「イニシュマン島のビリー」稽古場レポート
「イニシュマン島のビリー」 (撮影=宮川舞子)
某日、都内スタジオにて連日行われている「イニシュマン島のビリー」の稽古場にお邪魔した。
稽古場には缶詰やビン詰、お菓子などを売っている雑貨店のセットが仮組みされている。上手には小さなテーブルと2脚の椅子が置かれ、下手には出入口となるドアとイニシュマン島の空が見える…かもしれない、窓が一つ。
「イニシュマン島のビリー」 (撮影=宮川舞子)
セット前にはキャストの席があり、古川雄輝(ビリー)、柄本時生(バートリー)、鈴木杏(ヘレン)、平田敦子(アイリーン)が各々自席でリラックス。
「そろそろ始めますか」と、演出の森新太郎の声がかかると、古川、柄本、平田がセットの中にスタンバイ。ここはビリーの親代わり・アイリーンの店らしい。店の上手の椅子にはビリーが座り静かに本を読んでいる。カウンターに立つアイリーンに向かってちょっとアタマがゆるいバートリーがピントのずれたやり取りをしながらキャンディを買おうとしている。
そこにただいるだけでなんとなく笑いがこみ上げてくる柄本と平田だが、二人のやりとりはそれに輪をかけておかしい。本人たちの持ち味と、台本のおもしろみを最大限に発揮してもらうため、森は演技を細かく止めてはセリフとセリフの間合い、セリフとその瞬間の役者の演技に指示を出す。何度となく調整されながら、アタマから通して稽古を繰り返す。そのやり取りがしっくり、ぴったりするまで何度でもやり直す。
「イニシュマン島のビリー」 (撮影=宮川舞子)
森の演出は実に細かい。もちろんいい意味で、だ。
セリフを言いながら役者の目は、顔は、身体は、指先はどこを向いているのか、細かくチェックしており、何か気になるとすぐ演技を止め、役者に指示を出し、時には役者の横に立って同じ目線の高さで何が見えているかを自分でも確認しながら進めている。そして再びアタマからやり直す。
もちろんセリフそのものについても、だ。強弱や抑揚などごく当たり前の指示だけでなく、ときには「今、神父様を誰でイメージしていますか?お尻を触ったりしないだろう人…」と、そのセリフを言う役者に問いかけ、役者自身の力で生まれてくる演技を期待したりもする。
先日の制作発表で、本作に出演する山西惇が「森さんの演出は長い、そして細かい。でもわかりやすく的確な指示を出す、と聞いた」と語っていたが、その言葉の意味がわかったような気がする。
柄本と平田の笑いがこぼれる雰囲気をぶち壊すかのように登場するのは、美人だけど暴力的な少女、ヘレン。実はヘレンが登場する際、彼女の人となりをよりわかりやすく伝えるために、セットにちょっとした仕掛けがしてあるのだ。ところがこの仕掛けがまだ試作の段階だったため、ヘレンの勢いで仕掛けをしていない箇所が崩れ落ち、近場にいた平田が本気で逃げまどうという一幕も。これにはその場にいた全員が大笑いとなった。
鈴木が演じるヘレンは、もはや稽古とは思えない迫力。ヘレンの激しい動きで仮組みのセットが揺れるくらいだ。ただ、このヘレン、訳もなく人を殴る蹴るする乱暴者というよりは、自分が受けた不当な行為に対する「仕返し」が積もり積もった結果、乱暴者になったのでは?と感じさせる役作りだった。(もちろん弟バートリーと、幼なじみのビリーに対しては、“ご挨拶代わり”に一発殴る蹴る、もしくは悪態をつく関係といえよう)演技を続ける鈴木、彼女の世代の女優の中ではやはりアタマ一つ抜きんでて上手いと感じる。
「イニシュマン島のビリー」 (撮影=宮川舞子)
さて、ずっと隅の椅子に座り、静かに本を読んでいたビリーだが、ヘレンとバートリーが隣の島で撮影が行われる映画に出演しようとする話が出ると、身を乗り出して自分も参加したいと意思表示をする。だが案の定ヘレンやバートリーに「その身体で何ができる」的なからかいを受け、挙句には自分の幼少期に起こった両親の事故についてもえぐられる。
ビリーは右手・右足が動かないというハンディキャップがあるため、感情の揺れ動きを表情やセリフなど、残されたパーツを使って表現しないとならない。「動」のヘレンと対称的に「静」の部分を受け持つビリーは、なかなか演じきるのが難しい役どころだと思う。森の指導のもと、ちょっとした動きで感情の機微を表わそうとする古川。「ビリーとヘレンは、これが初めてじゃないでしょ。小さいときからこんなやりとりがあったはず」という森の一言に一瞬動きを止め、イメージを膨らましてから演技に落とし込もうとする。その後再度やり直すと、ただの乱暴な女子と気弱な青年のやりとりに、ほんの少し「おさななじみ」としての体温が加わったように感じられた。
「イニシュマン島のビリー」 (撮影=宮川舞子)
この日見学できたのは、この物語が大きく動きだしていく、そのきっかけとなる場面。ここからビリーの運命がどう変わっていくのか、続きが非常に気になるところ。3月25日(金)からの本番まで、どう仕上げてくるのか、楽しみに待ちたい。
撮影=宮川舞子 文=こむらさき
■日時:2016年3月25日(金)~4月10日(日)世田谷パブリックシアター
2016年4月23日(土)~4月24日(日)シアター・ドラマシティ
■作:マーティン・マクドナー
■演出:森新太郎
■出演:古川雄輝、鈴木杏、柄本時生、山西惇、峯村リエ、平田敦子、小林正寛、藤木孝、江波杏子
■公式サイト:http://hpot.jp/stage/inishman2016