白石加代子のライフワーク『百物語』のアンコール上演第四弾が、東海エリアでは唯一の公演地、愛知・長久手で上演
白石加代子『百物語』「小袖の手」上演風景より
1992年から、女優の白石加代子が取り組み続けている朗読公演『百物語』。そのアンコール上演第四弾として全国20会場を巡るツアーが現在開催されており、東海エリアでは唯一の公演地となる愛知で、2022年12月8日(木)に「岩波ホール発 白石加代子『百物語』」長久手公演が開催される。
「百物語」とは、100本の蝋燭を灯した部屋に集まった人々が順番に怪談を披露し、1話終わるごとに蝋燭を1本ずつ消していくという、日本古来の怪談会のスタイルのこと。100本目の蝋燭が消えた時、闇から物の怪が出現するため100話目は話してはならない、とされている。
白石加代子の『百物語』シリーズでは、明治から現代の日本の作家の小説を中心に、「恐怖」というキーワードで作品をセレクト。上田秋成「雨月物語」、泉鏡花「高野聖」、坂口安吾「桜の森の満開の下」、江戸川乱歩「押絵と旅する男」といった幻想文学の傑作から、半村良「箪笥」、筒井康隆「五郎八航空」、阿刀田高「干魚と漏電」、高橋克彦「遠い記憶」、小池真理子「ミミ」といった現代作家の人気作品まで、幅広いレパートリーが披露されてきた。
これまで多種多様な登場人物を、朗読の枠を超えた立体的な語りの表現で見事に演じ、多くの観客を魅了してきた白石。過去にはアメリカ・ニューヨークでも3度に渡って上演し、その際には、「人物の変化とともに、語りのイントネーションも、表情も、姿形までもが変化する。千変万化の白石加代子にとって 視覚上の限界はない。 迷信深い母親も、権威的な父親も、いともたやすく、よどみなく演じ分ける。年齢すら問題ではない。この五十代の女優は、赤ん坊でも死にかけた男でも、何の苦もなく生き生きと描き出すのだ」と評され、絶賛された。
こうして白石加代子の『百物語』シリーズは、2014年秋に第99話、泉鏡花「天守物語」をもって一旦ファイナルを迎えたが、当初「肩の荷がおりて、すっきりした」という白石は、時を経て「まるで、愛を失ったかのような想いに急激に襲われたの」とコメント。やがて再演を希望する多くの声もあってアンコール上演が始まり、本公演はその第四弾となるものだ。初演以来、構成・演出を手掛けてきた鴨下信一とのタッグにより、今回は宮部みゆき「小袖の手」と、朱川湊人「栞の恋」の2作が上演される。
今回、2022年10月21日に埼玉・越谷でツアー初日を迎えた白石加代子と、プロデューサーの笹部博司から、以下のコメントが寄せられた。
■白石加代子 初日コメント
「今回のアンコール公演でもたくさんのかたにお会いでき、とても嬉しいです。宮部みゆき作「小袖の手」は江戸時代のお話、朱川湊人作「栞の恋」は昭和のお話で、時代背景は異なりますが、それぞれに登場する「小袖」と「栞」が時空を超えて不思議な世界をつくりだします。どちらも女性を中心に繰り広げられていく物語ですが、「おんな」が大変魅力的に描かれており、演じていてとても瑞々しい気持ちになりました。私は「女」が大好きなのです。
演出の鴨下信一さんが、「口の中に広がる何とも言えない美味な味。笑いも涙も、苦味も洒落っ気も、いろんな味わいがすべて揃っている。「百物語」はグルメな作品」とおっしゃっていましたが、今回演じさせていただきます2作品も「怖い」だけではなく、たくさんの「なにか」が散りばめられおり、味わい深いものになっています。皆様おひとりおひとりそれぞれの「なにか」を感じていただけることと思いますので、私と同じように「怖いお話は苦手」というかたにも是非観ていただきたいです。」
■プロデューサー・笹部博司 初日コメント
今日はアンコール公演第四弾の初日、本番になるとさすがに白石加代子、ばっちりと決めてくる。今回は宮部みゆき「小袖の手」と朱川湊人「栞の恋」の二本立て、どちらも現存の作家である。終わった後、話をした。
「小袖の手」は母親が、娘に怪談を聞かせるという構造になっている。この母親ちょっと意地悪で、娘を怖がらせて喜んでいるところがある。その部分の白石がお茶目なのだ。お客はそのお茶目な母親を楽しみながら、同時に母親の語る怪談に娘同様、怖くなる。「小袖の手」は何度もやって来た演目だけれど、やる度に白石の手に入って来た感がある。そう伝えると、とても嬉しそうだ。白石は子どもがいない。しかし、子どものいる母親を演じるととてもいい母親を演じる。
二本目の「栞の恋」が終わった後、拍手が鳴りやまなかった。
「ほんとにこんなに拍手をいただけて嬉しいわ。題材もよかったのね。特攻隊員の青年と、昭和40年の乙女の淡い恋物語。コロナの中ほんとにたくさんのお客さまに見て頂けてわたしは幸せね」
僕は、「百物語」アンコール公演第四弾に向けて、「白石加代子『百物語』九十九話までの足跡」というタイトルの本を準備していた。演出家鴨下信一のさまざまな言葉、出演者白石加代子の「百物語」への思い、また、「百物語」に登場した作家の方たちからいただいた温かい言葉の数々、それらをきちんと残しておきたいと思ったのだ。
白石加代子『百物語』「栞の恋」上演風景より
また、主催者より本公演の作品紹介及び、作者からのコメントも届いた。
【一皿目「小袖の手」宮部みゆき】
宮部みゆきさんは、舞台を見終わって、「この作品はわたしが書いたものなのに、その後一体どうなるのかとハラハラドキドキしながら、見てしまいました」とコメントなさっていた。娘が古着を格安で買い求めてくる。母親はいきなり、その古着をバラバラにする。いぶかしがる娘に母親は、着物に取り付かれた男の話をする。一皿目は、宮部みゆきの恐怖とユーモアとが絶妙に味付けされた人情怪談をご賞味ください。
◆「妖しく、愛しい袖」宮部みゆき
このシリーズで取り上げていただいた拙作「小袖の手」は、私がまだ作家として駆け出しのころの作品です。初演の際、客席であやうく涙しそうになりました。それほど嬉しかったし、深く感動しました。
数百人の観客を前に、舞台で語る白石さんは、たった一人です。でも本当は、白石さんの後ろに大勢の語り部たちがいる。遙か古の時代から、営々と怪談を語り継いできた人びとの魂がついているのです。そのなかには、江戸の闇、江戸の怪異を語っていた人びとの魂もありました。私が作品のネタにした着物の袖よりも、舞台の上の白石さんの着物の袖の方が、はるかに豊穣で神秘的な幻想と怪異を隠していました。語りながら白石さんが袖をひるがえすと、その断片がひらり、はらりとこぼれ落ちるのが見えました。
私が江戸怪談に魅入られ、憑かれたように書き続けるようになった理由を、察していただけるでしょう。 駆け出しの身で、こんな贅沢で劇的な体験をしてしまった以上、もう逃げられません。というわけで、白石さんには責任をとっていただきたく――私は今日も、「また舞台で読んでもらえるといいなと思いつつ、江戸怪談を書くのです」
(白石加代子「百物語」シリーズ第二十九夜「お文の影」「ばんば憑き」パンフレット原稿より)
【二皿目「栞の恋」朱川湊人】
「花まんま」で直木賞を受賞した朱川湊人の受賞第一作として、「かたみ歌」という七つの短編からなる作品集が発表された。「栞の恋」はその中の一本である。テレビで「世にも奇妙な物語」という形でドラマ化された。一冊の本に挟まれた栞がとりもつ不思議で切ない恋物語。お互いの顔も知らぬまま想いだけが募る淡く切ない恋の行方は…
この怪談は、一つの栞が昭和40年と19年前を行ったり来たりするところにあります。白石加代子の現在から、純情な二十歳の乙女へと思い出の時間に入って行き、不思議な恋の時間を生きる。笑って、泣けて、特上の美味な話である。
◆「ミラーボールのような百面体」朱川湊人
私にとって白石加代子さんは、長い間、“怖い人”であった。 その演技に初めて接したのは金田一耕助シリーズの映画だったが、当時は中学生だったので、「何だか映ってるだけで、迫力がある人だなぁ」くらいの認識しか持っていなかった。しかし、その後にビデオで『女囚さそり 第41雑居房』を見て、そう感じたのは気の迷いでなかったと強く実感した。その劇中の白石さんは、まさしく迫力の塊であったからだ。本当に何かが憑りついているとしか思えない演技で、「役が憑依してしまう役者さんがいると言うけど、ちょっと憑き過ぎなのでは」と、こちらが心配になってしまうくらいだ。
以来、白石さんを“怖い人”と思い続けてきたのであるが、 言うまでもなく、それは大きな間違いである。何のことはない、単に私が演劇に疎く、舞台の上の白石さんを見る機会を持てなかっただけのことだ。 拙作の『栞の恋』を百物語の演目に選んでいただき、その舞台を拝見した際に私はそれを思い知り、己の考えの浅さを恥ずかしく思った。その時に感じた通りに言えば、白石さんの舞台は、“ちょっとばかり何かに憑かれたくらいで、できるものではない”ということだ。もしかすると白石さんの中に何十通りもの白石さんがいるか、あるいはミラーボールのような百面体の心を持っているのかもしれない――そう考えることで私は自分を納得させたが、その時から白石さんは、もう“怖い人”ではなくなってしまった。
是非みなさんにも、おちゃめで可愛くて、黒目がちでおさげが似合う白石さんをご覧いただきたい。
尚、先日、白石加代子に新型コロナウイルス陽性が確認され、数カ所の公演地で中止及び延期が発表されているが、現在順調に回復に向かっているため、長久手公演は予定どおり実施されるとのこと。最新情報などについては、公式サイト及び「長久手市文化の家」Twitter(https://twitter.com/bunkanoie)等でご確認を。
白石加代子『百物語』長久手公演 コメント動画
公演情報
■構成・演出:鴨下信一
■演目:宮部みゆき「小袖の手」、朱川湊人「栞の恋」
■会場:長久手市文化の家 森のホール(愛知県長久手市野田農201)
■料金:一般4,500円、2階席3,000円、シニア割(60歳以上)4,200円、U25(25歳以下)2,500円
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「藤が丘」駅下車、リニモで「はなみずき通」駅下車、徒歩7分
■問い合わせ:長久手市文化の家 0561-61-3411
■公式サイト:https://bunkanoie.jp/archives/2728