藤間蘭黄に聞く~日本舞踊×バレエ『信長』が4年ぶりに新たに蘇り、ファルフ・ルジマトフ&岩田守弘と共演

2023.10.6
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『信長』(左から)岩田守弘、ファルフ・ルジマトフ、藤間蘭黄 photo: © Hidemi Seto

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日本舞踊家の藤間蘭黄がプロデュースする「日本舞踊の可能性」vol.5『信長-SAMURAI-』が、2023年10月25日(水)~26日(木)東京・浅草公会堂にて催される。代地(だいち)・藤間の継承者である蘭黄は、日本舞踊における古典と創作の両面において精力的に活動し、国内外で公演活動と普及に勤しむ。その蘭黄の代表作のひとつが2015年に初演された『信長』である。バレエ界の生ける伝説ファルフ・ルジマトフ、名門ボリショイ・バレエで第1ソリストに登り詰め、ロシアの複数の国立劇場バレエ団芸術監督を務めた岩田守弘との共演だ。2019年以来4年ぶりの上演を控える蘭黄に、公演に賭ける思いを聞いた。

■大反響を呼んだ2015年の初演

――『信長』は2015年10月、国立劇場小劇場で初演されました。日本舞踊とバレエの「出会い」は話題を呼び、蘭黄さんが芸術選奨文部科学大臣賞を受賞する原動力となりました。テーマは戦国時代を生きた侍たちの生き様です。(織田)信長をファルフ・ルジマトフさん、信長に拾われ後に天下人になる(豊臣)秀吉を岩田守弘さん、信長の舅の(齋藤)道三と信長に謀反を起こす(明智)光秀を蘭黄さん(二役)が踊りました。『信長』を構想した経緯をお聞かせください。

藤間蘭黄(以下、蘭黄) 初演の数年前、ルジマトフさんが『阿修羅』(振付:岩田守弘)を踊りました。音楽は邦楽(録音)でしたが、それを拝見した際に凄いカリスマ性を感じました。ちょうどそのとき、私が国立劇場小劇場で踊る機会があって、ルジマトフさんが観に来てくれました。そして彼が「ここで踊りたい!」と言ったんです。そこから「ルジマトフさんと一緒に花道のある劇場で踊りたい」と考え、ある方からの助言もあって信長をテーマにしました。

信長はルジマトフさんにぴったりのキャラクターです。彼にバレエで信長を表現してもらい、私は信長の周囲の人々を日本舞踊の素踊り(簡素な衣裳での踊り)で踊ろうと考えました。でも私はバレエの振付はできないし、ロシア語も話せません。私の考えをバレエに翻訳してもらい、言葉も伝えてほしかったので、岩田さんを紹介してもらいました。岩田さんには振付と通訳だけをお願いしようと考えていましたが、秀吉にぴったりなので出てもらうことになりました。

台本を書いているうちに削ぎ落されて残った役柄が、私の演じる道三と光秀です。道三は信長登場前の戦国武将の象徴。彼が信長に国を譲り世代交代し、次の世代の秀吉が少し絡みます。光秀は旧世代の流れを汲んでいる存在で、信長を倒すキーパーソンです。

藤間蘭黄 photo: © Hidemi Seto

――音楽もオリジナルですね。

蘭黄 普段は三味線音楽で踊っていますが、三味線が日本に入ってきたのは信長の時代よりも後の江戸初期です。三味線音楽を使うと江戸風になってしまうので、あえて排し、信長の時代にあった能楽を使いました。お能で使う四拍子(しびょうし)の大鼓・小鼓・太鼓・笛に加えて琴を入れてもらいました。初演時には、最後の信長が昇天するシーンに琴の演奏者からの提案で讃美歌を使いました。信長の時代の讃美歌があるので、それを録音で被せて終わったんです。でも讃美歌風に聞こえてくる琴の演奏でもいいのかなと思って、2017年の再演時には新しくしました。

『信長』(左から)ファルフ・ルジマトフ、藤間蘭黄 photo: © Hidemi Seto

――初演時の創作を通して、刺激的だったことは何でしょうか?

蘭黄 ルジマトフさんは舞台では厳しく怖いところもあります。でも私に対して真摯に接してくださり、彼がバレエの動きで訴えかけてくることが不思議と伝わってくるんですね。こちらも腰を落とした、バレエとはまったく違う動きなのですが、それを理解しているのが分かるんです。ルジマトフさんと岩田さんと私が異口同音に言っていたのは「古典が大事」ということです。私も彼らも、それぞれの古典の動きに根差したことしかやらない。だから上手くいくんですよね。

『信長』イメージビジュアル


■2019年にロシア三都市公演を敢行し、大旋風を巻き起こす!

――その後2017年に東京国際フォーラム ホールCで再演。そして2019年1月にロシア三都市公演(モスクワ、サンクトペテルブルク、ウランウデ)を行いました。「ロシアにおける日本年」の事業に採択され、各都市で2回公演を行いました。簡単に振り返っていただけますか?

蘭黄 最初に訪れたサンクトペテルブルクの会場は少し小さなドラマ劇場ですが格式がありました。ルジマトフさんは地元なので始まる前はナーバスでしたが、終わってみたら大喝采でした。

次に行ったブリヤート共和国のウラン・ウデは真冬で零下20度でした。会場のオペラハウスはシベリアに抑留された日本人が建てた劇場です。ここでは当時現地のバレエ団の芸術監督をしていた岩田さんの人気がいかにすごいのかが分かりました。

最後のモスクワ公演の会場はクレムリン宮殿の小ホールでした。仮設の客席ですが1000人入り、2公演とも大入りでした。ルジマトフさんは「モスクワには自分を待っているお客さんはいないんだよ……」とおっしゃっていましたが、公演前に記者会見を開いたときから「ルジマトフさん、待っていました!」という感じで盛り上がりました。

サンクトペテルブルク公演の会場となったコミサルジャフスカヤ名称アカデミー・ドラマ劇場

『信長』サンクトペテルブルク公演のカーテンコール (左から)岩田守弘、ファルフ・ルジマトフ、藤間蘭黄

――ロシアの方々は日本舞踊に接して、どのように反応していましたか?

蘭黄 『信長』の前に、それぞれのソロがあって、私は東名流の『都鳥』を踊りましたが、その時点から日本舞踊とは何?という感じで興味深く観てくださいました。『信長』の方は、日本の公演ではやっていなかったのですが暗転のようなつなぎの場面に簡単なあらすじを流しました。すると内容をよく分かってくださいました。新聞批評も好評でしたが、一般のお客様に劇場に足を運ぶ文化があるんですね。それを強く感じました。

『信長』モスクワ公演 (左から)岩田守弘、ファルフ・ルジマトフ、藤間蘭黄

『信長』モスクワ公演 (左から)ファルフ・ルジマトフ、岩田守弘


■4年ぶりとなる待望の再演に向けて

――今回、2019年秋の浅草公会堂公演以来4年ぶりに同所で上演します。いま再演する理由は?

蘭黄 じつは2020年に京都で上演するつもりで日程まで決まっていたのですが、パンデミックのためにできなくなりました。またいつかやりたいと思っているうちに時間が経ちました。今回の日程も昨年の秋には押さえて、他の演目をやるつもりでいたんです。ところが、去年の12月に『信長』の初演を主催してくださったロシア文化フェスティバルを取り仕切るロシアン・アーツから「『信長』をやる気はないか?」という連絡がありました。

じつは『信長』をやるのはもう無理だと思い込んでいたんです。去年私が60歳になり、ルジマトフさんも今年で60歳です。岩田さんは前回のときに「50歳で引退するので、次に『信長』をやる場合には協力を惜しまないけれど秀吉は踊りません」とおっしゃっていたくらいです。皆の年齢を考えると、一年でも一月でも早くやらないと先がないという話になりました。

2023年9月、サンクトペテルブルクでのリハーサル 撮影:Maxim Krivospitcki

――先日サンクトペテルブルクに行かれて、ルジマトフさん、岩田さんと稽古されました。印象に残ったことを教えてください。

蘭黄 ルジマトフさんは若返っていました。いきいき、はつらつとしていて驚きました。踊りに向き合う姿勢がどんどんストイックになっていますね。パンデミックになって何もできなくなって、自分自身と向き合う時間を過ごしたことによって「自分には踊りしかない」という方向性により一層向かったのでしょう。踊りに対して真摯に向き合う熱量が凄かったです。

2023年9月、サンクトペテルブルクでのリハーサル 撮影:Maxim Krivospitcki

――4年間の空白はありましたが、何か変化はありましたか?

蘭黄 深まるんですね。私自身のことでいうと、年を取って立ったり座ったりが若い頃より素早くはできないといった肉体的な衰えを感じることもあります。しかし、作品に対する理解度は高まります。ルジマトフさんも、岩田さんも、この4年間で深化しています。

2023年9月、サンクトペテルブルクでのリハーサル 撮影:Maxim Krivospitcki

――『信長』に先立ち、お三方がソロ作品を披露します。蘭黄さんは長唄『松の翁』、岩田さんが『生きる』、ルジマトフさんが『レクイエム』。こちらについてお聞かせください。

蘭黄 私は今まで「日本舞踊の可能性」では古典をやりませんでした。やるにしても見せ方を変えて映像を入れたりしました。今回はあえて古典のままでやります。『松の翁』は古典といいながら、うちの祖母(藤間藤子)の振付です。じつは去年の中東欧公演で踊ったのですが、解説をそれほどせずに踊りました。「この人が大きな木になったり、風を表したりするんですよ」と少し話した程度です。ところが、まず見てもらっただけで分かってもらえる。「日本舞踊って、こういうものなんですね!」と興味を持ってもらえました。日本舞踊を観たことのない方からおもしろいと思っていただける可能性を秘めた作品です。

岩田さんは秀吉に専心したいということで、当初はソロを踊っていただけるかどうかは未定でした。ですが今夏、佐々木チトセ先生主宰のRBA Tokyoのコンサートで『生きる』を踊りました。ショパンの「革命」を使った自作のソロで、今度もそれを踊ってくれます。岩田さんは今回の「日本舞踊の可能性」vol.5が第一線で踊る最後の舞台になるとおっしゃっています。

ルジマトフさんは『レクイエム』で「モーツァルトとサリエリ」のサリエリを踊ります。ルジマトフさんは今年6月、エルミタージュ美術館内で60歳を記念したコンサートを行いました。ミハイロフスキー劇場バレエでは『スパルタクス』のポンペイウス、『眠れる森の美女』のカラボス、『バヤデルカ』の大僧正などを演じています。60歳にしては踊る場はかなりありますね。

2023年9月、サンクトペテルブルクにて 撮影:Maxim Krivospitcki

――あらためて4年ぶりの『信長』に向けての思いをお話しください。

蘭黄 新しい『信長』を見せたいという気持ちが強くなっています。それぞれの新しい演技と踊りをお見せして、深化した舞台を創っていきたいです。私のことでいえば、たとえば道三を演じるにあたって、これまでは老人であることを強調している部分があったんですね。しかし老人ではあっても、信長より前の世代では天下獲りのトップに立っていた人間であるということを大きく打ち出してもよいのではないかと考えています。光秀に関しては、道三と対照的に若々しく描いているんですよ。でも実際は信長よりも年上なんですね。だから、もう少し思慮深さを打ち出せると、さらに展開がおもしろくなるのではないかと考えています。

【予告編】信長-SAMURAI- PV2023


――先ごろ、日本舞踊が国の重要無形文化財に指定されました。それによって、日本舞踊保存会の構成員が保持者として総合認定され、蘭黄さんも保持者になりました。日本舞踊の振興に関してのお考え、日本舞踊家としての今後の目標を教えてください。

蘭黄 振興に関しては地道にやっていくしかありません。まずは知っていただくことが大事なので、稽古場を使って「日本舞踊の扉」という解説付きの公演をやったりしています。

それから日本舞踊をJAPANESE TRADITIONAL DANCEではなく、NIHONBUYOとして歌舞伎や文楽と同じように海外でも通じるようにしたいと願い続けています。2017年以降は海外公演時にそれで通しており、地道にやっていると少しずつですが広がっていると実感しています。

重要無形文化財に総合認定されたのはありがたく、喜ばしいことです。でも、それに甘えてはいけません。日本の民族舞踊としてもっともっとポピュラーになってくことが必要でしょう。日本舞踊は本来的に新しいものを作り続けているので、これからも古典を大事にしながら、次に古典になるような作品を創り続けていくことが必要だと考えています。

取材・文=高橋森彦

公演情報

「日本舞踊の可能性」vol.5
『信長―SAMURAI―』

日本舞踊とバレエのコラボレーションを超えた舞踊劇!
織田信長を、カリスマダンサー、ルジマトフ。彼に国を譲る齋藤道三を藤間蘭黄、天下取りを夢見る木下藤吉郎〜秀吉を岩田守弘。信長の重臣でありながら彼を裏切る明智光秀は藤間蘭黄(二役)。
桶狭間の戦い、比叡山の焼き討ち、本能寺の変、そして終景へ。400年以上前のSAMURAIたちの生き様が、緊張感あふれる舞台となるー。
 
日時:2023年10月25日(水)19:00、26日(木)15:00
会場:浅草公会堂
料金:S席12,000円 A席8,000円 B席5,000円 C席2,000円
 
【第1部】
藤間蘭黄 長唄『松の翁』
長唄:杵屋勝四郎・杵屋栄八郎 連中

​岩田守弘『生きる』

ファルフ・ルジマトフ『レクイエム』

【第2部】
『信長-SAMURAI-』
作・演出:藤間蘭黄
振付:藤間蘭黄 岩田守弘
作調・作曲:梅屋巴 中川敏裕
笛手附:鳳聲千晴
衣裳:落合宏理
照明:足立恒
美術:河内連太

出演:
NOBUNAGA:ファルフ・ルジマトフ
秀吉:岩田守弘
道三・光秀:藤間蘭黄

 
<演奏>『信長』  
鳳聲千晴(笛)  
堅田喜代(小鼓) 
藤舎千穂(大鼓) 
梅屋巴(太鼓)  
藤舎朱音(蔭囃子)
中川敏裕(十三弦)  
岡崎敏優(十七弦)

ナビゲーター:桂吉坊​

 
主催・制作:株式会社​ 代地
共催:株式会社 ロシアン・アーツ
公式サイト:https://www.nbkanousei.com
お問合せ(代地): 03-5829-6130 info@daichi-fjm.com