演出家・三浦基が代表をつとめる地点、5年ぶりにイェリネク戯曲の新作を上演
地点『騒音。見ているのに見えない。見えなくても見ている!』
2023年2月16日(木)〜2月23日(木・祝)KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉にて、地点『騒音。見ているのに見えない。見えなくても見ている!』が上演される。
本作は、オーストリアのノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクの最新戯曲で、世界を襲った新型コロナウイルス感染症によるパンデミックを描いている。
地点(ちてん)は、演出家・三浦基が代表をつとめ、既存のテキストを独自の手法によって再構成・コラージュして上演。言葉の抑揚やリズムをずらし、意味から自由になることでかえって言葉そのものを剥き出しにする手法は、しばしば音楽的と評されている。
2005年、東京から京都へ移転。2013年には本拠地・京都に廃墟状態の元ライブハウスをリノベーションしたアトリエ「アンダースロー」を開場。レパートリーの上演と新作の制作をコンスタントに行っている。
2012年にはロンドン・グローブ座からの依頼で初のシェイクスピア作品『コリオレイナス』の上演を成功させるなど、海外での評価も高い。2006年、ミラー作『るつぼ』でカイロ国際舞台芸術祭ベストセノグラフィー賞受賞。2017年、イプセン作『ヘッダ・ガブラー』で読売演劇大賞作品賞受賞。2022年12月、アンダースローの食堂「タッパウェイ」開店。観劇前後も含めたトータルな演劇体験をプロデュースしている。
2012年に『光のない。』でイェリネクと出会った地点は、その後も『スポーツ劇』(2016年)、『汝、気にすることなかれ』(2017年)とイェリネク戯曲の舞台化に取り組み、その長広舌の独特な魅力を伝えてきた。
実に5年ぶりとなる地点によるイェリネク戯曲の新作は、2021年夏に独ハンブルクで初演された『騒音。見ているのに見えない。見えなくても見ている!』(原題:Lärm. Blindes Sehen. Blinde sehen!)。
ホメロス『オデュッセイア』から人間を豚に変える女神キルケが登場するなど、ギリシア神話の引用があるのはイェリネクの他の作品にも共通している特徴。また、ハイデガーの『存在と時間』を重要なモチーフとし、パンデミック下の陰謀論やメディアの狂騒、その行き着く先の不穏さを皮肉とユーモアを交えながら描いている。
第7波、第8波と、寄せては返す波のように増減を繰り返す感染者数と『オデュッセイア』のイメージが掛け合わされたからなのか、テキスト中に頻出する「海」を手がかりに、コロナ下に自粛を求められた祭祀、自然や先祖に対して祈るという行為について考察。
ハワイの伝統舞踊・フラをヒントにした身振りやジャワガムランを用いた音楽などでイェリネクのテキストをビジュアライズする。『光のない。』『スポーツ劇』に続く、木津潤平×三輪眞弘×三浦基の最新コラボに期待が寄せられる。
三浦基 コメント
イェリネクをやり続けること
チェーホフやドストエフスキー、ブレヒトなどの古典を演出するのとは圧倒的に違う感覚がイェリネク戯曲にはある。なんだかとても苦しいのだ。すぐにテンパってしまう私がいる。台詞の一行一行の意味を即座に判断していかないと、「何がどうした?」といつも混乱してしまうのだ。
「何がどうした?」の「何が」を、例えば原発、例えばオリンピック、例えばキリスト、例えばコロナという言葉に置き換えて考えてみる。何をあてはめても、半分は当たっていて、半分は外れている。二元論に陥りやすいトピックこそ、むしろわかりにくい問題を孕んでいるからだ。
苦しむことを放棄すると、「わからない」の迷宮入りをするが、粘っているとときどき「わかる」という快感を得ることになる。そのご褒美はやはり欲しいので一行一行にアタックしてゆくことになる。
見えるということがあんなにも感動するということ。それが演劇をやる意味であり見る意味だというシンプルなことをイェリネク戯曲は教えてくれる。なので、なかなかやめられない。
さて、最新作の『騒音。見ているのに見えない。見えなくても見ている!』の主題はコロナです。当然、「コロナがどうした?」では、足りない。半分足りない。ですので、今のところ、俳優はウィルスのつもりでこの戯曲にアタックしています。
エルフリーデ・イェリネク(Elfriede Jelinek) プロフィール
オーストリア出身の詩人、小説家、劇作家。1946年オーストリア生まれ。主な作品に、ベストセラーとなった小説『したい気分』、『欲望』、戯曲『ブルク劇場』、『トーテンアウベルク』、『雲。家。』、『杖、竿、棒』などがあり、ビューヒナー賞をはじめ受賞多数。ドイツ語圏の最も重要な戯曲賞「ミュールハイム戯曲賞」を4回(02, 04, 09, 11年)受賞している。1983年の小説『ピアニスト』は01年に映画化され、その年のカンヌ映画祭で三冠受賞して話題を集めた。04年、「豊かな音楽性を持つ多声的な表現で描いた小説や戯曲によって、社会の陳腐さや抑圧が生む不条理を暴いた」功績によりノーベル文学賞を受賞。