「どうしても涙がこぼれてしまう場面がある」~舞台「砦」村井國夫にインタビュー

2016.2.23
インタビュー
音楽
舞台

村井國夫(撮影:こむらさき)

松下竜一による著作『砦に拠る』(1977年)は、村の自然と共存する人々を守るためダム建設反対を掲げ、時の権力を相手に戦い続けた男とその妻の半生を追ったノンフィクション。松下と同じ九州出身の劇作家・演出家の東憲司がこの作品に描かれた実在の人物をモチーフに新たな夫婦の物語を創作した。それが舞台「砦」だ。

本作の主人公・室原知幸を演じる村井國夫もまた九州・佐賀県で育った男。立ち稽古に入る直前の時間に本作について話を伺ってきた。



――「砦」は、実際に起きた事件(蜂の巣城紛争)を舞台化したとのことですが、この事件の記憶はありますか?

村井:もちろんです。

まず昭和28年に筑後川の大洪水がありました。僕は佐賀市内だったんですが、その支流の田布施川が近所に流れていて、洪水の時は氾濫して学校も水浸しになりました。僕らは学校が休みになったので喜んでましたが。学校に行って、“むかで”という学校と学校をつなぐ廊下のところに、木を重ねていかだにして遊んでいましたね。

最初に筑後川の上流にダムを作ろうとしたんです。本川の上流部に松原ダム、支津江川というところに、下筌(しもうけ)ダムという2つのダムを。これに反対した室原知幸(むろはらともゆき)という人が砦を作り始めた。昭和32年ですから僕が13歳か14歳の時でした。僕が中学に入ろうかという時に砦を作り始めて、昭和40何年までですからね、最後の戦いに敗れたのが。その砦の事はよく覚えています。当時、大島渚さんがドキュメンタリーを撮ったものなど、映像として残っていました。それらがあることで、その抵抗運動の大きさや、室原さんが傑出したリーダーとして活動をしていたんだ、という記憶が残っています。

――ご自身の記憶に残っている話を今回演じることになりましたが、お話を受けるきっかけは?

村井:トム・プロジェクトの岡田潔さんから『砦に拠る』を舞台化したい、というお話をいただきました。本作の演出を務める東憲司くんとは前に一本やったことがありますし、何より事件のことは僕の記憶にあります。何も言わずに「はい、やります」と。台本を読む前に返事をしました。

もちろん僕ができるかどうかというのは不確かなことがありますが、東くんという人に対しての信頼がありましたね。不安もありましたが(笑)。岡田さんというプロデューサーの「目」と言いますか、先を見る目の確かさ。それに対して僕は非常に信頼しているので、断る理由はないですね。

13年にもわたる執拗な抵抗、その力がどこから来るのかを探りだすのが大変で。僕にはそのしつこさや執拗さはないですし。もちろん権力に対して反抗しようという気持ち、権力にだまされないようにしようという考えはずっと持っていますが。

でも、あそこまで抵抗するというのは無理だと思う。その人物を映像を拝見したんですが、そんなに力んで抵抗しているわけではなく、ごく日常的なところで抵抗している。それはドラマとして描くには難しい。どうしてもドラマティックなものを作らないと表現することができないので、今そのギャップに苦しんでいます。
 

村井國夫(撮影:SPICE)

――リアルであればあるほど、作品にする時に…言葉は悪いですが、盛らないとドラマティックにならない。

村井:そうですね。彼は13年間の日常の中で、籠城して暮らしているわけです。たまに砦から降りて家に帰ることもあったでしょうけど。そういった13年間の生活をドラマティックに凝縮して1時間50分近くでやらないといけない。

皆さんの記憶にある人物を演じるのは、大変難しいものがあります。けれど東くんが記録に残っていないところから彼の想像の中で作り上げたシーンがいくつかある。それが僕はとても好きで。その中から役を作っていこうとは思いますが、僕が作る人物と実際の室原さんはそもそも絶対に異なる人物ですし、そこには大いなるギャップがある。僕は都会の出ですし…。ここは笑うところですよ!(笑)

――どうリアクションしたものか、と思いました(笑)

村井:(笑) そういう、共通の部分が非常に無いものですから、演じるのはハードルが高かった。

――ご自身の役もそうですが、この作品の中では妻である室原ヨシさんの立場がすごく重要だと思います。

村井:そうですね。ずーっと耐えてらっしゃる。ほんとに亭主に何も文句を言わず「はいはい」言って。最後のあのシーンで初めて文句を言うわけですよ。そういうのがよしさんの心の中の葛藤が出てきていて素敵です。

――後半、ヨシさんがずっと作っていた「旗」の意味がわかると、思わず胸が詰まります。

村井:台本を読んでいても毎回その場面はダメなんですよね。自宅で読んでいて、はあっと涙がね。十数年間の闘いと、そのときのヨシさんの心情で必ず泣いちゃう。役者が感情移入しすぎちゃいけないとは思うけど、台本を読んでいる時はまだいいかな、と。
誰か見ているという訳ではないが、役者としてある冷静さを持って、僕は演じなきゃいけないと思う。でも読んでいると、どうしてもこの場面で泣いてしまうんですよね。

また、それをただ感情で流されるのではなく、そこに夫婦の問題や長い抵抗の時間が、観客の皆さんの胸の内に残していけるような芝居にしたいと思います。自分たちが溺れないようにしなきゃいけない。

村井國夫(撮影:SPICE)

――「闘い」と共に「夫婦の関係」がもう一つの「軸」として物語に流れています。村井さんも奥様がいらっしゃいますが、同じ夫婦として、室原さんとヨシさんの関係をみて、どのような想いを抱きますか?

村井:室原さんは「明治の男」って感じですね。九州の男ですよね。僕もそうなんですが、本当にそういう風に育てられている。山林地主の大金持ちであり、長男である。僕も男が先という考え方で育てられてきましたので、かなりワンマンなところがあります。
時代がその頃と違うのは、死んでから感謝するんじゃなくて、今感謝するようになったくらいで。60歳を過ぎてから「ありがとう」と言うことが増えてきました。

それは彼との差です。室原という男の気持ちはわからないでもない。僕らはこうやって生きていて、そういう感情になって…「ありがとうと言うことが増えたね」と妻が言うくらいですから、ずいぶん偉そうにしていまして。妻が反抗したことはなかったです。とはいえ、つい最近一度だけ妻に怒られました。何十年一緒にいても分かり合えないのが夫婦。こんなところもあったのかという発見の日々です。

史実ではない部分の表現で夫婦間の愛情というか、信頼というものをちゃんと表現しなければ、ただの嫌な頑固な親父だと思われてしまいますね。ある意味ではものすごく頑固でしつこい男なんですが、その中で観客の心の中に染み入るものも表現していかないといけない。なかなか難しいですね。

――妻のヨシさんを演じるのは藤田弓子さん。稽古が始まったらどうなっていくんでしょうね。

村井:あの身体と顔、あの声ですっと言われると可愛くてね。これはいいですね。ほんとに芝居しなくてもいいんじゃないかというくらい。藤田さんがお喋りになって、ニコニコとするとヨシさんの役がそこに現れてくる。

僕は割と攻撃的な芝居をすることが多いんです。以前、「満月の人よ」という東くんの作品に出たんですが、その時の奥さん役が岡本麗さんで。こちらも天然で自然な方だったので、俺には丸っこい人が合うんだな、意識してキャスティングしてるのかなと思うくらい(笑)
そういったふんわりとした人を僕の奥さんにして、攻撃的な僕とうまく絡むように岡田さんが考えてくださっていると思います。今回も一言お喋りになるだけで、役の雰囲気がでる。本当に楽しみですよ。ご主人に対する不平不満を矢面に立って受ける役。僕(=室原知幸)がそれを全部拒否してきたわけですから。いじらしい、良い役です。

――この事件を調べていくと室原さんがやったことが、その後のダム建設の在り方に多大な影響を与えたと知りました。

村井:ダム建設によって住処が水没する住民への保障を国がきちんと考えていくようになったのは、この事件以降です。非常に大きな問題提起だったと思います。ただの抵抗ではなく、後の公共事業のあり方についても考えさせる提起をしたと感じます。

村井國夫(撮影:SPICE)

――となると、本作を上演した時に「この親父はめんどくさい」とか「奥さんがかわいそう」のように、上辺の印象だけを汲みとられたくないですね。もちろん、お客様は選べませんが。

村井:それは嫌ですよね、情緒で流れちゃうのはね。13年間の闘いの中で出た結論に対する涙であってほしいし。泣いたね、良かったね、良い芝居だったね、では終わりたくない。
いろんな方に見て欲しいですが、特に政治に無関心な若者たちに観てほしいですね。
最近SEALDsなど、政治に目を向け始めた若者がいて、選挙権も18歳からになった訳ですし。君たちがこういった社会や権力に対抗することで、こんな風に変えることができるんだよと。

抵抗するだけじゃなくて、若者も社会や権力に対して常に冷静な目を持って見続けることが大事だし、「怒り」を発言することが大事だと僕は思っています。そういった若い人たちが見て、現代の政府のやり方に対しても冷静に声を上げてほしい。もしくは、そういう心を持ち始めてほしいと思います。すべて反対すればいいという訳ではないですが、騙されるんじゃないぞと。ちゃんと冷静な目で見なさい、と。

とともに、あの時代を経験した人たちにも観ていただきたい。あの戦争を経験した人たちですから。あの戦争がいかなる戦争だったかということを感じている人たちですから。
あの時代を知る人たちは、「戦争は絶対にしない」と言っていますよね。「お前たちはあの戦争から何を教わったんだ?」というのが僕の台詞にあります。
あの戦いを契機に社会が変わっていったことに対する「目」に目覚めてほしい。

とはいえ、これは政治的な芝居ではないのです。夫婦というもののあり方と愛情の問題が、非常に美しくある作品でもある。東くんの叙情性というか叙事詩、言葉の一つ一つが染み入るような芝居にしていきたいと思います。

村井國夫(撮影:SPICE)

――最近の演劇ファンから見る、村井國夫さんといえば、よくミュージカルに出ている方…という印象をもっていると思います。何しろ美声の持ち主ですし。

村井:僕はもともと新劇俳優だよ!(笑) 昨今ミュージカル俳優という認識のされ方をしていますが、やっぱり「砦」のような芝居をやらなきゃいけない。自分が70歳を過ぎたからこそ強く感じます。自分の原点であった芝居というものを、もう一度、ましてや日本人というものを演じたいです。何しろ外国のお芝居が多いでしょ? 

――ミュージカルで村井さんを知った人も、ストレートプレイをやっている姿に興味をもって足を運んでくれるといいですね。

村井:そうあってほしいですね。是非観て欲しいですね。

――あとは藤田さんの「ミス・マープル」ファンにもお越しいただいて。かわいらしい方が(舞台上で)苦労すると思うと胸が痛いですね。

村井:ずっと耐えるばかりの役ですからね。

――ならば、稽古場はせめて明るくと…。

村井:僕がいるから明るいと思います。バカばっかり言っていますから(笑)

公演情報
トム・プロジェクトプロデュース「砦」

■原作: 松下竜一 『砦に拠る』
■作・演出:東憲司
■出演:
村井國夫 藤田弓子
原口健太郎 浅井伸治 滝沢花野
■公式サイト:http://www.tomproject.com/peformance/toride.html