中島健人、葛飾北斎の描いた風を浴びる 『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』レポート

レポート
アート
17:00
『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』スペシャルコラボレーションアーティストの中島健人

『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』スペシャルコラボレーションアーティストの中島健人

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東急プラザ渋谷にて2025年6月1日(日)まで開催されている、『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』とは何か。それは、日本が誇る巨匠・葛飾北斎の浮世絵をテーマにした、先端のデジタル技術による芸術賛歌である。昨今大流行りの「没入体験」のさらに次時代を感じさせるその表現を、制作者たちは「イマーシブ2.0」だと語る。

開幕前に開催された記者発表会には、ひと足早く展示を体感したアイドル・俳優の中島健人が登場し、体験の興奮や北斎への想いを語った。この記事では中島らのコメントを紹介しつつ、『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』の見どころや意義についてお伝えする。

中島健人、北斎の描いた風に吹かれる

目前に広がる「北斎の部屋」の映像、風の演出を全身で浴びる

目前に広がる「北斎の部屋」の映像、風の演出を全身で浴びる

本イベントの何がすごいかを端的に言うなら、まず何より、映像が信じられないほど綺麗だということ。そして、触覚を再現する床の振動と、エモーショナルな風の演出である(それぞれについては後述する)。発表会ではステージ上の中島健人が実際に演出を体験し、音・映像・風に包まれて「迫力、すごい……」と目を細めるシーンも。

『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』とのスペシャルコラボレーションが決定したという中島は、トークセッションで北斎に対する想いを以下のように語った。

ーー葛飾北斎についてはどのような印象をお持ちですか?

日本が世界に誇れる、ジャパニーズアートアイコンだと思っております。海外でも北斎の作品を知っている方がかなり多いですし。現代の僕らもですね、やっぱり北斎のように芸術表現を多くの海外の方々に届けたいという気持ちがあるので、“北斎先輩”としてリスペクトしてます(笑)。あと、本当に個人的なことなんですが……北斎は「中島」の姓を名乗ってた時期がありまして、同じ名前のご縁を感じてて。このような機会をいただけたのはそれもあるのかな、っていう風に思ってますね。

ーー『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』は北斎×先端技術の組みあわせによって新しいアート体験を生み出す取り組みとなっていますが、この企画についてはどう思われますか?

現代は海外も含め多くの方に届きやすい環境が整ってるので、今、北斎の芸術を先端技術をもって再解釈するのはとても素晴らしいことだと思ってます。僕自身も、技術のもとで改めて北斎の芸術に出会うことで、また新たな想像が広がるのがすごく楽しみです。

ーー今回の展示を通じて、北斎のイメージが変わったところはありますか?

北斎は90歳で亡くなったんですけれども、70年間も作品を作り続けたというパワフルな側面をこの展示で知ることができました。自分自身もですね、よりパワフルに表現を続けていきたいなっていう気持ちが高まったので、すごく嬉しかったです。

「本イベントでのおすすめの記念撮影ポーズは?」の質問に即興で回答

「本イベントでのおすすめの記念撮影ポーズは?」の質問に即興で回答

報道陣から「本イベントでのおすすめの記念撮影ポーズは?」と尋ねられた中島。うーん……と考えたのち、「これです。神奈川沖浪裏ポーズ!」と即興らしきポーズを披露(右手で高波を表現)。会場はどっと笑顔に包まれた。これ、なんだか本当に流行りそうである。

ーー本イベントを楽しみにしている方々へのメッセージをお願いします。

稀代のアーティストである葛飾北斎と、こうしてスペシャルコラボレーションアーティストとして関わることができて、とても嬉しく思っております。幅広い世代の方に、北斎の歴史やその技術を知っていただきたいです。このイマーシブ体験を入り口として、日本のアートの歴史の奥深さを多くの場所に届けていきたいと思ってます。よろしくお願いします。

まずは日本の誇る巨匠・北斎を知る

会場風景

会場風景

会場に入ると、まずはプロローグとして葛飾北斎についての解説パネルが並んでいる。この先の展示を楽しむための下ごしらえとして、北斎がどのような絵師だったのか、その多彩な活躍ぶりを知っておこう。

会場風景

会場風景

壁の年表は親しみやすい言い回しでわかりやすくまとめられており、一読の価値あり! 具体的な作例や用語解説も織り交ぜられ、北斎について知っている人も知らない人も、見過ごしてしまってはもったいないクオリティだ。ちなみに全文バイリンガルなので海外のゲストにも優しい仕様。筆者はどんな展覧会でも年表をじっくり見るタイプなので声を大にしてお伝えしたいが、この年表はおすすめである。

「大地の部屋」でハプティクス技術に興奮!

さて、この先の展示室では、いよいよ先端技術を駆使して北斎の浮世絵世界に飛び込んでいく。

会場風景

会場風景

「大地の部屋」で体感できるのは、床の細やかな振動を使った触覚提示技術だ(ハプティクス、というらしい)。空間全体が『冨嶽三十六景』の世界になっている時点で胸熱なのに、足元に仕込まれた演出が面白くてニヤニヤが止まらない。木の渡し板、水面、砂浜、氷……描かれた場所にあわせて、まるで本当にその場所に立っているかのような感覚を味わうことができるのだ。

会場風景

会場風景

凍った湖の氷を踏んだ瞬間にビシッとヒビが入る演出には、思わず慌てて飛び退いてしまった。ほかにも各ロケーションならではのインタラクティブな仕掛けが用意されており、遊び心を感じる。難しいことは抜きにして、ワクワクしながら楽しめるエリアだ。

「風の部屋」で、緻密に練られた空中散歩を楽しむ

会場風景

会場風景

続いての「風の部屋」では天井の装置によって、展示室にいながら様々な風を体感できるようになっている。突風や海を渡る風、花吹雪など、北斎の『冨嶽三十六景』には風を表現した印象的な作品が多い。鑑賞者は風に乗って、それらの作品世界をめぐる空中散歩をするような感覚だ。

解説によると一連の映像はただ作品から作品を繋いだだけではなく、東西南北が設定され、実際の地理に基づいたカメラワークなのだという。よく見ると中央の画面右下に、現在地MAPと視点の方向がつねに表示されているので注目してみてほしい。

作品画像:(C)Ars Techne.corp 原作品所蔵元:山梨県立博物館

作品画像:(C)Ars Techne.corp 原作品所蔵元:山梨県立博物館

自分で撮影しておいて信じられないが、この写真は「風の部屋」中央に立って、迫り来るスクリーンの映像を撮ったものである。和紙の繊維の細かい凹凸まで感じさせる映像は、20億画素という途方もない画像データによって初めて実現できるものだ。

今回使用されている『冨嶽三十六景』のデジタルリマスターデータは、元の絵を単純に撮影したりスキャンしたりして得られたものではない。様々な角度から光を当てて取り込んだ複数のイメージデータを合成し、さらに原作と徹底的に比較して見分けがつかないレベルまで校正されたもので、主に文化財の記録のために使われてきている技術だという(アルステクネ社の特許技術DTIP)。細部の質感まで感じ取ることができるので、正直言って美術館のガラスケース越しに眺めるよりも“見た”という満足度が高い。これまでより度の合ったメガネをかけて作品と向き合っているような感覚だ。

「光の部屋」で出会う北斎は、知らない顔をしていた

会場風景

会場風景

そしてそのような超高精細のデジタルリマスターデータ、およびレプリカを作ることの意義は、まさに「光の部屋」のような展示にあると思う。実物では実現できないほど距離の近い展示や、特殊な条件下での鑑賞の実現だ。文化財には、貴重な作品ほど公開できないという“保存と公開のジレンマ”があるという。名画の質感までもを再現できるこの技術を使えば、そんなジレンマを越えた知的体験が次々と生み出されていきそうで、ワクワクする。今後のアートイベントがさらに豊かになりそうではないか。

会場風景

会場風景

本イベントでは柔らかく明滅する「竹あかり」のもと、8台のモニターで『冨嶽三十六景』の全46図すべてを鑑賞することができる。くどいようだが、この写真も紙ではなくモニターを撮影したものである。

会場風景

会場風景

竹あかりの明滅とモニターは連動しており、浮世絵の照らし出される範囲も明るさも、まるで呼吸しているように変化していく。ほの暗い中で眺める北斎は、画集や美術館で見るのとは全然違った陰影をまとっており、なんだか色っぽい。江戸時代の人々と同じように、自然光や行灯のようなオーガニックな明かりのもとで作品を味わえる貴重な体験だった。

監修を務めた久保田巖氏(株式会社アルステクネ代表取締役)が記者発表会にて語った言葉は、浮世絵の世界と本イベントをつなぐ重要なキーとなりそうなので、ここで紹介しておきたい。

「北斎の時代、江戸時代に錦絵(多色摺木版画)というものが登場しまして。それはまさに、刷りとか彫りの技術が駆使された、当時のニューメディアテクノロジーだったんですね。ボコボコとさせたり、あるいはキラキラとさせたり、いろんな細工が施されていた。それを江戸時代の人は手元に持って、“没入”して見ていたんです。そして今それが現代に甦って、まさにイマーシブ体験というものは、現代の錦絵になりつつあるなあと。そして錦絵は江戸時代のイマーシブ体験だったと、そう思います」(久保田氏)

技術とリスペクトの詰まった怒涛の没入体験

会場風景

会場風景

展示のクライマックスは、約12分間の映像に向き合う「北斎の部屋」だ。超高精細画像、大型LEDディスプレイ、床面のハプティクス、風の演出……と、すべての技術を結集させて織りあげられる北斎ワールドは圧巻である。

会場風景

会場風景

まるで映画のように、渋谷の雑踏から始まるストーリー。ちなみにこの空間だけで270チャンネルもの立体音響が組まれており、包み込まれるような臨場感だ。

会場風景

会場風景

映像の中では、作品の構図を幾何学的に分析するシーンがとりわけ印象深い。言葉を使わず、直感的に北斎の狙いや美意識を感じることができて学びに満ちている。

そして、私たちが絵画を見る理由

会場風景

会場風景

構図を分析し、細部の技巧に目を凝らし、描かれた人物像のユーモラスな動きにスポットを当てて……。いよいよ映像終盤では、代表作『神奈川沖浪裏』をテーマにしたシーンがやってくる。1000円札でお馴染みの“あの高波”が3DCGによって再現され、まるで自分も、作品に描かれた“あの小舟"に乗っているかのようだ。一瞬も手を緩めることなく荒れ狂う海に「こりゃもうだめだ」と絶望的な気持ちになる。その波の合間に見えるドーンと揺るぎない富士山の姿は、船上の人間にとって超越的な存在のように映るのだ。

会場風景

会場風景

面白いのは、リアルに近づけ、動かした『神奈川沖浪裏』のCG映像は元の版画作品よりも豊かな感動をもたらすか? というと、必ずしもそうとは言えないところだ。絵画の前には、描いた人と見る人双方の想像力があるからである。

鑑賞者は「こんなに現実の波とそっくり!」だから感動するのではなく、絵師が3次元を2次元に圧縮する表現のダイナミズムに酔って感動するのである。リアルな自然を超えた、見る人一人一人の頭の中で完成する風景、ともいうべきものが絵画には託されている。だからこそ私たちは写真の発明後も絵画を愛するのだし、近年ではしきりにその中に没入したがるのだろう。

会場風景

会場風景

今回の波の再現CGが「北斎の見た景色、描きたかった景色」と言えるのかは分からない。けれどこの表現が、北斎と同じ日本を生きる技術者たちが熱量と誠意をもって作り出したひとつのストーリーであることは間違いないし、学びも大きい。記者発表会に登場したコラボレーションアーティストのひとり、GOMA氏はこの体験について以下のように語っていた。

「視覚・聴覚はもちろんなんですけど、それプラス、体で感じるバイブレーションというか。最後この展示室を出た後に、多分みんな癒されてると思います。サウンドマッサージを浴びたような、そういうヒーリング効果もあるんじゃないかな? って感じましたね」(GOMA氏)

体験後はきっと誰もがこのGOMA氏の言葉に深く共感するはずだ。とにもかくにも、最高に爽快で、気持ちいい。浮き世のしがらみから離れ、波と風に洗われたような清々しさの残る体験だった。

穴が開くほど見つめてください

会場風景

会場風景

最後の展示エリアでは、デジタルリマスターデータを紙に印刷した「マスターレプリカ」が大小合わせて8点展示されている。所蔵元の美術館から認定を受けた、品質折り紙付きの複製である。各作品に拡大鏡が用意されており「どうぞじっくりご覧ください」と言わんばかりの自信に溢れた展示だ。

会場風景

会場風景

実際に覗き込んでみたけれど、紙にデジタルプリントされたものとはとても信じられなかった。最後の最後まで、技術に驚かされっぱなしの展覧会である。

超没入型体験を、まずは味わうべし

なお会場ではこのほかに、北斎と現代のアーティストとのコラボレーション作品のコーナーもある。こちらは期間によって登場するアーティストが変わるそうなので、訪れるたびに新たな出会いがありそうだ。

ショップ風景

ショップ風景

併設のショップではお土産用のお菓子や雑貨、さらに多彩なジャンルのブランドとのコラボ商品が用意されている。渋谷という開催場所の感度の高さもあってか、スタイリッシュな商品が多い印象。クラフトジンのボトルとか、さりげなく戸棚に飾りたい。

会場エントランス

会場エントランス

日本が世界に誇る芸術家・葛飾北斎が『冨嶽三十六景』に閉じ込めた音や風や触覚を、約200年の時を経て濃縮還元するような興味深い体験が待っている本イベント。北斎の魅力を存分に伝えるのはもちろん、五感を震わせる先端技術とそれがアートにもたらす意味を考え、新たな扉を開けるきっかけとなるのではないだろうか。『HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO』は東急プラザ渋谷にて6月1日(日)まで開催中。


文・写真=小杉 美香

イベント情報

HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO
会場:東京都渋谷区道玄坂1丁目2-3 東急プラザ渋谷3階
開催期間:2025年2月1日(土)~2025年6月1日(日)
一般:3,500円 / 高校生・専門学生・大学生:2,200円 / 小学生・中学生:1,500円
未就学児:無料
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