丘みどり演じるおちかが、三田村邦彦の団平のおしかけ女房に あの名作を生む物語『おちか奮闘記』観劇レポート
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『おちか奮闘記』(左から)瀬戸摩純、賀集利樹、三田村邦彦、丘みどり、河合雪之丞、松本慎也
2025年1月2日(木)から1月26日(日)まで、東京・日本橋の三越劇場で上演されている正月公演『おちか奮闘記』。本作は、新派の名作『明治一代女』『鶴八鶴次郎』などを手掛けた川口松太郎による『浪花女』を原作に、今回はタイトルを『おちか奮闘記』と改めて上演される。
主人公・おちかを演じるのは、演歌歌手としてデビュー20周年の記念イヤーを迎えた丘みどり。本作で初の主演をつとめる丘が、歌をふんだんに織り込んだ構成の舞台で、文楽の名作『壺坂霊験記』誕生までの物語を演じる。
共演は、文楽の三味線弾き・豊澤団平役に三田村邦彦、さらに賀集利樹、松本慎也(スタジオライフ)、そして劇団新派の河合雪之丞、瀬戸摩純たち。明治時代の大阪を舞台に、悲喜こもごもの物語を明るく強く描き出す。
■芸に惚れて押しかけ女房に
丘みどり
開演アナウンスが流れ会場が暗転。スポットライトの灯りがさすと、「♪みどりのケセラセラ」で丘みどりが登場した。明るい笑顔と豊かな歌声が広がり、一気に三越劇場を温かくする。柝が二つ鳴ってお芝居の幕が開くと、大阪・松島新地の「沢田屋」のお座敷。すぐそばの人形浄瑠璃の芝居小屋で、舞台中に倒れた団平がここに運び込まれたのだ。
団平は、布団の中でさえ文楽が頭から片時も離れない。自他共に認める芸一筋の人間だ。文楽の人気を牽引する竹本越路太夫の三味線をつとめ、その腕前は皆から認められている。そんな団平の芸に惚れ込んだのが、看病にあたった沢田屋の娘おちかだった。団平には、いずれ結婚するだろうと思われていた芸妓おくにがいた。それでもおちかは、団平を日本一の芸人にと考え、どんな苦労も惜しまない覚悟で団平の「押しかけ女房」となる……。
(左から)丘みどり、三田村邦彦
■おちかと丘みどりを繋ぐ歌の力
団平とおちかは、実在の三味線の名手・二代目豊澤団平と妻・加古千賀がモデル。
第一幕のおちかは、若々しい着物がよく似合う愛らしい娘。歌や俳諧をたしなむ一面もあり、後半では「男だったら近松門左衛門の二代目だ」と評価されるほどの筆力も発揮。明るく芯の強い彼女だ。言っていることは正しいのに、その猪突猛進ぶりに時には身勝手さすら感じさせる。人とぶつかることも厭わない彼女だから、表向きは毅然としていても、迷いや葛藤がないわけがない。おちかの心情に合わせて丘の歌唱が挿入されると、この芝居とは直接関係のなかった丘の持ち歌までもが、まるで書きおろされた曲のよう。おちかの心の内を代弁し、おちかと丘が重なり、観客を物語に引き込むのだった。
(左から)丘みどり、賀集利樹、瀬戸摩純
■キャスト陣が支える人情と芸道の描写
沢田屋の女将お政を演じるのは、女方の河合雪之丞。女将の強さとしなやかさが、母娘の独特の距離感を想像させる。三田村の団平は、芸のこと以外はすべて余計なものと見なして削ぎ落して生きてきたかのようなストイックさを体現。病み上がりでさえ、布団の上に黒紋付で正座する姿は美しく、その生きざまを表すようだった。印象的だったのは、松本が演じる若手の竹本小春太夫との関係性。芸熱心な若者のひたむきな思いを、団平が淡々と、しかし懐深く受け止める。思いがぶつかりあった時、胸に迫る熱さと、気持ちが晴れ渡るような清涼感が一度に吹き抜けた。
丘みどり
瀬戸が演じる芸妓おくにの、凛とした中にも薄幸の影を帯びた物腰は「なかなか、そうもいかない」事情を想像させ、同時に、そんな“事情”を想像もできないおちかの、若さを引き出していた。おくには、妻の座を奪われたとも見えるかもしれない。しかし、おくには気が弱くて押し切られた、とは見えなかった。不遇の中でも、自らの意思で決めたように見えたことに救いを感じた。人形遣いの文吉は、賀集が見せる、やくざ上がりの“やから”っぽさがお芝居に緩急を生む。登場のたびにハラハラさせられた。年月とともに変化するおくにと文吉の関係が、やがてこの作品に欠かせない大きな役割を果たすことになる。また、おくにの父・竹本小百合太夫(森本健介)は、当時としても相当困った人に違いない。しかし浄瑠璃の奥深さ、沼の深さを体現する重要な存在となっていた。
■芸道と人情の美しさ
登場人物たちの人間模様の背景には、浄瑠璃という芸能の存在がある。
現代では、芸能の世界にさえ生産性や労働条件、効率化を問う声が上がることがある。しかし丘みどり自身がNHK紅白歌合戦出場を叶える以前に下積み経験を積んだように、今回のキャストたちそれぞれが、劇団や歌舞伎、新派など、ひとところで舞台に打ち込む過程を知るメンバーが揃っている。現代の感覚の視点を挟む余地がないほどに、団平やおちかたちが信じるものが、明るく確かなものとして舞台から伝わってきた。
幕切れのおちかと団平は幸せそうな笑みを輝かせ、客席は祝福に満ちていた。これは『壺坂霊験記』が生まれるまでの物語であり、同時に、おちかと団平が本当の意味での夫婦になる物語でもあった。
丘みどり
誰かを思いやる時、優しさゆえに「そっとしておく」という選択をすることは珍しくない。しかし登場する人々は、それぞれ誰かのために苦労を選び、時にはぶつかりあう。その「そっとしておかない」姿勢に、団平のいう「人情の美しさ」が描かれているようだった。心弾むカーテンコールから、この公演ならではのフィナーレへ。客席の熱い拍手に結ばれた『おちか奮闘記』は、1月26日(日)までの三越劇場での上演。
取材・文:塚田史香
公演情報
【会場】三越劇場
補綴・演出:成瀬芳一
おちか:丘 みどり
お政:河合雪之丞
竹本 春子太夫:松本慎也
芸妓 おくに:瀬戸摩純
人形遣い 文吉:賀集利樹
豊澤団平:三田村邦彦
【観劇料】10,000円(全席指定・税込)
@shochiku_stage