あつまれ「少女たち」ーー京都文博で夏に開催される特別展『星野画廊コレクション』事前調査に潜入
岡本神草「拳の舞妓」大正11年頃 撮影=福家信哉
2022年9月下旬。翌年2023年7月15日(土)〜9月10日(日)に開催される『発掘された珠玉の名品 少女たちーー夢と希望・そのはざまで 星野画廊コレクションより』展の会場となる京都文化博物館に潜入した。そこでは展示予定の作品が一堂に集められ、監修をつとめる笠岡市立竹喬美術館の上薗四郎前館長らによる事前調査が行われていた。同展は、京都の星野画廊のコレクションから「少女たち」をテーマに約120点を展示。ただし、よくある有名作家の美人画を集めたものではなく、無名な作家の作品も多く展示される。それはオーナーである星野桂三の審美眼ゆえに実現するものだ。今回は「もっと自由に、美術鑑賞を楽しんでほしい」という想いも込められた同展に向け、京都文化博物館の植田彩芳子学芸員を交えて鼎談を敢行。貴重な話を聞かせてくれた。
星野画廊 星野桂三オーナー
無名だからと言って放っておくわけにいかんのです(星野)
ーー星野画廊に並べられている作品たちはとにかくハッとさせられるものばかりです。私も頭を殴られたような衝撃を覚えましたが、改めてどのような画廊かご紹介いただけますでしょうか。
星野(星野画廊オーナー):私どもの画廊はね、いわゆる美人画展で扱うような有名作家の作品はまずないのです。画商として50年やってますけども、作家の名前によって作品を判断することはやめようと。有名な作家ばかり脚光を浴びてるのは間違いで、有名な絵描きの影には幾多の才能や名作が埋もれてるはずやないかと思いまして、作品を集めてきています。
上薗(笠岡市立竹喬美術館前館長):星野さんがこれまで長い間、絵画商としていろんな新しい作家や作品を次々に発掘されて、美術館はそれを使わせていただいてきました。星野さんのコレクションからは今回の少女たちだけでなく、まだまだ他のテーマで組めるものがあるのです。
右から上薗四郎、植田彩芳子
ーー無名の作家さんの作品もあるとおっしゃいましたが、甲斐庄楠音や秦テルヲ、岡本神草は知名度がある作家さんですよね。
星野:それは最近になっての話。私が例えば最初に秦テルヲの自画像に出会った時は、世間でほとんど知られていなかったのです。でも私はその一点を観て、「これはただ者じゃない」と思って研究するでしょ。画商ですから、その時に絵から生まれた感動をどのように皆さんに伝えて、作品として紹介していくかが仕事です。そのうちに世間がだんだんとそういう目に慣れてきて、ここ20年ほどの間にいろんな作品が出てきて、作家の紹介もされてきた。神草やテルヲは有名な人やと言われていますけど、僕はまだまだ紹介できてないと思います。他の作家は全くの無名の人が多いです。でも無名だからと言って放っておくわけにいかんのです。今回全部見てもろたら、皆さん分かるんじゃないかと思ってます。そういう機会が提供できたら嬉しいですね。
植田(京都文化博物館学芸員):今おっしゃった神草やテルヲは、星野画廊さんがキッカケになって、どんどん知名度が上がってるんだと思います。
笠岡市立竹喬美術館 上薗四郎前館長
ーーさすがの先見の明と審美眼ですね。そもそも同展の発端は何だったのでしょうか。
上薗:今回は星野さんのコレクションを沢山お借りして紹介する展覧会です。今回はいわゆる美人画展ではないアプローチをしようということで、話し合いをして作品数を削ったり増やしたりしまして、大体の展示リストが完成しました。
ーー作品の選定で難しかった部分はありますか。
星野:時代を考えることですね。今回の作品を選ぶ時の第一視点としては、まず作品が目に入って心を打つか。そして何でこの絵が生まれたんか、その絵が生まれた時代の日本や社会はどうなっていたか、当時の女性はどういう生き方をしていたか。そこが分かる作品を注視して、時代別にざっと並べていく。その中でグループが必然的にできてくるわけです。時代はひとりの作家だけでは語れません。時代背景があって作品が生まれてきたことが徐々に分かってきています。それをお見せできることが主題でしたね。
上薗:今回は明治、大正、昭和という時代の中での女性表現に特化しています。年齢の幅としては少し広いのですが、学ぶ少女、働く少女、多種多様の場で息づく女性の姿を紹介しようと。切り取った時代の中で、どんな少女たちがどんな暮らしをし、どんな学びをしているか浮かび上がらせます。
星野:何でこの人がこの絵を描いたんかが分かる作品を観ていただく。そうすると観客の皆さんが今まで知らなかった新しい女性の姿、隠れた真実の姿を見ることができます。幸せだけじゃないのです。かわいそうな女性たちの人生が表れるものもいっぱいあります。様々な角度から作品を通じて時代を考えながら観ることができればいいかなと思って選びました。
本当の美術というのは、値段も作者も関係ない(星野)
裏に文字が書かれており、額縁から作品を外すことも
ーー上薗先生は監修者としての役割から思うことはありますか。
上薗:今回の展覧会そのもののテーマから浮かび上がってくるものとして、「星野さんという画商」があります。先ほどおっしゃられたように、星野さんは時代の中で生まれた魅力的な作品一点に接したことで次々に発掘されて、グループとして作家ごとにいくつもまとめてこられました。最終的に作家の履歴が分からないままご紹介する作品も出てくると思いますが、それを発掘された星野さんの「目」を推したいなと、私の立場では思っております。
星野:私の画商としてのスタートは学生時代から、海外からの訪問者に日本の近代的な絵を売る会社に勤めていたことです。日本へ来ていろんなものを買う海外の人たちにとって作家の経歴や名前は関係ありません。「これはすごい」と思ったら気軽に買って帰る。伊藤若冲もそうです。日本では誰も目に止めなかった。外国のコレクターが自分の感性で買って収集して、それが100年、150年経って日本へ帰ってきて、今頃になって日本人が目を見開かされてるわけです。それじゃいかんやろと。日本人には茶道文化、共箱文化(箱書きがあると価値が高いとされる)、鑑定がある。箱があって作品を観る文化が長い間根付いてきた。だから展覧会をやっても作家名と値段で絵の値打ちを決める間違った方法になるのです。
ーー企画書にも「美術鑑賞を自由に楽しんでほしい」と書いてありますね。
星野:本当の美術というのは、値段も作者も関係ないのです。いかにその作品が観る人に心を投げかけて、共感を得ることができるか。そこを第一に考えています。観ていただいたら「誰の絵か分からんけども、ええやないか」と皆さんに分かっていただけると思っております。
どこに魅力があるかを読み取ることが監修の役割(上薗)
展示予定の122点がズラッと並ぶ
ーー先ほどは真剣な眼差しで作品を隅々までチェックしていましたね。どこか背筋が伸びるような雰囲気の中でしたが、今はどういう段階なのでしょうか。
植田:今日は図録に解説を書くための準備として、展覧会前に作品をまとめてお借りしてきて、調査をしている段階です。
ーー通常の展覧会でも行われる作業ですか。
植田:通常の展覧会だといろんな美術館や個人から作品をお借りするので、各所に何度か調査に行って同じようなことをします。実際に作品を開けてみると掛軸に箱書き(作品名や作家名を記したサインのようなもの)があったり、額の裏を開けると文字が書いてあったり、いろいろと情報が入手できます。図版で観るだけでは分からない作品の状態を知ることができます。
京都文化博物館 植田彩芳子学芸員
ーー上薗先生は作品を観られていかがでしたか。
上薗:星野さんとも今日に至るまで、作品の選択も含めていろいろとご相談をしてきました。作品は軸装も額装も整えて、とても良い状態で管理していただいています。今日は三館の担当者が集まり作品を直に観て、展覧会に向けて雰囲気を高めていっています。今回はほとんど情報のない作家の作品も展示予定ですので、一点一点直に観ることで、図版も載っている作品ごとの資料にはない情報に気付きます。箱の横に貼られた口貼り(画題シールのこと)という紙に情報があったり、箱の中に添えられた文書があったりするので、情報を確認していきます。一番大事なのは作品そのものの中身をよく確認して、どこに作品の魅力があるかを読み取ることです。
ーー観られた中で発見はありましたか。
上薗:やはり画像や摺物ではタッチや色が不明瞭な部分もありますが、黄色に見えていたところが黄土色の絵の具を使っていたり、よくよく見ると金箔だったり、裏から金箔を当てる裏箔と見て取れたり。テクニックや絵画手法だけではなくて、それがどのように作品ごとの魅力に繋がっているかも、この調査でだんだん分かってきます。実際に展覧会を仕立てる者としては、生まれや生没年、なるべく少しでも作家についての情報も獲得しないと説明しづらいものがあるんですよね。それがこれからの私たちの役割だと思います。最初に作品に触れた時の感動は得てほしいですが、誰が描いたのかを情報として伝えると「こんな人がいたんだな」と知ってもらえる。テルヲも神草も様々な情報が加わって、皆さんが知ることが多くなってきてるわけですから。今回展示される作品を通して、作品の位置付けや意味が高まることが私の想いです。
ーー最後に展覧会に向けて一言お願いします。
星野:今回は無名の、誰も知らないへんてこな絵が多いのですよ。でも私たちが細々と長年やってきた仕事の中で集まったものを、全国で全然違う情報の中で育ってきた方々に観ていただくことは非常にありがたいことです。有名な作家の影に隠れて一生懸命働いて絵を残した絵描きに対する供養になると、私はそう思っております。
右から上薗四郎、星野桂三、植田彩芳子
同展は2023年7月15日(土)〜9月10日(日)まで京都文化博物館で開催したのち、全国の美術館を巡回する予定だ。まずは続報を待とう。
取材・文=ERI KUBOTA 撮影=福家信哉
イベント情報
休館日:毎週月曜日(ただし、祝日の場合は翌日休館、7月24日は開館)