『古典芸能を未来へ』神田松鯉・神田伯山インタビュー~生きている限り芸の完成はないんです~

2024.4.16
インタビュー
舞台

神田松鯉(右)神田伯山(左) (撮影:田口真佐美)

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かけがえのない古典芸能を過去から現代、現代から未来へとつなげていくNHKエンタープライズ主催のシリーズ『古典芸能を未来へ~至高の芸と継承者~』。第5弾となる今回は講談にフォーカスし、人間国宝・神田松鯉と弟子の神田伯山が至高の芸を披露する。さらに坂東巳之助、市川染五郎らによる舞踊のコーナーも設けられており、古典芸能鑑賞の入り口としても楽しめるプログラムだ。本稿では前半に神田松鯉と神田伯山ふたりの取材会の模様を、後半で伯山単独(独占)インタビューをお届けする。
 

■“芸”を次の世代に継承すること

(撮影:田口真佐美)

――本公演のテーマのひとつ、伝統芸能における芸の継承についておふたりはどのようにお考えでしょうか。

神田松鯉(以下、松鯉) たとえば台詞や調子を師匠が弟子に伝えるさい、そのままそっくり同じにやらせることが講談における“芸の継承”ではありません。私自身、新しいものに挑戦する時に最初は師匠と同じようにやりましたが……これは仁義ですね(笑)。それができるようになったところで自らの個性を載せ、自分の芸として昇華させていくことが伝統なのだと思っています。一言一句、調子まで師匠と同じことをやっていたらそれはコピーでしかありません。伝統とは発展を伴うものだと考えていますよ。伯山はちゃんとそれを実践してくれていますから嬉しいですね。

神田伯山(以下、伯山) 今、お笑いの養成所もたくさんありますが、それと明確に異なるのが師弟制度ですよね。一般的には古くさいでしょうが、良い点もいっぱいあるんですよ。師匠の近くで芸に関するさまざまなことを自分の目で見ることはとても勉強になります。たとえばうちの師匠の芸は素晴らしいですが、人間ですから高いレベルで思うとおりに行かない日があったりもします。そういう時、師匠は人間国宝になった今でもどこを変えれば良いのかと悩み、次の高座にその逡巡を活かそうとします。そんな風にどうやったら“今”のお客様に講談が届くのかと日々切磋琢磨する師匠の背中を見続け、その姿を学ぶことこそが伝統芸能の継承なのだと思います。養成所でも、いろいろな先輩、あるいは後輩から学ぶことも多いと思うのですが、師弟の距離で勉強出来るのは少し違うんですね。古典なので継承がわかりやすい面もあります。

――伯山さんにもお弟子さんがいらっしゃいます。ご自身が芸を伝える立場としてはいかがでしょう。

伯山 私のところには3人の弟子がいますが、まだ全員前座です。今は一言一句、私のコピーを勉強してもらっている段階で、彼らが自分の色を付けるのはもう少し先の話ですね。いきなり自分の色を付けようとするとそれは型破りでなく型無しになってしまいますから。うちの師匠にはそういう基本的な修行を経て活躍するたくさんの弟子がいますが、一門全員個性的です。

(撮影:田口真佐美)

松鯉 これは邦楽のお師匠さんから聞いた話ですが、師匠が自分のやり方を教え過ぎると弟子はその師匠を超えることができないそうですよ。つまり、知らず知らずのうちに自分の芸域の中に弟子を押し込めちゃうんですな。私自身、まだ成長過程の修行中という気持ちでこの世界におります。生きている限り芸の完成などあり得ませんから。
 

■それぞれが読む趣の異なる“怪談”と“舞踊”

――今回、松鯉さんは『乳房榎』、伯山さんは『お岩誕生』とそれぞれ怪談を高座にかけられますね。

松鯉 『乳房榎』も『お岩誕生』も怪談ですが、根底にあるのは人間の“情”なんです。それが表に出たり裏に返ったりしながら話が進むわけです。講釈を長い間やっておりますと、主人公の生きざまに感銘を受け、あんな風に生きてみたいと憧れたりします。特に『乳房榎』は主人公から男の美学や人間の心根の美しさを感じ取れる代表的な作品ということもあり選びました。

(撮影:田口真佐美)

伯山 以前、小学校の学校寄席で『お岩誕生』を読んだことがあるんです。といっても、この作品は登場人物も多いし話も複雑なので、最後の何分かを抜粋したものですが。最初はどこまで彼らに伝わるか心配もありましたが、照明を落として太鼓の音をドロドロ入れながら読んでいると子どもたちが非常に大きく反応してくれたんですね。その経験から、怪談は人間の生理的な部分に直接訴えかける面もあり、初めて講談を聞く方にも入りやすい題材だと思いました。

――松鯉さんはじつは怖がりで、テレビで怪談が流れていると消してしまうと伺っています。

松鯉 よくご存じですね(笑)。その通りですが、自分が高座にいる時はその世界に没入しているのでまったく怖さは感じません。ただ、第三者的な立場になると怖くてダメなんです(笑)。ですから、怪談をやるにあたって、50年以上、毎年四谷左門町のお岩稲荷にお参りをさせていただいています。

伯山 私も必ずお参りさせていただいてます。『お岩誕生』は当然『四谷怪談』に繋がっていきますし、『四谷怪談』にはフィクションとノンフィクションの部分が混在していますから、ご興味を持ってくださる方がいたら、そのあたりも調べてみると世界が広がって面白いと思いますよ。

(撮影:田口真佐美)

――この会では講談の間に「浦島太郎」と「創作舞踊 与一の段」ふたつの舞踊演目が挟まれますが、伯山さんのご意見も反映されているそうですね。

伯山 今回「浦島太郎」を舞ってくださる(坂東)巳之助さんに関してお話すると、私はお父様の(坂東)三津五郎さんの踊りが大好きだったんです。特に印象に残っているのが、ご病気をなさり、かなりお辛い状態の時期に国立劇場での踊りを拝見した時のことです。お客さまも全員三津五郎さんのお身体のことを知っているなか、とても軽やかにユーモラスに舞われ、そのお姿にとてつもないプロ意識を感じ強い感動を覚えました。今回、その三津五郎さんの息子さんである巳之助さんとご一緒したいと思った理由のひとつが、伝統芸能の継承というこの会のテーマにぴったりだと感じたからです。巳之助さんの踊りを拝見すると、ふっと三津五郎さんのお姿が重なる時もありますし。

また、琵琶奏者の長須与佳さんは、歌舞伎『刀剣乱舞』の琵琶の音色に大変心を打たれまして、ぜひ一度共演してみたいと思った方です。他の皆さんも初めてご一緒する方たちばかりですが、それぞれ思いがあってお声がけした次第です。

そんな事態は絶対に起きませんが、万が一、この会の流れがでこぼこしたとしても、最後にうちの師匠が登場しますので全部上手くいくと思います。まさに終わりよければすべてよし、になるわけです。もっともでこぼこの危険性は私にしかないんですが(笑)。うちの師匠には絶対的な芸と安定感とがありますから、ぜひ楽しみになさってください。


【神田伯山さんソロインタビュー】

(撮影:田口真佐美)

――なぜ伯山さんが松鯉先生に弟子入りなさったのか伺えますか。

伯山 単純にいうと、うちの師匠は名プレイヤーで名伯楽でありながら人柄も良い。その3つが弟子入りさせていただいた大きな理由です。客席から拝見していた時から師匠の芸が大好きでしたし、お弟子さんたちもどこか師匠に雰囲気が似ているのに、それぞれの個性が光っていて、この師匠は自分の芸を弟子に押し付けずに皆を引っ張っていく人だと感じていました。当時、お弟子さんたちのブログを読んだ時に、お世辞抜きで松鯉師匠を慕っていることも強く伝わり、コーンフレークの箱についている栄養表示グラフじゃないですけど、この師匠はすべてにおいて満点の人だと確信したんです。

――取材会でおふたりがお互いを尊重し合っているご様子がとても微笑ましくほっこりしました。伝統芸能の世界の師弟関係ってもっとピリっとしたイメージもありましたから。

伯山 まあ、一部そういうところもあるでしょうね、歌舞伎とか(笑)。本当の親子が多いですから。私はうちの師匠を“神様”にはしないよう意識しています。大尊敬する師匠ではあるけれど81歳の老人でもある……その両方の視点を必ず持って接する方が師匠ご自身も楽だと思うんです。敬意を持ちながら崇め奉らないようにするスタンスですね。
 

■講談と落語で異なる精神性

(撮影:田口真佐美)

――講談初心者に向けてのことも質問させてください。よく語られる講談と落語の違いですが、講談は“ト書き”、落語は“会話”がメインとの認識で相違ないでしょうか。

伯山 講談に関してはト書きもあるし、会話もあると理解していただくのが良いかと思います。

――だとすると、講談と落語とのもっとも大きな違いとは何でしょう?

伯山 精神性ではないでしょうか。

――そのあたり、もっと教えていただきたいです。

伯山 これは(立川)談志師匠の受け売りですが、赤穂義士の物語がありますよね。当時、(浅野内匠頭と吉良上野介の一件で)赤穂藩の武士たちは城を明け渡すことになり300人以上の浪人が出ました。その内、忠臣蔵の討ち入りに行ったのは47人ですから残りの約250人はどこかに逃げてしまったわけです。講談は主君のために討ち入りを果たした47人にスポットを当てて褒める芸なんです、“良いことやったぞ、素晴らしい!”って。逆に落語は討ち入りに参加せず逃げた250人の誰かにフォーカスする芸ですね。本来ならば主人公になるはずではなかった人たちを主軸に置く芸。講談と落語はこの視点の違いが肝なんです。

――とても面白いです!

伯山 例えば子どもの頃に野口英世やファーブルの伝記を読みましたよね。いわゆる英雄伝ですが、こういう秀でた人について物語を読んでいくのが講談で、そのへんの泥棒でも主人公になれるのが落語です。講談でも泥棒を扱うものはありますが、この場合の主人公は石川五右衛門や鼠小僧で、落語は昨日今日泥棒になって失敗してしまうおっちょこちょいでも主役になれる。もちろん、どちらがいい悪いという話ではなく、同じ“泥棒”という題材でも視点をどこに置くか、誰を主人公にするかという精神性が講談と落語では異なるという話です。

落語は講談や歌舞伎からも題材を多岐に渡り移植する点も凄いと思います。まるでテレビのようにさまざまな題材を自分たちの世界観に飲み込んでしまう。これは歌舞伎もそうですね。あらゆるジャンルの芸や物語を移植して大きくなる。しかし講談においては圓朝ものといわれるものは移植していますが、基本的に講談は講談だけで完結するイメージが強いです。
 

■私が講談の道に進んだ理由

(撮影:田口真佐美)

――伯山さんはなぜ落語でなく講談の道に進もうと思われたのですか?

伯山 究極的に講談の方が皮膚感覚として面白いと感じたからですね。落語も素晴らしいですけど。

――市井の熊さん八っつぁんの世界でなく。

伯山 もちろん、落語はとんでもなく凄いです。ただ、講談も凄いよとアピールしたかったですね。それに講談の世界は当時は悲壮感が漂っているように感じました。客席も年配の方ばかりで。講談にはうちの師匠のように誰にでもわかりやすくて面白い、さらに奥行きもある芸風をお持ちの方もいらっしゃいますが、時が経てば当然いなくなってしまいます。その状況もあり、この世界を引っ張っていく人の数が落語より圧倒的に少ないと感じました。

なので、若い男性でキャラクターも立っていてタレント志向でなく一生講談師として生きていく覚悟のある人がこの業界にもいたらいいのにと、ただの観客だった頃から生意気にもプロデューサー的な視点を持って客席に座っていたんです。で、ある時あらためて講談の世界を見回してみたら当時はそういう人が見当たらなくて、これは自分がやるしかないな、と。まあ、こういうのを若気の至りっていうんでしょうね(笑)。実際、中に入って講談の世界を勉強すると、凄い先輩ばかりだとわかるんですがね。

――まさに今、伯山さんは新たな観客の獲得や講談の世界の周知にも大きく貢献していらっしゃると思います。今回の『古典芸能を未来へ』では、講談初心者のお客さまも多いと伺いました。

伯山 何も知らずにその世界に初めて触れる人がじつは1番楽しいと思いますよ。今回のプログラムでいえば、まず私が一番手として出て間違いなく盛り上げます(笑)。全然盛り上がらなかったら申し訳ないです。その後に怪談『お岩誕生』もやりますが、最初の講談とはまた違う方向性のものを聞いていただけるはずです。さらにトリ・松鯉の怪談『乳房榎』は怪談ではありますが、おどろおどろしさより人間の情や弱さにフォーカスがある読み物で、お客さまが共感できるポイントも多いと思います。また、この会ではふたつの舞踊も挟まれて、初心者の方にも楽しんでいただける内容になっています。講談をどう聞けばいいのかわからないとよく質問も受けますが、携帯の電源を切り、ただそこに座って耳を傾けてくださればそれでいいんです。

(撮影:田口真佐美)

取材・文=上村由紀子(演劇ライター)

公演情報

第五回 古典芸能を未来へ ~至高の芸と継承者~ 「講談 神田松鯉・神田伯山」
 
■日時:2024年5月28日(火)18:00(※開場は開演の1時間前)
■会場:明治座 (東京都)
■料金:SS席 10,000円 S席 8,000円 A席 6,000円 B席 4,500円 2等席(3階席) 3,000円(税込)
※3階席へのご移動は2階席から階段のみとなります。
※未就学児入場不可《営利目的の転売禁止》
※SS席はイープラス、ぴあの取り扱いなし。

 
■出演:神田松鯉(人間国宝)、神田伯山、尾上菊之丞、坂東巳之助、市川染五郎、藤間紫 ほか
 
■予定演目:
一、講談 お楽しみ
神田伯山

 
二、舞踊 浦島 長唄囃子連中
浦島 坂東巳之助
唄 杵屋巳三郎
三味線 柏要二郎
囃子 藤舎貴生

 
三、講談 お岩誕生
神田伯山

 
四、舞踊 与一の段
那須与一 尾上菊之丞
源義経 市川染五郎
玉虫 藤間紫
琵琶 長須与佳
囃子 藤舎貴生

 
五、講談 乳房榎
神田松鯉

■主催:NHKエンタープライズ「古典芸能を未来へ」実行委員会
■協賛:永谷園

 
■公演に関するお問い合わせ:NHKエンタープライズ「古典芸能を未来へ」実行委員会
 03-5478-8533(平日11:00~18:00)
に関するお問い合わせ:いがぐみ
 03-6909-4101(平日10:00~17:00)
■いがぐみ公式サイト:https://igagumi.co.jp/products/20240528
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