【ライブレポート】『全日本テルミンフェス』~テルミン大国の矜持をかけた奇祭が復活

06:00
レポート
音楽

『全日本テルミンフェス』グランドフィナーレ (写真撮影:沼田学)

画像を全て表示(36件)


『全日本テルミンフェス』が、去る2026年3月28日(土)に東京・代官山の二つのライブハウス(代官山UNIT、晴れたら空に豆まいて)で開催された。電子楽器“テルミン”をフィーチャーした、この唯一無二の音楽フェスティバル[※1]は、2015年の初開催以降、翌年、翌々年と連続的に実施された後、実に9年ぶり4度目のお目見えとなった。このイベントを企画し主催したのは、街角マチコ。「テルミン大学」という名のテルミン教室を運営しつつ、“ザ・ぷー”および、その派生ユニット“MACHIKADO”の構成メンバーとしても活動する、日本有数のテルミン奏者のひとりである。

“テルミン”をご存知ない人のために少々説明すると、それはロシア生まれの天才発明家レフ・テルミン博士(1896-1993)が1920年に発明した、史上初の電子楽器である。奏者は楽器に触れることなく、本体両脇から突き出るタテヨコ各1本ずつのアンテナ周囲で左右の手を動かすことにより生じる電磁場の変化を電子音の音量や音程に変えて出力する。何もない空間から音楽を紡ぎ出しているように見えるその演奏形態は、浮遊感漂う音色と相まって、魔術的な(或いは滑稽な)印象をもたらす。加えて、発明者テルミン博士の辿った数奇な生涯もまた衝撃的過ぎるのだが、ここでは詳細を記す紙幅がない[※2]

いま「ニッポンはテルミン大国なのだ!」(全日本テルミンフェスの標語)と標榜されるまでの状況に及んでいる。現在我が国におけるテルミンの浸透度(奏者の数、普及台数、世間での知名度、等々)は世界的に見て群を抜いた高さを誇っているという。ならば私たちは『全日本テルミンフェス』の開催を機に「いま何故テルミンか」「テルミンとは何か」を多角度的に考えるべき時を迎えているのではないか。……などといった御託を並べるのは程々にして、本フェスのライブレポート(但しここでは代官山UNITのみ[※3])をお届けする。

[※1]オンライン上の動画フェスティバルとしては、ピョートル・テルミン(レフ・テルミン博士の曾孫)が2011年以降毎年youtubeで開催する「CHRISTMAS THEREMINOLOGY FESTIVAL ONLINE」がある。

[※2]興味を覚える向きには、スティーブン・M・マーティン監督のドキュメンタリーフィルム『テルミン:エレクトロニック・オデッセイ』(製作:1993年。日本公開:2001年)や、日本を代表するテルミン奏者・竹内正実による名著『テルミン ~エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男~』(2000年、岳陽舎刊)に触れることをお薦めする。この両作が我が国のテルミンブームに火を点けた。

[※3]筆者は第一会場(代官山UNIT)に張り付き、そのオープニング(15時45分~)からグランドフィナーレ(~20時45分)までをレポートするよう依頼されていた。一方、本フェスでは、第一会場から徒歩数分の位置にある第二会場(晴れたら空に豆まいて)でも同時並行して7つのプログラムが進行していた(16時15分~20時15分)。第二会場のMCはテルミン奏者のクリテツ(あらかじめ決められた恋人たちへ)が担当していた。


■或阿呆の電子楽器

この日は朝から天候に恵まれ、イベント主催者が“桜日和”ならぬ“テルミン日和”とSNSで発信。開演直前になると代官山UNITでは“MACHIKADO”のメンバー、街角マチオが、場内アナウンスで各種の案内を行なった。フェスが二つの会場で同時並行的に進行されること、公式グッズとして黄色のフェスタオルが販売されること、会場外に記念撮影用の顔ハメパネル(中川彩香描きおろし)が設置されていること、等々。

15時45分になると、スクリーンに飛騨高山の風情ある街並みが映し出され、メディアアーティスト・落合陽一のインタビューが流れ始めた。落合の個展にはしばしばテルミンが登場する。そんな落合からテルミンの話を聞くために、街角マチコが岐阜県高山市で開催された彼の個展「ヌルのテトラレンマ」[※4]の会場まで足を運び、収録した映像がこれなのだった。

落合は何故テルミンに着目するようになったのか。小学5年生の頃、友達と交わした「一番アホな楽器は何か」という会話の時点で、既にテルミンの存在を認識していたという(テルミンが醸し出す“アホ”さはテルミンを考えるうえで重要な要素だとは、筆者もかねがね思っていた)。そして「浮いてるものや目に見えない力が影響を及ぼすものって、何故こんなにも人をときめかせるのでしょうか」という街角マチコの質問に対して、自身の博士論文のテーマでもあったという遠隔伝達力について楽しそうに語る落合。高山での個展では、或る稀少機種のテルミンが入口に展示されていた。それは、モーグ社が2020年にテルミン生誕100周年記念限定モデルとして発売した《CLARAVOX CENTENNIAL》というモデルだ。「売り出された瞬間に、これを購入した」と得意満面に語る落合だったが、現在超レアものとなったその機種に対して彼は、アンテナにおみくじを括りつけるという、些か冒涜的なアート作品化を試みた。これに対してマチコは「ただでさえ昨今入手困難となっているテルミン[※5]の中でも、とりわけ貴重なモデルを、楽器として使わない“持ち腐れ感”がまたとても趣き深い」と述べ、テルミンに対する落合の脱構築的な(“アホ”な)アプローチを讃えた。テルミンという楽器には、演奏目的という用途だけでなく、アホな思考を誘引する不思議な磁性が働いている。そんなことを落合の話から気付かされ、改めて面白い楽器だなと興味を深めた。

続いて16時。全日本テルミンフェス名誉会長の片桐仁(俳優・造形作家)がステージに登場し会場が盛り上がった。当初、映像出演のみと告知されていた片桐は、数日前に急遽生出演することが発表された。2007年に街角マチコからテルミンを教わったことをきっかけに、2015年より本フェスの名誉会長職に就任した片桐は、「ただいまより開催でーす」と簡潔に開会宣言。

次いで片桐名誉会長による開会演奏。彼が初めて人前でテルミン演奏を披露したという思い出の曲「翔べ!ジンダム」を、ガンダム、もとい、ジンダム型のヘルメットを被って再現する。拍手喝采の中、遂にイベント開始の幕が切って落とされた。

[※4]落合陽一個展 総集編「ヌルのテトラレンマ 記号に帰納する人間の物語」は、落合が関西万博でプロデュースした「null²」の関連企画として、2025年6月28日~9月15日、岐阜県高山市内の3会場(日下部民藝館、吉島家住宅、ギャラリー&カフェ「おんど」)で開催された。

[※5]現代のテルミン奏者の間でスタンダードモデルとして最も普及していた《Etherwave Theremin》は、モーグ・ミュージック社から販売されていたが、同社が2023年に音響機器会社のインミュージック社に買収された後に、製造終了となった。旧モーグ社の社員も大勢解雇されたという。


■和を以て/違和を以て、貴しと為す

16時10分。出場アーティストのトップバッターは濱田佳奈子の率いる東京テルミンオーケストラ。その面々がステージ上に所狭しと登壇するや、程なくして交響詩「モルダウ」(ベドルジハ・スメタナ作曲)の演奏が始まった。12台ものテルミンの音が束をなして、ボヘミアを縦断するモルダウ河の悠久の流れを表現する。このようなテルミンの重厚なハーモニーを生で聴くのは初めての体験であり、鳥肌の立つような感覚を味わった。濱田の卒なく陽気なMCを随所に挟みながら、ジョン・ウイリアムズの名曲「ETのテーマ」ではUFOが飛び舞うような宇宙的優雅さを堪能し、ジャズのスタンダード曲「シング・シング・シング」ではテルミンの弛緩したような音の印象を覆す、小切れのよいアップテンポのスウィングに乗せられ、さらに難曲「ボヘミアン・ラプソディ」では、クィーンの複雑なコーラスをテルミンが完璧に代奏してしまう圧巻の凄技に舌を巻いた。最後はロシア民謡「Kalinka」の、12台の音が一糸乱れずに揃いながら加速度的にスピードを上げてゆく演奏に無意識で手拍子を打ちまくる筆者であった。バラエティに富んだ選曲センスが素晴らしい。演奏中の濱田の表情は常に楽しげで、身振り手振りも軽快だった。他のメンバー達からも苦労の表情は微塵も感じられない(そんなはずはないのに!)。 テルミンは本来、気まぐれな孤狼のような楽器で、たった一台の制御すら難しい。それを集合化してリズムとハーモニーが揃うように統制し、“和を以て貴しと為す”を実現させてしまう濱田。どうやってそれを可能たらしめるのか、稽古過程も覗きたいと思った。

複数のテルミンの合奏は過去に前例がないわけではない。たとえば、この楽器を発明したテルミン博士自身もテルミン10台のオーケストラを率いての演奏を試みている。が、それは、メロディの分割された短いフレーズを各奏者が一人ずつ順繰りに奏でていくというスタイルだった。一方、東京テルミンオーケストラの場合、12台のテルミンで同時演奏を行ない、見事なハーモニーを織り成す。通常、このデリケートな楽器テルミンを複数で同時演奏しようとすれば、忽ち電波が互いに干渉し合い、正常な演奏が不可能となる。だから、各楽器間の距離を相応に空ける必要がある。しかし代官山UNITの狭いステージで支障をきたさないように12台もの楽器の位置を定めるのは至難の技。東京テルミンオーケストラは、その面倒な調整作業を開演前の30分間をかけて周到に行なったという。そして出番もしょっぱなの一番目があてがわれた。フェスが始まってからの途中の出演では転換や調整に多くの時間を費やしてしまうからだ。そうした事情があってこその、トップ登坂に他ならなかった。

東京テルミンオーケストラの演奏が終了すると、会場上手(かみて)のサブステージで待機していた大西ようこ(テルミン)と杵淵三郎(ディジュリドゥ、打楽器ほか)が、間髪を入れずにその場でデュオ演奏を始めた。無駄な転換時間を省くための気の利いたダンドリといえよう。古代の巫女を思わせる出で立ちの大西が奏でるテルミンは、神話的な風情を帯びた独特のサウンドで、時に妖怪めいたSE音も発する。そこに相方・杵淵の叩くパーカッションや、ディジュリドゥという長い木の筒の管楽器(オーストラリア先住民の民族楽器。世界最古の木管楽器)から鳴り響く重低音が乗ることによって、呪術的ムードが一気に高まる。これ、よくよく耳を傾けていると、実はベートーヴェンの交響曲第七番の第二楽章が演奏されていた。一定のリズムが刻まれ続ける葬送行進曲風の原曲が、二人の合奏を通して、死せるイザナミを黄泉の国まで探しに行くイザナギだったり、エウリュディケを追いかけるオルフェウスだったり、あるいは「神曲」のダンテだったりと、国籍を超えた普遍的な冥界彷徨のイメージが一気に呼び起こされる。この時もうひとつ思い出されたのが、3月6日に行なわれたミラノ・コルティナ2026冬季パラリンピックの開会式だ(その放送を観た人はどれだけいよう)。パラリンピック旗の掲揚時に登場した、テルミンとグラスハープとアルプホルンという風変りな組み合わせの三重奏が衝撃的で、今回の大西と杵淵の奇異な二重奏に通底するものがあった(アルプホルンとディジュリドゥの形状も似ている)。そこで気付かされたのは、境界を超えて異なる者たちを邂逅させる力がテルミンには秘められているということ。世界の多様性に開かれ、“違和を以て貴しと為す”とでもいうべき性質さえも内包された楽器なのだと思い知らされた。

その大西は同日夕刻、演奏とは別にもうひとつの面白い催し物「出張テルミンミュージアム」を代官山ヒルサイドテラスの一角で展開した。神奈川県逗子市に、大西が世界中から蒐集した珍しいテルミンのコレクションを数多く展示する「テルミンミュージアム」という私設博物館がある[※6]。そこからピックアップされた選りすぐりの貴重なテルミンが、今回の出張ミュージアムにてお披露目された。運び込まれたのは、《地球儀型テルミン》(文字通り地球儀にテルミンを組み込んだもの)、《ちょっぱみん》(某『ONE PIECE』に登場するキャラを擬したポップコーン容器にテルミンの基盤を組み込んだもの)、そして《VOICEMATIC 4010》(Dominik Bednarz製作のサブスコープ・テルミン。テルミン博士の曾孫ピョートル・テルミンも使用するモデル)という3台。見学者には各機の試演チャンスも与えられるという大盤振る舞い。また、大西のコレクションとは別に、家具職人・家具デザイナーの須藤生がデザインした筐体に、《Etherwaveテルミン》の中身を移植した代物も同会場内に展示され、「家具として眺めるだけでも美しい」と呟く見学者もいたほどだった。

16時55分、大西&杵淵のパフォーマンス終了後、メインステージに立ったのは、小山田壮平。元andymoriのメンバーで、現在はソロのシンガーソングライターとして活躍する。彼はアコースティクギター一本で「16」、「スライディングギター」、「夕暮れの百道浜」の3曲を歌った後、自らテルミンでヘンリー・マンシーニの名曲「ムーンリバー」を神妙に演奏してみせた。前月に声帯ポリープが見つかったため、この日のライブで歌えないという最悪の事態も想定し、いざという時のためにテルミンを猛練習していたという。幸い、フェスで歌唱することは可能となったが、せっかくうまく弾けるようになったのだからと披露したのが前述曲だった。

続いて、第二会場から駆け付けて来た街角マチコのテルミンが加わり、小山田のギター伴奏で、andymori時代の名曲「革命」が演奏された。これはマチコの希望で実現したもの。そのまま同じデュオの形で、小山田のスリーフィンガー奏法が心地よい「時をかけるメロディ」や、レコーディングにマチコも参加したという「マジカルダンサー」も披露された。小山田の楽曲で奏でられるマチコのテルミンにはいずれも仄かな切なさが溢れ、聴く者の心にジンと来るものがあった。

[※6]https://theremin.blue.coocan.jp/theremin/ThereminMuseum.html 参照。館長は大西ようこ自身が務めている。


■越境する異人たち

テルミン界隈には風変わりな者も集まりやすい。小山田壮平終演後の17時10分頃、レッド・ツェッペリンの「移民の歌」をBGMにテルミンをブイブイ鳴らしながらステージに現れたのは、フェザード・シジュ。地球外からやって来たという、全身銀色の小柄な鳥で、いわゆる“ゆるキャラ”の類である。普段は株式会社ほぼ日で見習い勤務をしているという。何故、レッド・ツェッペリンの曲で登場してきたのか。それは、ジミー・ペイジがライブなどでよくテルミンを弾いていたからであろう(これでテルミンを知ったという人も多い)。有名なのは「胸いっぱいの愛を」の間奏だが、「移民の歌」でテルミンが用いられたことは筆者未確認である。ただ、前述のパラリンピック開会式でイタリアのテルミン奏者リーナ・ジェルヴァージ(Lina Gervasi)の弾いていたテルミンが、実際の移民船の板を楽器の外側に貼り合わせたものだと聞いていたので、シジュが「移民の歌」を選曲したことにも特別な感慨を覚えた。思えばシジュもまた地球外から越境してきた宇宙移民なのだ。

シジュは、お喋りとテルミンとすばやいダンスが得意だと、かねてより公言してきた。なるほど、トークは本当に面白い。自身のマスコット人形(このライブにも持参してきた)を作って、外に持ち歩いていたら地下鉄の中で落してしまい、駅の遺失物センターに問い合わせたところ「あの銀色のタコですか」と言われた、なんて話を愉快に語る(それを聴いた筆者は「銀だこ」が無性に食べたくなった)。そんなシジュは、テルミンの演奏も達者にこなす。この日も、クラシックの名曲「歌の翼に」(メンデルスゾーン作曲)をしっかり決めた。翼の短いシジュは、片翼に羽毛棒を持ってテルミンを弾く。その仕草がすこぶる可愛らしい。そして自身の演奏が終わると、日頃仲良くしているという風変わりな音楽ユニット、レ・ロマネスクを呼び込んだ。

レ・ロマネスクは、男性のTOBI(メインボーカル)と女性のMIYA(コーラス、ダンス、ボーカル)による二人組。フランスで出会った二人は2000年にユニット結成。彼らは、11~12世紀の“ロマネスク”様式にあらざる、ピンク基調のド派手な18世紀“ロココ”風衣装に身を包み、コミカルでダンサブルな歌と躍りで観客を楽しませる。フランスで約10年間ほど活動し人気を博していたが、2011年のフジロックフェス出演を機に日本に帰国。2013年よりNHK Eテレの教育番組「お伝と伝じろう」のメインキャストに抜擢され、主に小学生から絶大な支持を得るようになる。そんな彼ら、普段テルミンと無縁であるにもかかわらず本フェスに出演することになったのは、表現の方向性やスタンスが明らかに近い MACHIKADO に誘われたからであろう。彼らの人気チューンである「祝っていた」「伝わレレレ」「なんなんとかとかなーるなる」「ズンドコ節」「アゲインをもう一度」「YOKOZUNA」が全曲テルミン入りで矢継ぎ早に披露されると、会場は大いに沸きあがった。

このパフォーマンスでテルミンを担当したのも、シジュだった。しかも、レ・ロマネスクの二人と完全に同じ振付で踊りながら、テルミンの音をTOBIの歌に対する合いの手のように使っていた。レ・ロマネスクといえば、MIYAの「アイヤッ」といった合いの手がノリの良い効果を生み出す名物となっているが、ここにテルミンによる合いの手も加わることで、リズムの切れ味が一層良くなり、サウンド全体も豊かさを増した。そもそもテルミンの使い方には、楽器としてきちんとメロディを紡ぐ正統的アプローチと、ジミー・ペイジのようにノイズ発生装置として用いる邪道的アプローチの二つの方向性があるのだが、今回のシジュにはその両方をバランス良く使い分ける賢さが見られた。さすがは地球外からの移民である。

三人組の愉快なパフォーマンスが終わると、次はパリ在住の著名な若手テルミン奏者グレゴワール・ブラン(GREGOIRE BLANC)がリモート出演。このブランにフランス語で話を訊く要員としてTOBIだけがレ・ロマネスク終演後もひとり会場内に残った(このフェスにレ・ロマネスクが呼ばれた真の理由は、実はこの為だったのかもしれない?)。フランスとの回線が繋がる前、TOBIは会場の客に向けて「ブランさんが画面に出てきたら、みんなで“Merde”(メルド=糞)と挨拶しましょう」などと悪ふざけを仕掛けていた。果たして画面に現れたブランに日本のみんなが“Merde”とコールすると、彼は苦笑しながら「それは重要な単語だ」と返答。ちなみに、TOBIは「フランスの音楽や舞台の業界では“Merde”という語に、ヒットを祈念する意味もある」とのフォローも入れた(アメリカ演劇界における「break a leg!(脚を折れ)」的なものか)。ブラン曰く「変な慣習だね」。

ブランがパリの自宅から演奏したナンバーは、「アベ・マリア」 (シャルル・グノー/J・S・バッハ)、「月の光」(クロード・ドビュッシー『ベルガマスク組曲』より)、「ナナ」(マヌエル・デ・ファリャ『7つのスペイン民謡』より)の3曲だった。その繊細無比な演奏は、リモート越しでも心に深く響いた。興味深く思えたのは、彼のユニークな演奏フォーム(姿勢)である。とりわけ、長い指を拡げた左手を肘から直角に折り曲げる形態は、日本の舞踏家さながらだった。ちなみに、グレゴワール・ブランは、2024年公開のアニメ映画『きみの色』(監督:山田尚子、音楽:牛尾憲輔)に登場するテルミンの場面の演奏を担当したことでも知られる。主要キャラクターの、トツ子(声:鈴川紗由)、きみ(声:髙石あかり)、ルイ(声:木戸大聖)の3人が組むバンド“しろねこ堂”でテルミンを担当するのはルイだが、ルイのテルミン演奏フォームはまさにブランと同じ形だった。ブランの所作に基づいてアニメーションが作られたのだろう。


■真面目と不真面目の間を漂流しながら

18時35分。男性ロックバンド、空中カメラが登場。メンバーは、中村竜(ギター、ボーカル)、田中野歩人(キーボード他)、寒川響(ギター、パーカッション他)、ナカムラハヤト(ドラム、パーカッション)に、サポートメンバーのマサキハサウェイ(ベース)を加えた計5人。60〜70年代の英米ポップロックの流れを汲む、キャッチーで人懐っこい楽曲を軸に、マンドリン、リコーダー、電子楽器やおもちゃなど多彩な楽器を取り入れた、遊戯性のあるサウンドが特徴という。街角マチコが彼らの大ファンで、今回のフェス出演に繋がった。「ハッピークルーズ」「言葉なんてろくなもんじゃない」「嘘つきなBaby」といった元気なナンバーを聴きながら、ビートルズ、キンクス、ビーチボーイズ、モンキーズ、あるいはジェントル・ジャイアントや、キャラヴァン、日本だったらシュガーベイブなどを好む人には、とっつきやすいのではないか……と思っていると、第二会場から戻ってきた街角マチコが加わり、大貫妙子(シュガーベイブ出身)の「色彩都市」をテルミンでカバー演奏。ここに至って筆者の読みはあながち間違ってはなかったと安心した。マチコはさらに空中カメラの伴奏でYMOの「SIMOON」のカバーもテルミンで演奏。

なお、空中カメラは、今回持参してきた楽器群の中に珍品を紛れ込ませていた。日本の楽器メーカー、フェルナンデスが製造した、テルミン内蔵の黄色いギター《THEREMIN-ZO》である。だが、実際の使い勝手に関して言葉は濁され続けたままだった。

19時20分。いまの東京インディーズシーンで最も注目されているというインストバンド、MURABANKU。が姿を現す。全員、銀色に輝くつなぎ服に身を包んでいる。彼らは、ジャズ、ラテン、映画音楽、アニメ、ゲーム、ドラムン、ミームにモンドミュージックと様々な要素をごちゃまぜにしたサウンドが売りで、自分たちの音楽を“スチャラカコア”と称している。メンバーには、リーダーの土屋慈人(ギター)を中心に、ネギシ(トランペット) 、丸山滉貴(ベース)、シンジ(キーボード)、チェ・ノブト(パーカッション)、サポートメンバーの椿三期(ドラム)という愉快そうなキャラの面々が揃っている。今回のライブでは先ず挨拶代わりに、疾走感の漲る「CITYレース発走」「喪服の裾をからげ」がプレイされ、場内の熱量を一気に爆上げさせる。

続いてネギシの激しく煽るような紹介で、テルミン奏者の Toshihiro Yoshioka が登場。ここからはMURABANKU。とテルミンの競演タイムとなる。両者は、昨年話題となった FUJIROCK FESTIVAL2025 "ROOKIE A GO - GO" でのステージで既に顔合わせ済。黒のスーツに身を固めた Yoshioka は、銀座の高級寿司店の調理職人さながらの上品な手捌きでテルミンの電波を巧みに握ってゆく(「すしてるみん」というザ・ぷーの人気曲もあるが、“寿司テルミン”ぽさでは Yoshioka のほうに軍配が上がる)。曲名も「秋刀魚の味」! それにしても、なんとダンディでカッコいいテルミン弾きであることか。比類なき姿勢の良さにも息をのむ。彼の前職が教頭先生だったことを、MURABANKU。が明かしても、納得しかなかった。その後、ジャジーな「闇の荷物」、サンバ調の「露ノ上」、ドラムンベース基調の「Shy Mad Spaceship」と続き、ラストはマーチ風の爽やかなダンスナンバー「トモダチハードコア」。どんなスタイルの音楽でもテルミンという素材をスマートに活かすことのできる Yoshioka の適応力たるや! 曲中のコールアンドレスポンスで「SAY,テルミン!」のコールに対して、テルミンの音でレスポンスしたり、軽やかにタテのりのジャンプをしてみせる Yoshioka もまた粋であった。

開会から約4時間が経ち、時計の針が20時を指す頃、本日最後の出場アーティスト、MACHIKADO の3名がステージに現れ、暗い中で音響関係のチェックを始めた。ところがそのチェックは、「ライブハウスの神様」という彼らの最初の演奏曲でもあったのだ。チェックを待つ間の聴衆側の退屈感を解消するために、チェックそのものをエンタメにしてしまおうという実験的な作品。途中、音響や照明のスタッフが臍を曲げてアーティストに反旗を翻す、といったフィクションの演出も織り交ぜて聴衆を大いに笑わせたうえで、いつしか実際のチェック作業も完了している、という合理的な仕組みとなっている。この MACHIKADO は、既述通り、本フェス主催者の街角マチコ(テルミン)と街角マチオ(ボーカル、ギター)による音楽ユニット“ザ・ぷー”から派生したユニット。昨年末に街角サブマリン(キーボード)がサポートメンバーとして参加して3人組となった。

MACHIKADO の楽曲は、総じて、ボサノバ調やテクノ調の、軽やかに洗練されたポップスであり、そのいずれもコミカルな要素を孕んでいるのが特徴だ。コミカルといっても、当人達は音ネタ系お笑い芸人を目指しているわけでもなく、あくまで音楽アーティストでありたいと考えている。その結果、MACHIKADO には、真面目と不真面目の間(あわい)を漂うイメージ、もしくは、賢さとアホの間を浮遊するイメージが付き纏う。だが、その感覚こそ、テルミンという楽器パートを擁するこのユニットには重要なことなのだ。この日、MACHIKADO が冒頭の実験曲以外に演奏したナンバーは「テルミンテルミン」「シンデレラ」「図形かっけえ」「レンタルおじさん」の4曲だった。お米を通じて日本人の食生活に肉迫する「シンデレラ」では、マチコがしゃもじでテルミンを弾く姿が最高に滑稽。「図形かっけえ」はマチオの幼な心を発露させたような無邪気な幾何学讃歌で、伝説の子ども番組「カリキュラマシーン」に通じるナンセンス味も感じられる。「レンタルおじさん」は現代社会の病理の中におじさんの哀愁を浮き彫りにし、笑えて泣ける社会派テクノポップに仕上げていた。これら、いずれも真面目と不真面目の間を浮遊する楽曲。その世界観に相応しい「曖昧な距離から生まれる曖昧な音」(「テルミンテルミン」歌詞)をマチコが身振りも含めて的確に表出できるからこそ、MACHIKADO の中でテルミンが不可欠な味付け装置たりえている。こういうところから、テルミンフェス主催者としての矜持や貫禄がひしひしと伝わってくるのである。

MACHIKADO のパフォーマンスが終わったのが20時30分頃。ここからフェス最後のプログラム「グランドフィナーレ」へとなだれ込む。マチコが会場の客達に次々にメッセージを投げかけるが、その言葉の中では執拗に「テル」「ミン」の音が頻発している。彼女の背後のスクリーンには「いいこと言ってるふりをしてテルミンを潜在意識に刷り込もうとしている人」の文字が表示され、聴衆が対応に苦慮していると、マチオのMCをきっかけに MACHIKADO のダンサブルなナンバー「サブリミナル・テルミン」が始まった。演奏はMURABANKU。

会場全体が一気にノリノリとなってダンスが渦巻く中、この日、第一会場(代官山UNIT)に出演した濱田佳奈子(東京テルミンオーケストラ)、大西ようこ、フェザード・シジュ、Toshihiro Yoshioka 、そして第二会場(晴れたら空に豆まいて)に出演したクリテツ(あらかじめ決められた恋人たちへ)一色萌(re-in.Carnation)居留守かりん といったテルミン奏者らが次々に舞台上に呼びこまれ、マチコ以下、各人各様のテルミンのアドリブ・プレイも披露された。筆者は職務上、この日の第二会場での興味深いプログラム群(新種のImmigrationsB、re-in.Carnation、吉田悠軌、フレネシ、クリテツ、KokeShina、居留守かりん)を全く鑑賞できずに寂しい思いをしていたので、その一部の出演者だけでも「グランドフィナーレ」で目撃できたことは救いとなった。

ここまで書いてきたように、今回の『全日本テルミンフェス』では、多種多様なテルミンのパフォーマンスを味わえた上に、新鮮な気付きも数多く得られ、その意義深さは十二分に堪能した。プロローグでも触れた「ニッポンはテルミン大国なのだ!」という標語に恥じない内容の充実ぶりであったし、動員数も申し分なかった(第二会場は何度も入場制限がかかるほどだった)。主催側スタッフたちを大いに讃えたい。筆者も今回を機に、テルミンという楽器に愛情を覚えるようになり、演奏してみたいとさえ思うようになった。とはいえ現時点においてテルミン界の前途は必ずしも明るくない。インミュージック社に買収されたモーグ社が、スタンダードモデル《Etherwave Theremin》の製造を中止にしたことで、日本を含む世界のテルミン人口やテルミン市場が縮んでゆく可能性だって大いにありうる。そうした逆風をはね返すためにも、テルミンフェスは今後さらなる進化・発展を遂げることが期待される。いつの日か『インターナショナル・テルミンフェス』が開催されることを心より望む。

取材・文:安藤光夫
写真撮影:沼田学

公演記録

全日本テルミンフェス ALL JAPAN THEREMIN FESTIVAL

■日時:2026年3月28日(土)16:00開演
■会場:【第一会場】代官山UNIT/【第二会場】晴れたら空に豆まいて
■主催・出演:街角マチコ(テルミン大学)
 
■出演:
【第一会場】15:45~20:45
●落合陽一(映像出演)
●片桐仁(全日本テルミンフェス名誉会長)
●東京テルミンオーケストラ
●大西ようこ・杵淵三郎
●小山田壮平
●フェザード・シジュ(ほぼ日見習い勤務の宇宙鳥)
●レ・ロマネスク
●グレゴワール・ブラン(リモート出演)
●空中カメラ
●MURABANKU。+ Toshihiro Yoshioka
●MACHIKADO

 
【第二会場】16:30~20:15
●新種のImmigrationsB
●re-in.Carnation
●吉田悠軌(怪談師・オカルト研究家)
●フレネシ
●クリテツ(あらかじめ決められた恋人たちへ)
●KokeShina
●居留守かりん

※当初予定されていたドリット・クライスラーの出演は諸事情によりキャンセルとなり、追加アーティストとして居留守かりん。
 
【出張テルミンミュージアム】17:30~19:00
●大西ようこ
 
■公式サイト:https://theremin-fes.com/