オペラ『修道女アンジェリカ/子どもと魔法』リハーサル初日レポート
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『子どもと魔法』リハーサル風景 (新国立劇場提供)
新国立劇場オペラの2023/2024シーズンは、芸術監督・大野和士のラインアップの柱のひとつ“ダブルビル”(2本立て)で開幕する。大野のいう「一粒で二度おいしい」ダブルビルな上、大野が得意とする20世紀オペラを気軽に楽しめるチャンスでもある。
イタリア・オペラの系譜を継ぎ、豊饒なオーケストレーションで映画のようにドラマティックな傑作オペラの数々を遺したプッチーニと、ドビュッシーと共に印象派音楽を確立し、色彩豊かなしゃれた音楽で“管弦楽の魔術師”と呼ばれたラヴェル。20世紀初頭の空気が凝縮された2作品だ。プッチーニの宗教的、感動的、そして内省的なオペラとラヴェルの遊び心弾けるファンタジーの組み合わせは、どんな化学反応を起こすのだろうか。
開幕まで約1ヶ月、新国立劇場ではリハーサル初日に、演出家の粟國淳から『子どもと魔法』演出コンセプト説明が行われた。子どもに「乱暴された」「いじめられた」と、次々に身の回りの家具や生き物が現れ仕返しをしてくる不思議なファンタジーがどんなクリエーションを生むのか、コンセプト説明の内容をレポートする。
稽古開始冒頭は、粟國淳とタッグを組むことも多い指揮者・沼尻竜典が「とにかくラヴェルの音楽が素晴らしい」「“猫の歌”など、非常に魅力的な歌と合体して、さらに魅力倍増です」「『修道女アンジェリカ』とは組み合わせの意外性があるなと思いましたけれど、楽しみです」と口火を切った。
沼尻竜典
続いて粟國淳からキャスト・スタッフに向けて、演出コンセプトの説明があった。キャストも皆、自分がどのような役割を担うのか興味津々の様子で耳を傾ける。粟國の熱を帯びた話に爆笑が沸くことも。
「『子どもと魔法』は“オペラ”とは言いにくいですよね。ラヴェルもオペラでなく"ファンタジー・リリック"と呼んだのですから、新しいものにチャレンジするつもりでやりたい」
粟國淳
「やはり"時代"というものがあるなと思います。『子どもと魔法』は1925年に初演されていますが、ヨーロッパでは、1914~18年の第一次世界大戦はかなり辛い経験だったのです。初めての近代の戦争で、戦車はある、飛行機はある、それまでの戦い方と違う。ラヴェルも最愛のお母さんを亡くして、戦争を経験して、40歳くらいで軍隊に入る。やはりそこまで、フランスを守らなければと思ったんでしょうね。空軍への憧れもあったようですが、彼の社会的地位だったらもっと楽な仕事があったでしょうに、運転手として弾薬を運ぶ任務に就いて、悲惨なものを見る壮絶な経験をしたのです。そう思うと、『おとぎ話ですよ』といえばそうなのですが、一人一人のキャラクターは少しグロテスクなところもあります」「『ピノキオ』の話にも似ていると思うんです。ピノキオも周りからああしちゃいけない、こうしなさいと言われて、自分で失敗を経験して怖い目にもあって、最終的にやっと人間になれる。悲しい体験をして人間ができていく、ちょっとこれに似ているかなと思います」
粟國淳
「全部にそういうテーマを入れ込んでいる訳ではないのですが、この名前もない"子ども"、そして “腰から下しか見えない”巨大な"お母さん"、このお母さんも、抽象的なシンボルです。子どもは最初、『宿題したくない、散歩行きたい、あれもしたい、これもしたい』、つまり『とにかく自由でいたい』『なんで自由に生きたらだめなの』という気持ちでいる。自由でいるってどういうことなのか。問題になるのは、境界線はどこまでなのかということ。どこまで自分の自由なのか。線を越えたら相手の自由を奪うことになりますよね。お互い同じ空間の中で生きていかないといけないのです」
「子どもが宿題や時間に対して感じることで思い出すのは、僕は子どもの時には、食事の時間を決められることが嫌だった。『今食べたくない』『今一番面白いところなのに』『なんで8時じゃなきゃいけないの』……。大人ってずるいなと思ったことが記憶に残っている。9時からやっとテレビで映画が始まるのに、子どもは寝なきゃいけない。早く大人になりたいという気持ちがありました」
粟國の子供時代の記憶の話に、一同もうんうんと共感を示す。
『子どもと魔法』キャストたち
「大人にならないと気づかないこともあって、時を重ねていくと、すべての行動が誰かに影響する、何かに影響していくということが分かる。それがちょっとしたことならいいかもしれないけれど、大きなことに繋がることもある。彼(子ども)はただ、やんちゃして実は寝てしまって夢を見ただけかもしれないし、本当にそういう体験をしたのかもしれない。ここではメタファーとして、彼がその後成長し、18歳か20歳で家を出て、色々経験をして、痛い目にあったり、初恋の人を泣かせたりすることもあるかもしれない、そして最終的にお母さんのところに戻って来る、ということにしたいと考えました」
粟國淳
とびきり洗練されたファンタジーの『子どもと魔法』。舞台はどんなテイストになるのだろうか。
「ラヴェルの"オペラではない"世界観を基本にします。ダンスも、モンテカルロでの世界初演ではバランシン振付だし、やっぱり必要かなと。オペラの旋律は普通、言葉が生きるように書かれているけれど、この作品は全然違いますよね。メロディそのものに焦点があたっている気がする。ロジックを超えたところもある。その不思議な世界観を出したい。ト書きに書いてあることを当時はどうやったのだろうと思うほど難しいのですが、ダンスならできることもあるし、今回は映像を使えるので、映像で発展させていく部分があります。映像はちょっと昔のストップモーションアニメのような、東ヨーロッパのアニメにあるような、ラヴェルの少し後のような雰囲気で描ければと思って作っています。例えば猫の二重唱は――この曲はロッシーニの真似かなとも思うんですけど――ニャーオニャーオとやりながら音楽の完成度も要求するのは大変だと思うので、ダンサーに身体表現として猫のシンボルをやってもらおうと考えています」
『子どもと魔法』キャストたち
シーンごとに粟國ならではのドラマツルギーの解釈も説明された。例えば、かんしゃくを起こした子どもの前に最初に不思議な現象が起こる“安楽椅子と肘掛け椅子”のシーン。「子どもは親や親戚、社会みんなに守られている。それがいらなくなるということは、保護から解放されるということです。彼は昼寝をしたい時にはソファで寝てた。いつも守られていた。それも昔のルイ15世調の安楽椅子と書いてある。ここは音楽も昔のスタイルになっていて、音楽で遊んでいるんだなと分かります。ラヴェルの好きな世界ですね。ここはドラマツルギー的には、子どもの時にはなんだかんだ言ってみんなに守られているよね、ということを示していると思います」
粟國淳
「そこに時を刻む時計がディンディンと出て来る。時計が壊れて刻まなくなることで、ひっちゃかめっちゃかになる。そこに、時間に間に合わない、時間までにやらなければならない、という表現を重ねていきます。自由と言いながらも時間に縛られるしかない社会です」
「時計の後は中国茶碗とティーポット、これは分かりやすいですね。茶碗は中国で、ポットはブラック(ウェッジウッドノワール)と書いてある。色々な文化、価値観が違う相手に出会うことを示します。そしてそれを受け入れなければならない。ラヴェルが書いたのは実は中国語でもないし、リアルではない。ヨーロッパからアジアを見たらこんな妙な感じですよね。僕も子どもの頃にイタリアに行って、『わー日本人、ティンティン』なんてやられましたけど、こちらから見ると『それ中国だから、日本じゃないから』なんて思っちゃう。そうやって中国と日本を区別しようとするのも、大人の世界から何か刷り込まれているんでしょう。ウェッジウッドのブラックから、『色々な文化があって、一緒に生きているんだ』という、そんなテーマが見えてきました」
『子どもと魔法』リハーサル風景
「壁紙のところは、壁紙ではなくて絵を破いた結果、人々が居場所を失ってしまうという風に描きたい。これにはもちろん戦争のことも関係しています。地震や津波も、アメリカやカナダの山火事も自然災害ではあるけれど、地球温暖化は人間が起こしているのかもしれない。どこかで人間がアクションを起こした結果、壁紙破いちゃった、そして居場所を失った人がいる。自分の行動が何かに繋がることがあるということを描きます」
『子どもと魔法』リハーサル風景
後半は自然が舞台になる。ここではパンクっぽい蝙蝠が登場したり、動物たちが攻撃してくるシーンはピンクフロイドのイメージだったりと、ビジュアル的にも刺激的になりそうだ。「興奮しすぎて仲間の小さなリスが怪我をしていることにも気づかない。これってつまり戦争ですよね。正しい正しいで始めると、下で犠牲になっている人は見えなくなる。もう何のために戦っているのかすら分からない」。『子どもと魔法』のエンディングでは、「一番弱くて力も知識もないはずの子供が、勇気をもって飛び込む」。粟國の説明には、繰り返し今日の社会との繋がりが出てくる。
『子どもと魔法』リハーサル風景
舞台を観たら、粟國が重ねた今日のグローバルな問題を想起する人もいるかもしれないし、違う解釈を思い付く人もいるかもしれない。いずれにしても、ラヴェルの色とりどりの音楽に乗って、見た目もカラフルで遊び心いっぱいのキャラクターが次々に登場する面白さがたっぷり用意されているので、大人も子どもも子ども心になって、ショーを見るように楽しめそうだ。
『子どもと魔法』リハーサル風景
『子どもと魔法』には、フランスの“子ども”歌いクロエ・ブリオをはじめ、フランスから齊藤純子が来日、さらに田中大揮、盛田麻央、河野鉄平、三宅理恵、青地英幸、杉山由紀ら今日のオペラ界を担うトップ歌手たちが集まり、いくつものキャラクターを演じ分ける。『修道女アンジェリカ』も、プッチーニを特に得意とするドラマティック・ソプラノの新星キアーラ・イゾットンのアンジェリカのほか、齊藤純子、塩崎めぐみ、郷家暁子、小林由佳、伊藤晴、今野沙知絵ら国内きっての女声歌手陣が勢ぞろいする。
『子どもと魔法』キャストたち
開幕までの1ヶ月間、贅沢極まるクリエーションによって、充実した舞台が誕生しそうだ。
『子どもと魔法』リハーサル風景
公演情報
修道女アンジェリカ<新制作>
Suor Angelica / Giacomo Puccini
全1幕〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉
子どもと魔法<新制作>
L'Enfant et les Sortilèges / Maurice Ravel
全2部〈フランス語上演/日本語及び英語字幕付〉
2023年10月1日(日)14:00
2023年10月4日(水)19:00
2023年10月7日(土)14:00
2023年10月9日(月・祝)14:00
■予定上演時間:約2時間(休憩含む)
■会場:新国立劇場 オペラパレス
開場は開演45分前です。開演後のご入場は制限させていただきます。
10月9日(月・祝)は1階及び2階の一部に学校団体が入る予定です。
【指 揮】沼尻竜典
【演 出】粟國 淳
【美 術】横田あつみ
【衣 裳】増田恵美
【照 明】大島祐夫
【振 付】伊藤範子
【舞台監督】髙橋尚史
【アンジェリカ】キアーラ・イゾットン
【公爵夫人】齊藤純子
【修道院長】塩崎めぐみ
【修道女長】郷家暁子
【修練女長】小林由佳
【ジェノヴィエッファ】中村真紀
【オスミーナ】伊藤 晴
【ドルチーナ】今野沙知恵
【看護係修道女】鈴木涼子
【托鉢係修道女1】前川依子
【托鉢係修道女2】岩本麻里
【修練女】和田しほり
【労働修道女1】福留なぎさ
【労働修道女2】小酒部晶子
【子ども】クロエ・ブリオ
【お母さん】齊藤純子
【肘掛椅子/木】田中大揮
【安楽椅子/羊飼いの娘/ふくろう/こうもり】盛田麻央
【柱時計/雄猫】河野鉄平
【中国茶碗/とんぼ】十合翔子
【火/お姫様/夜鳴き鶯】三宅理恵
【羊飼いの少年/牝猫/りす】杉山由紀
【ティーポット】濱松孝行
【小さな老人/雨蛙】青地英幸
【合唱指揮】三澤洋史
【合 唱】新国立劇場合唱団
【児童合唱】世田谷ジュニア合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
夕暮れの修道院。礼拝を終え修道女たちは、アンジェリカは面会を待ち続けているのだと噂する。ついに面会の夫人が訪れる。アンジェリカの叔母の公爵夫人である。夫人はアンジェリカの妹の結婚のため、両親の遺産を放棄し妹へ与えるようにと遺産整理の手続きに来たのだ。アンジェリカは未婚の母であり、そのために7年前、子どもと引き離され修道院へ入れられていた。妹の結婚を喜び、わが子の様子をおずおずと尋ねるアンジェリカに、公爵夫人が子どもは2年前に亡くなったと伝える。悲嘆にくれるアンジェリカ。深夜、アンジェリカはひっそりと薬草を煎じて毒薬を作り、息子のもとへ旅立とうと毒をあおるが、すぐに自殺の大罪を犯しては天国へ行けないことに気づき絶望する。罪を悔い、聖母マリアに祈りを捧げるアンジェリカに奇蹟が起こり、天使の合唱の中、アンジェリカは息子に導かれ息を引き取る。
宿題がいやで文句だらけの男の子。お母さんは怒って、味気ないパンと苦いお茶をおやつに置いていく。男の子はポットやカップを割ったり、リスや猫をいじめたり、暖炉をかき回してやかんを引っくり返したり、壁に落書きしたり、時計を壊したり本を破いたりと暴れ放題。すると椅子が動いて「乱暴な子はまっぴら」とダンスを始める。時計も怒るし、ポットもカップも脅かすし、「悪い子を焼き殺そう」と火まで追いかけてくる。壁紙から落書きの羊飼い、破れた本からおとぎ話のお姫様、そして教科書から算数の問題を出す妙なおじいさんまで登場。男の子が庭に逃げ出すと、寄り掛かった木が「お前がつけた傷だ」とうめくのでびっくり。トンボやこうもり、カエルと、いじめられた生き物たちも次々に集まる。男の子が思わず「ママ」と叫ぶと、生き物たちが仕返ししようと飛びかかって大騒ぎに。怪我してしまったリスを男の子が手当てすると、生き物たちは子どもの優しいところに気づいて、気を失った男の子を助けて家まで運んで「ママ」と声をかけ、「坊やはいい子になった」と言って消えていく。月明かりのもと、目を覚ました男の子が「ママ」と呼びかける。