中村橋之助・福之助・歌之助インタビュー 歌舞伎座12月公演、第三部『信濃路紅葉鬼揃』坂東玉三郎に学び、それぞれの舞台へ
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(左から)次男の福之助、長男の橋之助、三男の歌之助
中村橋之助、中村福之助、中村歌之助が、歌舞伎座12月公演『十二月大歌舞伎』の第三部で、『信濃路紅葉鬼揃(以下、鬼揃)』に出演している。坂東玉三郎が美しい上臈(実は鬼女)となり、橋之助、福之助、歌之助と、尾上左近、上村吉太朗が侍女(実は鬼女)を勤める。
松羽目の舞台の松には蔦が絡み、葉はモミジのように赤く染まっていた。戸隠山を通りがかる平維茂に、中村七之助。維茂は上臈に呼び止められ、宴に誘われる。うたた寝する維茂の前に現れるのが、尾上松緑の山神。山神は、上臈の正体が鬼女であると伝えるべく、躍動感のある踊りで足を踏み鳴らし、目を覚まさせようとするが……。
『信濃路紅葉鬼揃』左より、平維茂=中村七之助、鬼女=坂東玉三郎、中村橋之助、中村福之助、中村歌之助、尾上左近、上村吉太朗 /(C)松竹
能の要素が織り交ぜられた本作は、山神の場面を境に前半と後半に分けられる。玉三郎と若手俳優5名による侍女は、後半に鬼女となって登場する。鬼女たちは、分身のように統一された動きを徹底。美しい幻を見るようだった。
稽古の成果を感じさせる鬼女役の若手5人。玉三郎もきっと満足しているにちがいない。橋之助、福之助、歌之助に尋ねると、3人は同時に首を傾げた。そして橋之助が答えた。
第三部『信濃路紅葉鬼揃』左より、鬼女=上村吉太朗、中村歌之助、坂東玉三郎、尾上左近、中村橋之助、中村福之助 /(C)松竹
「ようやく及第点をいただけるようになりました。でも衣裳の着方や顔の向き、足の出し方など、すべてを全員が完ぺきに揃えるのは、本当に難しいこと。玉三郎のおじさま(以下、玉三郎さん)は、初日以降も毎日細かく見て教えてくださいます」
橋之助と福之助と歌之助にインタビューをした。今月の演目について、2021年と2022年について、3人は兄弟同士ならではの素直な言葉で思いを語った。
■お互いの成長や変化は?
ーー大変にご活躍の1年でした。お互いの成長や変化を感じられるところもあるのではないでしょうか。
橋之助:福之助は『新版 オグリ』(2019年10・11月、2020年2月)をきっかけに、ドーンと一皮むけました。でも、先月の『花競忠臣顔見勢』で、年の近い先輩方と集まった時に、自分はまだまだだと痛感したようです。ランクアップしたからこその壁にぶつかりながら、成長しているんだと思います。そして歌之助は、もともと歌舞伎への意識が高いけれど、役との向き合い方がすごく上手になりましたね。
歌舞伎以外にも、『ポーの一族』、『サンソン-ルイ16世の首を刎ねた男-』で活躍した橋之助。
福之助:声の出し方が、一番大きく変わったのが歌之助。玉三郎さんもおっしゃっていました。あと、歌之助は舞台に出てからの余裕も出てきたなと感じます。
昨年10月以降、歌舞伎公演に出演しつづけている福之助。
歌之助:たしかに少し余裕が出てきたと思います。今年は玉三郎さんのもとでたくさん勉強させていただき、直接的ではありませんが、良くできたと言っていただけた月もあって。少し自信がついて、今は楽しむ方向にもっていけている自分も感じます。
現在大学生の歌之助。学業と両立しながら、歌舞伎の公演に多数出演している。
ーーコロナ禍の影響で公演がなかった期間、玉三郎さんが稽古をしてくださったそうですね。
福之助:あれほどの大先輩とお話したのは初めてでした。お叱りいただいたのも、お褒めいただいたのも初めて。最初は本当に緊張したよね。
歌之助:しました。
ーー玉三郎さんとは、幼い頃からお付き合いがあったのでしょうか。
橋之助:もちろん子どもの頃からお会いしてはいましたが、ご挨拶させていただくくらいだったんです。それが今では、「息子のように思っている」と、可愛がってくださいます。はじめに声をかけていただいたのは、2020年3月の明治座の歌舞伎公演でした。玉三郎さんが『桜姫東文章』のご指導にいらした時、僕の声の出し方を気にかけ、お教えくださったんです。そのままコロナ禍となり公演は中止となりましたが、「時間もできましたし、せっかくだからお稽古をしましょう」とおっしゃってくださって。その後、弟2人も加わりました。
ーー8月の南座、10月の御園座でもご兄弟揃って玉三郎さんと共演されました。印象に残る言葉やエピソードがあればお聞かせください。
福之助:僕はこの1年、偶数月はすべて玉三郎さんの舞台にご一緒させていただきました。また3月にも『於染久松色読販(土手のお六)』の髪結役で出させていただきました。その際「台詞回しより、まずは役の雰囲気を大切にするように」と、教わりました。髪結としての所作が日常にみえるように。台本に書かれていなくても、たとえば仁左衛門のおじさま(鬼門の喜兵衛)に対して、子分のような感じを出してみるとか。雰囲気を掴んでいれば、思ったような台詞回しではなくても、芝居には溶け込めます。
歌之助:いまの兄の話と通じるところがあるのですが、僕は10月に『阿古屋』で榛沢六郎をやらせていただき、「舞台に出る前に、阿古屋と榛沢の関係をしっかりイメージしなさい」と言われたことが印象に残っています。榛沢が、ここに来るまでに阿古屋とどんな会話をし、どんな動きがあったか。どんな役にも、自分の中できちんと状況を作り、納得して伝えることが大切。それができなければ、ただ重忠に状況を説明するだけの役ですし、逆にそれを生かせれば、最後の「遊君阿古屋、立ちませい」に優しさが出ます。
■玉三郎から受けとった自信、余裕、意識改革
福之助:印象に残ると言えば、もうひとつ思い出しました。6月に『桜姫東文章』で奴軍助をやらせていただいた初日、終演後に「どうしてそんなに下手なんだい? もう帰りなさい」と言われました。
歌之助:それで?
福之助:ええ!? って思い……帰りました。
一同:え!(笑)
福之助:丸1日色々考えたのですが、「下手」と言われたら実力の話で、なす術がないように思えてしまって。次の日に「すみません。何が正解か分からなくなってしまったので、正解を教えてください」とうかがいました。「これから顔(化粧)をしないといけないから」と一度は断られたのですが、「でも僕、この後もう出ないといけないので、今お願いします!」って。
橋之助:食い下がれるの、すごいよ。
福之助:玉三郎さんは厳しい言葉ながら、その場で教えてくださり、それからは毎日見てくださるようになりました。千穐楽には「良かったですよ」と言ってくださいました。本当に嬉しかったです。
ーー橋之助さんはいかがでしょうか?
橋之助: 僕の場合は自信というより、……意識改革でしたね。
(福之助、歌之助、はげしく頷く)
橋之助:僕は小さい頃から、中村勘九郎の兄(以下、勘九郎さん)の歌舞伎が大好きなんです。新しい役をやる時は、勘九郎さんならどうやるかをまず想像し、映像があれば取り寄せて見ます。父(中村芝翫)や先輩方からも、うわべだけを真似ていてはダメだと、ずっと言われていました。でも、あまりにもずっと好きでいたので、意識しなくても真似るようになっていたんです。それに、「僕はこういう歌舞伎が好きだから、こういう歌舞伎をしたいんだ」という強い思いもあったんだと思います。3月南座の若手公演で『義経千本桜(四の切)』の忠信をやらせていただいた時、玉三郎さんからも、やはり、勘九郎さんのうわべばかり真似しているとお叱りがありました。そして、「山になりなさい」と言われたんです。
福之助・歌之助:山!?
橋之助:玉三郎さんはよく例え話で教えてくださるのですが、僕の忠信は「動きすぎて役者が小さい。時代物は、自分を大きい山だと思ってやりなさい」と。初日が開いてからも、日々アドバイスをいただいていましたが、自分の中で理解しきれていないところがあったんだと思います。
福之助:玉三郎さんは、すべてお見通しなんですよね。
(橋之助・歌之助、深く頷く)
橋之助:5日目くらいに、同じところを直せていないことをご指摘いただき、厳しい言葉でお叱りもいただきました。翌日は、揚幕から出る前に、山のように動かない大きな男として肚を決めました。そして舞台に出たところ、その日はまるで違ったんです。無理して盛り上げようとしなくても、お客様が自然に盛り上がる。自分の中でも、それを感じられました。
橋之助:それまで僕は、父親や勘九郎さんのようにやらなければ、お客さまには伝わらないと思っていたんです。自分のやり方で舞台に出ることが、怖かったんでしょうね。玉三郎さんには、「ふんどし一丁で出る気分だったでしょう? でもそれでいいんですよ」って。この経験がなければ、僕はいつまでも本質的なところを学べなかったと思います。
■12月第三部『信濃路紅葉鬼揃』
ーーそんな玉三郎さんとのお稽古やご共演が、今月の『鬼揃』に繋がったそうですね。
橋之助:今月は僕ら3人と、左近さん、吉太朗さんの5人でひとつという意識で鬼女を勤めています。
歌之助:能の動きはほとんど経験もなく、稽古初日は不安でした。でも玉三郎さんをはじめ、一つひとつの所作を丁寧に教えていただく機会は貴重です。後シテは隈を取れたり、やっていて楽しい部分もあります。青黛隈は、めったにありませんし、将来、このようなお役をさせていただく時のためにも、大変勉強になります。
ーー後半の鬼女の皆さんは、誰が誰か分からないくらいの一体感でした。
福之助:皆が同じ役で出る時には、シンと呼ばれる役者がいます。今回の鬼女ならば、橋之助がシンです。僕らは顔も動きも橋之助に揃えます。でも同じ顔、同じ衣裳にしても、やっぱり個性が出るんですよね。
歌之助:実際、隈は皆それぞれ微妙に違う。でもこの前、玉三郎さんに「吉太朗」と呼び止められたので、「違います」と答えました。
福之助:たしかに舞台では並び順が決まっているけれど、幕が閉まると、誰が誰だか分からなくなるよね(笑)。
■2022年も1月から歌舞伎座に出演
ーー1月は、歌舞伎座の第一部に出演されます。
橋之助:『祝春元禄花見踊』に3人で出演させていただきます。中村獅童さんのご長男、陽喜くんの初お目見得です。
歌之助:勘九郎さんが、勘九郎襲名披露(2012年3月平成中村座)で『一條大蔵譚』の大蔵卿をされた時も、兄(橋之助。当時国生)と僕は『元禄花見踊』で出させていただきました。その意味でも思い出深いものがあります。
橋之助:来月は、久しぶりに勘九郎さんとご一緒できます。嬉しくて、嬉しくて。勘九郎さんの大蔵卿は、僕自身毎日見たい演目です。ただ、気を付けないと……。
福之助:また無意識に影響を受けちゃう?
橋之助:そうそうそう!(笑)
ーー2月は、博多座の玉三郎さんの公演に、ふたたび皆さまお揃いで出演されます。
橋之助:今年8月と同じ『鶴亀』と『日本振袖始』に、同じ配役で出演させていただきます。そして今月の『鬼揃』と同じく後シテもので、能の動きが入ります。今月手取り足取り教えていただいたことを生かしたいです。
歌之助:僕は襲名以来の博多座なので、そこも楽しみです。当時は15歳で中学生でした。
福之助:襲名から、もう5年か。色々あったね。
橋之助:コロナのせいにしてはいけないけど、25歳の自分はもっと頑張ってると思ってた。
歌之助:僕は逆かも。『阿古屋』の岩永を、19歳でやらせていただけるなんて思ってなかった。
福之助:それはそうだよね。19歳で岩永なんて!
歌之助:僕はまだペンキが塗られていない真っ新な状態で、玉三郎さんにたくさんのことを教えていただくことができました。これは本当に大きなことだと思っています。やはり僕も、父や勘三郎のおじさまの芝居が大好きなので、あと少し大人になってからだったら、兄のように遠回りしていたと思います。
橋之助:(苦笑)
ーー来年に向けて、最後に一言お願いします。
福之助:僕は以前は父と同じ舞台に出ることが多かったんです。『新版 オグリ』からは1人で出ることも増え、多くのことを学びました。この経験を生かし、来年は地に足をつけて舞台を勤めていきたいです。そして、先月のように若手が集まる公演があった時には、また呼んでいただけるよう、まずは毎月毎月のお役をしっかりと勤めていきたいです。
歌之助:僕は襲名の時期が、ちょうど子役から大人の役に変わる年齢でした。兄たちが大人の役で活躍することに焦りを感じ、自信をもてない時期が続いていました。そんな中、玉三郎さんに言われたのが、理想を追いかけるばかりではなく、この瞬間にできることを、精一杯やること。今は兄たちを見て、「いつか自分もやるんだ」と、一緒に勉強しようという意識を持てるようになりました。それは、どう勉強をしたらいいかを教えていただけたおかげだと思っています。20歳になり、大人として兄たちに追いつけるよう、努めていきたいです。
橋之助:兄弟3人が一緒の時には一致団結し、それぞれの芝居に出る時は、玉三郎さんの元で得たものを武器に、各々が戦う。来年もそんな1年を過ごせたらと思います。また、演劇界全体が大変な時期は続いています。お客様に「やっぱり劇場で観たいよね」と思っていただくにはどうしたら良いか。今まで以上に考える年になると思います。歌舞伎俳優は皆、歌舞伎の虜なんです。歌舞伎が身近だからその魅力が分かるのだとしたら、歌舞伎を知らない方にもそれを伝えなくてはいけません。「歌舞伎をみました!」で終わりではなく、本当に好きになってくれる方を増やさないといけない。僕自身、その戦力にならなくては、と強く感じています。
『十二月大歌舞伎』は12月26日(日)千穐楽までの上演。第三部では、序幕に『義経千本桜』『吉野山』が上演される。松緑が佐藤忠信(実は源九郎狐)を、七之助が静御前を勤める。
第三部『義経千本桜 吉野山』左より、佐藤忠信実は源九郎狐=尾上松緑、静御前=中村七之助 /(C)松竹
桜が満開の吉野山に、静御前はまばゆいほどの美しさ。忠信は、長唄の入らない『吉野山』の骨格を、竹本とともに鮮やかな舞踊で支え、物語る。
取材・文・撮影=塚田史香
公演情報
■会場:歌舞伎座
奈河彰輔 補綴・演出
石川耕士 補綴・演出
市川猿翁 演出
市川猿之助 演出
三代猿之助四十八撰の内
新版 伊達の十役(しんぱん だてのじゅうやく)
市川猿之助十役早替り相勤め申し候
序幕 足利家奥殿の場
同 床下の場
浄瑠璃
大詰 間書東路不器用(ちょっとがきあずまのふつつか)
松ヶ枝節之助
仁木弾正
絹川与右衛門
足利頼兼 :市川猿之助
三浦屋女房
土手の道哲
高尾太夫の霊
腰元累
細川勝元
侍女澄の江/ねずみ:中村玉太郎
政岡一子千松:市川右近
妙林:市川弘太郎
渡辺外記左衛門:市川寿猿
松島:市川笑三郎
沖の井:市川笑也
妙珍:市川猿弥
渡辺民部之助:市川門之助
栄御前:市川中車
第二部 午後2時30分~
白拍子桜子実は狂言師左近:尾上右近
強力不動坊:市村橘太郎
同 普文坊:中村吉之丞
宇野信夫 作・演出
二、ぢいさんばあさん
下嶋甚右衛門 :坂東彦三郎
宮重久右衛門:中村歌昇
宮重久弥 :尾上右近
久弥妻きく :中村鶴松
山田恵助:中村吉之丞
柳原小兵衛:坂東亀蔵
伊織妻るん:尾上菊之助
一、吉野山(よしのやま)
静御前:中村七之助
平維茂 :中村七之助
鬼女:中村橋之助
同 :中村福之助
同 :中村歌之助
同 :尾上左近
同 :上村吉太朗
山神 :尾上松緑
公演情報
会場:歌舞伎座
檜垣
奥殿
吉岡鬼次郎:中村獅童
鳴瀬:中村歌女之
お京:中村七之助
常盤御前:中村扇雀
山三:中村勘九郎
阿国:中村七之助
若衆雪之丞:中村橋之助
同 月之丞:中村福之助
同 花之丞:中村虎之助
同 松之丞:中村歌之助
奴喜蔵:小川陽喜(獅童長男)
三番叟
萬歳
山田庄一 演出
邯鄲枕物語
横島伴蔵/盗賊唯九郎:中村錦之助
清吉女房おちょう/傾城梅ヶ枝:片岡孝太郎
お臼:中村壱太郎
下男太郎七/捨金番福六:中村吉之丞
八百屋女房おみね:澤村宗之助
米屋勘助:中村松江
安藝の内侍:市川高麗蔵
紺屋手代黒八/番頭作左衛門:大谷友右衛門
家主六右衛門/鶴の池善右衛門:中村歌六
難有浅草開景清
北条時政:坂東巳之助
江間義時:中村種之助
和田義盛:中村隼人
千葉介常胤:中村莟玉
衣笠:中村米吉
朝日:坂東新悟
秩父重忠:中村歌昇
川連法眼館の場
市川猿之助宙乗り狐六法相勤め申し候
静御前:中村雀右衛門
駿河次郎:市川猿弥
亀井六郎:市川弘太郎
局千寿:市川寿猿
飛鳥:市川笑也
源義経:市川門之助
川連法眼:中村東蔵