渡辺えり、室井滋が抱える老後の不安とは「80歳まで働いて月々これくらい……なんて、そんなの無理!」
右から渡辺えり、室井滋 撮影=高村直希
2021年に上演されて好評を集めた、垣谷美雨の原作小説の舞台化『喜劇 老後の資金がありません』が1月14日(土)〜28日(土)に京都の南座、2月1日(水)〜19日(日)に東京の新橋演舞場にて再演される。老後資金の問題をテーマに、お金に翻弄される家族の姿を描いたコメディ。どんどん減っていく老後資金に頭を悩ませる主婦、篤子役は前作同様に渡辺えり、そして姑の年金をあてにしている女性、サツキを今作では室井滋が勤める。
右から渡辺えり、室井滋
名優ふたりも頭を悩ませる老後資金
「老後資金は2,000万円が必要」とされる現代。しかし現実は商品の価格や光熱費がどんどん値上がりするなど、日本の多くの家庭は懐事情が厳しくなっている。
渡辺えり
渡辺も今後の人生について「不安ばかり」と口にする。「この作品の稽古をやるようになって、「自分には貯金がない」ということに思い当たったのです。築30年になるマンションを持っているのでそれがどれくらいで売れるか調査中なのですが、長生きしちゃったら、それもそこまでアテにならない。「じゃあ、これからどれだけ働けば事務所の維持費などもまかなえるのか」と税理士さんに電話で尋ねたら、「今と同じくらいのペースで80歳まで働いて月々これくらい」と言われて。「そんなの無理です」と大声が出ちゃいました」と苦笑い。「節約しながら、騙しだましでやっていこう」と気持ちを引き締めているのだという。
室井滋
一方、室井は「私は富山県人なので、堅実なタイプ。だけど今は自然災害、戦争、近隣諸国との関係、少子化問題など、自分がどれだけ堅実にやっていても追いつかないような外的要因ばかりあって、不安があります。「私もいつか博打を打たなきゃいけない」と富山県人にあるまじき発想になっています。ただ、仕事で出演料が入ったら、銀行から「外貨貯金しないか」、「老後の積立はどうか」と連絡がきたりするのです。で、「なんで私の通帳を見ているんですか!」とケンカとかしちゃって(笑)。だけどそういう部分も根本から見直した方が良いのかなとか思ったり。そんな毎日で、なんだかいろいろ八方塞がりな感じ」とこちらも不安を抱えているという。
ただ渡辺が「室井さんは稽古場でも「領収書の整理がやっと終わった」と言っていて。私は紙袋いっぱいに領収書をいれて経理に丸投げしているから。全部自分でやっているもんね」と感心すると、室井は「台詞を覚えるのと一緒に領収書整理もしているから大変。夢に見るんですよ、領収書を整理しながら『老後の資金が足りません』の歌をうたっている光景を」と明かしてくれた。
渡辺えり「親孝行は気づいたときにはできないもの」
渡辺えり
老後問題は年齢を重ねて突然ふりかかるものではない。未婚率や晩婚率もあがっていることで、人生の最期をひとりで迎える人も少なくない。バリバリと働ける若い時期から「老後問題」は身近に迫っている。渡辺も「私も子どもがいなくてひとりなので、いずれ介護施設などにお願いするときがくるはず。そんなとき、大切になってくるのは周りの人がどれだけ親身になってくれるかですよね。自分自身も、いろんな人たちに対する愛情の重ね方が大事になってくる。お金が一番大事じゃないと思います」と持論を語ってくれた。
渡辺えり
渡辺は1月10日(火)放送『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演した際も、両親の老後についてトークを繰り広げた。2022年5月に父親を亡くし、母親は認知症のため介護施設で暮らしている。渡辺は「両親が動けるあいだに親孝行をしておいて良かった」と振り返る。
「母親とは10日間の旅行をしたんです。一生に一度のものになるかもしれないから、旅行会社の方にはいろいろ無理を聞いてもらいました。実は母親は、中国の万里の長城に行きたいという夢があったのです。ただ、旅行の手続きを済ませたときに具合が悪くなりました。だからこそ、あの10日間の旅行はかけがえのないものになりました」
「父親との思い出は、戦友のお墓へ連れて行けたこと。私が平和活動をしていて、その知り合いである宮沢賢治の研究家の方を通して、(宮沢賢治の親友である)保阪嘉内の家の近くに戦友のお墓があることを知れました。自分がやってきたことが偶然つながって、70年以上経って父親が戦友と再会できた。平和活動をしていて、いろんな方と接していなかったら実現しなかったでしょうし、そうなったらずっと悔いが残っていたと思います。親孝行は気づいたときにはできないものなのです」
室井滋「毎日の食費を考えながら生活している。それが楽しい」
室井滋
室井は自分のこれからの生き方について「若いときには考えたこともないようなことを、思うようになった」と語る。
「エッセイを書くとき、よく行く喫茶店があります。そこでモーニングを食べながら書くのですが、「食費がいくらかかっているかな」と考えるのです。「1日の食費が1,000円だったら、1ヶ月で3万円あればやっていけるかな」と。そんなことを考えているなんて、「楽しくないんじゃないか」と思うでしょ? だけどこれが楽しいのです。おもしろいと思うこと、話したいと思う人、それらは若いときと変わっていきます。現実を見て、実をとるようになる。今回、京都で舞台がありますが、普段着る服も楽で機能的に動けるものばかり選んでしまう。若いときは、誰に会うかわからないからお洒落しなきゃとなっていたけど、今はそうじゃない。自然に、今の世のなかの流れを見て、自分があるべき姿、楽でいられる姿を大事にするようになりました。いくら貯金を持っていても、どれだけ友だちがいても、1年後、2年後はどうなるか分からない。そういう変化がますます厳しくなることを覚悟して、楽に生きていきたいです」
右から渡辺えり、室井滋
意外にも初共演となるふたり。そこで最後に、稽古を通してお互いの印象について話を聞くと、室井は「えりさんはすごく迫力があって、誰も真似ができない。そういえば以前『OUT』という小説を、えりさんはテレビで、私は映画で、同じ役を演じました。キャラも感受性も全然違うけど、そういう縁があるのはおもしろいですよね。あと、えりさんはどんなこともキッパリと言ってくれる。『老後の資金がありません』のお客さんもきっと、自分の亭主に向かって、えりさんが「なに言ってんのよ」と言ってくれるみたいに思えてスッキリするはず」と、渡辺の人間性に魅了されたと話した。
渡辺は「(室井とは)これからコンビを組んでやっていっても良いかなと思うくらいチャーミング。もっと怖い人というか、変わり者だと思っていたんです。だけど、良い意味で普通の感覚を持ち合わせている。ちゃんと普通で、キチッとしている。そのうえで個性的。個性的だけどちゃんと話ができて分析しながら役を演じる、とてもかわいらしい人」と絶賛した。
舞台『喜劇 老後の資金がありません』は1月14日(土)より京都の南座、2月1日(水)から東京の新橋演舞場にて上演。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=高村直希