宇野昌磨が辿り着いた境地、「努力は偉い」をやめた先で見えたプロの景色ーー早くも第2弾が始まる『Ice Brave2』で新たな驚きも用意
宇野昌磨 Photo: Toru Yaguchi (c)Ice Brave Executive Committee All rights reserved.
2024年に現役を引退後、プロスケーターとして新たな道を進む元世界王者の宇野昌磨。自ら構成・演出・選曲・キャスティングまで関わった初プロデュースのアイスショー『Ice Brave』が6月に開幕すると、現役時代に滑った楽曲で構成した90分ノンストップのショーに観客が熱狂した。そして早くも『Ice Brave2』の全国ツアーが、11月1日(土)開幕の京都公演よりスタートする。本田真凜とのアイスダンスのほか、「2」でも驚きを用意しているという宇野に、新たに取り組んでいること、氷上でのモチベーションの変化など、SPICE独占インタビューでたっぷり語ってもらった。
■「皆さんにとっても思い出深い、熱くなる演目を数多く」
――もともとご自身がプロデュースするアイスショーを開催したい、という思いがあったのですか?
いえ、そもそも僕がプロデュースするとか、僕がメインのアイスショーが成り立つとかは思っていなかったし、そんな自信もありませんでした。ただ、周りの方に「ぜひやってほしい」と言っていただき、その思いに応えたいという責任感から始まって。いざスタートすると、いろいろ難しいことはありましたが、試行錯誤してよかったと思えるショーになりました。
――現役時代に滑ってきた名プログラムを新たな形で盛り込む構成も、宇野さんの意向ですか?
そうですね。初めてつくるアイスショーには、自分の強みをできるだけ入れたいなという思いがありました。僕が20数年やってきたのは、現役のフィギュアスケート。やっぱりそこでは「勝負」の気持ちが強いですが、今回焦点を当てるのは、これまで応援してくださった方たちへの感謝にもなるので、皆さんにとっても思い出深い、熱くなる演目を数多く揃えようと思いました。また、初めてアイスショーを観る方にとっても観やすいショーを目指していたので、自分のイメージがつきやすいものを意識して、今まで使用してきた楽曲を使うというコンセプトになりました。
Photo: Toru Yaguchi (c)Ice Brave Executive Committee All rights reserved.
――エネルギッシュなオープニングから始まる流れなど、宇野さんの理想通りのショーに?
はい。考えられないほど体力を使うショーでしたが、現役のときから僕は何事も全力でやりきる、やりすぎるくらい全力、というのを続けてきたので、そういうところをまず出したかったのがあります。登場すると、お客さんから想像以上の大きな拍手や歓声をいただき、競技とはまた違って、皆さんのおかげでこのアイスショーが完成したのを実感しました。僕自身、フィギュアスケートというと「静かに観る、きれいなもの」というイメージがあるのですが、出演者は男性が多めなので、レーザーの照明を使いながらハイテンポの、ライブ感あるショーに。従来のアイスショーより人数が少なく、それぞれに見せどころがある、全員が仲間でチームという雰囲気をつくれたのが、一番自分らしいところかなと思います。
――同じ年に、『Ice Brave2』が始動するというスピード感も驚きです。
めちゃめちゃありがたいです。『Ice Brave』をつくったときは、やれることを全部やり、そのときで終わるのを想定していたので、「2」に続くのはとても嬉しいこと。メンバー全員に、このショーに出て成長できた、楽しかったと思ってほしいです。
ステファン・ランビエール Photo: Toru Yaguchi (c)Ice Brave Executive Committee All rights reserved.
――現役時代、宇野さんのコーチを務められたステファン・ランビエールさんと、『Ice Brave』でプロスケーターとして一緒に滑ったときはいかがでしたか?
並んで滑っているときは、「お互い自分勝手だな」と思いました(笑)。ふたりともシングルスケーターで、合わせるのが苦手。僕は自分の気持ちのいい部分で滑る感じですし、ステファンも独特な感性を持っていますから。ただ、彼は練習に参加し始めたときから一番元気で、一番楽しそうに滑っていました。現役のときから、コーチというより若干友達に近い存在だなと思っています。
――素敵ですね。ランビエールさんが滑る演目も、宇野さんが提案を?
そうです。ステファンが振り付けし、僕が滑っていたプログラムを、僕からまずひとつお願いして。もうひとつは僕が「この曲でステファンが滑っているのを見たい」というものを滑ってもらいました。やっぱりすごくうまかったです。僕は彼のスケートがとても好きで想像していた通り、いやそれ以上の滑りを見せてくれました。今40歳ですが、あれだけ動けてすごいですよね。コーチと生徒が一緒に滑るというのもあり得ないことだと思います。『Ice Brave2』には、ステファンはシーズンが始まり出られないのですが、いつでも彼が帰ってこられるように、素晴らしいショーを続けていきたいです。
■「アクロバットにも挑戦」プロスケーターとしての在り方
上段左から本郷理華、本田真凜、宇野昌磨、吉野晃平、下段左から佐藤由基、唐川常⼈、中野耀司、櫛⽥⼀樹
――『Ice Brave2』には新たに吉野晃平さん、佐藤由基さんが加わり、8名でショーを届けられます。「2」では第一弾で見せたプログラムに加え、新たな展開もあるそうですが、どれくらい変化しているのでしょう。(※吉野の「吉」は土の下に口)
6割ちょっと変わっています。なんなら同じ部分がないくらい! 曲は7割ほど同じなのですが、メンバーも変わり、内容も大きく変わり、かなり「別もの」になっています。僕が滑るものも全部違いますし、みんなで滑るものもかなり変えています。
――その中で宇野さんにとって特に挑戦になっているところを教えてください。
アクロバットが一番、目に見えて新たな挑戦になっています。
――氷上でやるんですね!?
やりたいなと練習はしています。ただ命の危険をおかしてまでやろうとは思わないですし、安全が確保できたら(本番で)やりたいと思っています(笑)。
――それは前から挑戦したいことだったのですか?
『Ice Brave』で初めて挑戦したアイスダンスもそうですが、やっぱりプロスケーターとしていろいろなことができたほうがいいなと。そしてやるからには「ちょっとできる」ではなく、「しっかりできる」ほうがいい。前回のアイスダンスもふたりのコラボナンバーではなく、きちんとひとつのアイスダンスプログラムを完成させようと練習しました。アイスダンスとして滑るのか、シングルのふたりがひとつの演目を滑るのか。やっていることは同じですが、意味合いが大きく違います。いちから学ぶつもりでしっかりやったので、「1」では大きな驚きを与えられたかなと思っています。そしてやっぱり、僕が一番やらなさそうなジャンルだったからこそ、多少衝撃を皆さんに与えられたかな。
――かなり練習されたのですね。
同じスケートでも別競技なので、いろいろと勝手が違いました。僕が難しいなと思ったのが、毎回同じタイミングで滑ること。これはアイスダンスだけではなく、みんなとやるどの演目もそうで、同じ方向に向かい、手の角度も同じにしてなど、僕にはすごく難しかった。持ち上げるリフトも、最初は腕の力が全然なかったです。
――今はリフトのコツなどつかめましたか?
いや、もっと知りたいですね。前回ももちろんリフトをやったのですが、やっぱりもっとぶわーっと華やかなリフトができたらいいな。それができたら、またもう一度衝撃を与えられるのかなと思います。
宇野昌磨、本田真凜 Photo: Toru Yaguchi (c)Ice Brave Executive Committee All rights reserved.
――今回も一緒にアイスダンスをされる本田真凜さんは、妖精のように美しい滑りをされますが、彼女から受け取るものも大きいでしょうか。
今回の演目に関して言うと、僕が滑るより本田真凜さんのほうが全然上手なので、手の出し方などいろいろなことを聞きました。彼女は結構「天才」と言われるのですが、その言葉だけで片付けられないぐらい、幼少の頃からいろいろなことを意識し、「そこまで考える!?」というくらい考えて練習されてきたのを聞きました。結構僕は苦戦してやっています。
――では最終的にはリードできたら、みたいな?
そうなんですよ! アイスダンスは男性がリードしなければいけないけれど、実際はずっとリードしてもらってましたね。暗いなかで回っていると、左右が分からなくなったり、回転数を間違えたり、結構あたふたすることが多くて。今回はもっと向上したいです。このショーは僕の得意なところ、力強い演目でかなり構成されているのですが、その中でアイスダンスというきれいなプログラムが入っているのがすごくよかったなと思ったので、今回その良さは残し、曲は同じで内容を変えられたらと今練習しています。
Photo: Toru Yaguchi (c)Ice Brave Executive Committee All rights reserved.
――楽しみです。宇野さんと言えば、史上初の成功をギネス認定された4回転フリップなど、素晴らしいジャンプも皆さんの記憶に刻まれていると思います。改めてショーでのジャンプへの向き合い方や、これまでとの意識の違いなどを伺えますか。
正直、見ていて3回転か4回転かって、分からないじゃないですか!? 僕も分からないときがあります。うまければうまい人ほど「何回転だった?」となるし、点数がつかない場でそれをやっても……。やっぱりショーでは、目に見えてすごい! とか、目に見えて楽しい! とかそういう方が大事だと思うので、無理にジャンプに集中するより、先ほどお話ししたアクロバットなど、見えにくい挑戦ではなくて、見えやすい新たな挑戦をしたいです。
――『Ice Brave』ではストリートダンスの要素を取り入れたプログラムもされるなど、音楽ジャンルも多彩ですよね。大阪での取材会では、アイスショーをするにあたっていろいろな舞台に足を運ばれているとおっしゃっていましたが、どんなものをご覧になったのか、ぜひ教えてください。
海外ミュージカルやクラシックバレエ、ほかのスケートのショーにも行きました。でも僕の好みで言うと、アイドルの方のライブが、自分自身に近い気がします。優雅できれいなものより、僕はやっぱりお客さんが弾けるような、熱狂できるショーをつくりたいので。
――それを実現されていますね。宇野さんの先輩にあたるスケーターの方も、様々なアイスショーをされていますが、皆さんから刺激を受けたり、先輩と話すなかで感じてきたアイスショーへの思いなどありますか?
僕の中では、先輩たちがいたからフィギュアスケートが注目されたという思いがあり、僕は先輩たちの中に運よく入り込めて、結果も残すことができ、今に至ると思っています。だから感謝の気持ちがあります。先輩方がつくっているショーが、年々クオリティの高いものになっているので、負けず劣らず素晴らしいものを、きちんと作品として残せるようにしたいです。
■「そういう意味では大人になってしまった」
Photo: Toru Yaguchi (c)Ice Brave Executive Committee All rights reserved.
――今回はどんな基準でプログラムを選んでいるのですか?
『Ice Brave』を経て、自分が滑っていて楽しいなと肌で感じるものが正しいと思えたので、自分を信じて、そこは「1」と「2」では演目を変えています。
――改めて伺いたいのですが、2度のオリンピックでメダルをとられたのは、宇野さんの中で自信に繋がり、宝物になっていますか?
自信には間違いなくなっています。やってきた練習が結果として残せたのはすごく誇らしく、よかったと思うのですが、そのときの結果でしかないので、それを宝物にするとかはないですね。もちろん自分を紹介してもらうときに、すごく便利だなと思いますけど(笑)。それよりも僕は今やっていること、今やるべきことの方を大事にしたいです。
――今、新たなことにどんどん挑戦しているわけですが、何かこっそりやっている、みたいなことは?
前回、アイスダンスはこっそりやっていました(笑)。今はないですね。こっそり練習するときはなんだろう、人を驚かせたいときだけかな。
――宇野さんはゲーム好きでも有名で、競技では「戦う」というお気持ちがあったと思うのですが、今のモチベーションは氷上で変わってきているのでしょうか。
確かに、そういう意味では大人になってしまったというのはありますね。自分の求められている立ち位置を、しっかりまっとうしたいです。負けず嫌いの気持ちが昔よりなくなって、ゲームでもスケートでも、勝ち負けというより、自分が面白いと思えるものをつくる、面白いものの中心にいて、必要であればがんばりたい、というふうに変わってきたなと、今思いました。
――それが自分らしく、生きやすくなったと?
僕はそのときの気持ちでしか動いていないので。負けたくなかったら負けたくない、悔しかったらいっぱい練習をする、疲れたらやらないと(笑)。いわゆる努力家というよりも、やりたいことをやってきただけなので、今も自由にやらせてもらっていますね。競技者だったところから、こうやってショーをさせていただくようになり、社会人1年目の気持ち。今までは自分と向き合い、自分を高めていくだけでよかったですが、何かを提供する立場になり、そこに責任が生まれて、考え方に変化がありました。競技をやり続けていては感じられなかったものだなと思います。
■いろいろな「プラス」が生まれるアイスショーを
Photo: Toru Yaguchi (c)Ice Brave Executive Committee All rights reserved.
――今回演出もするということは、ご自身の滑りも組み立てながら、メンバーを見ていくという二刀流的な面がありますね。
「1」を終えて、何をどうすればいいか、勝手がすごく分かったので、「1」より「2」の方が、いいものができるだろうなという確信はあります。「1」のときは、毎日やれることを全部やらなきゃみたいな感じでした。段取りなどあまり身にならなかったことは見極めていきたいし、どのタイミングでどんな練習をするか、今はどんなアドバイスが必要か、そういうことに気づけたうえで、みんなの状態を見ていきたいです。
――常にコミュニケーションを取られているのですか?
わりとコミュニケーションを取らなくてもいいメンバーを集めたので。僕がいなくても真面目にやってくれて、僕がいなくても気を遣わず雰囲気がよくなるメンバーを。コミュニケーションは僕がかなり苦手なので、お任せしています(笑)。
――取材会では「がんばっている自分に酔ってはいけない」というお話をされているのが印象的でした。そういう思いは昔からあったのか、ぜひ教えてください。
現役の最後のほうで気づいたことです。「努力」っていい言葉だけど、めっちゃ偉そうじゃないですか。「努力してるね、偉いね」と言われると、それでOKとなってしまう。努力することは本当に素晴らしいと思うけど、「努力したからといって高望みをするのは違うんじゃない?」と現役のときに思いました。ショーに関しても、努力するのはもちろん前提ですけど、「努力をしたからどう?」というのは違うかなって。言葉は似てるのですが、努力していればOKというのではないことを、現役の結果が出ないときに思いました。
――それを超えたときに、新たな景色が見えた感じですか?
そうです。最初は何をしたらいいか分からなかったので、「がんばっているつもり」でいっぱい練習の時間を増やしました。でも結果は落ちる一方のときに、せっかくだから楽しい思い出で終わろうと思って。自分の過去やそのときの位置にとらわれず、1年後2年後に世界1位になれる選手になろう、と思ってから、努力の仕方が大きく変わりました。練習の時間や量を比べるのではなく、上手くなるために必要な練習をただただ毎日しようと考えて、そこから内容も変わり、みるみるよくなっていきました。
――すごいですね。充実した競技生活だったと思います。今プロスケーターとして、目指しているものはありますか?
お客さまにも、出演しているメンバーにも、僕のショーがかけがえのないものになってほしいなとは思います。同時に、このショーがあることで、いろいろな「プラス」が生まれてほしい。みんな、競技を引退してちゃんと活躍の場がある、お客さんを楽しませるために、みんなで同じ方向を向いてがんばっていく。全員にとってウィンウィンな存在でいたいです。
――たくさんのお話をありがとうございます。最後に『Ice Brave2』について読者にお伝えしたいことをお願いします。
アイスショーをつくるプロデューサーとして思うのは、皆さんが楽しんでくだされば、どんな捉え方をしていただいても構わないということ。「1」のときは不安な思いもあったなか、大きな拍手や歓声など、皆さんに支えられていることをとても感じました。僕のショーにルールはないので、気楽に声を出して楽しんでほしいですし、僕たちもそれに応えるようなパフォーマンスができたらと思うので、ぜひ会場でお待ちしています。
取材・文=小野寺亜紀
公演情報
プレミアムS席 27,000円/アリーナS席 19,000円/スタンドA席 14,000円/車椅子席 19,000円/アリーナ立見 11,000円/スタンド立見 8,000円
プレミアムS席 27,000円/アリーナS席 18,000円/スタンドA席 12,000円/車椅子席 12,000円
プレミアムS席 27,000円/アリーナS席 18,000円/車椅子席 18,000円
プレミアムS席 27,000円/アリーナS席 18,000円/スタンドA席 12,000円/車椅子席 12,000円