Trooper Saluteの本質へと分け入るオフィシャルインタビュー「未来を信じないことと、つらさをイコールにしない」
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Trooper Salute
始まりは、名古屋の大学の「大衆文化研究会」という一風変わったサークルだった。絵を描くために入りやがてボーカリストとなったムサシと、曲を作っていた小宮颯斗。カラオケで交わった2人の才能は、5人組シンフォニックインディロックバンド・Trooper Saluteとして結実し、大学卒業のその年、1stアルバム『友達がいました』へとたどり着いた。そして本作は、リリースされるやいなやリスナーから大きな反響を呼び、その評価はもう揺るがない。2026年に鳴らされるべき音楽として、大傑作の証明は済んでいる。彼らがテーマに据えたのは「出会いと別れ」。大学1年のときに観た先輩の卒業ライブで理由もわからず泣いた記憶、いつの間にか連絡を取らなくなった友人たち。誰もが置き去りにしてきた関係を、ここからでいいから見つめ直し「成仏」させるための12曲だ。本作については、先に音楽誌『MUSICA』でも彼らに話を訊いた。そこで語られたのは「確かに存在した懐かしさ」というテーマの核心と、小宮颯斗の音楽的ルーツ。そちらもぜひ読んでほしい。そのうえで、リリース直前に行われたこのオフィシャルインタビューでは、2人の出会いから、ムサシのイラストレーターとしての美意識、小宮のリファレンスを積極的に公開する制作哲学、次作への不安と確信まで、1万字強にわたってさらに深く、このバンドの本質へと分け入っている。時代のどん詰まりに軽い絶望を覚えながら、それでも「生きてゆける」と歌うこと。完璧で隙のない現在より、不完全で隙のある過去に想像力のピントを合わせること。そして、どれほどオルタナティブに振り切っても、口笛で吹けるメロディだけを残すこと。その理由が、ここにある。
■2人が出会った「大衆文化研究会」
──改めて気になっていたのが、出会いが軽音楽部ではなく創作サークルで出会ったという点です。どんなサークルだったんですか?
小宮:説明が難しいんですが、特殊なサークルで。「大衆文化研究会」という名前なんです。もともとはアニメ好きの、いわゆるオタサーとして始まったらしいんですが、僕らが大学1年の年に、哲学を勉強しているイデアさんという1学年上の先輩がいて。X(旧Twitter)でずっと暴れているような、ヤバい先輩なんですけど(笑)。その人が本気で新歓をした結果、毎年10人、20人しか入らないオタサーなのに、僕らの代だけ100人くらい入ったんですよ(笑)。
ムサシ:イデアさんは声が大きくて人を先導して動かすような人で、大学に入りたての新入生には神のように思える先輩というか(笑)。Xで新歓の宣伝をしたら、当然Xをやっている人ばかりが集まって、もともとアキバ系のオタクしかいなかったのに、ジャンルが雑多になってきちゃったんです。
小宮:ボードゲームが好きな人、麻雀が好きな人——とにかく何か趣味を持っている人がみんなここに来た、という感じになって。
ムサシ:そうしたら、もともといたアキバ系のオタクの人たちは居心地が悪くなって。私は絵が描きたくてそのサークルに入ったのに、みんなでワイワイしている人になってしまったのが嫌で、その中に「創作活動だけをする支部」を自分で作ったんです。
小宮:そのサークルにはいろんな支部があるんですよ。「アイドルマスター」が好きな人の支部とか、「大乱闘スマッシュブラザーズ」だけをやる支部とか。
ムサシ:私が、音楽を作っている人や絵を描いている人をガッとひとまとめにして。そこで小宮とも出会ったんです。
──他のメンバーもそこで出会っているんですか?
ムサシ:いえ、大文研では私と小宮だけです。
小宮:他のメンバーは軽音楽部で出会いました。僕は4月の時点で大文研と軽音楽部に掛け持ちで入っていました。ムサシは、最初は大文研にしかいなかったんですが、大文研の集まりか何かでカラオケに行ったときに「あ、歌がいいな」と思って、「軽音入りなよ」と誘ったという流れで。
ムサシ:だから私が軽音部に入ったのは、1年の5月か7月くらいです。
──そのカラオケで歌っていたのが吉澤嘉代子さんの曲だったと。まさか後にその本人と一緒に曲をやることになるとは思いませんよね。ムサシさんは当時、イラストレーターとして将来やっていくくらいの気持ちはあったんですか?
ムサシ:高校くらいから個人での依頼をちょこちょこ受けていて、大学に入ってからは割ときっちり絵を描こうと思ってやっていたので、専業とは言わないまでも、兼業イラストレーターくらいにはなれたらいいなと思っていました。同人的なイラスト本を作ったりもしていましたし。
──これまでのEPのジャケットはムサシさんが描いていますよね。でも今回の『友達がいました』は実写の写真です。それはあえて?
ムサシ:私が描くと、やはり私の味付けになってしまう。リアリティのある絵ではないので、それがいい方向に働かない気がして。もう少し現実感のある、緊張感のあるジャケットがいいだろうと思っていたので、「写真がいいと思うよ」というのはありました。
小宮:これまでとはちょっと別のもの、硬派な感じになるかなと思って。
ムサシ:「かわいい女の子のジャケットの、そういう感じのバンドでしょ」というところから抜けたい、という思いもありました。ただ、これからも描きたいし、グッズは基本的に私が作るので。ビジュアル面は自分でやっていきたいと思っています。
──ムサシさんの絵のスタイルとして、影響を受けた人は?
ムサシ:アニメーターさんの絵がすごく好きなんです。湯浅政明さんや、「クレヨンしんちゃん」の昔の映画──湯浅さんが絵コンテを担当している『ヘンダーランドの大冒険』とか。線がぐにゃぐにゃしていて、ちょっと気持ち悪くて、気持ちいい。非現実的なんだけど、妙にリアリティがある感じが好きで。あとは『電脳コイル』という作品が本当に好きです。それと、バンド・デシネ(フランス、ベルギーを中心に発展した、ヨーロッパのコミック文化)を読むのも好きでした。物語と絵のちょうど間みたいな感じが好きなんです。海外の漫画ってすごく記号的な描き方をするじゃないですか。目もスタンプで貼り付けたような感じで。それがすごくいいなと。トルーパーの1st EPのジャケットの女の子の目も、ハンコを押したような感じで、目として描かずに「そういう形のもの」として描いています。物体みたいなイメージというか、コラージュ的な感覚ですね。
──そのコラージュ的な感覚は、おそらく小宮さんのサウンドのアレンジとも通じますよね。
小宮:本当にそうかもしれない。いろんな曲の一番おいしいところだけ持ってきてくっつける、みたいなところとか。
ムサシ:小宮がどこかで言っていて「ああ、確かに」と思ったんですけど、歌詞を書くときも、ちょうどいい距離に離れたものを持ってきてくっつけていると。まったく無関係なものではなく、ちょっと離れたところにある言葉同士をたくさん持ってきてつなげると、ケレン味が出る。サウンドのみならず、きっと言葉もそうなんですよね。
──そのコラージュ的な感覚は、世代的に自然と身についているものだと思いますか?
小宮:世代というより、たぶん僕が物事をあまり深掘りしない、表面だけを見ているところがあるからで。「このジャンルの歴史的背景は」と言われても、その歴史の部分を作品に活かすことができず、結果生まれたものだけを見ているので。広く浅くいろんな音楽を捉えていった結果、1つのジャンルに深くはまることなく、その「広く浅く」が全部栄養になったんだと思います。勉強不足なところが、たぶんコラージュ的なところにつながっている気はします。
ムサシ:私は昔から美術が好きで、美術館に行っていろんな絵を見るのが好きだったんです。音楽に関しては、サブスクでいろんな音楽にリーチできるようになったので、雑多な音楽を作る人は多いと思うんですが、いろんなものをかき集めてきたというよりは、ネットワークみたいな感じで、1つの中心から派生したものを集めているイメージで。たぶん小宮もそうで、軸があって、そこから派生してきた好きなものがあって、その端と端を合わせたら面白い、ということで。完全に無関係なもののコラージュというよりは、ウェブっぽいイメージですね。
■ムサシのイラストレーターとしての美意識
──話は前後しますが、ムサシさんが女の子を描くこだわりについても聞きたいです。
ムサシ:いわゆる「かわいい女の子」をただ描くのは、やり尽くされた手段でつまらないなと思っていて。かわいい女の子のビジュアルって、若手バンドの中でも使い古されているというか。女の子がいて、ちょっと切なげで淡いタッチの絵は、腐るほどあるなと。じゃあ、なぜそれを私がやるのか。最終的にどう出すかで差別化しないと意味がないと思うんです。だからインパクトのある見た目にしたかったし、ちょっと上から見ている感じがあるんですよね。「女の子を描いてかわいい」というところと、距離を置きたかったというところがあります。あとは、自分が女性だから、というのが大きいです。特にきれいに描きすぎず、かといって過度に卑下もしない、「ちょうどそのまんまの女子」を描きたいなと。男の人の描く女の子ってめちゃくちゃかわいいんですよ、そこに理想も入るから。だから、そんなにかわいい女の子はたぶん私には描けない。一方で、女性性が行き過ぎた結果グロくなる人たちもいるなと思っていて。女性性が行き過ぎて、露悪的になるというか。でも、そうじゃないなと思っていて。私の中の理想の、本当に愛したいのはこういう人だよね、という感じを出したい。「女の子」という客体はいろんなものを背負わされていて、キラキラした象徴でもあり、ドロドロした象徴でもある。でも実際は、別にそうじゃないじゃないですか。
──今は「時代と戦う象徴」のようなものを女性性が背負わされてる部分もあると思います。
ムサシ:ガールクラッシュなどが流行っているけれど、多くの女の子はガールをクラッシュせずに生きている。だから私は普通に等身大の、ねじ曲げない女の子を描きたいと思っています。エンパワーメントしたいという気持ちではなくて、普通に1人の人間として。どういう形であれ、理想化されると人間でなくなっていく。それはあまり実態を捉えていないなと思うんです。
──今の話、小宮さんはどう聞きましたか?
小宮:EPの女の子は、「男の描く女子はかわいすぎる」の方に寄ってはいると思います。教室の中で目立つ女子よりミステリアスな女子の方がいい、みたいな部分。「俺だけが良さをわかってる」とみんなが思っているような、想像上の女子を主人公に置いてEPのジャケは描かれているなと。
──ムサシさんは、そのEPの女性像を歌うとき、自分なりにどう昇華したんですか?
ムサシ:ちょっと大人しくてミステリアスで、何を考えているかわからない、ずっと1人でいるけどなんか好き、みたいな男の子目線の感情もすごくわかるので。それを女の子でも聴けるように歌いたい、というか。男目線のラブコメを女の子が読んだら、ちょっとつらいときがあるじゃないですか。私のフィルターを通すことで多少聴きやすくなる、もう少しニュートラルになるかな、とは思いました。
小宮:そのミステリアスな女の子になりたい女子が、一定数いるんですよ。綾波レイになりたい女子っているじゃないですか。そういう子たちに届くのが一番うれしいというか(笑)。
──では例えば「天使ちゃんだよ」は、ムサシさんの中ではどんな像が浮かんでいるんですか?
ムサシ:「天使ちゃんだよ」に関しては、「女同士の恋愛の曲だ」と言っていた人がいて。そういう解釈もあるよねと。恋愛となってくると、多少ゴリッとしてくるというか、ちょっとドロドロもしてくる。そういう意味で「天使ちゃんだよ」は、私が普段思っている女の子像よりは、ちょっと怖い女の子のイメージです。
■ムサシのボーカリストとしての資質
──ムサシさんのボーカルは本当に素晴らしいんですが、小宮さんはムサシさんと出会ったときは、ここまで歌えるとは思っていなかったわけですよね。ムサシさん自身は、自分が「歌える人」だった理由に思い当たる節はありますか?
ムサシ:あまり緊張しないんです。人前に出てしゃべったり、醜態をさらしたりすることに、あまり怯えないタイプというか。
──度胸がある。
ムサシ:私が上がり症だったら大変なことになってると思います(笑)。人の目を気にしないという意味ではないんですよ。「やれ」と言われたらやる、みたいな。
小宮:それはメンバー全員そうかもしれない。
ムサシ:いざとなったら「まあ、やるか」となる。あまり「人前」だと思っていない節があるんです。その場にいる人も全部含めて1セット、みたいな感覚で。その瞬間瞬間で一番いいことをする。そのセットの中で一番良くなるようにする、というのを思っていて。
──それは処世術のような部分もある?
ムサシ:ちょっとあるかもしれないですね。その場をいい方向に持っていくためのことをする。AとBだったらAの方がいいとなったらAをやる。そうやってどんどんいいと思う方向をやっていって、閾値を超えて良くなることを目指す、みたいな。お客さんが盛り上がってくれたらうれしいし、こちらもボルテージが上がる。でも一番大事なのは、演奏とその曲が一番いい状態になることなんです。それが奇跡的なところに入るように頑張る、という感じです。
──舞台役者的な感覚にも聞こえますね。
ムサシ:一瞬だけ演劇部に入っていました。高1で入って、演劇部がなくなってしまったので辞めたんですけど。しかも脚本家志望で入っていたんです。
──では、歌詞を自分でも書いていきたい気持ちはあるんですか?
小宮:俺は「書いたら」って言ってるんですけど、死んでも書かないみたいな感じで(笑)。
ムサシ:ちょっと書いて小宮に見せて、どんな反応をされるのも嫌なんです(笑)。批評されるのが嫌だし、この人は歌詞にも厳しいので。「日曜朝のアニメみたいだね」とか、そういう遠回しな悪口を言ってくるに違いない。だからTrooper Saluteでは書かない。小宮が見ていないところで、1人でならやりたいと思うくらいで。
小宮:言わないって(笑)。よっぽどひどくない限り言わない。
ムサシ:言わないとか言うけど、この人は言います(笑)。
■ アイコンタクト0.5秒で終われるバンド
──アレンジに関しては、メンバーの意見をどこまで取り入れているんですか?
小宮:2nd EP以降は、各々の楽器はほぼ自分たちで考えてもらっています。ただ、自分が頭の中で描いていたイメージを超えてこなかった場合は、自分の案にしてもらうこともあります。ギターソロを考えてきてくれたけど、俺の考えた方が絶対かっこいいなと思ったら「ごめん、これ弾いて」というのは容赦なく言ったりします。
ムサシ:みんなそれぞれ反抗しないので。ドラムは全然言うことを聞かないけど(笑)。
小宮:「わかったわかった」と言っておいて違うことをやる(笑)。10回言ったらちょっと落ち着いてくれる、みたいな。
──バチバチするところもあるんですね(笑)。
小宮:ギターとベースはこちらが言えば素直に聞き入れてくれるし、柔軟にやってくれるんですけど、ドラムは自分が世界で一番ドラムがうまいと思っているので(笑)。
ムサシ:でも本当にすごいやつではあって、空気を読むのがすごくうまいんです。セッションで尺を決めていないとき、小宮が「もう終わるよ」みたいな目で合図するんですよ。
小宮:本当に0.5秒だけアイコンタクトするんですけど、それで終われる。空気読み力がすごく高い。ライブで自分が恥をかかないために、ちゃんと合わせる(笑)。
■ リファレンスプレイリストを公開する理由
──ストリーミングでリファレンスのプレイリストを公開していますよね。あそこまでオープンにするのも興味深いと思いました。アイデアの元ネタを積極的にリスナーと共有したいという気持ちがあるんですか?
小宮:「この曲は何を聴いて作ったんですか?」と聞かれたとき、「この部分はこの曲だけど、全体で見たらこの曲だし、歌詞は別の曲だし」といちいち説明するのが大変で。もうプレイリストを作って「これを聴いてください」と出してしまう方が誠実だと思ったんです。
ムサシ:でもたぶん、いろんなもののオマージュをしても、最終的な仕上がりはオリジナルだと思えているから、元ネタを出せるんだと思う。完全にパクっていたら出せないから。
──それは間違いない。実際に独自昇華しているし。
小宮:あとは「パクリ」と言われる前に防止する、という側面もあります。「これはリファレンスですよ、元ネタですよ、この曲をいじってますよ」と最初から言って予防線を張っている、という見方もできます(笑)。
──今回のアルバムでもプレイリストは作るんですか?
小宮:たぶん言われるだろうから、一応作ろうかなと。ファンが楽しみにしている部分もあると思うので。ただ、これまでは「この曲のこの部分が元です」という部分ごとのものだったんですが、アルバムに関してはそれがないんですよ。全部俯瞰で見て、「この曲のこういう濃さで作ろう」という感じのプレイリストがダーッと並ぶと思うので、プレイリストとしての完成度は今回の方が高いと思います。統一感のあるものになるはずです。
──2枚のEPを聴き返して改めて感じたのが、「忘れてしまいそう」と、吉澤嘉代子さんを迎えた「不治」が、このアルバムにすごくつながっている印象なんです。この2曲あたりから、フルアルバムに向けたムードが流れていたのかなと。
小宮:もともと自分たちは、EPみたいなポップな曲と、アルバムみたいな重めの曲を同時期に全部作っていたんです。音源を出し始めたとき、たまたまポップな方を先に出しただけで、ずっと同時進行だった。1st EPを録り終わったくらいで、なんとなく「卒業するまでにアルバムを出したい」「EPに入らなかった重めの曲を集めてアルバムを出したい」と思っていたんですが、さすがに1st EPからすぐアルバムを出したら、ついたファンもいなくなってしまうんじゃないかとビビって(笑)、ちゃんとクッションになるものを1個挟んでおこうと作ったのが2nd EPなんです。2nd EPの中で、1st EPとアルバムの間にグラデーションをつけようと。もともと昔からあった「不治」を最後に持ってきて、「天使ちゃんだよ」を3曲目に置いて、「じゃあ1、2、4曲目どうしよう」となって、残りの3曲を作ったという流れです。
──ちょうど間に「天使ちゃんだよ」がいる感じがしますよね。そこまで考えられているのもすごい。セルフプロデュース気質が高いですね。
小宮:この間、知り合いのバンドマンに「弾き語りのCDを出すから曲順を決めてくれ」と言われて、曲順だけ決めて2,000円もらいました(笑)。
──最高だな。対価が2,000円というのも絶妙ですね(笑)。
ムサシ:セルフプロデュースというより、小宮の「アルバムという作品を作る」ことへの意識だと思うんです。単発の曲というより、アルバムを作るために曲を作るところがあって、一作品の中で流れを考えるのはすごくあると思う。プロデュースという面で言うと、「これはダサいから嫌だ」「こういうことは俺はやらない」というのがあって。「俺はこういうふうにやるのがいいと思うからやるんだ」という、やりたいこと、やりたくないことがはっきりある。それをセルフプロデュースと言えばそうなのかな、という気もします。
小宮:アルバムは、半分くらいの曲ができている段階で、先にタイトルと曲順だけ付けたんです。好きで作った曲ができたタイミングで「アルバムを出すとしたら、この曲は何曲目か」と並べて、まだ作っていない曲は先にタイトルだけ付けていました。「埒」「よだか」「つつぬけ」「茶番」も。
ムサシ:野球好きな人が打線を組むみたいな感じだよね。「俺、ここでこの曲が来たら熱いと思う」みたいな(笑)。
■ ポップな曲とオルタナティブな曲、2つの筆致
──自分の実体験と向き合う曲と、ポップに振り切った曲を同時進行で作っていたわけですが、書いているときの作家としてのテンションは、意識的にコントロールしている部分があるんですか?
小宮:一切ないです。歌詞を書き始めるまで、曲がポップになるのかオルタナティブな方になるのか、わからないんですよ。最初の3行を書いた時点で重くなりそうだったら、重たい方向にアレンジしよう、という感じで。自分の中で脳を切り替えている感覚はあまりないです。
ムサシ:ポップな曲は、面白い歌詞がバッと出てきて、いつの間にかポップになる。「冷たいマーメイド」もそうで、主題になりそうなものが出てきたら、というのもあるのかな。
小宮:ただ、アルバムみたいな曲の方が、本当は作りやすいんです。
──EPの曲は、他のアーティストに提供しても輝きそうな曲だと思うんです。もちろんムサシさんが歌うのが一番いいんですが。一方でアルバムの曲は、このバンドでしか表現できないと強く思う。
小宮:確かに他の人に預けが利かないのは、実はアルバムの方なんだと思います。
ムサシ:アルバムの曲の方が、私が最初に聴いた小宮の曲のイメージに近いんです。ピアノで弾いて作っていた初期の雰囲気を思い出すというか。手癖に近い感じで、それを作家性と言えばそうなのかもしれないけれど、もっと源流に近いところを見ている感じがします。
■ 「未来を信じないことと、つらさをイコールにしない」
──先日、音楽誌『MUSICA』で僕が担当した取材で、お2人とも今の時代のどん詰まり感を感じている、でも過去は自分たちで塗り替えられる、という話をしてくれたのがすごく印象的でした。改めて、ノスタルジックなものに惹かれる感覚について聞かせてください。
ムサシ:このアルバムは別れや後ろ向きな感情をメインに据えて描かれた曲たちだと思うんですが、私の個人的な気持ちで言うと、悪いことばかりの時代や良くないことの連続が、歩みを止める理由にはならない、ということは思っていて。これから先がどうなっていくかはわからないじゃないですか。それはつまり、その先に自分が想像し得ないような転換が起こることもあり得る、ということだと思うんです。だから、自分たちの中でものすごく薄暗い気持ちになっていても、それは「未来に何もない」「もうこれで終わりだ」ということではなくて、想像していない転換点がどこかにあるんじゃないか、というのはすごく思っています。ちょうど『風の谷のナウシカ』の原作漫画を全部読んだ時期と重なっていたんですけど、あれは本当にそういう話だなと。ものすごくつらいことと、未来を信じない、全部やめてしまうことを、イコールにしてはいけないのかなって。
──すごくわかります。このアルバムは今のディストピア的な時代観にマッチしていながら、それでも「もう少し信じてみようかな」という方に最終的に持っていってくれる感覚がある。ポップであることが、そこを導いてくれている。「成れの果て」の最後の歌詞も「生きてゆける」ですよね。
ムサシ:そうですよね、最後は。
小宮:みんな過去に何かしら負い目や後ろめたいことがあると思うんです。うまくいかないまま置き去りにしてきた友情とか、大もめはしていないけど雰囲気がちょっと悪くなって今に至る人間関係とか。みんなそういうものを置き去りにして生きている人の方が多いと思うんですけど、アルバムを聴いて「そういえばあんなことあったな」と、置き去りにしてきたものをここからでいいからちゃんと見つめて、自分の中で成仏させてほしいんです。普段偉そうにしている人にもたぶんそういうものがあるし、めちゃくちゃ優しい人にもある。優しい人はちゃんとそれと向き合えているんだろうなと思っていて。偉そうな人、横柄な人はたぶんちゃんと向き合おうとしていない。それは不義理だと思うので。自分の中でいいから、これと向き合った上で成仏させてほしい。このアルバムがそのきっかけになってほしいんです。その方がたぶん、みんなが人の弱みをわかって生きていけると思うので。
──大上段に構えて世の中にメッセージを発信することにリアリティを感じない、ということとつながっている気がします。まず自分のよく知っている人たちに届ける。その熱が、このバンドのポップスを支えているのかなと、今の話を聞いて改めて思いました。
小宮:SNSで戦争反対を言っている人に対して、「戦争反対はみんなそうだから」というのが1個あって。その前に「あなたは大丈夫なの?」と思ってしまうときが結構あるんです。もちろんそれを言うのは大事だと思うんですけど、「それより自分の心配をしなよ」とめちゃくちゃ思ってしまうときがあって。
ムサシ:インターネットで声高な人って、自分が一番問題を抱えているパターンが多い気がするし。
■ なぜ最終的にポップになるのか
──このアルバムのサウンドが、過去作に比べて圧倒的にオルタナティブに振り切っても最終的にポップなものになった。それはなぜだと思いますか?
小宮:自分がポップなものを好きだから。それに尽きます。キャッチーなものがポップだと捉えると、自分が書いた曲を「好きになれるかどうか」でちゃんと取捨選択した結果、メロディだけはどんなサウンドを使ってもごまかせない。歌えないと意味がない。メロディ以外の部分──イントロ、間奏、歌のない部分も含めて、口笛で吹けないと意味がないと思っているんです。その自分の中の基準をクリアしたものだけを12曲並べた結果、ポップなものにならざるを得なかった、という気はします。
ムサシ:結局、耳に残る何かがないと聴きづらいんですよ。サウンドとは関係なく、歌メロの良さ、美しさがないと聴きづらくなってしまう気がします。
小宮:ポップじゃないけどいいと思われている音楽やバンドの曲は、それはそれで芸術性があって素晴らしいと思うんですけど、たぶんフルで鼻歌では歌えないと思うんです。自分はそれがちょっとつまらない。ちゃんと歌えるものにしたい、というところはありますね。
──旋律は本当に「美しい」という言葉が当てはまる。
ムサシ:本当に。小宮はピアノをずっとやっていたからなのかわからないけれど、自然に出てくるものが全部耳に焼き付くし、きれいなものを出してくるなと思う。尖っていこうとしても、小宮には不安になるところがないんですよ。
小宮:クラシックは、何百年前の音楽がまだ残っている時点で、相当な精鋭しか生き残っていない。そういう意味でクラシックはポップスの源泉だと思うし、そういうことなのかなとも思います。
ムサシ:聴いていて不安になったり不快になったりする要素は、できる限り少ない方がいいなと思っていて。例えばピッチが外れると不安定に感じてしまうから、聴いていて不快にならないようにするのは大事なのかなと思いますし。声質がスカスカの裏声で抜けていると、不安定に感じて聴いている方がつらいとか、そういうものがなくなるように頑張っています。
──『MUSICA』でのインタビューで、ムサシさんは楽曲の語り部として自分のボーカルがある、と話してくれましたが、その役割を本当に全うしていると思います。ボーカリストとして、今後研鑽を積みたいことはありますか?
ムサシ:まだ全然自分の中では納得できていないので、欲しいところで欲しい声をちゃんと出せるように、というのが個人的な目標で。「ここはロングトーンの高音でスパッと抜けたい」というところで出せる力量が欲しいです。ただ、純粋な歌のうまさで勝負となったら、技巧派の人にはどうしても勝てない、というのはあると思うんですけど。
──正直、そこの勝負には乗らないでほしいですけどね。
ムサシ:やりたいことがちゃんと伝わるための技術は必要というか。トルーパーはちょっと変なことをやっているから、変なことをやって評価されたかったら、ある程度の技術という下支えがないといけない。それができるくらいにはうまくなりたい。まだ全然いい方向に行ける気もするし、小宮の曲ももっといいものができる気がします。
■ 地図のない場所へ──これからのTrooper Salute
──前回の取材で、小宮さんは「この先に不安がある」と言っていました。あれから少し時間が経ってどうですか?
小宮:持っているストックを全部出し切ったので、ゼロからやらないといけない。断片的なものはあるんですが、これまでは作風が決まっていたから、目指すべきものが決まっていて、それに引っ張られてちゃんと作れていたんです。今はその目印になるものが本当になくて(苦笑)。どうにでもなる不自由さというか、地図がないからどこにも行けない状態になっているので、どうなることやら、という感じです。
──学生時代が1つのサイクルとして、本当に完結したということですもんね。
小宮:次のツアーが終わったら、たぶん言い訳ができないんです。今までは曲を作っていたけれど、これからは音楽で生きていくために作らないといけない、という自覚を持ちながら書いていかないといけない。そうなると、尖ったことを積極的にやろうと思えないというか、守りに入るわけではないんですが、基準がよくわからなくなってくる。「これで本当にいいのか?」みたいな。20年くらい活動しているバンドで、「昔の方が好きだな」と思われているバンドも結構いるじゃないですか。自分がそれになってはいけない、という。例えばサカナクションは、自分の中では常に最高を更新し続けていると思うけれど、相当苦しんでもいると思うし。
ムサシ:個人的には、あまり何も考えない方がいいと思うけど。小宮はたぶん、世の中の潮流とか人の目とかが気になるじゃん。でも気にしない方が、いいものが作れるんじゃないかと思うけどね。
小宮:考えるのは大事でも、そのために作るのは良くない。ただ、あまり考えずに作った結果、評価を得られなかったら嫌なんですよ。それだったら、しっかり考えて作って、思った通りの評価をもらえる方が、最終的にはうれしい。
ムサシ:来年、アルバムは出さないと思うけど、EPは出すと思うので。次のアルバムを作るまでの間に、いろいろ取り入れて面白いものを出していくしかないじゃない?
小宮:東京に来てから、インプットが圧倒的に減っているんですよ。大学時代はもう無限に時間があったので。
──でも逆に言えば、時間がないという枠の中でいかにインプットできるか──それが次に行くべきところなのかもしれないですね。
ムサシ:不安が強い小宮だけど、大丈夫だと思うよ、私は。なんかいい感じになるよ。ストイックなのは大事だと思うけどね。
──ムサシさんがそう言ってくれることの大きさが、めちゃくちゃあると思います。それと、このアルバムで小宮さんのボーカルのあり方も改めていいなと思いました。今後も歌いますよね?
小宮:たぶんもう歌わないと思う(笑)。
──でも、このアルバムは自分で歌わざるを得ないくらいの作品だった。
小宮:そうですね。これは本当に自分のアルバムだから。やむを得ずやっただけで、自分から進んでやりたいわけではないです。なんなら、他のメンバーの3人が自分よりいい声だったら、絶対にその3人に歌わせていただろうな、というくらいで。でもみんな声が変だから、自分が一番マシだった、というだけです(笑)。
ムサシ:そういえば、私が吉澤嘉代子さんを歌ったカラオケで、小宮も歌ってたわけですよ。キリンジの「エイリアンズ」とか歌ってた。
──今度、聴かせてください(笑)。そして、このアルバム同様にバンドにとって間違いなく大きな分岐点になるツアーが始まります。どのような心持ちですか?
小宮:ツアーは不安でいっぱいで。
ムサシ:とにかく練習しなきゃいけない。
小宮:でも、「絶縁」も3、4年くらいライブでやっているし、「友達がいました」も昔からやっていた。「成れの果て」も古い曲です。「茶番」と「ドップラー」以外は、ライブでもう結構やってはいるんです。ただ、今までライブでやってきた通りのものをやるのもちょっと嫌で。ちゃんとツアーとして意味のあるアレンジやストーリーにはしたいので、それはあらかじめメンバーと共有しておかないといけないな、と思っています。
──もしかしたら、ツアーが終わる頃には新曲ができているかもしれない。
小宮:それが理想ですね。確かに。
ムサシ:私はとにかく小宮が作りたい音楽で、ずっと最高でいてほしいと思います。
取材・文=三宅正一 写真=田中さくら
リリース情報
LABEL:ブリキレコーズ
仕様:CD / DIGITAL
CD販売価格:3,500円(税込)
配信リンク:https://ssfuga.lnk.to/Tomodachigaimashita
1.ドップラー
2.絶縁
3.つつぬけ
4.よだか
5.ホーリーナイト
6.埒
7.スローイン
8.茶番
9.悪知恵
10.ユートピア
11.友達がいました
12.成れの果て
13.正体(CDのみ収録)
ライブ情報
2026年7月12日(日) 名古屋JAMMIN'
OPEN 17:45 START 18:30
※ワンマン公演
2026年7月19日(⽇) 渋谷WWW X(追加公演)
OPEN 17:30 START 18:30
※ワンマン公演
2026年7月20日(月祝) 渋谷WWW X
OPEN 17:30 START 18:30
※ワンマン公演
2026年9月19日(土) 広島4.14
OPEN 18:00 START 18:30
ゲスト:テレビ大陸音頭
2026年9月20日(日) 福岡UTERO
OPEN 18:00 START 18:30
ゲスト:テレビ大陸音頭
2026年9月22日(火祝) 心斎橋ANIMA
OPEN 17:45 START 18:30
※ワンマン公演