牧阿佐美バレヱ団がローラン・プティの『ノートルダム・ド・パリ』で本領発揮~海外ゲストも招き、深遠な愛と死のドラマを展開した舞台をレポート
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「ノートルダム・ド・パリ」ステファン・ビュリオン、スザンナ・サルヴィ(撮影:山廣康夫)
中世15世紀、パリの街の光と闇の中で展開される悲劇が鮮やかに立ち上がった。牧阿佐美バレヱ団が6年ぶりに上演したローラン・プティ振付『ノートルダム・ド・パリ』(2022年6月11日~12日、東京文化会館)は、コロナ禍において奮闘する日本のバレエ界の公演のなかでもスケールが大きく内容も濃く、強い印象を残した。ダブル・キャストでの上演を振り返る。
■コロナ禍を乗り越えて6年ぶり待望の上演!
ローラン・プティ(1924-2011)はフランスが生んだ巨匠振付家で“ダンスの魔術師”と称された。いわゆる"エスプリ"に満ちた洒脱な作品も名高いが、愛と死を正面から描くドラマも多い。その代表作『ノートルダム・ド・パリ』(1965年パリ・オペラ座で世界初演)はヴィクトル・ユーゴーの同名小説を基にした全2幕13場の長編である。
牧バレヱ団は1996年以降、数々のプティ作品を上演しており、本作に関しても1998年に日本初演して以来折に触れて再演している。今回の上演はコロナ禍初期の2020年3月に中止となった公演のリベンジ。会場には多くの観客が詰めかけ、開幕前から期待の高まりが感じられた。
「ノートルダム・ド・パリ」(撮影:鹿摩隆司)
「ノートルダム・ド・パリ」(撮影:鹿摩隆司)
■舞踊・音楽・衣裳・舞台美術…すべての要素が一つになった“総合芸術”
第1幕は、ルイ11世の宮殿にブルジョワと平民が「道化祭」を祝うために集う場面に始まる。そこへノートルダム大聖堂の鐘突き男で醜いカジモドが現れ、群衆はざわつく。カジモドは道化王に祭り上げられるが、カジモドの恩人である司教代理のフロロが姿を見せ、騒ぎを止める。群衆たちの踊りが圧倒的だ。赤、紫、緑、黄などの衣裳を身に着けたアンサンブルは、腰を落とし内脚をもろともせず蠢く。この群衆のエネルギーによって、一気に中世のパリへと誘われる。
聖職者として自らを律するフロロだが、美貌のジプシーの娘エスメラルダに心奪われてしまう。フロロにエスメラルダを連れてくるように命じられたカジモドは、フェビュス率いる歩兵隊に阻まれ囚われる。そこで彼に対し一人優しく接するのがエスメラルダだ。
「ノートルダム・ド・パリ」ステファン・ビュリオン、スザンナ・サルヴィ(撮影:山廣康夫)
「ノートルダム・ド・パリ」菊地研、青山季可(撮影:鹿摩隆司)
フェビュスとエスメラルダは居酒屋で交わるが、それを見たフロロは激情に駆られフェビュスを刺して逃亡。エスメラルダが殺人囚として捕まる。カジモドはエスメラルダを助け不可侵権のある大聖堂へ匿う。しかし、やがて不可侵権は無効になり、大聖堂は襲われ、悲劇を迎える……。
『ノートルダム・ド・パリ』は、音楽のモーリス・ジャール、衣裳デザインのイヴ・サン=ローラン、装置のルネ・アリオという一時代を画した芸術家たちも携わった“総合芸術”。打楽器を駆使したジャールの壮大な響き(今回はデヴィッド・ガルフォース指揮による東京オーケストラMIRAIの演奏)、初演当時一世を風靡したモンドリアンルックも入ったサン=ローランの衣裳、大聖堂を表した高さのあるセットなどすべての要素が一つになる。
「ノートルダム・ド・パリ」(撮影:鹿摩隆司)
「ノートルダム・ド・パリ」アルマン・ウラーゾフ(撮影:鹿摩隆司)
■自慢のバレエ団キャスト&海外からの豪華ゲスト組が華麗に競演!
初日(11日)のメインキャストはほぼ自前。エスメラルダを初めて踊った青山季可は、ジプシー女の悲哀や喜びや安堵の情をしなる四肢から繊細に伝える。プティの薫陶を受けたカジモドの菊地研は純情真っすぐなカジモド。二人が交感する愛のパ・ド・ドゥも出色だが、歩兵隊たちに殴られたカジモドにエスメラルダが手で汲んだ水を差し出す場面からして真に迫った。
「ノートルダム・ド・パリ」菊地研、青山季可(撮影:鹿摩隆司)
フロロは昨年おなじくプティの『アルルの女』の主人公フレデリの好演が記憶に新しい水井駿介。麗しき脚先を武器に淀みなく踊り怜悧な司教代理を演じ切る。フェビュスはカザフスタンの国立アスタナ・オペラ・バレエ団のアルマン・ウラーゾフでダイナミックな踊りを披露した。
「ノートルダム・ド・パリ」水井駿介、青山季可、アルマン・ウラーゾフ(撮影:鹿摩隆司)
2日目(12日)のメインキャストはゲスト中心。話題はパリ・オペラ座バレエ団でのアデュー(さよなら)公演を終えたばかりのステファン・ビュリオンがカジモドを踊ったこと。ノイマイヤー振付『椿姫』DVD収録の舞台でアルマンを踊るなど日本でも人気のエトワールはプティ作品にも定評がある。カジモドの秘めた思いを雄弁に物語る踊りは格別で、絞首台から奪還したエスメラルダを大聖堂に匿った充足感から鐘にぶら下がり大きく鳴らす場面からも躍動を感じさせる。
「ノートルダム・ド・パリ」ステファン・ビュリオン(撮影:山廣康夫)
エスメラルダのスザンナ・サルヴィはローマ歌劇場のエトワールで、美しくバランスの取れたスタイルと表現力で魅せる。フロロは牧バレエ団のラグワスレン・オトゴンニャム。モンゴル出身の彼は音感が抜きん出ており、陰のあるキャラクターを自然と表すのも上手い。そしてフェビュスは前日に続いてウラーゾフ。フランス、イタリア、モンゴル、カザフスタンそれに日本のダンサーたちの共演がコロナ禍の東京で実現し、バレエは人をつなぐ芸術だとあらためて実感した。泉下のプティもさぞや喜んでいるだろう。
「ノートルダム・ド・パリ」ステファン・ビュリオン、スザンナ・サルヴィ(撮影:山廣康夫)
「ノートルダム・ド・パリ」スザンナ・サルヴィ、ラグワスレン・オトゴンニャム(撮影:山廣康夫)
■『ノートルダム・ド・パリ』から『飛鳥 ASUKA』そして、その先へ
1956年に創設された牧阿佐美バレヱ団が日本バレエ界屈指の名門であることは自他ともに認めるところであろう。昨年10月、主宰の牧阿佐美(1934‐2021)を喪ったが、このたびは芸術監督の三谷恭三、振付スーパーバイザーのルイジ・ボニーノ、ダンサーそしてスタッフたちが総力を結集して白熱した舞台を生んだ。伝統・歴史の裏打ちあってこそだと思われた。
お得意のプティ作品に続く次回公演は、2022年9月3日(土)、4日(日)東京文化会館での牧の追悼公演『飛鳥 ASUKA』(2016年初演)。牧が母の橘秋子の遺した『飛鳥物語』(1957年初演)を改訂し、プロジェクションマッピングも取り入れて21世紀によみがえらせた“日本のバレエ”である。そちらにもぜひ注目したい。そして、その先の新たな展開にも期待しよう。
「ノートルダム・ド・パリ」菊地研、青山季可(撮影:鹿摩隆司)
文=高橋森彦
公演記録
指揮 デヴィッド・ガルフォース
演奏 東京オーケストラMIRAI