森山開次(振付・演出)×蓮沼執太(音楽)が生み出す、新たな舞台への思いとは 『TRAIN TRAIN TRAIN』インタビュー
(左から)森山開次、蓮沼執太 (C)TK
2021年に開催された「東京2020パラリンピック開会式」。そこで紡がれたのは、13歳の和合由依演じる“片翼の小さな飛行機”が、様々なパフォーマーが扮する乗り物たちと出会い、飛翔するという物語だ。この開会式で演出・チーフ振付を担った森山開次が閉会後に描いた一枚の絵から今回、新たな舞台が生まれる。森山と、やはりパラリンピック開会式にパラ楽団を率いて参加し、今回の音楽を担当する蓮沼執太が、舞台への思いや構想を語った。
パラリンピック開会式での出会いと発見
ーー森山さんも蓮沼さんも関わられたパラリンピック開会式。お二人の共同作業もあったのでしょうか?
森山:基本的には、僕は(和合)由依さん演じる“片翼の小さな飛行機”の物語系、蓮沼さんはパラ楽団の指揮を担っていらして、別々に動くことが多かったのですが、開会式の中で一ヶ所だけ、ご一緒しましたね。 “片翼の小さな飛行機”が飛び立つクライマックスに、松本淳一さん、布袋寅泰さん、蓮沼さんの3人に関わってもらったので。
蓮沼:開次さんとの共同作業のシーンでは、松本淳一さんの曲をベースに僕がアレンジしました。パラリンピックは規模が大きく関わっている方々も多かったのですが、開次さんは僕が出したアイデアに「ノー」と言わず良いところを引き出してくれ、のびのびとやらせてくれたんです。その時から、想像力を具現化するパワーが溢れ出ている開次さんがすごく好きで。アイデア・思考を絵や言葉にし、共同作業で作品化していく。その際の伝え方も優しいですし、創造のパワーを持っている方だと感じました。
森山:蓮沼さんこそ、すごく寛容で、「こうでなければいけない」という感じがなくフレキシブルな印象でした。松本さんの曲のアレンジをお願いした時も「この曲いいね」「自分なりにアレンジしたらこんな感じになりました」といった具合に快く取り組んでくださったし、「こうだったらこうできる。ああだったらああいくよ」と多彩なアプローチができる方。とても助けられた覚えがあります。
森山開次 (C)TK
ーー障害の有無を超えてさまざまな人と開会式の世界を作り上げるという経験は、どのようなものだったのでしょう。
蓮沼:僕は(1964年の東京五輪の際に作られた)「パラリンピック讃歌」の編曲や(坂本美雨が歌った)「いきる」の作詞・作曲のほかに、楽器演奏が得意な障害のある方々が参加したパラ楽団の指揮をしました。常日頃から、演奏者が15人いてもフラットな1対1の対等な関係性でのクリエーションを心がけているつもりだったのですが、いざ障害のある方々が楽団に入った時、自分がこれまでずっと障害のない音楽家と音楽をやっていたことに改めて気づかされて、「全然、フラットじゃないじゃん」と。
そこからマインドを変えて皆さんと向き合ってみると、多くの発見がありました。たとえば岩﨑花奈絵さんという、ピアノを片手だけで弾く方が長い曲の中で少しだけ弾く。誰かの身体が楽器に触れることで音が鳴り、みんなで奏でるハーモニーの中に響くという瞬間の連鎖が音楽なので、それは彼女が参加してくれた証として刻まれます。そのかけがえのなさというものを、パラリンピックでは本当に深いところで実感できたんです。
森山:同感です。振付という行為自体、色々なやり方があるけれど、僕がプロのダンサーと接する時は、やっぱり自分の身体が作り出した形を求めるところがある。でもパラリンピック開会式では、僕がやってみせた動きが、受け取った人の身体によって全く違うものに変化していく喜びがありました。それは本来、どの現場でもあり得ることなのですが、身体に障害のある方やろう者から見たらこうなんだなという発見ができ、自分が普段、いかに同じベクトルから見過ぎているのかを改めて痛感したんです。障害のある方たちを何とかしてあげようというようなことではなく、僕らのほうが沢山のギフトをもらいました。
蒸気機関車「ムジカ」に乗り込んで
ーーパラリンピック開会式での経験が、どのようにして今回の『TRAIN TRAIN TRAIN』に繋がったのでしょうか。
森山:開会式が終わったあと、この出会いを何かに繋げていけたらと思いました。それで、開会式は飛行機の物語だったから次は列車でと考え、ユーフォニウムを持った由依さんや動物たちが列車に乗っている絵を描いて。というのも彼女のオーディションをした時、ユーフォニウムが特技だと聞いて、僕が「ユーフォニウムで今の気持ちを一音で吹いてください」と頼んだのですが、きちんとそれをフォローできず、吹き終わって「シーン……」と静かになってしまうということがあったんです(笑)。その記憶も含めて絵になり、その絵を今回の作品のメインイメージとする形で、スタッフ、キャストの皆さんが集まってくださいました。
イラスト:森山開次
蓮沼:僕もパラ楽団のメンバーと、1回だけで終わらせず継続することが大切なのではないかといった話をよくしていましたし、実際、機会がある毎にそのメンバーを含むアンサンブルで活動してきましたから、今回、開次さんからお話を聞いてぜひ、とお答えしましたね。
ーー具体的にはどのような舞台になりそうですか?
森山:今作でアクセシビリティデイレクターを務める栗栖良依さんが、音楽=musicの語源で、音楽だけにとどまらず詩や文学などを包括する言葉であった「ムジカ」という言葉を出してくれたんです。それで、詩人がムジカという名の蒸気機関車に乗って、さまざまな人と出会いながら旅をするというという創作メモを僕が書き、それをもとに(劇作家の)三浦(直之)さんがテキストを書いてくれています。
蓮沼:こちらはそのメモやテキストをもとに少しずつ音を作って。今回参加してくれる音楽家たちは全員、作曲もできるので、一応僕が監修する形ではありますが、目指すのはみんなで作っていくスタイル。作品の世界観にはいい意味で時代性がないので、過去だったり未来だったり、あるいはどこなんだろう?というものも創ることができるし、音楽が歴史のコンテクストに縛られがちなことを逆手に取って、ある時代の音楽をフィクションとして提示することも考えています。せっかく呼んでいただいたので、開次さんが普段作られている作品とはまた違う要素を入れていきたいですね。
ーー作品の中の随所で、SLの蒸気と息のイメージが重ねられているとか。
森山:誰もが共通として持っているものが息ですよね。蒸気機関車をすごいセットで見せるということではなく、いわば出演者一人一人が持っている息で動いていく/動かしていくというアイデアで創作していきたい。息を吸って、吐いて、この舞台を走らせていくぞという意識を、出演者同士で共有していきます。実際に息の役割を担うダンサーもいます。
蓮沼:開次さんの最初のイラストでも、由依さんが吹くユーフォニウムから、蒸気機関車の煙のように息が吐き出されているんですよね。音として考えても、出演者全員が「せーの、ドン!」で息をしたら結構なボリュームになる。今回はそうした呼吸を含め、生きているだけで誰もが出している音と音楽の両方を扱いたい。つまり、器楽音だけでオーケストレーションを取らず、たとえば(机を叩いて)こういう音など、あらゆる音の要素を取り入れていこうとしています。
蓮沼執太 (C)TK
ーー現段階でのテキストを拝読したところ、バロックというワードやベートーヴェンを想起させるキャラクターなども出てきていますね。バロック音楽やベートーヴェンの旋律なども登場するのだろうかと想像しました。
蓮沼:そうですね。五線譜にとらわれない“ムジカ”の考え方がベースにあるので、過去の音楽をそのままトレースしてリミックスやリアレンジして提示するというより、もう少し自由に、さまざまなアイデアでアプローチするつもりです。人は音の高さの変化を旋律として聴いているわけですが、たとえばそれをボリュームでやってみるとか、打楽器に変換してみるとか。もし「あの旋律だ」とわからなかったとしても、それは確かにそこに入っているんです。
ジャンル同士で補完し、重なり合いながら
ーー今回は、舞台上だけでなく客席にも、聴覚障害や視覚障害のある方が、いつも以上にいることが予想されます。どのように作品世界を届けますか?
森山:人によって見え方、聴こえ方、感じ方が違ってほしいし、実際に違ってくるわけですよね。そんな中で、「イマジネーションによって、いろんな角度からとらえられるんですよ」という舞台を目指してはいるのですが、それを理由にとらえ方を投げっぱなしにしてしまうのも違うと思っています。音声ガイドや字幕なども使いながら、さまざまな角度から物語をキャッチしてもらえるように、工夫していきたいですね。とはいえ、「感じる部分、感じられない部分の違いがあることも尊い」というのが大前提だと思っているので、情報として伝えることを追い求めるのではなく、それぞれの状況を、察したり想像したり覗き込んだりすることを、楽しんでもらえるように創作したいと考えています。
ーー音、音楽としてはいかがでしょう?
蓮沼:今回、栗栖さんから「サインミュージック」の提案を受けて、ご一緒することになっているんです。ろう者の方々が音楽を作曲……と言って良いんですかね?
森山:ろう者の中から生まれてくる音を、手話をもとに作曲として、動きにしていくものなんです。だから、身体表現的な“音楽”ですよね。手話で詩を紡ぐサインポエットのSasa-Marieさんに“サインミュージック・ドラマトゥルク”として入ってもらい、Sasa-Marieさんと、ベートーベンを想わせる人物を演じるデフパフォーマーのKAZUKIくんが生み出す「音楽」を交響曲として広げていこうと試みています。まだ実験段階でどうなるか分からないけれど、基本的に無音であるサインミュージックに対して、作品全体の振付を担う僕の立場からは、ダンサーがその音楽をどう身体で共鳴させていけるかに挑もうとしているところです。
(C)TK
ーーサインミュージックに音が入るかもしれないし、別の振付が加わるかもしれないということでしょうか。
蓮沼:僕たちが奏でる音楽の裏に常にサインミュージックがあるというわけではなく、あるシーンで、ろう者が作曲した音楽、つまりサインミュージックを起点に、交響曲をみんなで奏でることに挑戦してみるという感じになりそうです。ただ、そのシーンが他の部分の音楽と切れているかと言えばそうではなくて。そもそも音楽も身体の動きも重なるところがあると思うんです。演奏だったら、ドラムを叩くという時、そこには音が鳴るだけでなく、ドラム演奏としてのフォームがある。それも、視点を変えれば身体の表現ですよね。
森山:確かに、僕もいつも、音楽家の動きって踊りだなと思って見ていました。一方、ダンサーも、踊っていたら音が出るし、出ないようにもするといった具合に、音とはずっと何らかの関わりを持っています。僕自身、ここぞという時には息を止めて踊ることもあれば、わざと息を荒くして踊ることもあるので。
蓮沼:その息も、三浦さんの言葉も、音・音楽になる。たとえ狭い意味での音・音楽としては届かなくても、そこで人が動いたり情景が変化したりする中で、“音”的なものを感じ取ってもらうことは可能だと思うんですよ。そうやって、あるジャンルが取りこぼしたものを別のジャンルが拾って伝えるという意識が大切で、僕らも音楽だけやればいいということではない。音楽チームにとって、音のないサインミュージックを音楽として作品の中に受け容れることは挑戦で、新たな視野が必要になってきますし、一番痺れるポイントになるはずです。この公演を終えたあと、また新しい道ができることにも期待しています。
森山:これからみんなと相談しながら創っていくことになりますが、出来事を幾つも起こして起承転結をつけ、ストーリーで見せるというよりは、そこで生まれてくる感性や関係性を味わってもらう舞台になると思います。舞台上のトレインがどこに行くのかわからないのと一緒で、クリエーション全てが今は未知数。まずはトレインに乗り合わせて、どこに行けるのか、どんな繋がりが作れるのかを楽しみながら、旅をしていきたいですね。
取材・文:高橋彩子
公演情報
『TRAIN TRAIN TRAIN』
音楽 蓮沼執太
テキスト 三浦直之(ロロ)
/大前光市/浅沼圭 岡部莉奈 岡山ゆづか 小川香織 小川莉伯 梶田留以
梶本瑞希 篠塚俊介 Jane 田中結夏 水島晃太郎 南帆乃佳
演奏 蓮沼執太 イトケン 三浦千明 宮坂遼太郎
スウィング 鈴木彩葉 田村桃子 中村胡桃
アクセシビリティディレクター:栗栖良依
スペシャル・アンバサダー:ウォーリー木下
2025年11月26日(水)~30日(日) 東京芸術劇場 プレイハウス
◎11/28(金)18:00、29日(土)12:00、30日(日)13:00
◎:「音声ガイド」・「字幕」の鑑賞サポートをおこないます。
※車いすでご鑑賞を希望のお客様はボックスオフィスまでお問合せください。
※全公演でヒアリングループ(磁気ループ)が客席の一部で作動します。
※託児サービスがご利用いただけます
(上記◎※詳細は9月上旬に公式WEBサイトに公開予定)
一般発売:9月13日(土)10:00
S席 一般6,600円 25歳以下(S席)4,500円
A席 一般4,000円
こども(4歳以上18歳まで):1,000円(S・A共通)
※4歳未満入場不可
※ A席は一部舞台が見切れる場合がございます。
※障害者手帳・ミライロIDをお持ちの方は、割引料金にてお求めいただけます。詳細は公式WEBサイトでご確認ください。
※ご来場前に必ず劇場WEBサイト内の最新情報をご確認ください。
【主催】東京都/東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
https://www.train-train-train.com/
https://www.geigeki.jp/performance/theater374/