古典落語をちょんまげで。立川志の八が町人髷か坊主になる落語会『しのはちの覚悟2022〜宮戸川 (全)』への覚悟

2022.6.8
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立川志の八『しのはちの覚悟2022〜宮戸川 (全)』撮影:木村直人

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落語家の立川志の八が、『しのはちの覚悟 2022〜宮戸川(全) “丁髷で古典”』を開催する。下北沢『劇』小劇場にて、2022年6月23日から26日まで。演目は『宮戸川』。半七とお花が、ふとした成り行きから一夜をともにすることとなり、"良いところ"でお時間がきてしまう前半部分、「お花半七馴れ初め」が有名だ。今回は、あまり高座にかかることのない後半も含め、『宮戸川』を始めから終わりまで口演する。さらに初日には、副題のとおり伸ばした自毛をちょんまげにする過程を披露する。現在、髪の毛は「アンミカさんくらいの長さ」だと明かす志の八に、ちょんまげの理由、『宮戸川』の魅力、落語への思いをきいた。

立川志の八


 

■『しのはちの覚悟』の覚悟とは

2000年5月、立川志の輔のもとに二番弟子として入門。『しのはちの覚悟』は、二つ目時代の2016年にスタートした。

「第1回『しのはちの覚悟』は、『真打への覚悟』が裏テーマでした。やってみて感じたのは、自分はこういう会をしたくて落語家になったんだってことです。1つの演目に特化して取材し、体験し、じっくり向き合い、そこで得たすべてに、普段の落語会はやらない演出を加えて、お客様にお見せする会です」

2017年、真打に昇進。その後も『しのはちの覚悟』は続き、2021年には本多劇場での開催も予定していた(緊急事態宣言により配信公演だけに変更)。今回で5回目となる。

「真打への覚悟を込めてはじめた落語会ですが、東京の落語家は、真打になってようやく師匠方と同じ土俵に立てる。真打になってからがスタートなんじゃないかと思うんです。僕が、今後どのような立川志の八でいくのか。落語家として何を目指しているのか。いま歩んでいる道を、お客様にお見せする場として『しのはちの覚悟』を続けていきたいです」
 

■お見せしたいのはドキュメンタリー

覚悟の落語会で、志の八は地毛を剃って月代を作り、ちょんまげになる。

「はじめにお伝えしたいのは、決して、見てくれで目立つのが狙いではない、ということです。どうしたらお客さんに楽しんでもらえるか、考えに考えた上でのちょんまげです。立川流が好きなお客様って、ある意味で、ドキュメンタリー的な面白さを期待されているような気がするんです。僕自身、素人の時に客席から感じていたのですが、いま何を考え何を伝えようとして、どんなネタを選ぶのか。その過程や想い、ある意味では生き様も含めて見せて欲しい、というような。そして、いまの僕がお見せしたいのが、ちょんまげなんです」

とある落語会。「目立ちたい気持ちも、ちょっとはありますよ?」と志の八。

ちょんまげに、志の八の『いま』が込められる。

「思い立ったきっかけはコロナ禍です。落語の仕事がすべて飛び、家にいるだけなら……と髪を切らなくなりました。それが伸びてきた時に思ったんです。古典落語を着物でやるのは当たり前。これで頭も登場人物と同じ、ちょんまげ姿でお見せしたら面白いんじゃないか? と。もともと “なぜ、あんな頭なのだろう”と疑問はありました。どうセットするのか。なぜ、あんなところを剃るのか。せっかく伸ばしたのを剃っておきながら、周りに残した髪を一つにまとめて、剃った頭頂部に乗せる。すごい感性ですよね」

「戦国時代、兜をかぶるのに都合が良かったという説もあります。でも僕の想像では、1人の権力者がハゲたことが、始まりじゃないかと思うんです。今より寿命が短かった当時、薄毛の人も今より少なかったはず。ある時、力のあるやつの前髪が後退してきて、誤魔化すために家来全員に月代を作らせて、『これが成人男性のたしなみだ』ってルールづけたんじゃないのかな。それが当時の意識高い系のメンズに刺さり、美の追求が始まり、『これが粋だね』と言われるようになった。でも、もったいないことに、文明開化とともに皆、わりとあっさり髷を落としてしまったんですよね。もし現代まで残っていたら、ハイファッションと合わせて、意外とカッコよかった可能性もある。実際にちょんまげを結うことで、見えてくるものがある気がするんです」

なんでも「想像するだけなく、やってみないと分からない性格」だと志の八は言う。2015年に『宮戸川』をネタおろしした時は、猪牙船(ちょきぶね)をこぐ体験を映像におさめて来場者に紹介した。『紺屋高尾』をかけた時は染物屋で藍染を体験し、『浜野矩随』では刀匠や彫金職人に話を聞いた。

「手に染みついた染料って本当になかなか落ちないんですね」と志の八。

連続4日間全5回で、6月23日初日は、ステージ上で髪を剃り髷を作る。

「江戸中期から後期の、町人髷(町人のちょんまげ)になる予定です。ただ、江戸時代の人たちでさえ髪結の人に頼んでいたのですよね。そこには特別な技術があったのでしょう。今回は時代物のかつら屋さんや、大相撲の床山さんに教わりながら町人髷を目指しますが、かつら屋さんはふだん髪を剃りませんし、力士に月代はありません。本番でどうなるか……(笑)。うまく結えず、ちょんまげを通り越して、ただの丸刈りになる可能性もあるんです。お客様には、それも含めてドキュメンタリーとしてお楽しみいただきたいです」
 

■どう思いますか、宮戸川?

本公演で注目したいのは、ちょんまげだけではない。演目は『宮戸川』。有名な前半だけでなく、後半も最後までかける。

「前半と後半で噺の毛色が変わります。とても特殊なネタなので、高座にかける場所も選ばないといけないほど。2015年にネタおろしをしましたが、次のタイミングを探すうちに、新型コロナがはじまり今に至ります。世の中が暗い時期にやるネタではありません。けれどもこの先、『宮戸川』を全てやるなら今だよ! なんて時代は来ない気もする。女性蔑視だとか不謹慎だとか、やりにくくなっていく可能性の方がよほど高いのではないでしょうか。じゃあ、この噺はもう出来ないのか……。自問自答していたところで、今回です。ちょんまげとセットなら、ごまかせると思いませんか? 昔ゲオでAVを借りるときに、ジブリ映画のDVDと抱き合わせで借りたのと同じ発想です(笑)」

そこまでして高座にかけたい“何か”が、『宮戸川』にある。

公演は6月23日〜26日まで。

「この噺って一体何なのかな、と前から考えているのですが、いまだに答えは出ていません。前半の『お花半七馴れ初め』は、親しみやすい噺。でも後半は、まるでやられないのも納得の噺。落語に限らず日本の古典には、時折、陰惨な話や怨念話がありますが、中でも『宮戸川』は何か引っかかる噺なんです。だから、皆さんに感想をお聞きしたいし、お知り合いやお友達と来られたのなら、どう感じたのか話をしてもらいたい。きっとその後も何日間かは、頭のどこかで『宮戸川』のことを考えちゃうんじゃないでしょうか。それくらい、変なパワーがある噺です」
 

■挑戦を「ダメ」と言われたことはない

インタビューの日、志の八は2年半伸ばした髪を後ろにまとめていた。正面からはオールバックに見えるので、街中にいても違和感はない。

「おろすと、アンミカさんくらいの長さです」

「町人髷」には月代があり、後頭部から襟足にかけては髱(たぼ)と呼ばれるふくらみがある。さらに側頭部の鬢(びん)にもふくらみがあるのが特徴だ。見た目が影響して、やりにくくなる落語もあるのではないだろうか。

「高尾太夫が『ぬしのところに参りんす』と言うときも、ちょんまげですからね。でも古典落語なら、大丈夫だと思います。落語家が、実際の見た目に関わらず色男や花魁をやるケースはいくらでもありますから。ただ、師匠からも“落語、やりにくくないか?”とは言われました」

それでも志の輔が、新しい挑戦を止めることはないという。

「師匠こそが、先駆者的に落語家として幅広いジャンルに挑戦し、あらゆるものを落語で表現してきた人ですからね。僕は、落語家を志す前から師匠が好きでしたし、その姿に憧れて入門しました。志の輔の弟子になったからには、自分なりの挑戦を続けたいです。でも、さすがの師匠も今回だけは『やめておけ』ってココまで出かかっている気もします(笑)」

志の八にとって、落語は楽しいものなのだろうか。それとも大変なものなのだろうか。

「大変なときだらけです。ネタがむずかしくて、思いどおりにいくことは滅多にありません。ドキュメンタリーにこだわる以上、自分主催の落語会では、いま何をお見せして何を伝えたいのかを自分の中から絞り出さないといけない。前日になっても何も浮かばないときは、本当に苦しいです。それでも上手く言えないのですが、落語が楽しくてしょうがないんです。そうでもなければやれませんよ、ちょんまげなんて(笑)」

立川志の八の落語会『しのはちの覚悟2022 宮戸川(全)』は、6月23日(木)から26日(日)まで。ゲストには、和太鼓奏者の内藤哲郎と篠笛奏者の武田朋子によるユニット「朋郎」が登場する。

シノハチドットライブ『丁髷道』其の一


取材・文・舞台写真:塚田史香

公演情報

しのはちの覚悟2022 宮戸川(全)

■日程:2022年6月23日〜6月26日
■会場:下北沢『劇』小劇
■出演:立川志の八
■ゲスト:朋郎(和太鼓奏者:内藤哲郎、篠笛奏者:武田朋子)
■公式サイト:http://www.shinohachi.com/
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