イデビアン・クルーが新作『バウンス』を上演、振付・演出の井手茂太に聞く~「気持ちの動きが身体に現れる瞬間がダンスの始まり」
井手茂太
振付家・井手茂太の主宰するダンス・カンパニー、イデビアン・クルーが新作『バウンス』を、2025年2月21日(金)~23日(日・祝)、東京は三軒茶屋の世田谷パブリックシアターにて上演する。舞踊手として、斉藤美音子 依田朋子 宮下今日子 福島彩子 吉野菜々子 松之木天辺 原田悠 奥山ばらば 城俊彦……に加え、振付・演出の井手も参戦する。
イデビアン・クルーは、1991年結成。1995年に旗揚げ公演『イデビアン』を発表し、以来コンテンポラリーダンス界でユニークな存在感を示し続けてきた。その一方で井手個人が、野田秀樹、三谷幸喜、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、松尾スズキ、岩松了、栗山民也など著名な演劇人たちの舞台に振付家として関わり、さらに舞台『千と千尋の神隠し』(翻案・演出:ジョン・ケアード)で振付・ステージングを務めるなど、その才能は日本の演劇界から大いに重宝がられてきた。そんな井手から『バウンス』に向けた思いなど、あれこれ話をきいた。
イデビアン・クルー『バウンス』稽古場
■三年ぶりとなるカンパニー完全新作のこと
ーー まずは新作公演のことからお聞かせください。今回のタイトル『バウンス』にはどんな思いが込められていますか。
「バウンス」という言葉の本来の意味とは違うかもしれませんが……と先に断っておきますね。例えばワクワクしている人や何かを待っている人、そういう人を見ているとおもしろいんです。犬がごはんを前に「待て」を守ろうとして、でも待ちきれてなくて震えながら近づいてくるような。心が弾むと身体に出てくるじゃないですか。それを見ているだけで自分もワクワクしてきたり、そわそわし始めたり、だんだん連動して、真似してみるともっと連鎖していく。こだまして広がって、跳ね返ってまた形が変わっていく……今回のタイトルは、そんな考えから出発しました。僕にとって気持ちの動きが身体に現れる瞬間が、ダンスの始まりなんです。
ーー 2022年完全新作としては三年ぶりとのこと。作品のコンセプトなどあれば教えてください。
2022年のソロ作品(『イデソロキャンプ』)、2023年のデュオ作品(『幻想振動 2023edition』)と続いて、久々の群舞です。群舞ならではのことを意識してみると、ただ振付を踊るだけでなく、すごくありきたりなファンタジーを真面目に追及していきたいと思いました。新しいものの発見というより、いま当たり前に見ているものや昔から見ているものに、いい大人が集まって向き合ってるみたいなことをファンタジーとしてまとめてみようと。
ーー 今回の会場は世田谷パブリックシアターですね。
世田谷パブリックシアターはカンパニーの公演だけでなく他の舞台作品でも何度も使わせて頂いていますが、すごく好きな劇場なんです。余すことなく使って、見せちゃいけないものも見せちゃいたい。構造も美術の一つのように扱いたいんです。セットの立て込みの素敵さとは違った、劇場を美術として生かして、そこに人を配置して作品になっていく。ここでしかできない見どころだと思います。
イデビアン・クルー『バウンス』稽古場
ーー 今回参加されるダンサーの皆さんのことを紹介していただけますか。
まず斉藤美音子は、結成当時から家族みたいにずっと一緒ですね。カンパニーにいないと始まらない人ですし、看板女優みたいなものです。振付でも彼女の存在には助けられています。
依田朋子は、お芝居の現場から知り合ったマルチな活動をしている、個性的な、小柄でもパワー溢れる、踊りの人です。
宮下今日子は、スタイルが良く佇まいや姿が絵になる個性のある女優さんです。僕は動きが面白いと思っています。
福島彩子は、外部の振付事業の時に出会って、助手やダンサーとしてもすごく動ける人で、ぜひカンパニーに出てもらいたいと思ったことが始まりでした。
松之木天辺は、カンパニーに出演するのは久しぶりになりますが、飛び道具みたいな感覚の人ですね。
原田悠は、ダンサーであると同時に劇作家でもあるんです(現在、劇団温泉ドラゴンに所属)。日本劇作家協会新人戯曲賞や「日本の劇」戯曲賞を受賞したり、岸田國士戯曲賞候補にノミネートされるなど、立派になられましたね。僕は当初、彼の執筆活動のことを全然知らなかったので「そうだったの?!」と、驚きました。
奥山ばらば、城俊彦、吉野菜々子の共通点は舞台『千と千尋の神隠し』ですね。それより前から個々に知っていましたが、今回初めてイデビアン・クルーに参加してもらいます。奥山の所属していた大駱駝艦(麿赤兒の主宰する舞踏集団)とイデビアン・クルーとは以前から交流があり、そこで彼のいい動きは気になっていました。これまでは一緒にやれる機会がなかったけれど、今回声をかけてみて良かったと感じてます。城は他のダンスカンパニーの作品でも見かけていました。大柄ではない身体ですがとてもエネルギッシュな、観てて気持ちのいい動きをするダンサーです。吉野は、以前僕のワークショップを受けてくれたこともあり、しなやかで力強い動きのダンサーで、今はELEVENPLAY(MIKIKOの主宰するダンスカンパニー)でも活躍しています。
イデビアン・クルー『バウンス』稽古場
ーー 井手さんご自身も出演されますね。純粋に踊りたかったからでしょうか。それとも作品に何らかの効果をもたらすことを考えてのことなのでしょうか。
ソロ公演までやっていますけど、実は出たくないんです。毎回悩んでいる。僕は創るのが好きなだけなんです。実際、カンパニー結成当時は、出ていませんでした。『不一致』(2000年)から少し出るようになって、その後は出たり出なかったりの時期がありました。自分としては、振付家=ダンサー、ではなく、振付や演出をするポジションを確立したかった。ただ、人に伝える中で自分がやった方がいいかなと思う瞬間があって。“いきなり出てきたおじさん”というのも面白いかな、と。自分が出た方が伝わることもあるんだとは思います。とはいえ、それは自分が「踊りたい」という理由からではなく、ポジションとして「いなくちゃいけない」というのが近いです。思えば今まで、ネタとしてコミカルにしたいわけじゃなくても、何をしても周囲からはそう見られる人生でした。かっこいいと思ってやってることを笑われる。以前はそれが嫌だったけれど、今では自分がそういう星の下に生まれた人間なんだと思うようになり、だから「いなくちゃいけない」に繋がってくるのかもしれません。
ーー 美術・照明などのスタッフワークについてもお話しいただけますか。
照明の齋藤茂男さんと音響の島猛さんは自分の中のゴールデンコンビです。僕にとっては自分ひとりだけで完結させるよりも、あえて隙間を設けてそこに意見をくれるお二人のいることが大事なんです。齋藤さんはいつも限られた予算の中で工夫をしてくれるので、仕込みを見てるのも大好きです。あの機材、あんな風にするのかなと想像が膨らみます。島さんは奇想天外なことをしてくれます。気持ちよく動ける音響で、まさに劇場で聴きたい音ですね。本当はお客さんとして音を体感したいくらいです。
美術の伊藤雅子さんも、演目によってですが、昔からずっと一緒にやってくれています。そういえば出会いも世田谷パブリックシアターでした。劇場の素の状態から美術をシンプルに創ることはこの人に頼まないと、とお願いしました。
イデビアン・クルー『バウンス』稽古場
■井手自身の近況
ーー 井手さん個人は、ここ最近の約1年間は、カンパニー以外でどのような活動をされていましたか。
外部から依頼された振付・ステージングに参加していました。演劇が多かったです、8本くらいありました。珍しく子ども向け舞台作品(2024年11月、子どものための舞台作品『ひかりとかげ』)にも参加し、初めての会場と座組に新鮮でした。当然、演出家によって求めてるものや個性が違うので、そこに合わせて自分も変えていくことが大事でしたね。また、映像作品やCMにも関わっていましたが、あらかじめ細かくイメージがあるものと、おまかせしてくれるものとあって、どちらもおもしろいけれど、舞台とは違う責任感が伴い、身が引き締まりますね。
夏木マリさんの印象派NÉOシリーズは以前から参加していますが、2023年の印象派NÉO vol.4『ピノキオの偉烈』の時も、マリさんの持つパワーに圧倒されっぱなしで、もう頭が上がりませんでした。
2024年は舞台『千と千尋の神隠し』の再演もありました。同作品では、演出のジョン・ケアードさんからよく「どう思う? どうしたい?」といった問いが投げかけられます。そこから演出と密に関係してくる部分のステージングをつけてみる。ジョンさんに見てもらい、そこからさらにジョンさんが考えていく。スタイルの違いを感じられて楽しいですね。
2024年4月に振付を務めたのが、こまつ座『夢の泪』の再演。こまつ座とは長くお付き合いさせてもらっており、再演の度に新しい役者と過去につくった振付を合わせていくんですが、何十年もこうして続けることによって味わえる良さがあります。
2024年のNODA・MAPでは、第27回公演『正三角関係』の振付を担当しました。NODA・MAPにはいつもアンサンブルの働きに感心しています。ぽろっと出た一言の思いつきから、みんなでワッと広げて考えることができる。そこからさまざまな面白さが出てくると、すごいなぁと思います。
札幌座(『民衆の敵』2024年11月)では約二十年ぶりに再会する役者との協働がありましたが、創り始めると相手の中に変わらない部分が感じられて、とても懐かしくそして楽しい時間でした。
2024年10~11月、岩松了さんの舞台(M&Oplaysプロデュース『峠の我が家』)にも参加しました。岩松さんはいつも作品の世界観が自由だという印象があります。若干自分と似てるカラーだと勝手に思っていて、意味合いを突っ込まれるような演出があったり、そこに至る過程をどうするかで岩松さんらしさを感じています。
井手茂太
ーー 外部の演劇作品への振付で特に心掛けている点は?
「演者さんその人を見て振り付ける」ということですかね。台本や設定、キャラクターといったものがあるのは分かるんですけれど、役者本人を見て、まず自然に考えたいんです。創った振付をたくさん練習して発表会に出るような、ショーとして出来上がったものを僕は求めているわけではありません。完成度やパフォーマンスを育てていく感覚はきっと同じなんですけど、その入り口を、演者にとって自然にしたい。道をつくってあげたいという気持ちでやっています。
ーー 外部演劇作品への関わりから、ご自身のダンス作品の糧となるようなことはありますでしょうか。
僕は創り込み過ぎる、ということがよくあって。シーンの尺やセリフの都合、曲の変更や調整、セットの問題など、様々な理由で不採用となる振付はたくさんあるんです。でもそこで陽の目を見なかった振付は自分の中にネタのような形で蓄積される。そういう時、自分の創作で使ってみたいと思うし、外で得た経験を自分のカンパニーで活かしていくチャンスだなと感じます。ただ、役者とダンサーの違いがあることから、やはりその人に合わせていくことは常に意識します。ダンサーじゃない人がやった方が面白い動きだってあるんですよね。
ーー 一方、ご自身のホームグラウンドであるイデビアン・クルーではどんなことを見せたいと思っていますか。
イデビアン・クルーが演劇的だと言われることは昔からよくありました。自分は特にそうだと思っていないけれど、歩くことや立つこと、情景があること、声が発せられる瞬間、それはダンスになると思うんです。エンターテインメントとしてだけじゃない方向のダンス作品として、そこは生の舞台でこそ感じてほしいし、ダンスは鍛え抜かれた身体を持った限られた若者のものでもない。自分だってダンサー体型というわけじゃないし歳も重ねているけれど、そういう人の魅力、いろいろな身体の人が持つ良さを舞台作品にしていきたいです。
イデビアン・クルー『バウンス』稽古場
■カンパニーの足跡を振り返って
ーー イデビアン・クルーは結成から34年、1995年1月に神楽坂セッションハウスで旗揚げ公演をおこなってから、今年(2025年)で30年目を迎えるわけです。かくも長きにわたって続けてこられた原動力は何でしょうか。
結成は学生時代の時でしたが、ちゃんと旗揚げ公演をしてからは30年の計算になりますね。最初の10年くらいは、同世代のカンパニーが沢山ありました。次の10年で同期の数も減ってきて、寂しい気持ちもありました。当時は、作品を創って世に出す、そういう環境になかったように思えます。その頃に比べれば今ダンスはとても身近になったと思うのですが、ただそれがCMのような扱いというか、目的を達成するための道具のようなもの。作品を観る環境はあまり育っていないんじゃないかなと感じます。劇場に足を運ぶ習慣もなく、わざわざ観にいくのも面倒だからと、「それ今映像ないの?」と、映像を観ることで舞台をあたかも観たことにするような流れに対して、劇場で作品を発信する文化を続けていこうという気持ちが強い。それが僕たちの原動力ですかね。
イデビアン・クルー『イデビアン』(1995年)
ーー 長い年数の中で、次々と新しい振付を産み出して来た才能には尊敬あるのみです。今更ながらの質問で恐縮ですが、井手さんの振付のアイデアはどのようにして産まれるのでしょうか。
普段の生活の中で、いろいろな人の動きを見ることが好きです。年齢も体型もさまざまで、同じ場所でも長い時間過ごして見ていると面白い。人以外でも看板にある言葉をみて、調べてみて発見があったり。「バウンス」という言葉もよく他の現場で遭遇する言葉の一つでした。その一言をフィーチャーしていったらどうなるだろう、ちょっとしたことを大袈裟に想像していくと、振付に繋がっていきますね。
イデビアン・クルー『ハウリング』(2016年) (c)Marie Nosaka
ーー 過去約30年を振り返って、ご自身の振付や考え方、イデビアン・クルーの表現は変わりましたか。
基本的には変わらないですね。ただし、公演の度に毎回雰囲気を様変わりさせることは意識しています。それと、昔は丁寧な表現が多かったのですが、最近はさらっと済ませているんです。具体的な表現を軽くしていく感覚。今は調べれば何でもすぐわかる時代ですが、お客さんには調べてもわからないような、謎めいたものを持ち帰ってもらう。創る時はしっかり創り込むけれど、最終的に自分の中で必要な分以外をカットして削ぎ落とす作業を入れてみる。今のイデビアン・クルーの表現はそんな感じです。
ーー 過去を振り返って、イデビアン・クルーとしてとりわけ印象深かった作品は何ですか。
『関係者デラックス』(2004年)は、バッハの「4台のチェンバロの弦楽のための協奏曲イ短調BWV1065」を使用した作品で、チェンバロがだんだん少なくなっていく編成の曲でした。そこに昭和初期のノスタルジー溢れる一般家庭の人たちをイメージして、床のリノリウムを斜めに貼って舞台面も四角くなくて三角で。クラシックとミスマッチなのに角度を変えると見え方も変わっていろいろな風景が見えてくる、今でも好きな作品です。
イデビアン・クルー『関係者デラックス』(2004年) (c)青木司
『排気口』(2008年初演)は、旅館をイメージしました。当時昼ドラが流行っていて、舞台に乗せて考えたくなりました。親交があったことから世界的ダンサーでザ・フォーサイス・カンパニーに所属していた安藤洋子の出演が叶い、演劇的に配役を妄想しました。10年後の2018年にほぼ同じキャストで再演できたのも嬉しかったですね。
イデビアン・クルー『排気口』 (c)青木司
ーー 世の中のダンスを取り巻く環境も色々変わってきたと思います。最近の、日本や世界のダンス界隈のことについて、どのような印象や感想を抱いていらっしゃいますか。
インスタグラムなどSNSが普及している一方、舞台はあまりという印象です。先ほども少し触れましたが、自分を見せるための手段としてダンスすることや商品の宣伝のために踊ることが必ずしも悪いというのではありませんが、そればかりに感じられるきらいがあるということです。発表会ではない、コンクールや競技でもない、ダンス作品を劇場で観る環境がもっと浸透したらいいなと思います。
ーー 最後に読者の皆さんに、新作公演への勧誘のメッセージをお願いします。
一見派手に見える舞台の原点は日常の中にあるということを、大袈裟な表現で考えてみたらこうなりました。難しいことを考えず、動きに素直にヘンテコに、ずっと見ているとかっこいいかも? そんな変化の過程がある、その瞬間を生で体感してほしいです。光も音も包まれる劇場にぜひ観にきて、ぜひ体感してほしい!
イデビアン・クルー『不一致』(2000年) (c)秋本竜太
聞き手・文=安藤光夫(SPICE)
公演情報
■会場:世田谷パブリックシアター
■出演:
斉藤美音子 依田朋子 宮下今日子 福島彩子 吉野菜々子
松之木天辺 原田悠 奥山ばらば 城俊彦 井手茂太
■照明:齋藤茂男
■音響:島猛
■衣裳:富永美夏
■舞台監督:横尾友広
■宣伝美術:秋澤一彰
■制作:days 立川真代
■制作協力:alfalfa
2月21日(金) 15:00※プレビュー
2月21日(金) 19:30
2月22日(土) 15:00
2月23日(日) 15:00
※未就学児入場不可
※上演時間:約1時間
※開場は開演の30分前
一般:4,500円 プレビュー公演:4,000円
劇場友の会会員:4,000円 せたがやアーツカード会員:4,300円
U24:2,500円 高校生以下:1,500円
※全席当日:5,000円
■助成:
芸術文化振興基金助成事業
公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成】
■提携:公益財団法人せたがや文化財団 世田谷パブリックシアター
■後援:世田谷区