長野博 霧矢大夢 松下優也 寺西拓人ら好演、コメディ・ミュージカル『バイ・バイ・バーディー』が遂に開幕【観劇レポート】
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(左から)松下優也、長野博、霧矢大夢、寺西拓人 (オフィシャル提供写真)
ブロードウェイ・ミュージカル『バイ・バイ・バーディー』が、2022年10月18日、神奈川県のKAAT 神奈川芸術劇場<ホール>で開幕した(同会場で10月30日まで上演、その後、11月5日~7日に大阪府・森ノ宮ピロティホール、11月10日に東京都・パルテノン多摩 大ホールを巡演)。出演は、長野博 霧矢大夢 松下優也 寺西拓人/日髙麻鈴 内海啓貴 敷村珠夕/田中利花 樹里咲穂/今井清隆 ほか。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
本作のオリジナル・プロダクションは、原作戯曲をマイケル・スチュワート、音楽をチャールズ・ストラウス、作詞をリー・アダムスがそれぞれ手掛け、1960年4月にブロードウェイ初演、1961年のトニー賞では最優秀ミュージカル作品賞、最優秀助演男優賞(ディック・ヴァン・ダイク)、最優秀演出賞(ガワー・チャンピオン)、最優秀振付賞(ガワー・チャンピオン)を受賞した。1963年には映画化され、さらにブロードウェイで二度再演されるなど、時代を超えて人気を博し続けたが、日本で翻訳上演されるのは今回が初めて。ブロードウェイ初演から実に62年ぶり。翻訳・訳詞を高橋亜子、演出・振付をTETSUHARU、音楽監督を岩崎廉が、それぞれ務める。今回SPICEは、初日ステージに先立ち行われたゲネプロ(総通し稽古)のレポートをお届けする。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
“キュートでパワフル、底抜けにハッピーな コメディ・ミュージカル”と宣伝媒体で謳われている本作、そのあらすじはこうだ。「物語の舞台は 1960年代のアメリカ。若くして音楽会社を立ち上げたアルバート・ピーターソン(長野博)は窮地に立たされていた。アメリカ中、いや世界中の女性の心を鷲掴みにして虜にしているスーパーロックスターでクライアントのコンラッド・バーディー(松下優也)が召集令状を受けたというのだ。スーパースターの徴兵とあっては、会社が立ち行かなくなってしまう……。アルバートの恋人であり秘書でもあるローズ・アルバレス(霧矢大夢)は、入隊前最後の曲《ワンラストキス》を作り、発売企画としてラッキーな女の子一人にバーディーの「ラストキス」をプレゼントする、という破天荒なアイデアを思いつき、さっそくオハイオののどかな町に暮らす少女、キム(日髙麻鈴)がラッキーな少女として選ばれた。キスの企画に反対するキムのボーイフレンド・ヒューゴ(寺西拓人)をはじめ、父ハリー(今井清隆)、母ドリス(樹里咲穂)、弟ランドルフ(内海啓貴)、友人アーシュラ(敷村珠夕)……と、小さな町に大スターがやってくることで上を下への大騒ぎ。一方、アルバートとローズは、そろそろ結婚を、という考えはあるものの、母親メイ(田中利花)をなかなか説得できないアルバートに、ローズはやきもき。果たして、《ワンラストキス》企画は成功するのか!? そして、アルバートとローズの恋の行方はいかに!?」(宣伝チラシより)。典型的なドタバタコメディーである。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
『バイ・バイ・バーディー』というタイトルについて。これは「徴兵されるコンラッド・バーディーにバイバイ」ということ。このコンラッド・バーディーのモデルとなっているのが、最近、伝記映画が公開されたばかりの、エルヴィス・プレスリーなのである。実際、彼は1958年1月に米陸軍への徴兵通知を受けた。当時のアメリカは徴兵制を施行しており、陸軍には2年間の兵役を務めなければならない。当然、このスーパースターの、兵役による芸能活動休止は全米に波紋を広げた。そこからヒントを得て作られたのが、本作『バイ・バイ・バーディー』なのである。こうした騒ぎは今だと、お隣なりの国・韓国でよく起こる。つい先日もBTSの兵役について発表があった。もっとも彼らの場合、正式グループ名がもともと“防弾少年団”であるし、ファンも“アーミー”と称せられているくらいなので、兵役自体は比較的冷静に受け止められているが、それでも世界を股にかけて活躍する彼らを韓国の国会が慮って、予め兵役法の改正案を可決させるほどに(通称「BTS法」!)、大事として扱われたのは、今も昔も変わらない厄介な問題ということなのだ。
『バイ・バイ・バーディー』(撮影:安藤光夫)
それにしても本作のブロードウェイ初演の頃(1960年)、まだアメリカはヴェトナム戦争に参戦していない(本格的な参戦は1964年から)。だから、本作で描かれるアメリカはまだまだ楽観的であり、それゆえにこそ「底抜けにハッピー」であり得たのだ。ちなみに、1963年公開の映画版(監督:ジョージ・シドニー)のほうはキューバ危機(1962年)を経ているせいか、ソ連を強く意識した(半ばバカにしてるのだが)内容に改められている。ついでに言うと、舞台版と映画版の違いは、もちろんそれだけにとどまらない。両者は登場人物や大筋こそ一緒ではあるものの、パラレルワールド並みに違う世界が繰り広げられる。舞台ないし映画のどちらか一方にしか存在しない歌もある。また、舞台版のアルバートが英語教師になりたいと思っているのに対して、映画版では化学を研究したいと思っており、それが伏線となって、終盤近くにとんでもないドタバタが生じることなる。そう、映画版のほうは概して、映画ならではの技術を駆使した、過激なスラプスティック感に満ち溢れているので、気になる向きはDVD等を鑑賞して、舞台版との比較を楽しむのも一興だろう。
『バイ・バイ・バーディー』(撮影:安藤光夫)
とはいえ、舞台版も思いっきりコメディであることに変わりはない。今回の演出家TETSUHARUは俳優の主体性を尊重するタイプとのことで、全体的に俳優達が楽しんで演技している雰囲気が舞台から伝わってくる。
『バイ・バイ・バーディー』(撮影:安藤光夫)
音楽会社でマネジメントをしている主人公アルバートは、「底抜けにハッピー」なコメディーの中にあって、いかにも喜劇の主人公にふさわしく、おおかた“アンハッピー”である。恋人兼秘書のローズとは結婚したい、教師への転職も考えたい、しかし飯の種であるコンラッドは徴兵にとられるわ、借金苦のうえ、母親から乳離れもできない、etc……。そんな自身の優柔不断さが招く不幸で観る者をも苛立たせるキャラクターを、今回ミュージカル単独初主演の長野博が、持前の自然かつ柔らかな演技で演じると、なんとも微笑ましく観ていられるのが不思議だ。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
そんなアルバートを何かと助けてきたにも係わらず、なかなか報われることなく(恋人の母親からは人種差別までされる始末)、やがてブチ切れて大胆な行動に出るローズを演じる霧矢大夢は、美しい肢体を強調した華麗なダンスや見事な歌唱を披露して、今回の舞台でもっとも強烈な印象を残す。さすがは元宝塚歌劇団トップさん。特に、謎の秘密結社の面々にスパニッシュな情熱的ダンスで色仕掛けを迫るシーンなど、面白くも圧巻だ。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
一方、スーパースターのコンラッド・バーディーは、見た目はかっこいいが中身はからっぽ、という阿呆キャラ。その役を可笑しさマシマシで演じるのが、昨今いろんなミュージカル作品から引っ張りだこの人気俳優、松下優也。彼自身、アーティストとしても活躍しているからこそ、コンラッドにスッとなりきれるのだろうか、そのため細かい所作などの自由度が高く、観ていて飽きない。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
そのコンラッドに、自分の恋人の唇が奪われてはならじと《ワンラストキス》企画に猛然と反対する若き男子ヒューゴを演じるのが、昨年(2021年)ジャニーズJr.を卒業し、進境著しい寺西拓人。見た目の爽やかさとは裏腹に、頑固かつ情けない一面をも有するティーンズの複雑な心理を絶妙に表していて好感がもてる。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
ヒューゴの可愛らしい恋人で、10代の少女ながら自分の考えをしっかりと持っているキム・マカフィーを演じるのが、元さくら学院のメンバーだった日髙麻鈴。伸びのある歌声でキム役を堂々と演じ、将来性を大いに覗かせた。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
キムの家族たち(父ハリーの今井清隆、母ドリスの樹里咲穂、弟ランドルフの内海啓貴)や、友人アーシュラの敷村珠夕もそれぞれの個性を活かして存在感を放つ。アルバートの母親メイ役の田中利花も、さすが、堂に入ってる。さらにアンサンブルの面々も、コメディ舞台に活力を注ぎ込み、縦横無尽に良き働きをこなしていた。
『バイ・バイ・バーディー』(撮影:安藤光夫)
さて、コンラッド入隊直前の《ワンラストキス》企画は、国民的テレビ番組「エド・サリヴァン・ショー」で放送されることとなる。1963年の映画版では、エド・サリヴァン本人が出演したが、今回の舞台版では川平慈英が声の出演。キムの父親ハリーは、アメリカ随一の超人気番組に自分も便乗出演できると、大はしゃぎ。まるで宝くじにでも当たったかのような勢いで、マカフィー家四人揃って歌われる「エド・サリヴァン(Hyum for a Sunday evening[Ed Sullivan]は爆笑の一曲だ。
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
もちろん上記シーンに限らず、本作の全体に通底する、“笑い”を全面肯定するスタンスは本当に素晴らしい。その象徴ともいえるナンバーがアルバートの歌う「笑うだけで(Put on a Happy Face)」だろう。トニー・ベネットのカヴァーで知られる名曲。「この世界輝くよ、そう笑うだけで」(訳詞:高橋亜子)という歌詞は、まるでミュージカル『アニー』おなじみのナンバー、「おしゃれは笑顔から(You're Never Fully Dressed Without a Smile)」と同じ方向性を感じさせるが、そういえば、どちらの曲も、チャールズ・ストラウスの作品ではないか(作詞者は異なるが)。そう、「トゥモロー(Tomorrow)」をはじめ名曲の宝庫たるミュージカル『アニー』の作曲を手掛けたストラウスの、もう一つの代表的なミュージカルこそ、この『バイ・バイ・バーディー』であることを(とくに『アニー』のファンならば)忘れてはなるまい。
沈んだ表情の水野貴以(彼女はなんと元『アニー』主役、アニーでした!)の左でアルバート(長野博)が「笑うだけで」を歌っている。ストラウスのファンにとって、この光景は感慨深い。 (撮影:安藤光夫)
舞台版で使用されているのは全40曲。ロックンロール調、ジャズ調、バラード調をはじめ、さまざまなタイプの楽曲が散りばめられている。その中でも「誰もがよく耳にしているこの名曲も、ストラウス作曲による『バイ・バイ・バーディー』劇中歌だったのか」と、おそらく多くの人々に思われるに違いないのが、「たった一人だけ(One Boy)」。アメリカではジョニー・ソマーズのカヴァーでヒット、そして日本でも小野ヒロ子や中尾ミエらのカヴァーで有名になったオールディーズのスタンダード曲。他にも、「ワン・ラスト・キス(One Lat Kiss)」や「やりたいことが山ほどある(A Lot of Livi' to Do)」などなど有名な曲がしれっと含まれているので要注意であるし、そうした音楽面での豊かさからも本作はもっと評価されていいと改めて思われた次第である。観る者の想像力を自由に解放するスッキリとした舞台セットや、パステルカラーが基調の印象的な衣裳など、諸々のスタッフワークも作品の統一感にほどよく貢献していて、楽しい約二時間半の観劇タイムを過ごすことができた。
『バイ・バイ・バーディー』(撮影:安藤光夫)
ゲネプロ終了後、報道向けに会見がおこなわれた。登壇したのは、アルバート・ピーターソン(アルメイルー・ミュージック社社長)役の長野博、ローズ・アルバレス(アルバートの恋人兼秘書)役の霧矢大夢、コンラッド・バーディー(ロックスター)役の松下優也、そしてヒューゴ・ピーボディ(キムの「ステディ」)役の寺西拓人、以上の四人。
長野博 コメント
共演者の皆様と一緒に一ヶ月半稽古してきて、こうして無事に幕を開けることができて嬉しいです。演出TETSUHARUさんは材料を与えてくれながら土台を作ってくれたので、とてもやり易かったです。お稽古は、みんなで集中して楽しく華やかにお稽古に取り組むことができました。こういった時期ですので、お客様が来てくれることに感謝しながら最後まで駆け抜けたいと思います。日本初上演の作品で温かく幸せになれる作品です。劇場でお待ちしております。
(オフィシャル提供写真)
霧矢大夢 コメント
皆で元気に初日を迎えられることができて、とても幸せです。相手役の長野さんはとても温かい雰囲気で安心感があるので、信頼して相手役を演じることができました。TETSHUHARUさんの演出の作品は何度も観客として観ていたので、ご一緒できて嬉しいです。ダンスナンバーが多いのですが、TETSHUHARUさん自身も動きながらお稽古してくださるのでイメージしやすく私たちの意見も取り入れてくださるので、無駄なく集中してお稽古に取り組むことができました。心温まる作品を客席にお届けしたいと思います。
(オフィシャル提供写真)
松下優也 コメント
こういった時期に無事に初日を迎えられることは当たり前のことではないので、嬉しく思います。長野さんは小さい頃からテレビで観ていたので、役の関係性のマネージャーとしての見るのが未だに不思議な感じがします……(笑)。お気に入りのシーンはコンラッドがアメリカンボーイとしてファンの歓声を浴びながら登場するところで、こういったシーンはめったにないので、楽しみながら演じています。自分がイメージしたコンラッドをとても自由に演じることができているな、と思っています。お客様をコンラッドのファンだと思いながら楽しく最後まで演じたいと思います。
(オフィシャル提供写真)
寺西拓人 コメント
大先輩である長野君と一緒に舞台に立てて最初は緊張していましたが、優しい雰囲気で接してくださったので、安心してお稽古に取り組むことができました。TETSHUHARUさんとは何度もご一緒していて、台本を読んだときにダンスシーンがないのかな……?と思ったのですが、霧矢さんとのダンスシーンがありTETSHUHARUさんの振付で踊れて嬉しいです。僕は神奈川県出身なので、凱旋公演のつもりで最後まで走り抜けたいと思います!
(オフィシャル提供写真)
取材・文=安藤光夫(SPICE編集部)
※参考文献:SPICE記事<正統派ミュージカル・コメディーの快作『バイ・バイ・バーディー』のすべて by 中島薫>https://spice.eplus.jp/articles/305803
『バイ・バイ・バーディー』(オフィシャル提供写真)
公演情報
■日程:2022年10月18日(火)~30日(日)
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 ホール
■日程:2022年11月5日(土)~7日(月)
■会場:森ノ宮ピロティホール
■日程:2022年11月10日(木)
■会場:パルテノン多摩 大ホール
■音楽:チャールズ・ストラウス
■作詞:リー・アダムス
■翻訳・訳詞:高橋亜子
■演出・振付:TETSUHARU
■音楽監督:岩崎廉