インナージャーニー、ゆうらん船、えんぷていが大阪で繰り広げた優しい夜ーー幸福感で満たされた『KITTO !』レポート
写真=オフィシャル提供(撮影:Fuki Ishikura)
『KITTO !』2024.6.1(SAT)大阪・心斎橋CONPASS
2024年6月1日(土)、大阪・心斎橋CONPASSにて『KITTO !』が開催された。“ きっと、嬉しい いちにち "をテーマに掲げ始動したライブイベントの『KITTO !』。記念すべき初開催となった今回は、えんぷていとインナージャーニー、ゆうらん船の3組が出演。ほっと一息をつくような幸福感で満たされた、当日の模様をお届けする。
えんぷてい
『KITTO !』の歴史の幕を開けたのは、えんぷてい。定刻を迎え、3月にリリースした『TIME』のオープナーである「Turn Over」が流れ始めると近未来的な雰囲気が客席を満たしていく。ステージに置かれたバンドロゴの白いルームランプが開演前から柔らかな空気を放っていたが、メンバーが登場しなくともバンドのムードがひしひしと伝わってくるのは、コンセプチュアルな作品を発表しているえんぷていの作家性によるものだといえよう。
ライブはアルバムの最終曲「宇宙飛行士の恋人」でスタート。オーロラを想起させるようなムービングライトの光が降り注ぎ、壮大なスケール感を初っ端から見せつける。物憂げな奥中康一郎(Vo.Gt)の声色と石嶋一貴(Key)のコーラスが会場をうっとりとさせた「Dance Alone」からセッションへと突入すると、石嶋が奏でる浮遊感漂うサウンドが全身を包む中、神谷幸宏(Dr)のプレイも熱を帯びボリュームを上げていく。親指弾きから生まれる丸みを帯びたベースサウンドを鳴らしていた赤塚舜(Ba)も気づけば、パワフルな音で神谷と共にタイトなリズムを形成している。雪崩れ込んだ「TAPIR」では、石嶋のピアノソロから奥中がビブラートを効かせた豊潤なギターソロを響かせ、ここまでのゆったりとした雰囲気を一変させた。
4月に開催されたワンマンライブに触れ、コンスタントに大阪を訪れることができている喜びを語ると、奥中が4人と目を合わせゆっくりと頷いた。ブレス音さえ聞こえる静寂からドロップされたのは「ハイウェイ」だ。神谷が刻む軽快なビートと比志島國和(Gt)のカッティングがオーディエンスの肩を揺らしていく。<誰かになれない僕のままで 許していけるのだろうか>と揺らぐ自己の存在を歌いあげるサビで回り始めたミラーボールの光は、街灯の明かりが後ろへと流れていく高速道路の光景を呼び起こした。
ラストに鳴らされたのは「あなたの全て」。特徴的な三拍子のイントロとリンクしてフロアのボルテージが上がっていくのがはっきりと分かり、思わず笑いが込み上げてくる。心地よい残響を残し5人がステージを去った後、友人とアイコンタクトを取りながら顔を綻ばせているファンの姿が目に留まった。彼らの緩んだ口元は、えんぷていが作り上げた40分の充実を証明していた。
インナージャーニー
<進め!風に乗りどこまでも まだ見ぬ世界手探りで行く>と、カモシタサラ(Vo.Gt)の伸びやかな弾き語りから始まったのはインナージャーニーだ。オープニングナンバーにセレクトされたのは、今にも駆け出したくなるような疾走感が特徴的な「少年」。<込み上げる涙を握りしめ 果てしない旅に出る>と冒険への決意を歌った同曲が、未知なる世界へ飛び込んでいく際のワクワクを感じさせる。
とものしん(Ba)のカウントから「クリームソーダ」へと接続すると、クリームソーダ色のライトが会場を染め上げ、爽やかなムードに。続けて披露された「PIP」では、ワウを駆使した本多秀(Gt)のギターとフカイショウタロウ(Sup Dr)のパワフルなビートが観客の踵を浮かせ、客席を波立たせた。
ライブ中盤に演奏された「グッバイ来世でまた会おう」では、カモシタが満面の笑みを見せた姿が印象的だった。<グッバイ来世でまた会おう 君に会いに戻って来るよ>の一節でハッとさせられたのは、彼らが“君に会いたい”という純真な思いを放ち続けてきたということ。カモシタが「人に思いを伝えるのが下手くそで、それでも伝えたいと思って書いた曲です」と語った「きらめき」でも、いつの日かの再会を願う「ノイズラジオ」でも、根底に流れているのは“また会う日まで歌い続ける”というバンドの決意だ。その決意が、時には友人との関係、時にはパートナーとの関係、そしてバンドとリスナーの絆とリンクするからこそ、老若男女を問わず心を掴んでいるのだと確信する。このことを裏付けるように、どこか昔懐かしさを感じるメロディーをオーディエンスも目を細めながら口ずさんでいた。
メンバー紹介に合わせて4人がソロを回す一幕では、フロアからクラップが湧出。朗らかなトーンのままプレイされた「会いにいけ!」がフィナーレを彩った。メンバー全員が大熱唱した<ラララ>のフレーズに応えて、オーディエンスから無数の手が掲げられた光景は、まさしく大団円だった。
ゆうらん船
この日のアンカーを務めたのは、ゆうらん船。雨音を彷彿とさせる環境音がスピーカーから聴こえる中、永井秀和(Pf)がポツリポツリと音を鳴らす。後を追うように4人が放った乱雑なチューニング音も、気づけば伊藤里文(Key)が紡ぐ朧げかつ空間を支配するような音像によって一つに集約され、心地良さを生み出している。朝焼けをイメージさせる照明がステージに差し込み、「Waiting for the sun」でじっくりとショータイムはキックオフ。内村イタル(Vo.Gt)がフロア全体を見渡しゆうらん船のステージへと誘うと、ファンがアルコールを呷る手も進んでいく。
挨拶を経て突入したのは、未発表の新曲だった。内村がたっぷりと単音のギターサウンドを奏で熱視線を浴びると、つかさず幻想的なアルペジオを鳴らす。ひんやりとした空気が青い光と相まって、夏の終わりの夜のような切なさを掻き立てる。大きく息を吸って全身でこの瞬間を味わいたいと思ってしまうほど、美しい空間が立ち現れていた。
手元も見えない暗さに包まれたフロアと明るいステージの対比が印象的だった「Hurt」を終えると、2度目のMCへ。本村拓磨(Ba)と砂井慧(Dr)、内村は久しぶりに訪れた大阪を観光していた際にやる気が漲る出来事があったと話し、「かつてなく気合いが入っている」と語った。そんな熱量を体現するがごとく、「山」をパフォーマンス。キーボードとギター、ドラムが軽やかなトーンを強める一方で、不穏さを感じるベースのメロディーに引き寄せられる。
猛進を開始した5人は矢継ぎ早に「Parachute」を披露。永井が奏するロングトーンの和音と砂井のシンプルなビート、ナイーブな内村の声から構成されるミニマムなパートから突入した<パラシュート開いた>と繰り返すサビの広がりは圧巻だった。極限までそぎ落とされたリリックとサウンドメイキングにもかかわらず、ふわりと安心感が花開く感覚に襲われたのは、パラシュートが開く一瞬を切り取るために5分という時間を費やして丁寧に積み重ねられた音があるからだと思った。
多くの観客が目を瞑って耳を傾けた「サブマリン」でしっとりとエンドマークを打つと、ステージに注がれた拍手に応えてアンコールへ。内村が「普段関東で活動している3組が関西で対バンできてよかった」と感想を述べると、「来週のテーマ」で1日を締めくくった。
こうして終演を迎えた『KITTO !』。“きっと”という言葉が持つ不確かながらもポジティブなニュアンスを体現していた3組のステージは、訪れたファンに間違いなく幸せな1日を届けていた。
取材・文=横堀つばさ 写真=オフィシャル提供(撮影:Fuki Ishikura)