「椀久は一生やらないかもと思っていた」中村鷹之資インタビュー 『第八回 翔之會』で『二人椀久』『歌舞伎十八番 矢の根』上演へ

2023.8.30
インタビュー
舞台

中村鷹之資

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2023年10月6日(金)、浅草公会堂で中村鷹之資の勉強会、第八回『翔之會』が開催される。鷹之資は、今年2月に歌舞伎座で上演した『船弁慶』で喝采を浴び、7月には『新作歌舞伎 刀剣乱舞(以下、刀剣乱舞歌舞伎)』で松永久直と同田貫正国の2役をつとめたことでも話題となった。

本公演で鷹之資は、『歌舞伎十八番の内 矢の根(やのね)』と長唄舞踊『二人椀久(ににんわんきゅう)』に挑む。さらに特別映像の上映も。父・中村富十郎と縁の深い『二人椀久』への思い、そして『矢の根』への意気込みを聞く。

【あらすじ】
椀屋久兵衛(通称:椀久)は大坂の豪商。傾城松山に入れあげてしまい、家族によって座敷牢に閉じ込められ、松山との仲を引き裂かれます。椀久が、恋しさのあまり屋敷を脱出してきたところから舞踊がはじまります。


■椀久の拵え、何とも言えませんでした

ーーメインビジュアルは『二人椀久』の椀久です。衣裳を着てみていかがでしたか?

鷹之資:それが……何とも言えませんでした(笑)。これまで経験してきたスチール撮影では、衣裳に袖を通すことで手応えを掴むか、あるいは「手も足も出ない!」と絶望するかの2パターンだったんです。昨年の『船弁慶』の時も、静はイメージが掴めた。知盛は「これは難しいな」と覚悟を決めるきっかけになりました。今回はそのどちらでもないんです。

『翔之會』チラシ。椀久は恋しさのあまり物狂いとなり、松山の幻を見る。

ーー絶望ではないのなら、悪いわけではないのですよね。ビジュアル写真の椀久も、情感に溢れています。

鷹之資:でも、本当に何とも……なんですよ。撮影の日は、長年父についてくださっていた、嵐橘三郎さんにもスタジオに来ていただきました。色々教えていただいて、椀久の表情についても「坊ちゃん! もっとね、松山がここにいて! 恋しい人が去っていっちゃうんですよ、そう!」と。その目線の先の松山の位置に、橘三郎さんの顔があった時は、思わず「ごめんなさい、そこにいられると!」と笑ってしまいました。

鷹之資:『二人椀久』は舞踊ですが、設定も雰囲気も上方っぽい、和事よりの作品です。先輩方は、上方のお芝居は型があるようでない、とよくおっしゃいます。江戸の歌舞伎ならば型にはまるところから稽古をはじめますが、『椀久』にはそれがないように感じました。僕には初めての領域ですから山ほど課題はありますが、挑戦する楽しみもあります。

■鷹之資の椀久、愛子の傾城松山

ーー鷹之資さんが感じる『二人椀久』の魅力とは?

鷹之資:独特の雰囲気がありますよね。幻想的でいて儚くて寂しげで。でも色気があって、大好きな作品です。長唄も素晴らしいです。奥深い作品だと思います。

ーー人間国宝だったお父さまの中村富十郎さんの椀久と、四世中村雀右衛門さんの松山による『二人椀久』は、今も伝説のように語り継がれています。

鷹之資:それだけに、僕は『二人椀久』は一生やらないかもしれないし、それでもいいと思っていました。父と京屋のおじさま(四世雀右衛門)の『二人椀久』は、歌舞伎や踊りを知る方々の記憶の中に、金字塔として残っています。2人でなければ出せない幻想的な魅力が作品を作っていますから、あれを越えることは到底できない。何より、松山あっての演目で、僕としては「どなたとでもいいから『二人椀久』をしたい」という気持ちにはなれなくて。しかし今年は父の十三回忌です。色々な巡り合わせもあり、父を偲んで妹の愛子とやらせていただくことにしました。

公演期間中は、託児サービスやイヤホンガイドの無料貸出(限定400台)など、歌舞伎鑑賞の間口を広げる取り組みも。

ーーお稽古はいかがですか?

鷹之資:尾上菊之丞先生に見ていただいています。菊之丞先生は、僕が父と京屋のおじさまの『二人椀久』に憧れているのをご存知です。まずは基本通りに、その上で父のやり方も教えていただいています。「お父様がなさった工夫や自分なりにこうやりたい、というものはやっていいからね」と。晩年、父は体の事を考え、振りを変えた部分もあります。そのような部分も菊之丞先生は「本来はこう」など教えてくださいます。稽古をしてみて、いかにあの2人の『二人椀久』が練られたものなのかが分かります。

中央が鷹之資。左に愛子。「浅草の皆さまにも応援していただいています」とのこと。

ーー妹の渡邊愛子さんも日本舞踊の稽古を重ねてこられました。過去の『翔之會』でも共演されています。兄妹だからこその息のあった『二人椀久』が期待されます。
  
鷹之資:それがですね、妹と踊るとなぜかいつも、僕の調子が狂ってしまうんです! 妹は舞台度胸がよいので、僕が圧倒されてしまうのかな(笑)。お互い相手の稽古に口を出したり、「ここはどうする?」など話し合うことはしません。けれども同じものを見て育っていますし、言わなくても分かる部分があります。そこは兄妹の強みかもしれませんね。『二人椀久』は、椀久から松山への気持ちが強く出る作品。そして松山は、幻の存在です。僕からガーッ! と一方的に恋焦がれていければ、あとは愛子の松山が上手にあしらってくれると思います!(笑)

■エネルギー溢れる『矢の根』をみせたい

ーー『矢の根』では曽我五郎をつとめます。曽我十郎祐成に中村児太郎さん、大薩摩主膳太夫に市川九團次、馬士畑右衛門に市川猿弥という配役です。

鷹之資:尾上松緑のお兄さんにご指導いただきます。父が亡くなってしばらくした頃、お兄さんが『矢の根』をなさっていました。たまたま楽屋にうかがったところ、お兄さんが「大ちゃん(鷹之資さんの本名)、お父さんの『矢の根』は見たことある? 僕はこの芝居を君のお父さんに習った。いつかあなたがやる時には僕が教えるから」とおっしゃってくださいました。それをずっと覚えていたんです。

鷹之資:『二人椀久』は上方のしっとりとした踊りなので、もう1つは、THE江戸歌舞伎! というような「歌舞伎十八番」の荒事のお芝居を、と思いました。成田屋さんにもお許しいただき、『矢の根』に決めました。荒事の台詞回し、ある種ばかばかしいほどの大仰さ、そこに詰まった格好良さを勉強させていただき、お客様に楽しんでいただきたいです。ご出演くださる皆さまの力をお借りして、エネルギー溢れる『矢の根』をお見せできればと思います。

ーー儚げな椀久とはうってかわって、大胆な隈取になるのですね。

鷹之資:9月からたくさん隈を取るんです(笑)。歌舞伎座『秀山祭九月大歌舞伎』では『土蜘』で坂田金時、『車引』で杉王丸、『翔之會』で曽我五郎、10月は『立川立飛歌舞伎特別公演』もあり、『義経千本桜』の『鳥居前』で佐藤忠信実は源九郎狐、『四の切』で亀井六郎。隈、たくさん取らせていただきます!

ーー“鷹之資さんといえば踊り”のイメージが強かったのですが、新しいイメージが加わりそうです。

鷹之資:この積み重ねが次に繋がってくれたら、うれしいですね。踊りも好きですが、やはり同じくらいお芝居も好きなので!

■とうかぶ観ました!

ーー『刀剣乱舞歌舞伎』の松永久直と同田貫正国の2役もおつかれさまでした。大きな話題となりました。

鷹之資:今年は2月の『船弁慶』、3月の『仮名手本忠臣蔵』、4月の『新・陰陽師』と、たくさん芝居に出させていただきました。そして7月に『刀剣乱舞歌舞伎』。注目度の高い作品ということもあり、とても大きな経験になりました。和気あいあいとした座組で、尾上松也のお兄さんが義太夫狂言の陰腹でおみせする場面を任せてくださり、中村梅玉のおじさまが四つに組んで胸を貸してくださって、中村歌女之丞さんも受けてくださいました。ただただ必死でやらせていただきました。できるできないとは別に、やって初めて自分がいかにできないかが分かります。回数を重ねることで何が足りないのかも見えてきます。本当にありがたい経験をさせていただきました。

ーー『刀剣乱舞歌舞伎』は、来春シネマ歌舞伎になるそうですね。第二弾も期待しています!

鷹之資:その時も呼んでいただけたらいいのですが……。実は先日、尾上右近さんの自主公演『研の會』にうかがったんです。会場で和楽器奏者の長須与佳さんにお会いして幕間にご挨拶をしていたところ、お客様に「ちょっといいですか」と声をかけられました。そしてお客様は僕に背を向けて、長須さんに「とうかぶ観ました!  琵琶、格好良かったです!」って。僕も出ていたんだけどなあ、なんて思ってしまって(笑)。

ーーそんなことが! では『翔之會』の話題に戻します! 『昔譚偲面影 天王寺屋語り』と題し、貴重な映像も披露されるそうですね。案内人は、アナウンサーで古典芸能解説者の葛西聖司さんです。

鷹之資:そうなんです! 父の舞台映像ではなく、父がプライベートで話をする映像です。中村富十郎がどのような考えで舞台に向き合ってたか。僕らにどのような教育をしていたのか。父を知ってくださっている方にはその姿を思い出していただき、初めて知る方には「こんな役者がいたんだ」「これが鷹之資のお父さんなんだ」とご覧いただけたらうれしいですね。

ーー『矢の根』、『二人椀久』、そして貴重映像の公開。浅草という町の雰囲気も含めて楽しみです。

鷹之資:歌舞伎を観るのが初めての方から、父の代から応援してくださっている方まで、皆さんに楽しんでいただける公演になればと思います。それに浅草って、いい町ですよね。浅草公会堂の舞台は初めてですが、地元の方は温かく、独特の活気と伝統を感じます。『矢の根』も『二人椀久』も、まだまだ僕の手に負えるものではありません。けれども父を偲び、ただただ精一杯やらせていただきます!

第八回『翔之會』は、浅草公会堂にて10月6日(金)の開催。
 

取材・文・撮影(鷹之資の写真)=塚田史香

公演情報

ー 十三回忌 五世中村富十郎を偲んで ー
第八回『翔之會』
 
日時:2023年10月6日(金)12時00分/18時00分開演  ※開場は45分前
会場:浅草公会堂 

歌舞伎十八番の内
一、 矢の根
曽我五郎時政:中村鷹之資
曽我十郎祐成:中村児太郎
大薩摩主膳太夫:市川九團次
 馬士畑右衛門:市川猿弥

一、 昔譚偲面影 ー天王寺屋語りー〈貴重映像〉
案内人:葛西聖司
 
一、 二人椀久
椀屋久兵衛:中村鷹之資
松山太夫:渡邊愛子


全席指定 / S席:12,000円 A席:7,000円 B席:4,500円
学生席 / 4,000円(大学生以下、オフィスタカヤのみ取扱い)※すべて税込
 

公演情報

歌舞伎座新開場十周年
『秀山祭九月大歌舞伎』
二世中村吉右衛門三回忌追善
日程:2023年9月2日(土)~25日(月)【休演】11日(月)、19日(火)
会場:歌舞伎座
 
昼の部 午前11時~
 
一、祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)
金閣寺
 
松永大膳:中村歌六
雪姫:中村米吉(2~6日、13~18日)
   中村児太郎(7~12日、20~25日)
狩野之介直信:尾上菊之助
十河軍平実は佐藤正清:中村歌昇
松永鬼藤太:中村種之助
慶寿院尼:中村福助
此下東吉後に真柴久吉:中村勘九郎
 
河竹黙阿弥 作
二、新古演劇十種の内 土蜘(つちぐも)
 
叡山の僧智籌実は土蜘の精:松本幸四郎
源頼光:中村又五郎
番卒太郎:市川高麗蔵
番卒次郎:中村歌昇
渡辺綱:大谷廣太郎
坂田公時:中村鷹之資
碓井貞光:中村吉之丞
卜部季武:中村吉二郎
太刀持音若:中村種太郎
石神実は小姓四郎吾:中村秀乃介
巫子榊:中村児太郎(2~6日、13~18日)
    中村米吉(7~12日、20~25日)
番卒藤内:中村勘九郎
平井保昌:中村錦之助
侍女胡蝶:中村魁春
 
吉田絃二郎 作
三、秀山十種の内 二條城の清正(にじょうじょうのきよまさ)
淀川御座船の場
 
加藤清正:松本白鸚
豊臣秀頼:市川染五郎
斑鳩平次:松本錦吾
 
夜の部 午後4時30分~
 
一、菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)
車引
 
松王丸:中村又五郎
梅王丸:中村歌昇
桜丸:中村種之助
金棒引藤内:中村吉二郎
杉王丸:中村鷹之資
藤原時平:中村歌六
 
河竹黙阿弥 作
二、連獅子(れんじし)
 
狂言師右近後に親獅子の精:尾上菊之助
狂言師左近後に仔獅子の精:尾上丑之助
僧蓮念:中村種之助
僧遍念:坂東彦三郎
 
長谷川 伸 作
三、一本刀土俵入(いっぽんがたなどひょういり)
取手宿安孫子屋よりお蔦の家 軒の山桜まで
 
駒形茂兵衛:松本幸四郎
船印彫師辰三郎:尾上松緑
堀下根吉:市川染五郎
船戸の弥八:中村吉之丞
若船頭:大谷廣太郎
酌婦お松:中村梅花
町人伊兵衛:澤村宗之助
清大工:松本錦吾
河岸山鬼一郎:大谷桂三
波一里儀十:中村錦之助
老船頭:中村東蔵
お蔦:中村雀右衛門
 
終演予定時間:
昼の部 午後3時20分頃/夜の部 午後8時15分頃
※終演予定時間は変更になる可能性があります
 
 

公演情報

『こえかぶ 朗読で楽しむ歌舞伎 ~雪の夜道篇~』
 
■日程:2023年10月7日(土)~10月9日(月祝)
■会場:草月ホール
 
■脚本・演出:岡本貴也
■「こえかぶ」アンバサダー:中村鷹之資
■協力:竹柴潤一
 
■出演者:
●10月7日(土)19時開演
内田夕夜、斎賀みつき、高橋広樹、羽多野 渉
 
●10月8日(日)15時開演 / 19時開演 
置鮎龍太郎、甲斐田ゆき、諏訪部順一、福山 潤
 
●10月9日(月祝) 13時開演 / 17時開演
立花慎之介、朴 璐美、平田広明、吉野裕行
 
■料金
SS席:8,800円(税込)S席 :7,700円(税込)
A席 :6,600円(税込)B席 :3,300円(税込)
 
 
■企画・製作:松竹 開発企画部
■主催:公益社団法人日本芸能実演家団体協議会/松竹株式会社
■助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【芸術文化魅力創出助成】/文化庁文化芸術振興費補助金(統括団体による文化芸術需要回復・地域活性化事業 (アートキャラバン2))|独立行政法人日本芸術文化振興会 事業名: JAPAN LIVE YELL project
■後援:中央区/中央区教育委員会/一般社団法人中央区観光協会
  • イープラス
  • 中村鷹之資
  • 「椀久は一生やらないかもと思っていた」中村鷹之資インタビュー 『第八回 翔之會』で『二人椀久』『歌舞伎十八番 矢の根』上演へ