『掃除機』(作:岡田利規)を演出する本谷有希子にインタビュー~「絶対に引き受けちゃいけない仕事だ」と思いました(笑)
-
ポスト -
シェア - 送る
本谷有希子
岡田利規が2019年にドイツで上演した『The Vacuum Cleaner』が、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース公演『掃除機』として2023年3月に日本初演が行われる(3月4日~3月22日、KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ)。“掃除機”の目線から、引きこもり・8050問題を描く。引きこもりの50代の娘は“掃除機”としか話さない。無職の40代息子と、80代の父親が同居する、どこかの町の、どこかの家のなかの話。ドイツでも高い評価を得た。
演出する本谷有希子は、他人の書いた戯曲を手掛けるのは、公に上演する形ではほぼ初めてだと言う。岡田とはまったく作風の異なる本谷が、本作にどう挑むのか、話を聞いた。
■気がつけば、引き受けるしかなくなっていた(笑)
──企画が決まった時はいかがでしたか?
台本を読んだ時に「これは絶対に引き受けちゃいけない仕事だな」というのが第一印象でした。「断らなきゃいけないやつだな」と、思いました(笑)。
まず、岡田さんの戯曲を私が演出することに、ちょっと面くらいました。作品の共通点があまり見出せなかったので……。
そもそも私はずっと自分が書いた戯曲の演出しかしてこなかったんです。クローズドなワークショップで一度だけ他の人の短い戯曲を演出したことはあるのですが、基本的には演出家としてちゃんとお仕事を引き受けることは人生で初めてです。だから最初は、自分が誰かの作品を演出するということそのものも、考えられなかったですね。
──そうなんですね! それを引き受けられたのはなぜなのでしょう?
年齢を重ねると、自分の可能性ってどんどんはっきりしてくるじゃないですか。「これはできない」「これはできる」ということが仕分けしやすくなってきています。それもいいなとは思いつつも、やっぱり知らないものに飛び込んでみたいという好奇心がある。そうしたら私どうなっちゃうんだろう、って。特に岡田さんの戯曲は、今までのやり方はまったく通用しないことがわかっていた。でも、自分に何か可能性があるのであれば飛び込んで広げるも良し、やってみて「やっぱり演出家の可能性はなかったね」ということがわかったら「じゃあこういうことをやってみようかな」と新たな選択肢が生まれるので、それはそれで良しなんじゃないかな、と。いずれにしても、今後の人生においてプラスになるような気がしています。
──何度かワークショップもされていますが、そういう機会を持ちたいというのは本谷さんのご希望だったんですか?
2年くらい前、この企画をいただいた時に「やれるかどうかわからないから、とりあえずこの戯曲を俳優が演じた時の空気が見たい」と、ワークショップの実施をお願いしたんですね。それもせずにいきなり引き受けることはできない……と。すると、ふたつ返事でOKをいただいたので、2回ぐらいワークショップをしてから引き受けるかどうかを考えようとペンディングしていました。でも途中で「あれ、ワークショップを2回も開いてもらったら、もう引き受けるしかないんじゃないか」と気づいてしまって、そうしたらもう流れで始まっていました(笑)。でも環境はすごく整えていただいているので、良い現場だなとしみじみ思っています。
岡田利規(作)、本谷有希子(演出)
■見えない家の中を描くことで、社会問題も見えてきたら
──2年の間に、8050問題や、本谷さんご自身もいろんな活動をしたり世の中の状況も変わっていくなかで、変化などはありましたか。
実はこれまで、どんな戯曲に向き合っている時にも、はっきり社会問題として向き合うことはなかったんです。でも今回はそれを意識しています。社会問題をいかに個人的な問題として立ち上げるかがひとつの仕事だなと。8050問題という名称がついて、社会的な弱者の居場所が確立されている。みんなが認知している問題として扱うのではなくて、その言葉からはみ出して、あまり可視化されないところのディテールを掬っていきたいです。あくまでも個人的な、すぐそこにいる誰かの悩みとして落ちてくればいいですね。あるひとつの家の中で起こっていて、外側からは感知できないこと。苦しいんだか苦しくないんだか本人たちもわからないぐらい追いつめられているけれど、日常にはずっと深刻な空気が流れているわけではないんですよね。基本的にはテレビのバラエティを見ているみたいな感じで、そのトーンのなかでも彼らが切実に思っていることを、8050問題という言葉から受ける印象とは別の角度で見せていきたいなと。ミクロに描くことでマクロに繋がればいいですね。
──家の中って、本当に外から見えないですよね。
住宅街を散歩すると、家の玄関がずらっと並んでいますよね。それを見た時に、なぜだか胸をつかれる瞬間があって。このすべての家の中に人が住んで暮らしていて、みんなそれぞれの人生や悩みがあるんだなと思った時に、感動と気持ち悪さがないまぜになったようなよくわからない感情になることがある。他人の家の玄関の内側で行われていることって、基本は見ることができないじゃないですか。だからそれを今回、演劇空間で作れるというのは個人的には面白いポイントです。いつも想像していたんですよ。この玄関の向こうの人たちはきっと全員悩んでいるだろうなと思った時に「すごい世界だな」と。
■岡田さんが演出するのとは違う、モノの演劇的な表現を
──しかも今回の戯曲で特徴的なこととして、登場人物が人間だけじゃない。“掃除機”を栗原類さんが演じます。
そうですね。それがすごく不思議な面白さでもあると思うんですけども、どういう形で人間と掃除機を会話させようかなと。演劇的には普通にやれちゃうんですよ。演劇って「僕、掃除機です」と言った瞬間に掃除機として認識される世界。演劇は嘘の産物だから何にもなれるんですけど、私は逆に、その演劇の作法に違和感を持ちたい。「はい、僕、掃除機です」と言われても、子どもが見た時のように「え、人間じゃん」みたいな視点も持っていたい。「じゃあどうしたら演劇の場で嘘ついた時に起こる違和感を自分の中で解消できるかな」と、類くんの立たせ方を考えていますね。
──面白いです。岡田さんがご自身で演出される時は、人もモノもフラットにしようとされている印象があったので、本谷さんの目線を通すとどういう形で表現されていくのかなと気になります。
まあ、でも、フラットにした方が表現に強度があるんですよ。だから私のやり方を無理やり持ち込むと、ただの蛇足になる。戯曲の良さをそのまま表現したい自分と、やっぱりカウンターでありたいな、という葛藤の繰り返しですね。
演劇はなんでもありにできちゃうので、一つひとつ向き合いつつ、自然にこの戯曲を仕上げたい。どうすればちゃんと岡田さんではなく別の人が演出した舞台になるのだろうと考えつつ、私は身体表現を学んだりした人間ではないので、このテキストの言葉を頼りに自分ができることを作っていくつもりです。
──本谷さんの演出により掃除機の存在がどうなるか……楽しみです。様々な家電があるなかで“掃除機”だということについてはどう思いますか?
最初に読んだ時に感じたことは、「いちばん家から出る必要のない家電だな」と。稼働もするし、家の中から近視眼的に家族を見ているものとしてぴったりですよね。
あと、最近の家電って喋るじゃないですか。たぶん現実には、喋る家電で孤独を癒している人も少なくはないだろうと思っています。この喋る家電と8050問題や引きこもりは、現代の人たちが生きていく上で感じている孤立感みたいな点で共通していますよね。この戯曲でも、同じ家の中にいるのに、みんな掃除機を介してしか話さないことも含めて現代的だなと思ったりします。
──たしかに、最近の喋る家電は、昔の家電とは家のなかでの存在意義が違うのかもしれません。
でも私、戯曲を深く読んでいく作業が好きじゃなくて。そうやって地下に向かって穴を掘っていくような作業をしなきゃいけないし、実際するんですけど、岡田さんの戯曲はそれよりも言葉から連想するイメージを膨らませていく、風船を持って浮いていくような作業をしなきゃいけないのではないかなという感覚です。私は嗅覚だけを頼りにやってきているところがあるので、自分の感覚を信じながら「宙に浮いていく感覚ってどういうことだろう」と考えています。
■演出家としてのこだわり──3人1役、環ROYの音楽
──キャスティングもまた特徴的です。父役が3名なのは、戯曲による指定ではないのですね。
何かやらなきゃ、って思ったんでしょうね(笑)。2本ぐらい前の芝居でひとつの役を複数の俳優でやった時に、自分がテキストから自由になった感覚があって。戯曲にちゃんと付随する演出であれば、1人の役を1人でやる必要ってないんだ、と手応えを感じたんです。今回は最初はもちろん5人芝居で考えていたのですけど、「その思い込みにとらわれなくていいんじゃないかな」「なるべくテキストから自由になろう」という思惑があって、1人の役を3人(俵木藤汰、猪股俊明、モロ師岡)でやってみることにしました。
でも、頭で考えることと、作業場で生まれることは、全然違いますね。稽古を重ねていくにつれて、3人の存在が興味深くて、さらに当初考えていたこととはまた別の要素が加わってきました。あらかじめ考えていたことより、現場で目の前に起きた現象に飛びつこうと意識してますね。小説を書く時もそうなんですが、作品が勝手に動き出そうとしたところを捉えて、その方向に向かって瞬時に逸脱していく。稽古場で俳優さんの立ち方が違うなと感じた時に「あ、ちょっとこういう動きもしてみてください」と試して面白かったらすぐに取り入れていく……という楽しみはありますね。誰かと創作すると自分が考えていなかったものが目の前に生まれる場面によく出くわします。
──どんな稽古場なのかとても気になります! そして、もうひとつ、こだわられたところが、音楽を環ROYさんにお願いしたことだそうですね。
そうなんです。私の近年の演出では音楽をまったく使っていなくて、芝居に音楽はいらないのではないかと思ってもいました。だからこそ試してみたくてお願いしました。
環さんがいることですごく創作的な稽古場になっていますね。たぶん私と俳優が暗黙の了解で受け入れてしまっている演劇的なやり方や表現を、彼はすごくフラットな見方で「それ、おかしくない?」と平気で突っ込んでくる。常に外側の目が現場にあるような感じです。当たり前にやっていたことが通用しない緊張感がある。あと、彼自身はすごく演劇的な感度も高くて、私がやりたいことをかなり的確に拾い取って、すぐにその場で出力してくれる。たぶん環さんがやりたいようにやっているだけなのですけど、でも「そうそう!それ!」みたいな提案を出してきてくれる。舞台上での立ち方に嘘がないことに感動しますね。
類くんもとても純度高く芝居をしてくれて、長年の経験は伊達じゃないなと感じています。自分の演技プランをしっかりと持っているし、柔軟性もすごくある。家納さんも演技が誠実だし、山中さんも自由な発想を持っていて自己演出力がとても高い。みなさん、信頼できる俳優さんですね。
──いろんな方々が介して演劇ができていくんだなと感じます。すごく本番が楽しみになりました。
ただね、本当にすっごく難しいんですよ! これだけはわかってくださいね(笑)。
『掃除機』出演者たち(上段)家納ジュンコ 栗原類 山中崇 環ROY(下段)俵木藤汰 猪股俊明 モロ師岡
取材・文=河野桃子
公演情報
■演出:本谷有希子
■音楽:環ROY
家納ジュンコ 栗原類 山中崇 環ROY
俵木藤汰 猪股俊明 モロ師岡
■会場:KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
■料金:一般:6,500円 ※平日早割(対象期間:3/7~10)/U24
■
■問い合わせ:
■公式サイト:https://www.kaat.jp/d/soujiki