松本幸四郎、『七月大歌舞伎』に3年連続で出演するワケ「大阪は思い入れの強い場所」
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松本幸四郎 撮影=福家信哉
大阪の夏恒例の興行として親しまれている『七月大歌舞伎』が、今夏は大阪松竹座の開場100周年記念として7月3日(月)~25日(火)に開催される。その大きな節目の公演に歌舞伎俳優の松本幸四郎が出演し、昼の部では「沼津」の池添孫八、夜の部では「俊寛」の丹波少将成経と、「吉原狐」の三五郎に取り組む。それぞれの役に対する意気込みや、大阪松竹座への思いなどをじっくりと聞いた。
松本幸四郎
――大阪での『七月大歌舞伎』には3年連続のご出演。それ以前も、何度も出演されていますね。
「7月は大阪に伺う」と自分の中で勝手に決めています(笑)。今年も出演させていただくことができ、有り難いですし、伜の(市川)染五郎が大阪に初お目見得させていただけますことを大変嬉しく思っています。大阪松竹座の開場100周年という記念の年で、私はいま半分の50年(歳)。特別な記念の年ですので、いつも以上に一所懸命に勤めたいと思っています。コロナ禍で中止になっていた船乗り込みも、昨年復活していただいたことを本当に嬉しく思いました。船に乗り込んで、お囃子が流れた時、どれだけ涙を堪えたか。本当に感激しました。大阪で歌舞伎公演が増えていく原動力となる興行を目指したいです。
――まず、昼の部の「沼津」は、「伊賀越道中双六」(近松半二、近松加作の合作)という敵討ちの物語の大きな流れがある中で、親子の別れが描かれる作品。池添孫八という、仇の行方を探す和田家の家臣を演じられます。
全く隙がない、完成された傑作だと思います。最初は明るくワクワクするようなお芝居で、その後の悲劇を引き立たたせる。うちの家では曽祖父(初世中村吉右衛門)からの代々が、主人公の呉服屋十兵衛を演らせていただいている大事な演目でもあります。今回は上方生まれの作品を、(中村)鴈治郎のお兄さんの平作(十兵衛の実父)、(中村)扇雀のお兄さんの十兵衛、(片岡)孝太郎のお兄さんのお米(平作の娘)という上方の方々が勤められるので、改めて勉強させていただきたいと思っています。
「俊寛」
――夜の部での近松門左衛門作「俊寛」では、俊寛僧都と共に南海の孤島・鬼界ヶ島へ流刑となった丹波少将成経。島の海女の千鳥と恋仲になるという、二枚目の役どころですね。
この演目も、うちの家でも大事に受け継いでいる名作です。松嶋屋のおじさま(片岡仁左衛門)の俊寛は、ドラマチックで情熱的で、人の心を鷲づかみにされるので、ご一緒させていただけることが大変有り難いですし、楽しみです。少将と千鳥は、物語の中で唯一の希望の星。俊寛が自分を犠牲にして、若い二人に未来を託すというドラマですので、託しがいのある存在にならないといけないな、という思いがありますね。
「吉原狐」
――続いての「吉原狐」(村上元三作、齋藤雅文補綴・演出)は、1961年に初演された作品で、今回が3度目の上演。幸四郎さんは、吉原芸者・おきちの父親で、芸者屋を営む三五郎に初めて臨まれます。前回の上演時(2006年8月、歌舞伎座)には、おきちに惚れられる旗本の貝塚采女を演じておられましたね。
中村屋のおじさま(十七世中村勘三郎)のおきちと、祖父(初世松本白鸚)の三五郎で初演されたお芝居で、2度目の上演の時に采女で出させていただきました。こんな素敵な作品がどうして長らく上演されなかったのかという印象が強くありました。親子の情や人と人との繋がり、おきちが弱っている采女にほろっと惚れてしまうという歌舞伎らしいファンタジーの世界も描かれていて、楽しく笑ってほろっとしていただけるテンポのある人間ドラマ。この作品がもっと上演されて欲しいという思いがありましたので、今回上演できることを嬉しく思っています。
松本幸四郎
――三五郎という役については、どのようにお考えですか?
50歳を過ぎた、いわゆる「おじさん」。三五郎を演るには、(私は)見かけが若いので、頑張って老けたいですね。「俊寛」の少将では(20代の)片岡千之助君が演じる千鳥と恋人同士で、「吉原狐」では(30歳の)中村米吉君のおきちと親子役。二枚目の少将と、生活感のあるお父さんの三五郎という、タイプも年齢的にも全く違う役ですので、そういう演じ分けで、私の二色をご覧いただきたいなと思っています。米吉君は、油断をするとずっと喋っている人(笑)。役作りがいるのかというぐらい、役に近いところがあるような人なので、彼の個性を十二分に生かしておきちを作ってもらいたいなと思っています。
――「吉原狐」には、鴈治郎さん、扇雀さん、孝太郎さんという先輩方、お名前の出た米吉さんや、中村隼人さん、中村虎之介さん、ご子息の染五郎さんという若手勢もご出演されますね。
鴈治郎のお兄さん、扇雀のお兄さん、孝太郎のお兄さんにしっかりと芝居を締めていただいた上で、若い人たちに弾けて欲しいですね。それぞれが目立った役になることを目指して作り上げたいですし、この演目が注目していただけるような舞台を目指したいと思います。
松本幸四郎
――前回演じられた采女に、今回、染五郎さんが取り組まれることについては。
登場人物の中でも特殊な目立つキャラクター。前回の采女の役者さんが、とても姿が良くてカッコ良い人が演じていたので、それを目指してもらいたいですね(笑)。大阪のお客様の雰囲気を染五郎が肌でどう感じるのか、興味があります。自分自身も初めて経験した時は、かなりの衝撃でした。大阪のお客様は凄く反応してくださるので、喜んでいだたけていることを実感できますし、逆にお芝居が上手くいっていない時には、それがちゃんと伝わるような反応をいただける。大阪松竹座は舞台と客席との距離が近く、生でお芝居をしている実感を存分に味わえる劇場。ある意味怖いですが、育てていただける場所だと思います。
「吉原狐」
――幸四郎さんは前名の染五郎時代から、大阪松竹座で復活狂言や新作など、芝居作りに意欲的に取り組んでこられましたね。
挑戦的なことを演らせていただいています。復活狂言に一から関わって演らせていただいた最初が、通し狂言『怪談敷島譚』(2001年5月、河竹黙阿弥作、奈河彰輔補綴・演出)で、自分にとっての芝居作りの出発点ですね。本水を使った雨の中の立廻りや三役早替りも含め、想定したものを実際に形にするのは難しく、どのようにお見せするかで苦しみました。芝居を作りたいという思いはありましたが、どれだけの綿密な計算と客観的な目、その場その場での決断が必要なのかを、その時に思い知らされました。そんな経験をさせていただけるのは贅沢なこと。大阪でチャンスや場をいただいたので、そのお返しが何とかできるようにという思いでいます。そういう意味で、育てていただいた場所ですね。
松本幸四郎
――2012年2月には、紙屑屋幸次郎役で主演された「大當り伏見の富くじ」(齋藤雅文脚本・演出)を大阪松竹座で初演。喜劇調の「鳰の浮巣」に構想を得て生みだされた爆笑喜劇でした。
結構な挑戦でした。「怪談敷島譚」から始まった芝居作りの経験を生かすという意味もありますし、あえて喜劇と謳って「笑ったね」というお芝居を作りたいと思いました。ただ、「大阪だから笑えるお芝居を」という意識は全くなく、東京の喜劇を大阪で上演させていただくという思いでした。自分が喜劇だと思うものを、どんな手を使ってでも作る。そういう覚悟でしたから、お客様に笑っていただくために、まず(演者が)鬘を飛ばすことはしないといけないなと思って(笑)。その作品を(2020年1月に)大阪松竹座で再演できたのが、有り難かったですね。
――以前から、「大阪や上方の芝居が好きだ」と度々口にされておられますね。
大阪は思い入れの強いところです。大阪での『七月大歌舞伎』が(道頓堀にあった)中座で公演されていた頃、2度出させていただいて、今も強烈に覚えています。公演中、暑くて暑くて、そうめんばかりを食べていたら、冷え性になったことも(笑)。暑くて熱い公演でしたから、大阪は自分自身にとって特別な思いがある場所になりました。大阪のお客様は言葉(台詞)をよく聞いてくださっている印象が凄くありますし、ドラマの濃いお芝居を好まれるように感じています。上方の芝居は、登場人物たちが人間的。凄く二枚目だけれど、お金がないとか、強いけれども、弱いところがあるとか。矛盾がありますよね。でも、矛盾があってこその人間だと思うので、上方の芝居のそういう人間的なところに惹かれます。
――大阪でこれから演じてみたいのは、どういった作品でしょうか。
歌舞伎役者であって、自分でも脚本を書いている次世代の人たちがいますので、彼らが書いたものを上演できる方向に道を作れたらと思います。他にも、長い間上演されていない上方の作品を復活させるとか、できる限り、手間をかけた芝居作りをやっていきたいですね。
松本幸四郎
取材・文=坂東亜矢子 撮影=福家信哉
公演情報
関西・歌舞伎を愛する会 第三十一回』
日時:7月3日(月)~25日(火)
夜の部 午後4時~
【休演】10日(月)、18日(火)
※終演予定時間は変更になる可能性があります