高い女性と侍女があらわれ、紅葉狩りに誘う。その女性たちの正体は、実は鬼だった……という舞踊劇。歌舞伎では、同じ題材で新歌舞伎十八番『紅葉狩』や『鬼揃紅葉狩』が創作されてきた中、玉三郎は、どのようなこだわりをもって本作を創作したのか。開幕に先駆けて、玉三郎が取材会で作品について、そして舞台に臨む姿勢について思いを語った。
■鬼女が揃い、豪華に美しく
本作の初演は、2007年12月。2008年12月に再演されて以来、13年ぶりの上演となる。
「能楽の『紅葉狩 鬼揃』は、迫力があり大変美しい作品です。その雰囲気を採り入れようと、振付家の藤間勘吉郎さんと話し合いながら作りました。勘吉郎さんが亡くなられてしまい、この演目はもうやらないと思っていたんです。中啓(扇の一種)も5本のうち2本は人にあげてしまいました(笑)。ですが昨年12月、『日本振袖始』を皆様が大変好んでくださいました。そこで同じく後シテもので派手な演目として『信濃路紅葉鬼揃』を選びました」
坂東玉三郎
『日本振袖始』では、岩長姫ではじまり八岐大蛇となった玉三郎。今作では、上臈からその正体の鬼女へと姿を変える。
「岩長姫には屈折した悲しみがありましたが、今回の鬼女に、そのような憐れさはありません。通りかかる人なら誰でも食べてしまおうというタイプではないでしょうか。もととなった伝説の鬼女は、山に逃げのびた落ち武者だったという説もあるようですね。でも今回は、そのような背景を考えることなく、鬼が揃って華やかに出てくることを大切にしています」
同じ題材で創作された、新歌舞伎十八番『紅葉狩』は、義太夫、常磐津、長唄で上演される。
「九代目(市川團十郎)さんが、歌舞伎ではこんなにも豪華なことができるんだよと、三方掛け合いでお考えになりました。今回は、長唄で完結させつつ義太夫のところもあります。歌舞伎の『紅葉狩』の “いかに豪華にできるか”の意図を汲みたいです。能というと、世阿弥の頃より、幽玄ですとか深淵なものが続いていました。そのような堅いもの、深いものとは違う作品を見たいと、後の時代になって作られたのが『紅葉狩』や『土蜘蛛』です。その意味においても、華やかさや面白さを大事に考えています」
『信濃路紅葉鬼揃』(平成20年12月南座)鬼女=坂東玉三郎 撮影:福田尚武
作中には、歌舞伎舞踊にはない振りが入る。
「能の手としてはサシコミ、ヒラキ、サシマワシ、そして上扇が入っていますが、歩き方は歌舞伎風です。動きに制約のある中で、組み合わせでお見せします。以前、能楽堂で拝見した時、横並びからスーッと三角になり正面を向いて……。それに大変感動し、歌舞伎座でもそのようなものをお見せできたらと。もちろん私たちは歌舞伎役者ですから、正確な形はできません。けれども専門家の方々がご覧になった時に、『なるほど、よく真似たな」と思っていただけるところまでできればいいですね」
山神に尾上松緑、維茂役に中村七之助。侍女(実は鬼女)を勤めるのは、中村橋之助、中村福之助、中村歌之助、松緑の長男・尾上左近、上村吉太朗。
「私以外の鬼女の皆さんは、初役です。吉太朗さんは女方をされますが、他の4名は、女方をなさらない方々ですね。鬼女を女と思わず、大口袴の前シテと考えてください、と伝えました。歌舞伎の様式にない振りが多く、歌舞伎舞踊の心だけでは難しいものです。揃うことが何より大事な演目ですから、11月5日には稽古をはじめました。皆さんご苦労なさっているようですし、私もすっかり忘れていました(笑)」
『信濃路紅葉鬼揃』(平成20年12月南座)鬼女=坂東玉三郎 撮影:福田尚武
この1年、玉三郎の舞台に橋之助、福之助、歌之助兄弟が出演する公演が多くみられた。「昨年のコロナ禍に気持ちが沈んでいた3人を慰めるため、稽古をしましょうというところからご縁になりました」と振り返っていた。
■一つひとつを新しく考える
本作におけるこだわりについて問われると、玉三郎はまず「様式の統一」を挙げた。
「新歌舞伎十八番『紅葉狩』も『鬼揃紅葉狩』も、ひとつの作品に異なる様式が入れ込まれています。たとえば『紅葉狩』では、前シテの更科姫は江戸時代の様式で、腰元を連れて出てきます。ワキの維茂は(烏帽子に狩衣という)別の時代の様式。後シテになると更科姫だけが鬼女となるのですが、今回のように侍女たちが全員鬼となって出てくるならば、様式は同じ方が良いでしょう。その意味での、様式の統一を意識的に行いました」
坂東玉三郎
長唄の山台(ひな壇)についても違和感をそのままにせず、自身の感覚と照らし合わせて再考する。
「松羽目ものでは、長唄(の山台)に緋毛氈を被せることが多いですね。けれども『紅葉狩』に緋毛氈は、少し違和感を覚えます。おめでたい演目ではありませんし、着物の赤い色が死んでしまいます。なので、私は(後ろの板と同じ)板羽目の蹴込みにします。もしかしたら、かつて劇場の照明が暗かった時代に、パッと選んだのが緋毛氈だったのかもしれませんね。ハロゲンやLED等の技術が生まれ、今では赤がより目立つようになりました。お客様の目も疲れてしまうのではないでしょうか。衣裳の色も、かつてとは違って見えます。そのような一つひとつを、新しく考えながら作っていきたいです」
■あまりに大きな、けれども大事なこと
玉三郎は、自身のウェブサイトに毎月掲載するメッセージの中で、社会課題への関心をしばしばのぞかせ、言及する。この取材会の冒頭では、「“紅葉狩り”ですから、かつては10月や11月の演目。12月にやるのは野暮だと言われたでしょうね。けれども今は温暖化で、12月にならなければ京都でも紅葉をみられません」と笑い、場を和ませていた。記者から環境問題への関心を問われると、社会、経済、地球の問題を含めた環境について、広く関心があると答えた。
「基本的なことを知り、考えることができなければ、いま舞台で何をすべきか。お客様のためにどんな戯曲を選ぶべきか。お客様の感覚とズレてしまうと思うんです。『紅葉狩』が環境問題と関係するのかと言えば、まったく関係はありません。それでもお芝居というものは、そこに生きてきた人たちの魂が書いたもの。お客様をお慰みし、お楽しみいただくための戯曲の選択に、無関係とは思えないんです。自分の選択の根本的な裏付けとして、私の中で必要なことだと考えています」
坂東玉三郎
そして玉三郎は、「あまりに大きな問題で、どこから考えてどうお話したらいいか。けれども大事なこと」と続ける。
「たとえば衣裳について調べていくと、世の中の科学的なものと科学的でないものが、細かいせめぎ合いの中で成り立っている事が分かってきます。環境問題で言うと、PM2.5が空気中にあるならばお蚕さんもそれを吸い、いつか今のような絹や金糸がとれなくなるかもしれない。さらに何十年と自然破壊が進んだら、劇場に来られるかどうかも分からない。幸い私は、お客様と劇場で時間と空間を共有できる時代を生き、そして終わるであろうけれども、それを考えずに生きてはいけない時代だと思うのです」
そして新型コロナウイルスのパンデミックが起きた。
「皆、お互いに魂が慰められる場所に集まります。世の中でどれだけ社会や環境の問題が起きていようとも、劇場空間に来れば、一時それを忘れることができました。しかしコロナ禍は、そこにさえ斬り込んだ。様々な問題から、舞台の準備や稽古に、時間をかけることが難しい時期です。けれどもお客様は、ご自分の時間と空間を切り裂いて劇場にお越しくださいます。その時間と空間を共有するために、丁寧にお稽古し、着実に準備したものでなければ、私は幕を開けられません。今回であるならば『信濃路紅葉鬼揃』のために大口袴を新しくし、装束を織り、それを皆様の目の前にお出しする。それがお客様の心を和らげるだろうと思っています。自分が与えられたものをきちんと作り込み、練り上げたもので幕を開けることに終始する。それ以外、私にできることはないんです」
2021年の最後を飾る、玉三郎出演の舞台『信濃路紅葉鬼揃』は、12月1日から26日まで歌舞伎座での公演。取材会の結びに、今年1年の感想を問われると、「自分なりに精一杯やった年だったような気がします」と、穏やかな笑顔を見せていた。
坂東玉三郎
取材・文=塚田史香
公演情報
■会場:歌舞伎座
※第二部におきましては、当初の発表から演目順を変更しております。
奈河彰輔 補綴・演出
石川耕士 補綴・演出
市川猿翁 演出
市川猿之助 演出
三代猿之助四十八撰の内
新版 伊達の十役(しんぱん だてのじゅうやく)
市川猿之助十役早替り相勤め申し候
序幕 足利家奥殿の場
同 床下の場
浄瑠璃
大詰 間書東路不器用(ちょっとがきあずまのふつつか)
松ヶ枝節之助
仁木弾正
絹川与右衛門
足利頼兼 :市川猿之助
三浦屋女房
土手の道哲
高尾太夫の霊
腰元累
細川勝元
侍女澄の江/ねずみ:中村玉太郎
政岡一子千松:市川右近
妙林:市川弘太郎
渡辺外記左衛門:市川寿猿
松島:市川笑三郎
沖の井:市川笑也
妙珍:市川猿弥
渡辺民部之助:市川門之助
栄御前:市川中車
第二部 午後2時30分~
白拍子桜子実は狂言師左近:尾上右近
強力不動坊:市村橘太郎
同 普文坊:中村吉之丞
宇野信夫 作・演出
二、ぢいさんばあさん
下嶋甚右衛門 :坂東彦三郎
宮重久右衛門:中村歌昇
宮重久弥 :尾上右近
久弥妻きく :中村鶴松
山田恵助:中村吉之丞
柳原小兵衛:坂東亀蔵
伊織妻るん:尾上菊之助
一、吉野山(よしのやま)
静御前:中村七之助
平維茂 :中村七之助
鬼女:中村橋之助
同 :中村福之助
同 :中村歌之助
同 :尾上左近
同 :上村吉太朗
山神 :尾上松緑