鈴木優人&佐藤俊介が魅せる、新しいコンサートの「かたち」
ヴァイオリンの俊英、佐藤俊介 (C)Yat Ho Tsang
音楽とダンスのコラボレーションで魅せるシェイクスピアの世界
まず二人の演奏家、音楽家を紹介したい。
最初に紹介するのは佐藤俊介、1984年生まれのヴァイオリニストだ。ソリストとしてオーケストラと共演し、信頼しあう音楽家たちと室内楽のコンサートを多く行う彼は、ドイツを代表する古楽オーケストラ「コンチェルト・ケルン」のコンサートマスターでもある。そう、彼は現代の楽器とピリオド楽器どちらも演奏し、しかもそのどちらの演奏でも世界的に高く評価される稀有な才能だ。
そして二人目の音楽家は鈴木優人、1981年生まれの「オランダ在住の指揮者、作曲家、ピアニスト、チェンバリスト、オルガニスト」である(公式サイトより)。今年のNHKニューイヤーオペラコンサートをご覧になった方は、彼のオルガン演奏をお聴きになったことだろう。いや、それ以前に彼の父である鈴木雅明が指揮するバッハ・コレギウム・ジャパンでの演奏でご存じだろうか。
指揮者、作曲家、ピアニスト、チェンバリスト、オルガニストとして活躍する鈴木優人 (C)Marco Borgrreve
そんな二人には、共通する特長が、志向がある。佐藤俊介は、たとえば一夜のコンサートの中で曲に合わせてバロック・ヴァイオリンと現代のヴァイオリンを持ち替えて演奏してみせ、一つのコンサートの中でヴァイオリンという楽器の可能性を拡げてくれるような試みを行ってみせる。そして指揮者・鈴木優人といえば、そのコンサートでは「まず短い序曲を演奏し、次は独奏者を招いて協奏曲、最後は堂々たる交響曲で〆」なんて予定調和的プログラムには出会えない。そんな暗黙の前提そのものを聴き手に疑わせるかのように、問いや仕掛けのある選曲が彼のコンサートの特徴となる。
そう、彼らは「クラシック音楽とは、音楽会とは、こうでなければ」などという、ぼんやりとした思い込みを取り払って音楽そのものに直接聴き手の注意を向けてくれる、実に貴重な才能なのだ。もちろん、彼らの演奏の質が高いことは言うまでもない。また、ダンスや映像など異分野とのコラボレーションを積極的に行うのも彼らに共通している。
そんな二人の音楽家が手を組んで創り上げるコンサートが近く開催される。三鷹市芸術文化センターで開催されるコンサートは題して「テンペスト~inspired by THE TEMPEST」。ことし没後400年を迎えたウィリアム・シェイクスピア最後の戯曲「テンペスト(あらし)」に触発されて生まれた特別なプログラムによるコンサートだ。鈴木優人、佐藤俊介に加えて、コンテンポラリーダンサー、振付家の加賀谷香が参加することで、よりいっそうプログラムは複雑で刺激的なものになる。しかも、クラリネットの若き才能吉田誠、そしてバロックチェロ奏者として世界的に活躍する懸田貴嗣と、強力な音楽家がさらに二人参加する。聴覚に視覚にと、聴き手へ「魔法」がかけられるわけである。彼らならば過去に対してもより遠くまで遡れるし、新しい作品にも対応できる編成ができあがるだろう。
コンテンポラリーダンサー、振付家として活躍する加賀谷香も参加する (C)Hiroyasu Daido
若きクラリネット奏者、吉田誠 (C)Akira_Muto
懸田貴嗣は一線で活躍するバロック・チェロ奏者だ (C)K.Miura
シェイクスピアの「テンペスト」に触発された音楽作品、といえばまずはベートーヴェンのピアノ・ソナタが思い浮かぶけれど、もちろん他にも数多くの芸術作品がこの戯曲から生まれている。魔法の島で展開される復讐と和解の物語は芸術家を刺激するのだろうか、クラシック音楽だけに限っても、チャイコフスキーやシベリウスがこの作品に関連する作品を残している。
では「テンペスト」にインスパイアされたこのコンサートではチャイコフスキーやシベリウスを演奏するのか?といえば話はそうシンプルではない。これだけの才能が集まってこの演奏会のためだけに編まれたプログラムにはバロックのパーセル、バッハから20世紀のプーランク、メシアン、さらに現代のモラヴェックまで時代的に幅広い作品が並ぶことで、300年以上の時間の旅がこのプログラムには織り込まれているのだ。もちろん、ベートーヴェンのソナタも鈴木優人によって演奏される。
空気の精エアリアルの活躍が印象に残る「テンペスト」をモティーフにダンスと音楽のコラボレーションを示すなら……曲目の並びから考えるに、今回の編成に最適のメシアンの「世の終わりのための四重奏曲」が導きの”縦糸”となるプログラムのように見える、はて「テンペスト」との関連は……などと想像は先走るけれど、まだ決めつけるのはやめておこう。このアーティストたちが提供する趣向を受け取りたいなら、このユニークなプログラムを”体験”してみるしかないのだから。会場で繰り広げられる音楽とダンスによる一夜の饗宴に幻惑される週末が、今から待ち遠しい。
■出演:
鈴木優人(チェンバロ、オルガン、ピアノ)
加賀谷香(コンテンポラリーダンサー、振付家)
吉田 誠(クラリネット)、懸田貴嗣(チェロ)
ベートーヴェン:ピアノソナタ第17番
ニ短調op.32-1 J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調BWV.1004より「ジーグ」
メシアン:『世の終わりのための四重奏曲』より「鳥たちの深遠」(クラリネット独奏)
ソレール:ファンダンゴ(チェンバロ独奏)
プーランク:クラリネットとピアノのためのソナタ FP184より第2楽章
C.P.E.バッハ:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ロ短調より第1楽章
パーセル:セミ・オペラ『テンペスト、または魔法の島』Z.631より「そなたを二度と傷つける星はなく」