深まる秋、心に沁みる10月の歌舞伎座『錦秋十月大歌舞伎』観劇レポート

2023.10.11
レポート
舞台

昼の部『文七元結物語』(左より)左官長兵衛=中村獅童、長兵衛女房お兼=寺島しのぶ /(C)松竹

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2023年10月2日(月)歌舞伎座にて、歌舞伎座新開場十周年『錦秋十月大歌舞伎』が開幕した。昼夜二部制で25日までの公演。

昼の部の演目は、尾上松緑が異国帰りの徳兵衛を勤める『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』、中村獅童と寺島しのぶが夫婦役で共演、山田洋次が脚本・演出した『文七元結物語(ぶんしちもっといものがたり)』の2作。夜の部の演目は、中村獅童と坂東巳之助による人気の古典『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)角力場』、中村雀右衛門と中村錦之助が花形俳優と踊る『菊(きく)』、そして坂東彌十郎が水戸光圀を、中村福之助・歌之助兄弟が助さんと格さん、坂東新悟がキーパーソンを勤める『水戸黄門(みとこうもん)讃岐漫遊篇』の3作。

昼の部 午前11時~

一、天竺徳兵衛韓噺

足利将軍家の大切な刀「浪切丸」の行方を巡る御家騒動が、物語の軸となる。将軍家の重臣・梅津掃部(うめづかもん。坂東亀蔵)には銀杏の前(坂東新悟)という妹がいる。銀杏の前は、佐々木桂之介(坂東巳之助)を慕っている。しかし銀杏の前に横恋慕する山名時五郎(中村松江)の悪だくみで、桂之介は大切に保管していた浪切丸を盗まれてしまう。実行犯はへび使い段八。段八はすぐさま、桂之介の家来・奴磯平(中村吉之丞)に捕らえられるが……。

昼の部『天竺徳兵衛韓噺』(左より)天竺徳兵衛=尾上松緑、宗観妻夕浪=市川高麗蔵、佐々木桂之介=坂東巳之助 /(C)松竹

古典歌舞伎らしい見せ方に加えて、へび使いの登場や、まさかの連続の展開など、鶴屋南北の世界をじっくり作る。坂東亀蔵の掃部は端正な顔だち、その声や語り口から、聡明な人柄に違いない。巳之助の桂之介は凛々しく、じっとしている時の佇まいは文楽人形のように美しかった。松江の時五郎が、太く憎らしいキャラクターで物語を面白くする。新悟の銀杏の前のノーブルな美しさと嫋やかな声は、この幕に欠かせない華。腰元の袖垣(坂東玉朗)が頼もしかった。

幕間をはさんで大詰へ。吉岡宗観の館に、桂之介が身を寄せている。刀の一件を解決できないまま期日となり、御家とりつぶし確定か……。そこへ客人としてやってきたのが天竺徳兵衛(尾上松緑)だ。異国帰りの独特の装いに裃をつけて花道から登場。明るく豪快な徳兵衛に、場内は拍手に満たされた。徳兵衛は、江戸時代のはじめ頃に天竺(インド)やシャム(タイ)へ渡った実在の人物がモデルとなっている。作中では南北の脚色により、蝦蟇の妖術を使い天下を狙うダークファンタジーのヒーローとなる。松緑が異国の様子を物語るところでは、テンポ良くユーモアを差し込み、客席は笑いが絶えなかった。

昼の部『天竺徳兵衛韓噺』(左より)山名時五郎=中村松江、天竺徳兵衛=尾上松緑、梅津掃部=坂東亀蔵 /(C)松竹

宗観(中村又五郎)と妻の夕浪(市川高麗蔵)の歌舞伎の純度が高い芝居が、ドラマを繋ぐ。ふたりは歌舞伎ならではの手段で徳兵衛にエールを送った。蝦蟇の立廻りは不思議な夢でもみるようだった。徳兵衛の幕外の六方では、拍手がおこり笑いもあり、「音羽屋!」「紀尾井町!」の大向うがかかる。緊張感と高揚感の中、松緑の一挙手一投足に怪しさと鮮やかさがあり、幕外だけで一曲の踊りをみたような満足度。大蝦蟇の迫力はぜひ客席で体感してほしい。

二、文七元結物語

暗転した場内、花道にライトがあたると「加賀屋!」の声がかかった。中村玉太郎がつとめる長兵衛娘・お久だ。一年も終わろうという冬のある日、お久は吉原遊郭の角海老女将・お駒(片岡孝太郎)をたずねてきた。聞けば、父親で左官の長兵衛(中村獅童)が博打で借金を抱え、このままでは年を越せない。だから自分を買ってほしい、と願い出るのだった……。

昼の部『文七元結物語』(左より)長兵衛娘お久=中村玉太郎、角海老女将お駒=片岡孝太郎 /(C)松竹

お駒は他愛ないやりとりで、花魁だけでなく観客も味方につけて楽しませる。店の若い者・藤助(澤村國矢)の手綱もしっかり握って切り盛りする姿に、ただのいい人ではない頼もしさがあった。舞台美術は金井勇一郎。大小の長い板を無数に組み合わせた抽象的なもので、書き割りはない。骨組みの先に広がる空間は江戸の空を思わせた。角海老の見世先から内証への場面転換では、客席にどよめきが起きた。

その頃、長兵衛の家ではお兼(寺島しのぶ)が、ご近所の方々とお久の行方を探していた。長兵衛は、威勢が良いばかりのロクデナシでお兼に暴力をふるうこともあるという。獅童は美化せず振り切って演じるが、それでも滲む獅童だからこその人間味が劇中の救いでもあり見どころにもなっていた。お兼は、お久にも長兵衛にも愛情深く、だからこそ声を荒げるし嘆きもする。寺島にとって念願の歌舞伎座での歌舞伎出演。「馬鹿だねえ」と呆れる一言は、まさに音羽屋の世話物で聞くそれだった。お久とお兼に血のつながりはない。それでもお久はお兼を思い、お駒がその思いを汲み、お兼もまたお久を思っていた。廓の花魁や長屋の女たちも他人同士でありながら、野次馬とは違う目で事の次第に心を寄せる。絆と呼ぶには大げさだけれど、彼女たちの中に何か繋がりを感じた。

昼の部『文七元結物語』(左より)近江屋手代文七=坂東新悟、近江屋卯兵衛=坂東彌十郎、家主甚八=片岡亀蔵、長兵衛女房お兼=寺島しのぶ、左官長兵衛=中村獅童 /(C)松竹

大川端で長兵衛が出会うのは、近江屋手代の文七(坂東新悟)。囲碁に夢中になり大金を置き忘れ、早合点して命を捨てかける。文七もそれなりに危なっかしい人物だ、と初めて気づかされた。長兵衛の勢いに行儀の良い嘆きで対抗してみせた。近江屋卯兵衛に坂東彌十郎。

従来の『文七元結』ではお駒の回想だけで語られる場面が、舞台で印象的な場面となり時系列通りに進む。お久の健気さやお駒の情の深さが目の前で芝居として示された。山田洋次が脚本・演出を手がけ、尾上菊五郎を父に持つ寺島しのぶが中村獅童と共演。話題豊富で様々に注目される作品だが、心に残ったのは、市井の人たちが繋がり、支え合って暮らす一生懸命な姿だった。

夜の部 午後4時30分~

一、双蝶々曲輪日記 角力場

中村獅童が、スター力士の濡髪長五郎(ぬれがみちょうごろう)を勤める『双蝶々曲輪日記 角力場』。坂東巳之助は、素人相撲で名をあげた放駒長吉(はなれごまちょうきち)と濡髪の贔屓の山崎屋与五郎の2役を勤める。長五郎と長吉の「ちょう」にちなみ、タイトルに『双蝶々(ふたつちょうちょう)』と入る。

夜の部『双蝶々曲輪日記 角力場』(左より)藤屋吾妻=中村種之助、山崎屋与五郎=坂東巳之助 /(C)松竹

角力小屋には、濡髪と放駒の取組に多くの客が集まっている。注目の一番で勝ったのは、なんと放駒。放駒を応援していた人々は大喜びだが、濡髪の贔屓たちは首をかしげ、納得がいかない様子で去っていく。実はこの取組には、遊女吾妻の身請けをめぐる八百長の取引があった。

劇中では、濡髪と放駒が角力でぶつかり合う姿を見られるわけではない。「八百長でした」以上の真実を語るドラマもない。しかし獅童の濡髪は、台詞のとおり「錦絵から抜け出たよう」な美しさ。間違いなく見どころのひとつだ。微動だにせず大きさ、格の違いをみせた。巳之助の放駒の若々しさと混じりっけなしの喜びは、見る者を明るい気持ちにする。やはり錦絵から抜け出たようだった。巳之助が勤めるもう一役、与五郎も見逃せない。吾妻(中村種之助)といちゃいちゃ名前を呼び合う時は、明るい色気に笑いが起きた。茶亭松本金平(松本錦吾)との熱いファントークでは、与五郎のモノのあげ方も、金平のもらい方もきれいだった。心地のよい掛け合いだった。

夜の部『双蝶々曲輪日記 角力場』(左より)放駒長吉=坂東巳之助、濡髪長五郎=中村獅童 /(C)松竹

濡髪から八百長だったと聞かされると、おニューの着物で憤る放駒、別格の威厳を見せどっしり受けとめる濡髪。緊迫感がピークに達し、熱い拍手とともに幕となった。

二、菊

夜の部『菊』(左より)菊の精=中村雀右衛門、菊の精=中村錦之助 /(C)松竹

1931(昭和6)年初演の舞踊『菊』。菊の精たちは、移り変わる踊りにより、幼い女の子から少女、乙女、大人の女性を描いていく。中村虎之介、中村玉太郎が可憐に、市川男寅と中村歌之助がきりっと舞う。瑞々しさと爽やかさに目移りが止まらないまま、入れ替わりに雀右衛門の菊の精がスッポンに、錦之助の菊の精が舞台正面にあらわれる。華やかでしっとりとした風情に包まれる。ふたたび4人が加わり、長唄囃子もより鮮やかに。秋ならではの祝祭感に包まれた。

夜の部『菊』(左より)菊の精=市川男寅、菊の精=中村玉太郎、菊の精=中村錦之助、菊の精=中村雀右衛門、菊の精=中村歌之助、菊の精=中村虎之介 /(C)松竹

三、水戸黄門(みとこうもん)讃岐漫遊篇

夜の部の結びは、坂東彌十郎が“黄門さま”こと水戸光圀をつとめる『水戸黄門 讃岐漫遊篇』。テレビ版でもお馴染み、旅のお供の助さんに中村福之助、格さんに中村歌之助。

四国の金毘羅大権現の門前で、今話題の坂東彌十郎一座が芝居をうっている。旅姿の手代を装った格さんは、茶屋で偶然、娘・お蝶(中村虎之介)の身におこった不幸を知る。そこへ助さんがやってきて状況は一変。歌舞伎らしい展開が楽しい。

夜の部『水戸黄門』(左より)渥美格之進=中村歌之助、佐々木助三郎=中村福之助、うどん屋女将お源=中村魁春、水戸光圀=坂東彌十郎、うどん屋娘おそで=坂東新悟 /(C)松竹

助さんと格さんは、御隠居の水戸光圀とはぐれてしまったことに気がつき慌てるが、そこにまず名刀を探して刀検めをする役人が、次に廻船問屋の港屋辰五郎(片岡亀蔵)が現れ、助さんの腰の脇差に目をとめる。そうこうするうちに、ふたりはお財布をすられて一文無しに。港屋の娘・お光(市川男寅)に助けられ、高松城の城下町にあるうどん屋へ行きつき、幸運にも光圀と再会。一行の正体を知らない、うどん屋の女将お源(中村魁春)の話を聞くうちに、光圀の子で、今は高松藩主の松平頼常の悪評を耳にする。頼常は、側近の山崎又一郎に政治のことは丸投げのよう。

坂東新悟が演じるおそでは、かつてあった讃岐屋という廻船問屋の娘だった。今は「鬼のおそで」の異名をもつほどお金に執着がある金貸しをしている。新悟の丁寧でまっすぐな芝居が胸を打つ。また、中村歌昇が演じる頼常が思いを語る場面は、ピュアさが光っていた。序幕の虎之介が明るく華やかに聞かせるあの名作のような七五調の台詞、紅葉が舞い散る中で福之助と歌之助がみせる鮮やかでスピード感ある立廻りなど、若手の見せ場も充実。中村亀鶴が山崎を濃厚に演じ、亀蔵の辰五郎が悪そうなのに親しみのわくキャラクターで、話の筋を明解にする。

夜の部『水戸黄門』(左より)水戸光圀=坂東彌十郎、佐々木助三郎=中村福之助、渥美格之進=中村歌之助 /(C)松竹

個性豊かな人々のそれぞれの思いや事情を、最後は彌十郎の光圀が、ハッハッハ! とまとめあげる。無責任に高笑いをされたら、聞いていてイラッとすることもあるかもしれない。しかし彌十郎の光圀のハッハッハ! には来し方を想像させる大きさ、柔らかさ、色気があった。誰かの問題がひとつ解決するたびに優しい気持ちになり、体の芯から温かさが広がる(そしてうどんを食べたくなる)。歌舞伎座に熱い拍手が響き、芝居は結ばれた。 

秋の深まる10月の歌舞伎座『錦秋十月大歌舞伎』は25日までの上演。

取材・文=塚田史香

公演情報

歌舞伎座新開場十周年
『錦秋十月大歌舞伎』
日程:2023年10月2日(月)~25日(水) 【休演】10日(火)、17日(火)
会場:歌舞伎座
 
昼の部 午前11時~

四世鶴屋南北 作
一、天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)
序幕 北野天神境内の場
   同 別当所の場
大詰 吉岡宗観邸の場
       同 裏手水門の場

天竺徳兵衛:尾上松緑
梅津掃部:坂東亀蔵
佐々木桂之介:坂東巳之助
銀杏の前:坂東新悟
奴磯平:中村吉之丞
山名時五郎:中村松江
宗観妻夕浪:市川高麗蔵
吉岡宗観:中村又五郎

三遊亭圓朝 口演
山田洋次 脚本・演出
松岡 亮 脚本

二、文七元結物語(ぶんしちもっといものがたり)

左官長兵衛:中村獅童
長兵衛女房お兼:寺島しのぶ
近江屋手代文七:坂東新悟
長兵衛娘お久:中村玉太郎
家主甚八:片岡亀蔵
角海老女将お駒:片岡孝太郎
近江屋卯兵衛:坂東彌十郎
 
夜の部 午後4時30分~

一、双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)
角力場

濡髪長五郎:中村獅童
藤屋吾妻:中村種之助
濡髪弟子閂:市村光
茶亭金平:松本錦吾
山崎屋与五郎/放駒長吉:坂東巳之助

中内蝶二 作
二、菊(きく)

菊の精:中村雀右衛門
菊の精:市川男寅
菊の精:中村虎之介
菊の精:中村玉太郎
菊の精:中村歌之助
菊の精:中村錦之助

宮川一郎 作
齋藤雅文 補綴・演出

三、水戸黄門(みとこうもん)
讃岐漫遊篇

水戸光圀:坂東彌十郎
松平頼常:中村歌昇
うどん屋娘おそで:坂東新悟
佐々木助三郎:中村福之助
渥美格之進:中村歌之助
娘お蝶実は九紋竜の長次:中村虎之介
うどん職人茂助:澤村宗之助
目付沢木源之助:中村吉之丞
吉太郎妹お光:市川男寅
港屋の伜吉太郎:大谷廣太郎
山崎又一郎:中村亀鶴
港屋辰五郎:片岡亀蔵
うどん屋女将お源:中村魁春
 
 
終演予定時間:
昼の部 午後3時20分頃/夜の部 午後8時05分頃
※終演予定時間は変更になる可能性があります