波頭を切り続ける現代アーティスト、40年以上にわたる創作の軌跡 大回顧展『大竹伸朗展』レポート
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『大竹伸朗展』より 《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》(部分)(2012年)
東京国立近代美術館のテラスに設置された《宇和島駅》(1997年)
「東京国立近代美術館」の文字の下に、クロスするように重ねられた「宇和島駅」の文字。現在、宇和島(愛媛県)を拠点としている現代アーティスト・大竹伸朗の大規模な回顧展が、東京国立近代美術館にて、2022年11月1日(火)から2023年2月5日(日)まで開催中だ。
大竹伸朗は80年代初頭のデビュー以来、常にアートシーンの最前線を走り続けてきた画家だ。ペインティング、オブジェ、さらに執筆や音……と多岐にわたる創作活動は半世紀近くに及び、2022年は大竹にとって初個展から40周年の節目となる。今回の『大竹伸朗展』は16年ぶりの大回顧展として、約500点の作品がまとめて展示される胸熱の企画である。早速、展示の見どころを紹介していこう。
展覧会ロゴも大竹による描き下ろし。「大竹文字」と呼ばれる独特なフォントがかっこいい。
約500点の作品の合間を泳ぐように……
展示風景 中央:《男》(1974-75年)富山県美術館
展示は年代順にこだわることなく、7つのテーマに沿って緩やかにゾーニングされている。テーマは「自/他」「記憶」「時間」「移行」「夢/網膜」「層」「音」。とはいえ、これらはあくまで鑑賞の取っ掛かりのようなもの。とにかく展示数が膨大なので、心の向くままに会場内を漂って、作品との出会いを楽しむのがおすすめだ。
展示風景 左:《ミスター・ピーナッツ》(1978-81年)個人蔵、中央:《「黒い」「紫電改」》(1964年)、右:《武蔵野美術大学芸術学部油絵科卒業制作展の為の自画像》(1980年)
「自/他」では自画像や、アーティスト大竹伸朗を形づくってきた幅広いイメージを見ることができる。中央のコラージュ作品が、現存している中で最も古い大竹作品《「黒い」「紫電改」》だ。作家が9歳の時に漫画雑誌を切り貼りしたものだという。
衝撃の代表作が、関東初お目見え!
展示風景
展示室の中央付近、薄暗くなった一角に、なにやらいかがわしげな光が……
《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》(2012年)
本展の目玉のひとつ、《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》である。世界的な芸術祭であるドイツのドクメンタ(2012年)に出展された大型のインスタレーションで、大竹伸朗の代表作として知られる作品だ。ドイツの森の中に設置されている状態の写真を見かけることが多いが、薄暗い室内に設営されているとますます妖しさが増しているような。
《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》(側面)(2012年)
《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》(内部)(2012年)
小屋の内部には自重でぐにゃりと歪むほど巨大なスクラップブックが。それだけでなく、壁、床、天井、外壁に至るまでが、あらゆる素材のコラージュで埋め尽くされている。正直言って足を踏み入れるのはちょっと怖いので、覗くだけの鑑賞スタイルと知ってホッとしてしまった。タイトルの通り、これは人の心の中までの自画像なのだろう。
「記憶」〜「時間」〜「移行」〜「夢/網膜」をめぐる
展示風景 手前:《東京—京都スクラップ・イメージ》(1984年)公益財団法人 福武財団
“すでにそこにあるもの”を拾い集めて、貼り重ねていく……大竹のそんな創造手段がわかってくると、なるほど、重ねることで作品の密度や強度を高めているのか、と考えたくなるが、そうでもないらしい。《網膜(ストロボ Ⅰ)》のように、貼って剥がした跡を見せつけてくる作品もあるからだ。
左:《網膜(ストロボ Ⅰ)》(1992年)、右:《時憶 30》(2018年)
けれど剥がした痕跡しか残っていない部分も、重なって見えなくなった下地の部分も、不思議なほどはっきりと“そこにあったもの”の存在を感じさせる。もしかしたら、決して覆い隠せない/剥がし去れない存在の手触りを、画家は表出させようとしているのかもしれない。
《網膜/境界景 7》(1990-2015年)タグチアートコレクション/タグチ現代芸術基金
「時間」のセクションに展示されていたこちらの作品は《網膜/境界景 7》。表面に透明なプラスチック樹脂がのせられており、薄いゼリー層の向こうに色彩があるような、有機的な雰囲気をまとっている。
《網膜/境界景 7》(部分)(1990-2015年)タグチアートコレクション/タグチ現代芸術基金
近くで見るとあちこちに気泡やヨレがある。琥珀のような色も相まって、積み重なった時間がゆっくり固まっていく過程を見ているようだ。図版ではなかなか分からないこういったテクスチャーの面白さは、足を運んでこそのお楽しみである。制作年に25年もの幅がある点も興味深い。
左:《壁、ロンドン》(1978年)、右:《ニューシャネル》(1998年)
「移行」のセクションでは、大竹の国内外への旅から生まれた作品が展示されている。特に目を引くのはスナック「ニューシャネル」のドアではないだろうか。レトロのひと言では表しきれない、前衛的なのかとぼけているのか分からないヘンな文字。旅先でこの文字に出会ったことで、彼のトレードマークとも言える「大竹文字」が生み出されたのだという。
展示風景 左:《網膜/蒼色無限》(1989年)、中央《網膜(クレバス)》(1990年)、右:《網膜 #1(白ナイル)》(1988-90年) ジェハン・チュー&アラン・ローコレクション
続く「夢/網膜」のエリアでは、先ほどのように樹脂を表面にまとった、ツヤツヤとした抽象的な作品が並ぶ。これらのシリーズは、捨てられていた失敗作のポラロイド写真がきっかけとなって生まれたという。露出オーバーで何が写っているのか判別できない写真に、頭の中にある漠然とした夢のようなイメージを見たという大竹。重ねられた透明な樹脂の層によって、夢を思い出そうとする時の、薄い膜が一枚間に挟まったような感覚を呼び起こされる。
途方もない71冊
展示風景
そして大竹伸朗といえば、“スクラップブックの人”という印象を抱く人もいるかもしれない。大竹がライフワークとして日々制作しているスクラップブック。あらゆるイメージを抽出し、貼り重ねてきた圧倒的質量の71冊(現時点でのすべて)が、今回は一挙に展示される。これは史上初の試みだという。
展示風景
手にとってめくってみたい衝動に駆られるが、ものによっては1冊で数十kgもあるそうだ。本展企画の学芸員がコメントでこのスクラップブックのことを「常軌を逸した……武器のような」と形容していたが、実物のボリュームを目の当たりにしたら、あまりに的確な表現に思えて笑ってしまった。
なお本展のグッズとして、作家本人によってセレクトされたポストカード集「大竹伸朗 スクラップブック 見開選 100」(税込19,800円)が販売されているのは注目である。さらに詳細に見つめたいという場合は、そちらを購入するのもよさそうだ。
敢えての「層」
7つのセクションのうちに、わざわざ「層」があるというのもちょっと面白い。大竹の作品はどれもモロに「層」をイメージさせるものだからだ。そんな中、あえてこのセクションに配されているのは、大竹が生み出した様々な本や冊子だ。大きなものから小さなものまで、技術を凝らした豪華本から、カラーコピーを綴じた同人誌のような手製本までが、ケースの中に所狭しと展示されている。
展示風景 中央:《網膜(ニュー・トン・オブ・タンジェ Ⅰ)》(1992-93年)
傍に、大型の立体作品《網膜(ニュー・トン・オブ・タンジェ Ⅰ)》が。これこそわかりやすく、「自/他」、「記憶」、「時間」、「移行」、「夢/網膜」、「層」のすべてを内包した一作ではないだろうか。足を止めてじっくりと味わうことをおすすめする。
《網膜(ニュー・トン・オブ・タンジェ Ⅰ)》(部分)(1992-93年)
作品全体が廃墟のような佇まいで、何層にも重なった写真や紙、ゴミのような木屑に覆われている。中には燃えカスのような物があったり、よく見ると結構たくさんのハエやクモがいる。けれど、層がめくれて凸凹になった表面に光が当たって、陽が差し込んだ教会のように厳かで美しい。人間の頭の中にこういう物があると想像すると、それだけで個人的には素敵な気分になる。
「音」も画材のひとつです
展示風景
7つ目の「音」は異色のセクションで、ここだけ上階のギャラリー4での展示となる。実は初個展開催よりも数年前に、ライブやパフォーマンスといった「音」を使ったアートでデビューを果たしていた大竹。ここでは彼が1980年にロンドンでラッセル・ミルズらと行ったサウンドパフォーマンスや、音に関連する作品たちが紹介されている。
アプリ「カタログポケット」(無料)では、大竹による音の作品を20曲(曲、でいいのだろうか……)も聴くことができる太っ腹仕様だ。イヤホンを持参のうえ、ぜひ併せて楽しみたいコンテンツである。
展示風景 左:《ダブ平&ニューシャネル》(1999年)公益財団法人 福武財団
このセクションでの主役は《ダブ平&ニューシャネル》だろう。遠隔操作でパフォーマンスを演出する、自動ロック演奏装置である。うわっというほど雑多なイメージの積み重なったステージを眺めていると、掻き鳴らされるサウンドも相まって、《モンシェリー》と同様に誰かの身体の中を見てしまっているような居心地悪さが。音を吐き出すというのが、本来とても内的なことだということを思い知らされる。
《ダブ平&ニューシャネル》(コントロールブース)(1999年)公益財団法人 福武財団
ステージの対面には操作ブースが置かれている。ラッキーなことに、大竹伸朗によるダブ平のパフォーマンスに遭遇することができた。音とその場の空気の重なりに全神経を集中させる姿は、想像していたよりもずっと冷静で深刻なように見えた。
そして最新作へ
展示のラストを飾るのは、2022年に制作された最新作《残景 0》だ。
《残景 0》(2022年)
本展のメインビジュアルにも採用されている《残景 0》。ローズに近い鮮やかな赤が目を捉える。「◯◯のようだ」と例えることができない、圧倒的なコレでしかないコレである。ただでさえ大型の作品なのに、不穏なエネルギーがキャンバスの四辺からはみ出している。
《残景 0》(部分)(2022年)
写真ではなかなか伝わらないかもしれないが、表面にまぶされた金のラメのようなものがキラキラしているのが印象的だ。実際に見ると、おそらく「綺麗だ」と感じる人が多いのではないだろうか。なお特設コーナーでは、本作の制作に密着したBS8Kドキュメンタリー映像「21世紀のBUG男 画家・大竹伸朗」(2022年6月放送)を見ることができる。大竹の見つめる“今”を受け止める手助けになるだろう。
圧倒的な情報量の図録も
特設ショップ風景
本展は豊富なグッズ展開も魅力だが、特筆すべきは展覧会図録(税込2,700円)に向けられた画家の情熱である。なんと本ではなく、「超大判パノラマ紙+新聞・B全サイズの図版ページ+作品リストやテキストの冊子+蛍光用紙に活版印刷されたカバーシート、合計8点セット」という驚きのスタイル! 確かに、作品の情報や綺麗な写真ならいくらでもweb上で手に入れることができるだろう。リアルな印刷物にしか生み出せない手触りや匂い、一気に視界を埋める超大型の図版……といった特徴を備えたこの形式には、大竹の印刷物への偏愛ぶりが表れている。
壁一面を使って、本展図録の全容が紹介されている。
40年以上にわたる創作活動の軌跡をたどる大回顧展だけあって、気を抜くと飲み込まれてしまいそうな物量・エネルギー量である。そしてそのすべてを貫く、何かに突き動かされて生み出し続けずにはいられない、アーティストの切実さのようなものが心に残る展覧会だった。
『大竹伸朗展』は東京国立近代美術館にて、2023年2月5日(日)まで開催されている。「東近美」が「宇和島駅」と重なりあうこの期間を、その目で目撃してみては。
《宇和島駅》(1997年)のサインは、夜には赤く光ってまた違った表情を見せるという。
写真・文=小杉 美香
展覧会情報
開館時間:10:00-17:00(金・土曜は10:00-20:00)*入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし1月2 日、1月9 日は開館)、年末年始(12 月28 日~1月1日)、1月10 日(火)
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト:https://www.takeninagawa.com/ohtakeshinroten/