新感覚アートフェス『ムーンアートナイト下北沢』を全力で楽しむ!アート×イマーシブシアターで体感する「もうひとつの下北沢」とは?
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『ムーンアートナイト下北沢』
下北沢ならよく知っている。つもりだった。本記事はアートフェス『ムーンアートナイト下北沢』を、筆者(青春の全てをシモキタ他の小劇場文化に捧げた40代・女性)が実際に体験したイベントレポートである。
駅前など、各所に掲示されたエリアマップ
『ムーンアートナイト下北沢』とは、シモキタ全域を舞台に繰り広げられる新感覚のアートフェスティバルで、今年で第4回目の開催。中秋の名月の時期に合わせて、2025年は9月19日(金)から10月5日(日)までの17日間が会期となった。
フェス内の企画はアート、演劇、音楽、ファッション、グルメ……と多岐に渡るが、今回はその中でも特に「街なかでの現代アートの展示」と、「イマーシブシアター(没入型演劇)」の二つに焦点を当てる。本イベントの
イマーシブシアター「猫町」とは何ぞや?
イマーシブシアターは、2000年代にロンドンで生まれた比較的新しいスタイルの演劇。観客が自ら移動したり、登場人物と関わったりしながら作品世界を“体験”していくもので、劇場から外へ飛び出したような芝居をイメージするといいかもしれない。今回の『ムーンアートナイト下北沢』では、クリエイティブユニットdaisydozeによる音声+ダンスのイマーシブシアター作品「猫町」を楽しむことができる。
スマホ画面のスクリーンショット
タイトルでピンと来る方もいるかもしれないが、本作は詩人・萩原朔太郎(晩年は下北沢近辺に住んでいたらしい)の短編小説「猫町」をベースとした物語である。ネットで検索するとすぐ読めるので、できれば履修しておくのがおすすめだ。
取材時はあいにくの小雨模様。でも傘をさしての散策も、また風情である。
参加者は自分のスマートフォンとイヤホンを使って、萩原朔太郎らしき「詩人」の囁き声を聴きながら、街を散策していく。この詩人がけっこう容赦なく、歩く速度を自分に合わせるよう強制してくるのだが、それが大分ゆっくりなのである。未だかつてこんなに緩やかなテンポで、賑わうシモキタの駅前を歩いたことがあっただろうか……周囲には、同様にゆっくり歩いている、同じ回の体験者たちがいる。各々が集中している中で、うっすら芽生える連帯感。何気なく歩いているようで、この街の中でいま自分たちだけがイマーシブ体験中なのだと思うと、集団でいたずらをしているようなニヤニヤが込み上げてくる。
あっ!
イヤホンからの「右だ」「左だ」という指示に従って街を進んでいく。すると行く先々で、登場人物である青い衣装の「猫」たちを発見。屋根の上、土管の側、開けた空間のど真ん中など、本当に猫がいそうな場所にいるのである。しなやかに身体を動かす俳優の姿は猫そのものだ。
daisydoze「猫町」体験中風景
詩人の声と歩き、目撃・体験する
daisydoze「猫町」体験中風景
別のイベントで盛り上がっているところも果敢に通っていく。詩人は「少し身を屈めて歩こう」とか、普通だったらしないような、時にはもっと無茶な指示を与えてくる。他の体験者たちと「えぇ……ホントにやるの?」と戸惑いながらやってみるのも、またニヤニヤが止まらないポイントだ。なお身を屈めて人混みを通り抜けるのは、自分が街の営みと完全に切り離され、別のレイヤーに移った感じがしてとても面白かった。どうせやるなら思いっ切りが肝心である。
daisydoze「猫町」体験中風景
これまでどれほど歩いたか知れないシモキタエリアでも、イマーシブシアターを通じて歩くと「こんな木があったんだ」「こんな建物があったんだ」と新鮮な驚きがある。見慣れたものの見え方が変わるって、これこそアートの本懐なのではないだろうか。
daisydoze「猫町」体験中風景
体験を深めていくにつれ、猫たちとの距離も近づいていく。木陰からじっとこちらの様子を伺っていた「猫」がもうこの頃には本当に猫に見えてきて、思わず家で飼っている猫にするように手を差し出してしまった。恐る恐る来てくれてめちゃめちゃ嬉しかった。物語の中で、登場人物と双方向のコミュニケーションが取れた瞬間である。すごい、イマーシブ万歳。
「猫町」は本当にあったのです。
daisydoze「猫町」体験中風景
参加者たちは散策の果てに、猫に導かれて謎の施設にたどり着く。ちょっと心配になるくらい深く潜ったその先には、萩原朔太郎の小説の通り「猫町」があった。
daisydoze「猫町」体験中風景
daisydoze「猫町」体験中風景
daisydoze「猫町」体験中風景
幻想的なダンスパフォーマンスは、ただ眺めているだけというわけにはいかない。猫に取り囲まれたり、別の場所へ誘われたりしながら、時間と空間の感覚がぐにゃぐにゃになる感覚を味わう。やがて、新たに“猫になる儀式”が執り行われ、一緒に入ってきたはずのひとりの女性が「猫町」の住民へと変身するところを一同は目撃する。猫たちは青い塊となって激しく踊ったのち、どこかへ消えてしまった。
詩人の声に導かれ、夢を見ていたような気分で地上へと帰る。歩きながら、「これって体験者の誰かが本当にいなくなっていても誰も気が付かないだろうな……」と最後にして特大のニヤニヤに至るのだった。
ここ、どこだっけ……
「世田谷代田」駅前
イマーシブシアターが終了した後は、しばらく現実との境目が曖昧になってフワフワする。「下北沢」駅前にいたはずなのに、もうそこは隣の「世田谷代田」駅である。そう、イマーシブシアターはまあまあ歩く。参加する際は軽装を心がけ、さらに虫除けスプレーもしておくのがおすすめである(夢中になっていると蚊に刺されるので)。
このあとは、街に散りばめられたアート作品を鑑賞するべく再び「下北沢」駅を目指すことに。『ムーンアートナイト下北沢』の会場となっている「世田谷代田」〜「下北沢」〜「東北沢」までの区間は、小田急線の線路跡地を利用したきれいな遊歩道&商業施設が続いているので、(猫に誘われない限り)道に迷うことはほぼ100%ない。ちなみに「猫町」のエンドコンテンツとして、同アプリでオマージュ元の萩原朔太郎「猫町」の朗読を聴くことができるので、それを聴いて余韻に浸りながら歩くのもオツである。
せっかくならオリジナルメニューも食べたい!
カフェ「YOYO」
道中、「BONUS TRACK」にあるカフェ「YOYO」のテラス席でちょっとひと休み。会期中は様々な飲食店でイベント仕様のオリジナルメニューが提供されているが、その中にはリストバンド(有料
「お月見バスクチーズケーキ」
ウォッカがほのかな大人の香りを醸し出す「お月見バスクチーズケーキ」に、うっとり。満月に見立てたミルクジェラートと、うさぎ形の発酵バタークッキーを添えて……幸福感が止まらない。脳に栄養を与えたら、アート鑑賞の準備はバッチリである。
街なかアートめぐり「世田谷代田」〜「下北沢」編
ネリー・ベン・ハユン=ステパニアン《Schrödinger’s Cats》
まずはカフェ「YOYO」のすぐ近くにある、巨大な青い猫のアートのもとへ。ネリー・ベン・ハユン=ステパニアンの《Schrödinger’s Cats》という作品だ。アルファベットだと分かりづらいが、「シュレディンガーの猫」である。青い猫たちが出てくるイマーシブシアターを見た後に青い猫のアートを鑑賞するというのもなかなか感慨深い。
ネリー・ベン・ハユン=ステパニアン《Schrödinger’s Cats》
立ってる猫も寝てる猫も可愛い〜、と多くの人が写真を撮っていたが、2匹の猫とセットになっているグリーンのフラスコ(?)の中身は、これが「シュレディンガーの猫」なのだとしたら明らかに毒である。丸くなっている方の猫は、もしかして寝ているわけではないのでは……とドキッとしてしまった。
街なかアートめぐり「下北沢」〜「東北沢」編
ルーク・ジェラム《Museum of the Moon》
「下北沢」と「東北沢」の間には、『ムーンアートナイト下北沢』のシンボル的作品の《Museum of the Moon》が浮かんでいる。縮尺およそ50万分の1、直径7メートルのリアルな月だ。日没後は発光する仕様なのだが、17時半の時点ではまだ周囲が明るかったためあまり輝きを実感できず。その代わり、NASAが撮影したという高精細な月面画像のプリントはたっぷり味わうことができた。
「東北沢」駅裏手
そのまままっすぐ小田急線の跡を歩いていくと、隣の「東北沢」駅が見えてきた。ここにも、注目のアートがあるのである。
立入禁止の屋上に現れた、プラネタリウム
森貴之《Uranometria》
今回のイベントの有料
森貴之《Uranometria》
星座のモチーフは写真だとまるでCGかのように見えるが、実は紫外線に反応して光る特殊な糸を使って構成された、ボリューム感のある立体作品である。
森貴之《Uranometria》(部分)
こちらはペガサスの足の部分。近くで見ると、細かくピンを打って糸を固定しているのがわかる。実体のないものを夜空に描き出す「星座」というモノを、糸というリアルな素材で実体化させているのが面白い。ちなみにこの屋上では、晴天時の週末には天体観測会も開催されるという。
満月を探して……
「東北沢」〜「下北沢」間風景
このまま「東北沢」から電車に乗ってもいいけれど……ちょうどいい感じにあたりが暗くなってきたので、満月を求めて、みたび「下北沢」を目指して歩き出す。もはや脳内物質がドバドバで、いくらでも歩けそうな心持ちである。
「DESK LABO」月・宇宙モチーフアイテムフェアのコーナー
ついでに両駅間にある商業施設「reload」の文具店「DESK LABO」に立ち寄って、月・宇宙モチーフアイテムフェアも覗いてみたり。エリア内のあらゆる店舗がイベントとのコラボレーションを行っているので、月をキーワードにして街がひとつになっているような実感があって楽しい。
そして時刻は18時。見上げた月は先ほどとは見違えるような、明るく輝いた姿になっていた。
ルーク・ジェラム《Museum of the Moon》
ものごとが持っているのは一面だけとは限らない。人間の町と猫の町、起きている猫と倒れている猫、光っている月とそうでない月。このアートフェスティバルは、「もうひとつの」「裏面の」「じゃない方の」存在を教えてくれるような気がする。各種カルチャーが集い、想像力の坩堝であるシモキタだからこそ、そこに想いを馳せる意味は大きい。
写真:オフィシャル提供
なお会期中の21時から21時半にかけては、
たまらないぞ、『ムーンアートナイト下北沢』!
チケット特典のイベント特製ステッカーと、小田急電鉄オリジナルキャラ「もころん」の限定ステッカー(こちらは4種からランダム1種の配布。マニア心がざわつく)
『ムーンアートナイト下北沢』は下北沢エリアにて、2025年9月19日(金)から10月5日(日)までの開催。絶対にひとりで行きたいほど繊細で、かつ、どうしても誰かと行きたいほど美しいアートフェスティバルだ。「ああ、アートが展示されてるのね」と、なんとなくでやり過ごしてしまってはもったいない! この期間はぜひスマホとイヤホンと想像力を手に、下北沢の街にダイブしてみてほしい。
『ムーンアートナイト下北沢』
各種
文・写真=小杉 美香
イベント情報
ムーンアートナイト下北沢
■会場:東京 下北線路街 ほか
※時間は各施設により異なります
※屋外イベントは小雨決行、雨天中止
■展示時間:15:00~21:00
■入場料:無料(一部有料)
■有料
ムーンアートナイト
イマーシブシアター「猫町」
ムーンアートナイト特典付き「猫町」
限定グッズ付きムーンアートナイト
■助成:東京舞台芸術祭2025 地域演劇祭連携事業
■協賛:THERATIS、株式会社サイトロンジャパン
■協力:しもブロ
■お問い合わせ:「ムーンアートナイト下北沢」事務局
moonartnight@senrogai.com