仁左衛門と玉三郎による珠玉の“しがねえ恋”、松緑親子圧巻の連獅子、猿之助と花形俳優の平安バトルファンタジー~歌舞伎座4月公演観劇レポート
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『鳳凰祭四月大歌舞伎』
2023年4月2日(日)、歌舞伎座で『鳳凰祭四月大歌舞伎』が開幕した。「昼の部」は、市川猿之助が脚本・演出・出演し、若手俳優が個性を光らせる『新・陰陽師』。「夜の部」は片岡仁左衛門と坂東玉三郎の『与話情浮名横櫛』と、尾上松緑・左近親子による『連獅子』。昼夜ともに喝采に揺れた4月の歌舞伎座公演をレポートする。
昼の部(午前11時開演)
『新・陰陽師』(しんおんみょうじ)
歌舞伎座が新開場した2013年にも、夢枕獏の小説「陰陽師 瀧夜叉姫」を原作にした新作歌舞伎が上演された。同作を猿之助は、あえて古典歌舞伎風の演出で再構成する。
「発端」の舞台は平安時代。民は不作と年貢に苦しめられている。それを見て、心を燃やすふたりがいた。一人は平将門(坂東巳之助)。故郷の東国に戻り世の中を変える決意をする。もうひとりは俵藤太(中村福之助)。都で政治によって世の中を変える決意をする。ふたりはエールを送りあうように言葉を交わし、それぞれの道へ……。
はじめ、ふたりは笠をかぶっていた。大きく一歩踏み出し、ツケが響き、顔を見せると早くも熱い拍手が起きた。涼やかな目元に端正な美しさの巳之助と福之助。三味線にのって語られる台詞は、古典歌舞伎のようだった。ふたりは花道と本舞台から口上を述べる。歌舞伎でお馴染みの口上だが、今回は、そこで設定を軽くおさらいし、次の場面の時系列まで教えてくれた。歌舞伎をよく見る方にはほど良く既視感を覚える古典の演出を散りばめながら、歌舞伎に不慣れでもおいてけぼりにならない工夫だと感じた。本舞台の盆が大きく回り、ダイナミックに舞台転換して8年後の宮中へ。
関白の藤原忠平(市川猿弥)や右大臣の藤原実頼(市川中車)たちが揃う「序幕」。笛が雅な旋律を奏でている。いまや将門は、力をつけて勢いを増している。そこで将門制圧に、藤太が抜擢された。藤太は、その褒美に朱雀帝の寵姫・桔梗の内侍(中村児太郎)を望む。朱雀帝が藤太の願いを断ろうとすると、蘆屋道満(猿之助)がやってくるのだった。
桔梗の内侍には大きな華があった。児太郎は古風な美しさとともに、知性と芯の強さも体現する。猿之助は花道の揚幕から「あいや、しばらく」と声を響かせ、さすが澤瀉屋! な登場をみせる。胡散臭いのに堂々とした態度の道満は、本作のトリックスターとなっていた。8年が過ぎて将門は、藤太も驚くほど様子が変わっていた。人ならざるものの力を持ち、陰鬱な凄みをきかせる。そばには軍師・興世王(尾上右近)が仕えている。将門と藤太の戦いは、歌舞伎の手法で衝撃的な展開を表現する。
白い狩衣に長い黒髪の陰陽師・安倍晴明(中村隼人)が現れると、道満、将門、興世王、のちに登場する源八坊(市川青虎)など、エキセントリックなキャラクターたちが勢いを奮う中でも、かすむことのない美しさで存在感をみせる。友人の源博雅(市川染五郎)も、うっとりする美しさだ。ふわふわした佇まいは、高貴な身分だからこその華やかな余裕にみえた。晴明と博雅の浮世離れコンビは、どこかほのぼのとした掛け合いで客席の空気を和ませる。そんな博雅が、町娘の糸滝、実は滝夜叉姫(中村壱太郎)に心を奪われる。壱太郎はこくのある美貌の陰に、しっとりとした危うさを潜ませていた。見どころに次ぐ見どころの中でも、将門の復活を願う滝夜叉姫と興世王がそろってみせる六方は鮮やかだった。狂乱と紙一重の美しさが忘れられない。
あの俳優さんも! この俳優さんも! と花形世代の俳優が目くるめく、自身の持ち味を発揮する。その脇をかためるのが、澤瀉屋の芝居に欠かせないメンバーたちだ。猿弥と中車は、古風な台詞まわしで時代の雰囲気を作り、役のまま笑いを生んでいた。二幕目第一場「大内」の場では、市川寿猿が女方の役を勤める。第二場「晴明内」の場では、市川笑也と市川笑三郎がティンカーベルのような空気をまとい、本作をファンタジックに染める。大詰めでは市川門之助の山姥が、門之助だからこそ出せるインパクトで作品の格を上げていた。
「大詰」は、琵琶湖を見渡す桜満開の「三上山」の場。レビューショーのように所作事で紡がれる。その舞台のアクセントとなるのが大蛇丸(中村鷹之資)だ。きりっとした表情の中にもほほ笑みを湛え、白い衣裳で躍動感溢れる踊りをみせる。百足四天のアクションはスタイリッシュで勢いがあった。晴明と将門一派の対決では、舞台上空で空気を裂くようなスピード感ある対決が繰り広げられた。最後は滝夜叉姫、興世王がドラマチックに盛り上げる。
『陰陽師』という人気の題材を、全出演者が歌舞伎で培った技で『新・陰陽師』に落とし込む。まるで江戸時代からの人気演目のような歌舞伎らしさ、荒唐無稽を恐れない思い切りの良さがあった。それでいて「今」を感じられたのは、舞台に立つ俳優たちの勢いのおかげかもしれない。“退屈で物足りない世の中”に新風を吹き込む一幕。道満が長袴で宙を行き、エネルギーに満ちた拍手で幕を閉じた。
夜の部(午後4時開演)
一、与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)
木更津の海岸で江戸育ちの美男美女が出会い、波乱を乗り越え再び出会う物語だ。土地の人々が、この辺りで飛ぶ鳥を落とす勢いの赤間源左衛門親分のお妾、お富の話をしている。そこへ花道より、坂東玉三郎のお富が現れる。人気の芸者だったお富には色気と華があり、引き連れる子分たちとのやり取りには、しなやかさがあった。仁左衛門と玉三郎による『与話情浮名横櫛』は、当初2022年6月に予定されていた。延期を乗り越えて今回の上演に至ったこともあり、玉三郎を迎える拍手にもいつも以上に力が入る。
お富の一行と入れ違いに、揚幕が開く音。花道に目を向けると、すっと風に乗った紙飛行機のような軽やかさで、片岡仁左衛門の与三郎が姿を現した。場内は再び拍手に沸いた。与三郎は、江戸の大店・伊豆屋の跡取りとして養子に迎えられたが、その後に弟が生まれた。弟が家督を継ぐべきだと考え、与三郎は、自分が勘当されるようわざと放蕩三昧をしたらしい。与三郎と旧知の仲の鳶頭金五郎(坂東亀蔵)は、与三郎にまっすぐな言葉と眼差しを向ける。金五郎の実直な人となりだけでなく、放蕩息子を装う与三郎の義理堅さをも想像させた。
ふたりは、与三郎おすすめの小道(客席通路)を通って浜見物へ。歌舞伎座で、俳優が客席におりる演出はコロナ禍以降初めてのこと。この道はしばらく通れなかった、と声を弾ませる与三郎。ふたりはしばしば足を止めて、観客を楽しませた。ふたりが向かう先々で拍手が広がる。それが打ち寄せる波音のように聞こえた。
ようやく辿りついた海岸で、ついにお富と与三郎は出会う。洗練されたオーラがお互いの目を引く。与三郎に見惚れたお富は「いい景色だねえ」とふり返る。与三郎もまたお富に目を奪われ、羽織がずり落ちても気がつかない。花道に玉三郎のお富、本舞台には仁左衛門の与三郎。景色がいいのはこちらの方だ、と思わずにはいられない、両者ともに至福の美しさの「木更津海岸見染」の場だった。つづいて今月は、上演機会の少ない「赤間別荘」の場も上演される。
ある夜、与三郎は五行亭相生(市村橘太郎)の手引きでお富に呼び出され、源左衛門の別荘でついに逢瀬を叶える。戸惑う姿が愛らしい与三郎。お富に手を引かれて奥の部屋へ。行燈が格子の向こうのふたりを照らし出す。情感溢れる灯りに包まれて、お富が自分の帯をとく姿が夢のように美しかった。与三郎から迷いが消えて、ふたりの体が距離を縮める。しかし長旅に出ていたはずの源左衛門が、子分に連れられて乗り込んでくるのだった……。一転して凄惨な展開となり幕間へ。そして「しがねえ恋の情けが仇」の名台詞で知られる「源氏店」の場がはじまった。
お富は、和泉屋多左衛門(河原崎権十郎)に命を救われ、今は囲われて暮らしている。湯屋からの帰り道、雨宿りをしていた番頭藤八(片岡松之助)に出会い、家の中に入れてやる。さらにチンピラの蝙蝠安(片岡市蔵)が傷だらけの“お友だち”を連れて、小銭をたかりにやってきた。このお友だちが与三郎だった。ふたりは運命の再会を果たす。この場は、多左衛門が収めるが、さらなる真実が明らかに……。
藤八とお富のやりとりには、玉三郎だからこそのエスプリとユーモアがあった。客席はこれを余すことなく受け止め、笑いや拍手を返していた。与三郎は傷あとだらけになっても色男だった。「赤間別荘」の場が上演されたことで、客席は傷の理由を知っている。あの夜にひと時でもふたりが心を通わせた姿も目撃している。だからこそ与三郎が「念仏を唱えていた」と声を震わせた時には涙を誘われたし、お富が何か言い返そうとし、ぐっと言葉をのみ込んだ時には、悲痛なまでのもどかしさを感じた。たくさんの事情をまとめ上げながらドラマが展開。幕切れの与三郎の台詞には輝くような幸福感が溢れ、鳴り響く拍手がふたりを祝福した。
二、連獅子(れんじし)
尾上松緑と長男の尾上左近が『連獅子』を勤める。松緑と左近は、作品の前半で狂言師となり、獅子を手で操る。後半では長い毛の獅子の精となって舞台に立つ。前半と後半をつなぐのは、間狂言「宗論」だ。宗派が異なるふたりの僧が口論をする短いエピソードとなる。僧遍念に河原崎権十郎、僧蓮念に坂東亀蔵。ふたりは前半で高まった心地よい緊張感を保ちつつ、観るものを明るく品良く楽しませた。
能舞台を模した舞台上には、正面に演奏家たちが並び、その後ろに大きく枝を伸ばした松が描かれている。前半は抑制のきいた表現で始まる。伸びやかに踊り、高く跳び柔らかく着地する。(親子だから当たり前だが)親子! と思わずにはいられない。それでいて松緑は、ここぞという場面で、実際の体格差の何倍も親獅子を大きくみせる。仔獅子が晴れやかな表情で遠くを眺めていたとき、親獅子が子の背中をそっと見ていた。獅子は子を谷に落として……という伝説がここで描かれる。宗論をはさんで、紅白の長い毛を振る場面が有名な後半へつづく。
獅子の拵えになったふたりは、ハッとするほど鮮やかだった。演奏が勢いを増すと、獅子の親子はそれを上回る勢いをみせる。勇壮でありながら、終始美しさに隙がない。音楽も客席の拍手も何かを煽るものではなく、ただただ天井知らずに盛り上がり、ここがピークだと思われた瞬間、松緑がさらにギアを上げた。左近はまっすぐ懸命に、苦しさを微塵も見せず、驚くべき集中力で後を追いつづけた。松緑は12歳で父・辰之助を、その2年後に祖父・二代目松緑を亡くした。松緑、左近親子による本興行の『連獅子』は今回が初めてとなる。観劇前は、その背景を重ねずには見られない舞台だと思っていた。しかしいざ始まれば、そんなファン心理抜きに目の前の松緑と左近の『連獅子』に魅了された。万雷の拍手が降りそそぐ中、<夜の部>は結ばれた。
歌舞伎座新開場十周年記念『鳳凰祭四月大歌舞伎』は、2023年4月2日(日)から27日(木)まで。
※澤瀉屋の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。
取材・文=塚田史香
公演情報
■日程:2023年4月2日(日)~27日(木)【休演】10日(月)、17日(月)
石川耕士 監修
市川猿之助 脚本・演出
新・陰陽師(しんおんみょうじ)
滝夜叉姫
蘆屋道満宙乗り相勤め申し候
源博雅 市川染五郎
平将門/村上帝 坂東巳之助
滝夜叉姫/如月姫 中村壱太郎
興世王 尾上右近
桔梗の前 中村児太郎
俵藤太 中村福之助
大蛇丸 中村鷹之資
源八坊 市川青虎
琴吹の内侍 市川寿猿
式神密夜 市川笑三郎
式神密虫 市川笑也
藤原忠平 市川猿弥
藤原実頼 市川中車
三上山の山姥 市川門之助
蘆屋道満 市川猿之助
<夜の部>午後4時開演
赤間別荘の場
源氏店の場
お富 坂東玉三郎
蝙蝠安 片岡市蔵
番頭藤八 片岡松之助
五行亭相生 市村橘太郎
海松杭の松五郎 中村吉之丞
お針女お岸 中村歌女之丞
赤間源左衛門 片岡亀蔵
鳶頭金五郎 坂東亀蔵
和泉屋多左衛門 河原崎権十郎
二、連獅子(れんじし)
狂言師右近後に親獅子の精 尾上松緑
狂言師左近後に仔獅子の精 尾上左近
僧蓮念 坂東亀蔵
僧遍念 河原崎権十郎