大谷廣松×中村虎之介、異なる個性で受け継ぐ歌舞伎の型――『市川團十郎特別公演』から次代へつなぐ思い
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大谷廣松、中村虎之介 撮影=福家信哉
京都・南座の秋を彩る風物詩となった『市川團十郎特別公演』が、2026年10月3日(土)から幕を開ける。昼の部は「其俤対編笠 鞘當」「与話情浮名横櫛 源氏店」「勧進帳」を、夜の部は「Invitation to KABUKI 歌舞伎の世界」と題し、「義経千本桜 鳥居前」「英執着獅子」「七つ面」、そして市川新之助による「ご挨拶」、歌舞伎十八番「押戻し」を再構成した「荒事 大力天無双」を上演。古典の名作から舞踊、荒事まで、歌舞伎の多彩な魅力を昼夜で味わえるプログラムとなっている。昼の部「源氏店」でお富を、「鳥居前」の静御前を演じる大谷廣松と、「源氏店」で与三郎(Aプロ)、夜の部「鳥居前」で源義経を勤め、歌舞伎十八番の「七つ面」にも挑む中村虎之介。幼い頃から同じ稽古場に通いながらも舞台で顔を合わせる機会は多くなかったという二人だが、近年、相手役や兄弟役などで共演を重ね、昨年の同公演ではともに「二人藤娘」を勤めた。相手の動きを細やかに受け止める廣松と、自由に仕掛ける虎之介。異なる個性を持つ二人に、『市川團十郎特別公演』への意気込みや、歌舞伎を次代へつなぐ思いを聞いた。
共演を重ねて深まる信頼
(左から)中村虎之介、大谷廣松
――まず、お二人の関係性を教えてください。
廣松:踊りの稽古場はずっと一緒だったので、お互いの存在は認識していました。ただ、座組があまりにも違って、舞台で共演することはほとんどありませんでした。大人になってからも共演は2年に1回くらいでしたが、ここ数年は相手役や兄弟役、「二人藤娘」と、いろいろな形で共演しています。成田屋のお兄さんの座組では、僕がずっと一番年下だったんです。最近ようやく後輩が参加してくれるようになりました。虎ちゃんも後輩といえば後輩なのですが、あまりそんな感じがしない。とにかく“後輩力”がすごく高いんです。
虎之介:後輩力って(笑)。
廣松:先輩との接し方がうまいということです(笑)。僕も非常に勉強になりますし、一緒にいて居心地がいい。芝居をしているときも、すごくやりやすいです。
虎之介:僕は周りに同年代があまりいなくて、中村屋さんの座組でも年下の方でした。自然と先輩方と話すことが多かったので、年下の人と話しているときより、年上の俳優さんと話している方が自分らしくいられるんです。
――俳優として、お互いをどのようにご覧になっていますか。
廣松:僕が芝居や踊りで気にしていることを、虎ちゃんはまったく気にしていなかったり、反対に僕が意識していなかったところで何かを仕掛けてきたりする。「ここは気にしなくてもいいんだ」「こういうことをすればいいんだ」と、日々発見があります。自分の考えに固執せず、こちらに合わせてくれますし、意図を読み取るのも速い。僕が好き勝手にすることが多いので、合わせてくれているのだと思います。
虎之介:僕は好き勝手にやってもらっているほうが気持ちいいんです。それだけ安心してやってくれているのかな、と勝手に思っています。
廣松:虎ちゃんには僕にできない自由さがある。それをうらやましく思いながら、一緒に芝居をするのを楽しんでいます。
(左から)中村虎之介、大谷廣松
――今回は「源氏店」で与三郎とお富、「鳥居前」で義経と静御前を勤めます。踊りとは異なる、感情の受け渡しが生まれそうですね。
廣松:そうですね。「源氏店」のお富は、祖父(四世中村雀右衛門)も、叔父(五代目中村雀右衛門)も得意にしてきた役です。お富は、派手に動く役ではなく、ほとんど座っています。そのなかで女性としての色気や艶やかさをどう見せるのか。久しぶりに与三郎に会い、どんな感情をぶつけるのか。そこは教えていただくだけではなく、自分でも感じなければいけないと思っています。(2022年1月新橋演舞場で予定されていた市川海老蔵企画公演『いぶき、』で「源氏店」の上演が予定されていたが、コロナ禍により中止となったため)叔父にもう一度習い、祖父をはじめ、先輩方の映像も参考にしながら、自分なりのお富をつくりたいです。
――Aプロでは虎之介さん、Bプロでは市川九團次さんが与三郎を勤めます。相手役によって、お富も変わりますか。
廣松:虎ちゃんと九團次さんでは年齢も違います。それぞれの型に合わせることになりますが、お富には「この型」と決まったものがないので、どうなるのかという怖さもあり、楽しみでもあります。
――虎之介さんは、与三郎をどのような人物だと捉えていますか。
虎之介:今回は「源氏店」だけの上演なので、それ以前の姿は舞台には出てきませんが、与三郎はもともと大店の若旦那、いわゆる“お坊ちゃん”です。どれほど変わり果てても、心の中にお坊ちゃんらしさが残っていないと面白くないと思います。歌舞伎ならではの、あり得ないほどの偶然が重なって、お富を見つける。そこからの感情の動きや、お富だと分かってから少し自信満々になるところなど、台詞を話していない間にも感情が大きく動きます。そこを大切にしたいです。今回は松嶋屋のおじさま(十五代目片岡仁左衛門)に教えていただきます。おじさまのようなどの場面も格好いい与三郎を理想として、勤めたいと思います。
――「鳥居前」の静御前は、廣松さんは二度目だそうですね。
廣松:20代前半に勤めたときは、本当に手も足も出ず、反省することがたくさんありました。静御前は、ただ可憐な女性を演じればいいわけではなく、そこに存在するだけで静御前に見えなければならない。気持ちの入れ方や一つひとつの動きも含め、とても難しい役です。前回は父が義経で、目を合わせて恋人を演じることに少し恥ずかしさもありました(笑)。今回は虎ちゃんが義経です。昨年からいろいろな経験を一緒にしてきたので、今度こそいい「鳥居前」にしたいという気持ちが強いです。可憐さや哀れさなど、さまざまな感情を自分のなかでかみ砕き、もう一度勉強し直したいと思います。
自分の色はにじみ出るもの
(左から)中村虎之介、大谷廣松
――先輩から受け継いだ型を守ることと、自分の個性を出すことを、どのように両立させていますか。
廣松:僕はまだ自我を出せないというか、出すことが難しい段階だと思っています。今は先輩に習い、それを教わった通りに演じながら、自分のなかに基礎を積み重ねているところです。自分らしさは、出そうとしなくても勝手に出てくるもの。意識して出したものは、ノイズにしかならないと思います。
――廣松さんは、お子さんが生まれたことで、継承に対する意識も変わったのでしょうか。
廣松:変わりました。いつか後輩や自分の息子に教えなければならないと思ったとき、物事の捉え方が変わったんです。例えば後輩に「もう少しこうしてほしい」と思っても、それが自分のエゴなのか、歌舞伎としての基本を伝えているのか、まだ分からないことがあります。それは死ぬまで探し続けるのかもしれません。お富も、人によって受け継いできた系譜が違います。自分が受け取った系譜を守りながら、「源氏店」という作品、さらに歌舞伎そのものをつないでいく。やがて教える側になることを考えると、これまでとは向き合い方も変わってきます。
虎之介:僕は逆に、自我を出しすぎるタイプです(笑)。松嶋屋のおじ様に習うときも、まずは教わったものをそのまま勤めるようにと言われます。初役では習った通りに勤め、二度目、三度目から自分のものにしていく。いつまでも教わったものだけを繰り返すのではなく、そこから自分の色を加えてきたからこそ、歌舞伎は長く続いてきたのだと思います。
歌舞伎十八番「七つ面」を未来へ渡すために
中村虎之介
――虎之介さんは、歌舞伎十八番の「七つ面」にも初めて挑みます。以前から、自分が歌舞伎十八番を勤めるなら「七つ面」、と考えていたそうですね。
虎之介:ほかに勤めている方がいなかったことが、まず一つです。「鳴神」や「毛抜」などは成田屋以外の方もなさっていますが、自分がやるなら何か違うものがいいなと。僕はもともと線が細かったので、自分の体形や役柄と照らし合わせても、「七つ面」が一番しっくりきました。あと、子どもの頃、テレビアニメの『名探偵コナン』と「七つ面」がコラボレーションしたことがあり、僕は『コナン』が好きだったので舞台を見に行ったんです。最初はコラボレーションが目当てでしたが(笑)、そこで「七つ面」をいいなと思った。それも偶然ですね。
――市川家の家の芸を勤めることを、どのように考えていますか。
虎之介:歌舞伎十八番は、本来、市川宗家が勤めるものだと僕は思っています。自分の家が大切にしている演目を他家の俳優に預けるには、それなりの余裕と覚悟が必要ですし、受け取る側も、その思いを汲み取らなければいけません。自分がやりたい、自分を派手に見せたいというだけでは意味がない。血と継承は歌舞伎にとって大切なものなので、そこを尊重しなければ、演じる資格はないと思っています。「七つ面」は、團十郎のお兄さんが、これまで試行錯誤しながらさまざまな形をつくってこられました。今回は、古くから伝わる筋に沿いながら、これまで成田屋さんがつくってきたものを集約した形になると思います。七つの面をしっかり見せ、今後、関係する方々が「これを演じたい」「この形を残したい」と思えるような舞台をつくりたいです。「七つ面」に、中村虎之介としての自我はほとんどありません。市川家宗家のために勤めるものであり、将来、新之助さんが大きくなって演じるときに、今回の舞台を土台にできるよう、その間をつなぐ役目だと考えています。
――團十郎さんから直接教わるのは、今回が初めてなのでしょうか。
虎之介:直接習うのは初めてです。その機会をずっとうかがっていたので、楽しみにしています。團十郎のお兄さんには、ほかの人がまねできない、生まれ持った華やオーラがあります。同じ俳優として「これは自分にはできない」と思わせるものを持っている。そんな人を惹きつける力に、一人の人間としても魅力を感じています。
大谷廣松
廣松:團十郎のお兄さんの華やかなオーラはまねできませんが、舞台に向かう姿勢やストイックさ、立ち居振る舞い、芝居の仕方は吸収できます。『市川團十郎特別公演』は、若手だけの花形公演とは違って、(中村)梅玉のおじ様や團十郎のお兄さんが劇場にいらっしゃる環境で、僕たちに挑戦の機会をくださる。それはとても心強いですし、伝統芸能をつないでいく人間として、本当にありがたいことだと思っています。
――『市川團十郎特別公演』に挑む10月は、どのような時間にしたいですか。
廣松:お富と静御前について、教わったことをしっかり自分のなかに入れて演じられるようにしたいです。そして、今回限りではなく、次に勤める機会へつなげられるようなひと月にしたいと思います。
虎之介:これだけ歌舞伎十八番が関西で上演される機会は、なかなかありません。團十郎さんの公演だからこそ実現する貴重な演目構成だと思うので、関西のお客様にも、「こういう歌舞伎があるんだ」と知っていただきたいです。俳優が先輩から習ったものを自分のなかで咀嚼して、次の世代へつなげるように、お客様も「歌舞伎は面白いよ」「いろいろなことをやっているから観に行こうよ」と周りの方へ伝えていただけたらうれしいです。上方の俳優として関西の舞台に立てることに感謝して、「10月の南座、面白かったね」と言っていただけるよう、全身全霊で勤めます。
(左から)大谷廣松、中村虎之介
取材・文=Iwamoto.K 撮影=福家信哉
公演情報
【会場】南座(京都市東山区四条大橋東詰)
【日程】2026年10月3日(土)~25日(日)
【時間】昼の部 午前11時30分~、夜の部 午後4時~
【料金】1等席15,000円、2等席8,000円、3等席5,000円、特別席16,000円
不破伴左衛門 市川右團次
名古屋山三 市川九團次
留男 市川男女蔵
二、与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)源氏店<瀬川如皐 作>
お富 大谷廣松
蝙蝠安 市川九團次(Aプロ)、市川新十郎(Bプロ)
和泉屋多左衛門 市川右團次
三、歌舞伎十八番の内 勧進帳(かんじんちょう)
武蔵坊弁慶 市川團十郎
源義経 中村米吉
亀井六郎 市川右團次
片岡八郎 中村虎之介
駿河次郎 中村鷹之資
太刀持音若 市川新之助
常陸坊海尊 片岡市蔵
富樫左衛門 中村梅玉
<夜の部>
「Invitation to KABUKI 歌舞伎の世界」
一、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)鳥居前
佐藤忠信実は源九郎狐 中村鷹之資
静御前 大谷廣松
源義経 中村虎之介
早見藤太 市川九團次
武蔵坊弁慶 市川男女蔵
二、英執着獅子(はなぶさしゅうじゃくじし)
傾城後に獅子の精 中村米吉
三、歌舞伎十八番の内 七つ面(ななつめん)<松岡 亮 脚本>
元興寺赤右衛門実は悪七兵衛景清 中村虎之介
清水義高 大谷廣松
姉輪平次 中村鷹之資
源頼朝息女大姫 中村玉太郎
和田義盛 市川九團次
源範頼 市川男女蔵
四、ご挨拶(ごあいさつ)
市川新之助
五、荒事 大力天無双(あらごと だいりきてんのむそう)
市川團十郎 市川新之助『歌舞伎十八番の内 押戻し』相勤め申し候
龍王/大館左馬五郎 市川團十郎
竹抜五郎 市川新之助
白龍 中村虎之介
赤龍 中村鷹之資
黄龍 中村玉太郎
青龍 市川九團次
藤原房前 市川右團次