浜田学・山口森広・金澤菜乃英(演出)が作品のなかにある希望を語る 新国立劇場『りんごが落ちる』インタビュー
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(左から)金澤菜乃英(演出)、浜田学、山口森広
新国立劇場が贈る、小川絵梨子芸術監督任期最後のシリーズ「いま、ここに——」。そのラストを飾る『りんごが落ちる』が6月に上演される。ノゾエ征爾脚本によるその舞台に出演する浜田学、山口森広、そして演出を手がける金澤菜乃英が顔を揃えた。浜田が演じるのは舞台上で台詞が止まった男。山口は演劇から離れて家業を継いだ男に扮する。ほかの登場人物も生きづらさを抱えた人間ばかりという物語を金澤はどう見せるのか。稽古が始まったばかりの3人が、この作品にある希望を語った。
ーー戯曲をお読みになった印象からまずお聞かせください。
金澤:ノゾエさんの書かれている言葉の端々に優しさを感じる戯曲です。もちろん刺々しい言葉も出てきますが、それによって傷ついたことが最終的に回収されていく感覚があって、なおかつユーモアがあって。主人公の田端を筆頭にそれぞれ抱えているものは大きいし、重くてちょっと闇のようなものがあるんですけど、その追い詰められている様も滑稽に見えて、どこか救われる感じがあるんですよね。
金澤菜乃英(演出)
浜田:人生の挫折や苦しみを抱えている人間たちが集まっているので、「あーわかる!」というのが最初の印象でした。僕自身も人間として足りない部分を常に感じていますし、自分を高めていく努力はしながらも、そういう人間を演じるのも僕たち役者の醍醐味だと思うので。それぞれの役の深い苦しみに寄り添っていくことを大切にしたいなと思っています。
山口:田端の台詞が10分間飛んだということ以外は劇的なドラマはないんですけど、台詞の言葉の一つひとつがボディブローみたいな感じで心臓をパンチしてきて、読み終わったときに泣いちゃってたんです。自分に刺さる好きな台詞がいっぱいあって。言葉に込められている力があるなという印象でした。
ーー山口さんのお話にあったように、この物語は、浜田さん演じる田端が久々に主演を務める舞台の初日で台詞が出なくなり、ラスト10分間を沈黙劇にしてしまい帰宅したところから始まります。そして、山口さんが演じるのは、演劇をやめて家業を継いだ田端の大学の後輩の猿橋。さらに、女性演出家・鴨川(梅舟惟永)もいて、皆さんの実人生に近い作品になっています。それについてはどう受け止めておられますか。
山口:僕は子役から役者をやっているので、やめて会社を立ち上げて立派な社長になって清々しく活躍している人とか、いろんな人を見てきています。だから、この状況はあの人に似ているなとか、先輩にこういう人いたなとか、実感を持って演じられそうだなとは感じています。ただ、このなかで僕たちが傷ついたりしていることは、きっとどの職業でも通ずるものだと思うので。実感を持てる僕たちがちゃんと傷ついてもがいて、その姿を観ている方に伝えて、笑えたり悲しくなったりしてもらうことが大事だなと思っています。
浜田:僕も実際に参考になる人物も周りにいますし、自分の置かれている立場が田端と似ているところもあります。自分が感じるもの、思っていることを、そのまま稽古でぶつけてみるのはありだなとは思っています。田端が苦しんでいることを自分事のように思いながら、自分と役をリンクさせながらやっていこうかなと。
浜田学
ーー10分間無言になるという状況についてはいかがですか。台詞が出てこなくなるというのは、俳優さんがよく見る悪夢だと聞きますが。
浜田:僕は10分間も沈黙を続ける勇気はないです(笑)。
山口:そうですよね。一回舞台袖にはけますよね。
浜田:絶対引っ込むよね。それで台本を確認しちゃうと思うんですけど。だから、10分間も動かなかったのには、何かしら理由があるんじゃないのかなと。
山口:確かに。お客さんも10分間観ていられたんですもんね。そこに何があったのかは想像するしかないですけど。
浜田:現実ではそんなこと想像もしたくないです。
山口:相手役がいたら、「ひょっとしてこういうことが言いたいんじゃないのか」という感じでフォローしてくれる人もいたりしますよね。僕は一度、自分の出演した舞台で沈黙を経験したことがあって。楽屋である共演者とモニターを観ていて「なんか静かだね。なんだこれ」って言ってたら、彼が自分のシーンを出トチリしちゃったみたいで、慌てて走って出ていったんです。
山口森広
浜田:金澤 えーーっ!?
山口:みんなが心を痛めているという静かなシーンでアドリブもできなくて誰も繋げられなかったから、シーンとなっちゃって。1分くらいだったと思うんですけど、それこそ10分くらいに感じたかもしれないです。
ーー10分間の沈黙が起こったら、金澤さんだったらどうしますか。
金澤:そこまですさまじいハプニングは経験したことないですが、楽屋に会いに行くかなとは思います。「何があったんですか。大丈夫ですか」って。
ーー浜田さんは何かやらかしてしまったことはありますか。
浜田:実は初めて話しますけど、映像の現場で、20回くらいNGを出したこともありました。それも500人くらいエキストラの方たちがいるなかで。
山口:浜田さんはその夜をどう過ごしたんですか。
浜田:生まれて2〜3カ月だった子どもを、ずっと抱っこしてました(笑)。
(左から)浜田学、金澤菜乃英(演出)、山口森広
ーー金澤さんは、演劇人を描いていることについていかがですか。
金澤:台本はもちろん演劇関係のことが盛り込まれていて、とても身近な生活感のある内容なんですけど、ノゾエさんが描きたいことはもっとスケールの大きいことじゃないかなと思うんです。たとえば10分間の沈黙も、何か動物的な感覚で乗り切った田端がいて、それを成り立たせてしまったことに悔しさを感じる演出の鴨川がいてその沈黙の捉え方も含め、生物とか自然とか地球とか宇宙とか、飛ばし方が広大なんですよね。なぜこんなに胸に刻まれたり心が揺さぶられたりするんだろうと考えると、理屈を超えたそういう感覚を各登場人物を借りながら観ている人も体感していく芝居なのかなという気がして。おそらく、ノゾエさんの描きたいことはたまたま身近な演劇を入口にしたに過ぎないのかなと思います。だから、作り手である私たちは演劇人ではあるけれども、演劇を超えて広げていくことを頑張りたいなと思っています。
ーー稽古が始まって、今は読み合わせをされていると聞きました。手応えはいかがですか。
浜田:一人で読んでいた台詞が、やっと皆さんの言葉として出てきた嬉しさがまずあったんですけど、正直やることがありすぎてパンクしている状態です。でも、金澤さんが丁寧に紐解いて掘り起こす作業を導いてくださっているので、ありがたいなと思いながら過ごしています。
浜田学
金澤:本当に解釈が様々できる台本なので、キャストの皆さんはもちろん、スタッフの皆さんからも体験話を聞きながら進めようと思っていて。みんなで忌憚なく話そうという日を1日設けて色々なお話をしました。
山口:その読み合わせもあまり進まなかったですけど(笑)。「これってこういうことですよね」とか「こうっていうことはこうか」とか。
浜田:「だからあれがあったのか」とか。
山口:というふうに中断するんです。登場人物たちの年表を書いたりもしましたね。このとき◯歳だったんだねというようなことをみんなで共有する時間がすごく楽しかったです。
浜田:あれは良かったですね。田端と妹の夢子のお父さんは登場しないけど、いつくらいに亡くなったんだろうかとか。
金澤:おそらくすべてが解釈として整理されるわけではないかもしれないですが、そのわからないところも私たちが面白く作っていければいいなと思っていて。そうするとお客様に余白として提示できて、色々な受け取り方をしてもらえるでしょうし。すごく可能性の広がる戯曲だなと思います。
山口:だから、ここは決めたほうがいいよねという部分と、あえて決めなくていいんじゃないか、決めることによって何かが失われちゃうんじゃないかというところがあって、ここはもう置いとこうということも起きています(笑)。
山口森広
金澤:ポジティブな棚上げですよね。でも、それについてみんなで話してはいるから、後々、「あれはこういうことだったのか」と明らかになることもあるでしょうし、もしかしたらずっと棚上げ案件になるかもしれません(笑)。そんなふうにみんなで話しながらできるのが、今作に限らず集団創作の楽しく面白い醍醐味で。5人いたら5通りの解釈があって、たくさんの可能性があるところを自分たちでも揉んで、どこまで絞ってどれくらい余白を作るか、その匙加減がこの座組ならではのカラーになっていけたらいいなと思います。
ーー冒頭でも好きな台詞がいっぱいあるとおっしゃっていましたが、とくに刺さったのはどういう台詞でしたか。
山口:物語の後半になるので具体的には伏せておきますけど、田端がお父さんへの思いを語る台詞です。自分もそうですが、親に対して理想の子どもになれなくて申し訳ないみたいな気持ちは、普段は意識していなくても持っているもので。「こんな仕事を選んじゃってごめん」とか、別に謝るようなことじゃないのに、謝りたくなるくらい人間って優しくて繊細で美しいものなんだなと感じたんですよね。そんなことが後半にはいっぱい散りばめられているので、本番でも袖で観ながら泣いちゃうかもしれないし(笑)。観ている方も、この役のこのシチュエーションのこの言葉が刺さって普段隠していた気持ちに気づいたり、優しさに包まれた感じになるんじゃないかなと思っています。
ーー時空が飛ぶような場面もあります。どんな演出を考えておられますか。
金澤:舞台美術はシンプルになっていくと思います。このお芝居は、いつどんな場所なのか、セットで説明せずに想像で楽しんでいただくほうがいい気がするんです。いろいろなものがデジタル化して想像力が乏しくなりそうな今、実際に「りんご」がなくてもそれを想像できるように作ることができるのが、アナログの演劇の醍醐味だと思うんですよね。いろんなことがタイトルの“りんごが落ちる”に繋がっていくことを思うと、そこはノゾエさんの世界観を大事にしたいし、説明しなさ過ぎるのも良くないですから。
金澤菜乃英(演出)
ーーシンプルなセットということは、料理や食事の場面はどうなるのでしょう。
金澤:食べるという行為自体に生物のエネルギーが込められていて、自分を含め誰かのために料理して食べるというそれだけで生きる希望だし、このお芝居のなかでもそこが救いになっていると思います。何が真実なんだろうと思うような不思議な空間のなかで演じているだけに、どのくらい調理をするか、食べるかは、稽古をしながら模索していきたいです。
ーーどんな料理ができあがるのかも楽しみにしています。では最後に、初めて新国立劇場の作品に関わられることも含め、意気込みを聞かせてください。
金澤:新国立劇場は憧れで目標にしていた劇場です。今回のお話をいただけたことを本当に光栄に感じています。プレッシャーもありますが、家族を含め応援してくださっている人たちは私が新国立劇場で演出することを心から喜んでくれていて。本当にその方たちのおかげで生きて生活を成り立たせていけているので、恩返しの気持ちを込めて頑張りたいと思います。もちろんお客様にお届けすることが第一ですけど、自分の周りの人たちを思い浮かべることがこの作品を立ち上げていくときの私の原動力になっていて、それはまさしくこの作品の世界にも重なることでもあるので。繊細なノゾエさんの世界をみんなで丁寧に立ち上げ、全力で頑張りたいと思います。
浜田:僕はこれまで、新国立劇場で主役で芝居をすることを、想像すらしたことがありませんでした。だから、あまりにも突然の出来事すぎてびっくりした状態から始まっているんですけど。でもだからこそ、この素敵なステージの上で、余計なことを考えずに、田端という人間を貫き通すことを一番に考えて、みんなで「ああでもないこうでもない」と追求しながら作っていきたいと思います。
山口:新国立劇場の作品に出演できることで、俳優としての目標の一つが達成しました。本当に嬉しいです。新国立劇場の上演作品は難しいと思われている方もいるかもしれませんが、この作品は本当にわかりやすいと思います。正解はないので素直に感じるままに観ていただけたら。チラシに「タフな人に憧れる。でも生きるの難しい。そんな人たちに贈るエール演劇」というコピーがあるように、まさにエールをもらえて、最後に温かい気持ちにさせてくれるお話なので。まだ演劇を観たことがなくて興味があるという人はぜひ観に来てください。初めて観る演劇としても最適だと思います。
(左から)金澤菜乃英(演出)、浜田学、山口森広
取材・文=大内弓子 撮影=酒井優衣
公演情報
【会場】新国立劇場 小劇場
【演出】金澤菜乃英
【出演】浜田 学、山口森広、梅舟惟永、宮川安利、大西多摩恵