太田緑ロランス×鈴木勝大×瀬戸カトリーヌが語る~『レオポルトシュタット』は50余年間を駆け抜けるジェットコースターのような家族劇
(左から)鈴木勝大、瀬戸カトリーヌ、太田緑ロランス
2022年10月14日(金)~ 10月31日(月)新国立劇場 中劇場にて、『レオポルトシュタット』が上演される。
本作は『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『コースト・オブ・ユートピア』『アルカディア』などの作品で日本でも広く知られている英国の劇作家トム・ストッパードの、2020年1月にロンドンで世界初演された最新作の日本初演となる。戦争、革命、民衆の貧困、ナチスの支配、そしてホロコーストに直面した20世紀前半の激動のオーストリアに生きたユダヤ人一族の一大叙事詩で、50代で初めて自らのユダヤ人としてのルーツを知ったというストッパードの自伝的要素も含まれているといわれている。
子役キャストを含めたおよそ30名のキャストが登場する本作は、ウィーンに住むメルツ家の女家長・エミリア(那須佐代子)の第一世代、エミリアの息子・ヘルマン(浜中文一)とその妻・グレートル(音月桂)らの第二世代、ヘルマンの息子・ヤーコプ(鈴木勝大)らの第三世代、さらにその下の第四世代までの約55年間が描かれている。
『レオポルトシュタット』家系図
本作の上演にあたり、第三世代にあたる3人、ヤーコプ役の鈴木勝大、ヤーコプの父・ヘルマンの義弟の姪にあたるサリー役の太田緑ロランス、サリーの双子の妹・ローザ役の瀬戸カトリーヌに話を聞いた。
稽古を重ねるにつれ、どんどんみんなが家族に見えてきた
ーーまずはご自身が演じる役について教えてください。
鈴木:この作品の舞台になっているのがメルツ家の居宅なのですが、その家に暮らすヘルマンとグレートル夫妻のひとり息子で、いずれそこの家長になるであろうヤーコプです。僕が演じるのは1924年の32歳になったときで、このときヤーコプは第一次世界大戦に出征して戻ってきて、身体的にもダメージを受けた状態で暮らしています。
ーーでは続いて……瀬戸さんと太田さん、どちらからうかがいましょうか?
瀬戸:どちらからでも大丈夫ですよ。
瀬戸・太田:(声を揃えて)私たち双子なので。
ーーさすが息ぴったりですね(笑)。
太田:このお話はメルツ家とヤコボヴィッツ家という二つの家族の話なのですが、私たちはヤコボヴィッツ家の三兄妹のうち真ん中のヴィルマという人の双子の娘で、私はウィーンに住み続けて結婚して子どもを3人産んだサリーを演じます。
瀬戸:私は若い時にニューヨークに行き、戦中は家族の元におらず、戦後の1946年に戻ってくる、サリーの双子の妹のローザを演じます。
ーー3人の関係性は、サリーとローザは双子の姉妹、双子とヤーコプとは血のつながりはないけれども、ヤーコプの叔母と双子の伯父が夫婦というつながりがあるんですよね。
鈴木:メルツ家にいつも親戚が集まっていて、そこにヤコボヴィッツ家の人たちも来て、ヤーコプとサリーとローザたちは一緒に遊んでいたんですね。だから大きな括りで「家族」という感じです。
瀬戸:共通点としてはもうひとつ、両親のひとりはユダヤ人で、もうひとりは異教徒なんですね。ヤーコプは父のヘルマンがユダヤ人で母のグレートルがカトリック、私たちは母のヴィルマがユダヤ人で父のエルンストがプロテスタントです。
ーー今作の戯曲を読んだときの率直な感想を教えてください。
鈴木:やっぱり初めて読んだときは登場人物の多さに圧倒されるものがありましたね。トム・ストッパードの作品ということも含めて「これは難しい作品なのかな?」と思いながらまず一周読んだ後に、二周目に入ってみたら非常にスラスラと読めました。ストーリーの中心は家族の話なんです。「家族が集まればこうなるよね」みたいな雰囲気がコメディタッチで描かれているシーンが多いので、見かけほど難しくないというか、実際に読んでみたときの手触りは優しくて楽しめる戯曲だな、と思ったのが最初の印象でした。
太田:私は、オーディションを受ける前にどんな作品か知りたかったので、キンドルで買って読んだんです。英語版だったので、自分でいろいろ調べながら読んで、家系図も自分で書いて、読み終わるのに8時間くらいかかりました。日本語の台本をいただいて読んだら、どうしても英語版では理解しきれなかった部分もクリアになりましたし、その後も稽古をして行く中で、一見関係なさそうなエピソードも実は全部繋がっていることが、点と点が線になっていく感じでどんどんわかってきたという感じです。
太田緑ロランス
瀬戸:最初に読んだときは「わっ! 台詞難し!」と思いましたし、読み合わせで「わっ! 人多っ!!」と諸々圧倒されました(笑)。物語については、最初のうちはどこか遠い昔のお話のように感じていたんですけれど、今実際にロシアによるウクライナ侵攻のニュースが流れてきたりすると、決して遠くないぞこれは、と思いますね。でも日本のお正月のようなにぎやかな家族の雰囲気に親近感を覚えましたし、稽古を重ねて行くにつれどんどんみんなが家族に見えてきているんですよ。愛すべきキャラクターがたくさん出てくるので、見るお客さんによって「この人私に近いかも」っていう人が見つかるんじゃないかなという気がしています。
ーーあとは、今作がストッパードの自伝的要素も含まれているということで、物語自体はフィクションではあるけれども現実と地続きであることも感じられます。
鈴木:稽古場にストッパードさんのインタビュー記事とかが掲示されているんですが、かなり作品とリンクする内容なんです。
太田:翻訳の広田敦郎さんがストッパードさんの家系図を持ってきてくださって、ストッパードさんの家族が第二次大戦中どのように迫害から逃げて、どんな家族で、どこでどういう出会いがあって、といったことを解説してくださいました。ヤーコプの従妹の息子・レオはストッパードさんご自身を投影していると思われるのですが、レオのエピソードの中にはストッパードさんが実際に体験しているものがたくさんあるんですよね。
とてもアットホームで幸せな稽古場
ーーお三方は共演は初めてということで、今回ご一緒されてお稽古場での印象など教えていただけますか。
瀬戸:かっちゃん(鈴木)はすごく頭がいいですね。いろんなことができて、計算も得意だし。プロフィール写真を見るとちょっとヤンチャな男の子なのかな、と思っていたんですけど、実際に会ってみたら非常に知的で、役の解釈とかも早いですし、堂々としていて頼もしいです。私がかっちゃんくらいの頃は上下関係もすごく厳しい時代で、上の人に対してビクビクしているところもありましたが、今はそのあたりニュートラルになっているなと感じます。この稽古場はとてもアットホームで、私はすごい幸せです!
太田:カトちゃん(瀬戸)は本当にこんな感じでよくしゃべってくれるので、場が和みますよね。カトちゃんとしゃべってると、多分1分に3回くらいは笑ってると思います(笑)。
瀬戸:かっちゃんも知的なイメージだし、ロラちゃん(太田)も頭がよくて、今回の稽古場は頭がいい人が多いんですよ、私どうしようと思っちゃうくらい。この間の稽古の帰り道に音月桂ちゃんとBTSの話で盛り上がったときがこの稽古期間中で一番ほっとした瞬間です(笑)。
鈴木:僕たちはこの作品の家系図で言うと3つめの世代にあたる役で、僕ら以外に、ヤーコプの従妹のネリー(椙山さと美)とか、双子の従妹のヘルミーネ(万里紗)とかがいて、その中で僕の演じるヤーコプが一番年上なんですが、実年齢は僕が一番下なんですよね。みんなと芝居の中でコミュニケーションを取っていると、一緒にこうやってふざけ合いながら育ってきた親戚同士だなという感じがすごくします。
鈴木勝大
瀬戸:本当に、実年齢関係ない稽古場だよね。私は若い人から刺激を受けることが多いです。この芝居ではお母さん役の浅野令子ちゃんとお父さん役の野口卓磨くんと、双子の姉役のロラちゃんにすごい甘えてるんですけど、実年齢は私が一番年上なんです。そのことを最近忘れてました(笑)。
鈴木:この2人は芝居をしていないときでも、本当の双子みたいに見えるんですよ。
太田:私たちは共通点がすごくあるんです。父親がフランス人というのもそうなんですけど、カトちゃんは高松に住んでいたことがあって、私は住んだことはないんですけど母が高松出身なので毎年1ヶ月くらい高松に滞在していたんです。そのときに、カトちゃんのお父さんがパンとケーキを作っていた喫茶店に時々家族で行っていたことが今回わかって、びっくりしました。
瀬戸:ロラちゃんは、もうサリーにしか見えないよね。
鈴木:サリーは、三幕では長男のナータンが生まれたばかりなんですけど、次の四幕ではその下に双子の姉妹も生まれていて、3人の子どものお母さんになっているんですね。僕は四幕は出ていないので稽古を正面から見させてもらっているんですが、サリーが子どもたちを抱えている姿から、本当に子どもを育ててきた母親のたたずまいが感じられるんですよ。
太田:三幕で生まれたばかりの赤ちゃんが割礼を受けて名前を授かって、そうしたら14歳になったナータンが登場して四幕になる、という場面と場面のつながりが素晴らしいんですよね。
鈴木:三幕もその直前の二幕の終わりまで僕らの子ども時代を演じている子役たちが踊っているところから、役者が入れ替わって場面が変わるんですよね。
瀬戸:踊っている音楽がワルツからチャールストンに自然に変わるんです。時代の変化も伝わってくるし、その一連の流れがとても面白いですね。
太田:ある幕でのセリフが別の幕では違う人物のセリフとしてリフレインされてたりして、聞いていて思わず胸がつまってしまうようなところもあります。
瀬戸:大家族で役者がたくさん出てきていたのに、最後の五幕では3人になってしまうときの重みや悲しみはズシリと来るものがあります。ローザは精神分析医の役ということもあって、泣いちゃいけないというのはわかるんですけれども、最初の稽古のときはみんなの顔が見えると泣いてばかりいて、でもローザには次の時代に家族のルーツであったり歴史であったり民族の誇りを繋げていくという崇高なミッションがあるとわかってからは、あまり涙は出なくなりました。でも、60代のローザを演じるところはやっぱりハードルが高いですね。千穐楽までにはなんとか間に合わせたいと思っているんですけれど。
太田:そこは初日に間に合わせて(笑)。今カトちゃんの話を聞いて思い出したんですけど、稽古中に演出の小川(絵梨子)さんがまず第一世代の人たちを並ばせて、次に第二世代の人たちが自分の親の前に並んで、さらにその前に第三世代の人たち、と段々並ばせていって、最後のシーンに残る3人を一番先頭に連れてきて振り向かせたんですね。そうしたらそこにはいなくなった大家族が勢ぞろいしていて。その光景を見ていたら私も泣きそうになっちゃいました。
この三人がそろって出ている第三幕が一番楽しいシーン
ーー小川さんのお稽古のやり方も独創的で楽しそうですね。鈴木さんと瀬戸さんは小川さんとご一緒するのは初めてで、太田さんは今回が3回目とうかがいました。小川さんへの印象をお聞かせください。
鈴木:僕は純粋に稽古が楽しいです。小川さんは最初に、舞台上に出ているキャラクター同士の繋がりに集中してください、ということをおっしゃっていたので、舞台上で起こることだけに集中するように意識しています。本読みや立ち稽古に入る前に、オーストリアの歴史とかユダヤの歴史とかをみんなで話し合ったり、調べて発表し合ったりする時間を設けてくださって、それがすごく稽古にも生きていることを感じます。知識を深める意味でも大事だったと思いますし、皆さんとのコミュニケーションにもなりました。
太田:(小川)絵梨子さんは「自分、自分、ってならないで」ってよく仰います。台本を読んでこのシーンで何が求められているかということを、客観性を持って考えて欲しいという意味も込められているんだと思います。
瀬戸:小川さんはどんなすっとんきょうな質問でも寄り添ってくれる演出家さんだなと思います。小川さんが求めているものは、相手との繋がりであったり、どんな状況に置かれているかということであったりするので、相手からもらったことに対して私の中でちょっと引っかかるものがあったら、そのずれがたとえ0.1ミリでも必ず小川さんは「今どういう感覚ですか?」ってずれをキャッチするんです。そのキャッチ能力がすごいなと思います。だからもっと役者として成長したいと思ったし、小川さんの求めるところに行きたいなと思ったし、まだまだ一生勉強していかなければいけないなと思わされました。
瀬戸カトリーヌ
鈴木:そういえば立ち稽古の序盤の方で「役の気持ちを探さないで」っておっしゃっていたことがあって、役の気持ちを探すよりも状況に身を置けるようにしてほしい、気持ちを演じないでっていうことなんですけど、思わずメモを取りました。小川語録は結構メモってますよ。
瀬戸:私は60代のシーンで感情が高ぶってしまって、最初の頃はボロボロ泣きながらセリフを言っていたんですけど、それだとやっぱり「自分、自分」になっちゃうんですよね。小川さんはそんな私にずっと寄り添ってくださって、ようやく小川さんから「OK! その方向です」って言われたときにはすごく嬉しかったですね。なんとか小川さんの演出について行きたいし、みんなとこの素晴らしい作品を届けられたらいいなと思っています。
太田:稽古を見ていて思ったんですけど、きっとローザにも自分の感情がコントロールできなくて泣いてばかりだった段階っていうのがあったんじゃないかな。だからカトちゃんは、年齢を重ねていく成長していくローザが通った段階を、稽古の中で身をもって体験したんじゃないかな、と思う。
瀬戸:物語後半から家族が戦争の波に飲み込まれていくので、この三人がそろって出ている第三幕が、これからオーストリアがどうなっていくかまだわからない、いろいろなことが起こる前で、ドタバタで一番楽しいシーンなんじゃないかなと思いますね。ヤーコプは戦争を経験したこともあってちょっとひねくれてますけど(笑)。
鈴木:第三幕ではヤーコプが戦争のこととかを語る部分もあるので、現実を突きつけるような役割があるなというふうには思っています。
ーーでは最後に今作に向けてのメッセージをお願いいたします。
鈴木:見終えたときに、本当に人間がこんなことを起こしてしまったのかと信じられないような、でもこれが史実に残っている本当に起こったことなんだ、という重たい気持ちがどうしてもあって、そうした戦争のことや宗教のことなどをハードルに感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、この作品は手触りがすごく柔らかくて、誰でも楽しむことができると思うので、あまり構えずに見に来ていただきたいです。
太田:今作は家族の話で、メルツ家の居宅という同じ場所で展開されるので、時代による状況の変化が視覚的にもわかりやすく、お話に入り込みやすいと思います。2022年に生きる私たちの置かれている状況に、彼らの姿が全然重ならないかと言ったら、もしかしたらそんなこともないのではないか、今の日本でこういうことは絶対に起こらないとは言い切れないのではないか、今すぐではなくても、もっと先の未来ではどうなっているかわからないのではないか、と思わされます。難しく考えずに見ていただきたいですが、非常に身につまされる話です。こんな内容の濃い戯曲を約2時間20分で上演するなんて、やっている方も信じられないくらいですが(笑)、描かれている50余年間を駆け抜けるジェットコースターに乗ったような気持ちで楽しんでいただければと思います。
瀬戸:お姉ちゃんと同じです!(笑)補足するならば、いろんな時代と共に女性の衣裳が変わるので、それも見どころのひとつですよ。ドレスや、フラッパー的なモガの感じのものとか、素敵な衣裳がいろいろ登場しますのでご期待ください。
(左から)鈴木勝大、瀬戸カトリーヌ、太田緑ロランス
取材・文=久田絢子
公演情報
新国立劇場2022/2023シーズン 演劇
『レオポルトシュタット』
日程:2022年10月14日(金)~31日(月)
会場:新国立劇場 中劇場
翻訳:広田敦郎
演出:小川絵梨子
キャスト:
浜中文一、音月 桂、村川絵梨、土屋佑壱、
岡本 玲、浅野令子、木村 了、那須佐代子
泉関奈津子、内田健介、太田緑ロランス、椎名一浩、
椙山さと美、鈴木勝大、鈴木将一朗、瀬戸カトリーヌ、
田中 亨、野口卓磨、松本 亮、万里紗、八頭司悠友
寺戸 花、根本葵空、前田武蔵、三田一颯
芸術監督:小川絵梨子
主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場
後援:ブリティッシュ・カウンシル
料金:S席8,800円 A席6,600円 B席3,300円
一般発売日:発売中
公演詳細:https://www.nntt.jac.go.jp/play/leopoldstadt/