エスメラルダに挑む青山季可にインタビュー~ローラン・プティの傑作『ノートルダム・ド・パリ』を牧阿佐美バレヱ団が満を持しての上演
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青山季可
ステファン・ビュリオン(「ノートルダム・ド・パリ」カジモド) (C)Anne Deniau
2022年6月11日(土)・12日(日)、牧阿佐美バレヱ団がローラン・プティ振付『ノートルダム・ド・パリ』を上演する。2019年、コロナ禍により上演中止とせざるを得なかったプティの傑作の、満を持しての上演だ。この作品の初演は1965年。フランスの文豪、ヴィクトル・ユゴーの同名の小説を原作として、プティがパリ・オペラ座のために振り付けたもので、今回は主演カジモドをパリ・オペラ座エトワールのステファン・ビュリオンが踊ることでも注目を浴びている。またバレヱ団とローラン・プティ(1924-2011)との縁は深く、1996年の『アルルの女』をはじめ、本作『ノートルダム・ド・パリ』(バレヱ団1998年初演)、『若者と死』(同1999年初演)など9作品をレパートリーとしている。2021年11月にはプティ没後10周年を偲び「ローラン・プティの夕べ」として、『アルルの女』『デューク・エリントン・バレエ』を上演した。
今回は『ノートルダム・ド・パリ』のエスメラルダ役に初めて挑む青山季可にインタビュー。昨年の「ローラン・プティの夕べ」、およびNHK「バレエの饗宴2021 in 横浜」で踊った『アルルの女』のヴィヴェットとはキャラクターががらりと違う、プティ作品のヒロインだ。初役に挑む、その思いを聞いた。(文章中敬称略)
青山季可
■ヴィヴェットからエスメラルダへ。がらりとタイプの違う女性を演じる
――リハーサルの進み具合はいかがでしょう。
ルイジ(・ボニーノ)さんがいらっしゃって振付の指導をしていただいています。『アルルの女』(以下「アルル」)のときはオンラインでの指導だったので、外国の先生に直接見ていただくのは久しぶりです。
――やっとコロナ禍から前進したという感じがしますね。前回の「アルル」のヴィヴェットは優しい、しかし切ない思いも漂わせる女性でしたが今回のエスメラルダは凛とした美女で雰囲気ががらりと違います。エスメラルダについてはどのような印象を持たれていますか。
ヴィヴェットは私にまったく心が向いていない男性を思い続けるという感じだったのですが、今回は3人の男性の思い全てが私に向いている。フロロは聖職者という立場で女性を好きになってはいけないのにエスメラルダへの気持ちが抑えられない、嫉妬などドロドロした部分もあるので、エスメラルダとしてはそうした感情とも向き合わないとならない。フェビュスは純粋にお互いの魅力を感じ合っている相思相愛なので、一番シンプルです。そしてカジモドはどこか暖かい、兄弟姉妹みたいな感じというのでしょうか。
カジモドとエスメラルダのかかわりを通して、内向的な彼の気持やお互いの悲しみなど、2人にしかわからない温かいものがあるのかなと。恋愛とは違うのですよね。もしかしたら、カジモドにとっては初めて自分に対して何かを向けてくれた女性という意味では、好意を抱いているのかなとも思うのですが、その辺りのかかわり方はカジモド役の(菊地)研君のとのバランスによると思います。私の中ではもうちょっと日々を重ねられたらあるいは……、とは思いますが、エスメラルダがすぐ殺されてしまうので。ですから温かい人間愛を重視して踊るのかなと思います。
『アルルの女』水井駿介、青山季可 撮影:瀬戸秀美
――カジモド役の菊地さんは、「プティと言えば菊地さん」というダンサーですね。一緒にリハーサルをされていかがですか。
研君は確立した、立っただけで感じられる世界観を持っている。そのなかでいろいろと私に合わせてくれていると思います。今までのリハーサルはまず研君に導かれて行ったという感じでしたが、本番に向けて2人で作り上げていかなければ、きっと自分の中でかみ合わない部分が出てくるかなと思っています。それはたぶん私が登っていかなければならない階段ともいえるものだと思います。関係性としては私が内向的なカジモドを包み込み、彼の気持ちをほぐしていく役割なので、導かれている場合じゃない(笑)。
菊地研、ニコレッタ・マンニ 撮影:鹿摩隆司
■エスメラルダや群衆。作品に満ち溢れるエネルギー
――話が前後しますが、エスメラルダの役に決まった時の思いは。
今までやってきたきりっとした女性の役というと、(『ドン・キホーテ』の)キトリや(『白鳥の湖』)のオディール(黒鳥)でした。阿佐美先生の『カルメン』はバレヱ団以外のところで1回踊らせていただいたことはありますが、いずれにしても自分の中に持ち合わせていない役でもあったので驚きました。今までキャリアを積んできた中で、さらに新たな挑戦をさせていただけるのはありがたいです。
――エスメラルダはどのようなキャラクターだと考えていますか。
強さのほかに、3人の男性に思いを向けられ、それぞれに違った形で応える繊細さ、運命に翻弄されることによる悲しみと、でもそれに負けないという凛とした部分、またある意味ずぶとさみたいなものもあるのかなと思いました。演じるうえでは3人の男性それぞれのパートナーによっていろいろな側面が見えないといけない。とくにフェビュスは私(エスメラルダ)を通してしか繋がっていないので、彼のキャラクターを引き出すのは私次第かなと思いました。
ただ主演はあくまでもカジモド。また主要ソリストが4人いる中で、女性が1人という点は、逆に男性の持つ強さに負けないものを出さないといけない。それが大変ですし、課題でもあるのですが(笑)。
撮影:瀬戸秀美
――かなりエネルギーが必要な役でもありますね。
エネルギーを強く出さなきゃいけない作品だと思います。例えばヴァリエーションで一歩踏み出す場合でもいつもよりちょっと遠くへ、大きく出す。そのためのパワーが必要で、リハーサルでも時間をかけて練習しています。いつもの自分のコントロールできる範囲を超えたところを見せなければなりません。
今までこの作品ではコールド・バレエを踊っていたのですが、その時はソリストのダンサーに負けないエネルギーを出さなければと思っていました。でも今回はコールド・バレエの群衆のエネルギーに負けないものを一人で出さないとならない。冒頭の喧騒のシーンからカジモドの登場、カジモドのソロ、フロロのソロと続いた後に登場するので、そのエネルギーを一人で引き継ぎ繋いでいくという意味では、結構プレッシャーかもしれません(笑)
プティさんの作品のテーマには「愛と死」がありますが、エスメラルダは3人の男性それぞれの愛情の渦に巻き込まれ、翻弄され、素直に自分に従っただけなのに死に向かうことになってしまう。フロロへの対応次第では生き延びるすべがあったかもしれませんが、彼女は自分に正直だった。自分を貫きます。そういう生き様も伝えられればと思います。
撮影:山廣康夫
■「自分自身がその時感じたエスメラルダ」を
――聖職者でありながら道ならぬ恋をするフロロと、それを拒絶するエスメラルダの姿は、バレエに親しんだ人にとっては『ラ・バヤデール』の大僧正とニキヤを連想するかもしれません。役を作る時に、過去に踊った役を思い出したり、参考にしたりといったことはあるのですか?
そういうやり方はあまりしません。今回は特にエスメラルダはエスメラルダ、という形で取り組みました。音楽を聞きながらリハーサルを重ねていくと、最初は聞き取れなかったり感じ取れなかったニュアンスも少しずつ違ったものを感じられたりします。今回はソロの部分の練習を早くから始めたので、最初にやっていた頃と今では音楽の感じ方も変わってきたところがあります。あとは役作りに対しては本読む、音楽を繰り返し聴くなど、その作品だけを見て役に近づいて行こうとしています。
最初はとにかくやらなきゃ、という感じで、しっかりと型も見せなければと思っていたし、メリハリが強くアクセントの多い振付なので、そこにばっかり夢中になってしまう。でも最近はふっと抜けるようなところも必要だなと思っています。エスメラルダの自由さ、女性らしさを見せる意味でも。そういうところがないと彼女の自由さや魅力が伝わらないのではと。今そうした「抜ける場所」を探しています。
撮影:山廣康夫
――この作品のなかで青山さんのおすすめ、好きな場面は。
最初の町民からカジモドが登場する冒頭の部分がすごく好きです。最初のお客様の目を惹きつけることが完璧に演出されていて、なるほどと思います。
今回踊るうえで大事にしたいのは、カジモドとエスメラルダの最初のパ・ド・ドゥです。そこがうまくいくと物語が伝わるし、カジモドの心が開けていく、彼の心の美しさが出てくる。彼の心をエスメラルダとして受け止めて、輝かせられる存在でありたいなと。物語の一番のポイントになってくるところでもありますし。
本番までもうすぐですが、今後はリハーサルを通して投げかけてもらったことに対してどうこたえていくかを大切にして行きたい。私はそんなに器用な方じゃなく、キャッチボール的なことを瞬時にできるタイプではないのですが、やっぱり時間がない中でやるにはそこをやっていかないとと思います。この作品は、このバレヱ団が大切にし、ここでしかできないものだというプライドを持って取り組んでいます。
私にとって初めて見たエスメラルダはルシア(・ラカッラ)さんでした。目の前で彼女の踊りを見たとき、プティさんが思い描くエスメラルダ像ってこれなのかなと思うほどの強烈な印象が残っています。色っぽくてチャーミングで足も美しくて。彼女のイメージに似せようとは思いませんし、そう思うこと自体おこがましいんですが(笑)。
でも(志賀)三佐枝先生(※初演時にエスメラルダを踊った)からは「自分自身が感じたエスメラルダを踊りなさい」と言われました。「毎日同じじゃなくていい。その時、その日の自分が演じたいエスメラルダを踊りなさい」とプティさんから教わったと。そういう意味でも、プティさんの作品は人間味にあふれた振付なんだろうなと思いました。
――今回は青山さんを通して、人間エスメラルダが現れてくるわけですね。
古典作品には自分が感じたものがにじみ出ることはあれ、プティ作品ほど強く出てくることはないと思います。自分自身が出てくることに怖さも感じますが、本番まで、やらなければならないことを気を抜かずに、頑張っていこうと思います。
――ありがとうございました。
取材・文=西原朋未
公演情報
■上演時間:約2時間(休憩含む)
■会場:東京文化会館 大ホール
■振付・台本:ローラン・プティ
■衣装:イヴ・サン=ローラン
■音楽:モーリス・ジャール
■装置:ルネ・アリオ
■原作:ヴィクトル・ユーゴー
■振付スーパーバイザー:ルイジ・ボニーノ
■照明デザイン、技術監修:ジャン=ミシェル・デジレ
■指揮:デヴィッド・ガルフォース
■演奏:東京オーケストラMIRAI
■芸術監督:三谷恭三
<2022年6月11日>
カジモド:菊地 研
エスメラルダ:青山季可(11日)
フェビュス:アルマン・ウラーゾフ(国立アスタナ・オペラ・バレエ団プリンシパル・ダンサー)
フロロ:水井駿介
カジモド:ステファン・ビュリオン(パリ・オペラ座バレエ団エトワール)
エスメラルダ:スザンナ・サルヴィ(ローマ歌劇場バレエ団 エトワール)
フェビュス:アルマン・ウラーゾフ(国立アスタナ・オペラ・バレエ団プリンシパル・ダンサー)
フロロ:ラグワスレン・オトゴンニャム
■公式サイト:https://ambt-notre-dame.jp