ヴァイオリニスト久保田巧が語るシリーズ公演『ヴァイオリンは歌う』~第3回は “いま弾きたい、歌いたい”プログラムでおくる「オペラの愉しみ」

インタビュー
クラシック
2023.5.11
久保田巧 (c)田中恒太郎

久保田巧 (c)田中恒太郎

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ヴァイオリニストの久保田巧は、ミュンヘン国際コンクールヴァイオリン部門で第1位を受賞。日本のヴァイオリン界をリードしてきたひとり。2021年にシリーズ『ヴァイオリンは歌う』をトッパンホールで開始。2023年6月に開催されるシリーズ第3回「オペラの愉しみ」について話を訊いた。

――『ヴァイオリンは歌う』のシリーズを始めたきっかけを教えてください。

年齢を重ね、そろそろ自分でやりたいことをできるような機会を作りたい、そして、シリーズという形で定期的に発信していきたいと思い、始めました。半世紀以上ヴァイオリンを弾いてきて、自分にとって、ヴァイオリンとはどういうものなのか、ヴァイオリンで何がしたいのかを改めて考えたのです。

私は、小さいころから歌がとても好きで、人前でもあちこちで歌うような子どもでした。ヴァイオリンは、女性の声に一番近い楽器です。自分の声に近く、音を伸ばして歌うことのできる楽器ですので、ヴァイオリンを始めてからは、歌を歌う代わりにヴァイオリンを弾くという感覚でした。音楽のレッスンではよくあることですが、弾いていると、時々「もっと歌って」と指導されます。声のように自然に感情がこもった音で弾くのが良い、という一般的な認識があるんですね。易しい曲から始めて、これまでいろいろなヴァイオリン曲を弾いてきました。メカニカルに速く弾くところ、激しく弾くところ、歌うところなど、いろいろあります。そのなかで、歌うところが好きでした。歌う時に気持ちが良くて、充実感があるのです。「ヴァイオリンが歌う」は、自分にとって最も大切なことだと思っています。

――シリーズ3回目は「オペラの楽しみ方」ですね。

1回目は、ウィーンで生まれて育った人の作品を中心としたプログラム、2回目は、ウィーン周辺の作曲家の作品をとりあげました。3回目は「オペラの楽しみ方」。オペラと関連することをずっとやりたかったのです。前回には間に合わなくて、今回思い切ってやることにしました。

――プログラムには、オペラのアリアが並んでいます。

中学校1年生の時に、ビゼーのオペラ『カルメン』を初めて観ました。伊原直子さんが『カルメン』にデビューされたときの公演だったのですが、ものすごく感激して、そこから一気にオペラにハマっていきました。その後、イタリア歌劇団によるドニゼッティの『ラ・ファヴォリータ』を観て、それがまた素晴らしくて! そのあと、テレビでも観て泣きましたね。学校の行き帰りに「ハバネラ」をずっと歌っていたし、『ラ・ファヴォリータ』もテレビ番組を録音して、親に隠れて夜な夜なカセットで聴いていました。ちょうど思春期に入りかけたころでロマンティックな話も大好きでしたので、自分がお姫様になったようなつもりで、のめり込んでいきました。

(c)田中恒太郎

(c)田中恒太郎

――イタリアやフランスのオペラのアリアを中心としたプログラムですが、ドイツのオペラは?

ワーグナーは、あまり得意ではないです。モーツァルトのオペラは美しいのですが、少し器楽的な感じがします。
ウィーンで師事したシュナイダーハン先生は、たまたまモーツァルトが最もお得意でした。奥様は、世界的に有名なソプラノ歌手で、『フィガロの結婚』のスザンナなどを歌っていました。実は、お二人の“声”がとてもそっくりなのです……ヴァイオリンと歌で。だから、モーツァルトのオペラは、器楽と声楽の中間のように感じてしまいます。ロマン派のオペラの方が、感情を直接ぶつけることができるように思えます。

――今回の曲目も、イタリアとフランスのロマン派を軸としています。

有名なオペラの聴きどころをとり入れて書かれているヴァイオリン曲は結構ありますが、きれいに歌い、少し変化させ、盛り上がって終わる作品が多いのです。そういう音楽を並べるだけでは同じような感じの曲の繰り返しになってしまい、プログラムとしてのまとまりに欠けるのではと思いました。オペラの楽譜(スコア)には、独唱、合唱、そしてオーケストラのパートがあります。それをピアノ伴奏で弾く時、歌のパートもオーケストラもそのままになっている楽譜もあって、歌のパートをヴァイオリンで弾ける楽譜があったのです。

――音楽の流れや展開、声を大切にして選曲していらっしゃるのですね。

『椿姫』は、最初から曲順どおりに二人で演奏できるように書かれた楽譜があり、「これかな!」と思いました。前半のプログラムは、イタリアのヴェルティですので、後半はフランス語のオペラをとりあげます。最後に演奏するサラサーテの「カルメン幻想曲」や、ビゼーの『カルメン』から「前奏曲」と「花の歌」、それからサン=サーンスの『サムソンとデリラ』からのアリア「あなたの声に私の心は開く」を弾きます。

――久保田さんが、“いま弾きたい、歌いたい”プログラムですね。

そうですね。普段のレッスンで、生徒が「カルメン」やグノーの「ファウスト」などオペラを題材としたヴァイオリン曲を持ってきてくれると嬉しくて、それを聴いているだけで、こちらのテンションが上がります。これから6月のコンサートまでの間、ずっとオペラの曲のことだけを考えていられるなんて、こんなに幸せな時間はありません。

――会場となるトッパンホールの魅力を教えてください。

少人数でやるときにちょうど良い大きさで、ほどよい距離間……音を鳴らした時、響いて戻ってくる時間がほどよいと思っています。

――ピアノの河原忠之さんは、特に声楽の伴奏者として広く知られていますね。

本当に曲をよく知っていらして、オーケストラがそこで鳴っているように演奏してくださいます。

――ところで、久保田さんは、高校卒業後にウィーンへ留学。いまも日本とウィーンを行き来しているそうですね。

ウィーンでは8年間学校にいました。いまも、家もまだ借り続けています。ウィーンではドイツ語を使いますが、独特のイントネーションがあります。普段からウィーンのドイツ語を話す作曲家の書いた音楽を、他の言語を喋る人が弾くと、違うものになってしまうことがあります。ウィーンのドイツ語は、ミュンヘンやザルツブルクのドイツ語と似通っている方言なのです。

――音楽と言葉は、密接に結びついているとよく言われます。

ウィーン時代、夜中に乗ったタクシーの男性の運転手に、「夜遅く大変ですね」と話しかけたら、「昼間は声楽のレッスンへ行き、夜はオペラを聴き、夜中にタクシーで稼いでいる。オペラ歌手になりたいんだ」と教えてくれました。私もオペラをやりたいと言ったところ、彼は自分の先生を紹介してくれました。それで、10回だけ発声のレッスンを受けたのです。その先生は、「ウィーンのドイツ語は、イタリア語に近いんだ」とおっしゃいました。母音が明るく、ドイツ語にしては長くてゆったりしていて、子音はきつくないのです。そういうところが標準ドイツ語よりも歌には合っているんだと言っていました。

――声楽への道も選択肢としてあったのでは?

小学校3年生ぐらいから本格的にヴァイオリンに取り組むことになり、6年生の終わりに江藤俊哉先生のレッスンを受けるようになりました。そのころ、妹は少年少女合唱団に入っていて、妹の声の方が良かったのです。「ヴァイオリンよりも歌をやりたい」と母に言ったら、「きっとソロは歌えないから、合唱でよければやりなさい」と言われました。それは、ちょっと違うかなと思い、“私はヴァイオリンで歌を歌う”ことを選びました。私にとって、歌は特別なのです。

取材・文=道下京子

公演情報

久保田巧 ヴァイオリンは歌う
vol.3 オペラの愉しみ

 
日程:2023年6月18日(日)15:00 開演(14:30 開場)
会場:東京/トッパンホール
出演:久保田巧(ヴァイオリン)
料金(全指定席):5,500円
 
プログラム:
【オペラ名場面集】
ヴェルディ:オペラ「椿姫」より 抜粋
サン=サーンス:オペラ「サムソンとデリラ」から
デリラのアリア「あなたの声に私の心は開く」
ビゼー:オペラ「カルメン」から 前奏曲 / ホセのアリア「花の歌」
サラサーテ:カルメン幻想曲(原曲:ビゼー/編曲:ジンバリスト) 
 
主催:KAJIMOTO
詳細はこちら:https://www.kajimotomusic.com/concerts/2023-takumi-kubota/
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