藤山直美の主演で笑いと涙があふれる人情ばなし『かあちゃん』上演中!

レポート
2016.3.19
藤山直美 中村雅俊

藤山直美 中村雅俊

貧乏も苦労もなんのその。ひたすらまっすぐ生きる“かあちゃん”の物語――。
 
人間愛あふれる作風で知られる山本周五郎の同タイトルの小説を基に、鎌田敏夫の脚本、心温まるホームドラマに定評のある石井ふく子の潤色・演出による『かあちゃん』が、2月の大阪・新歌舞伎座での上演を経て、明治座で上演中である(27日まで)。
 
“かあちゃん”のお勝を演じるのは、屈指の喜劇女優・藤山直美。あることを機にお勝と子供たちと一緒に暮らし出す“泥ちゃん”こと伊兵衛に中村雅俊。伊兵衛の幼なじみの武士・藤井啓之助に太川陽介。謎多き伊兵衛の母・杉江に八千草薫と、実に豪華なキャストが結集している。藤山と中村は30数年ぶりの共演、そして藤山と八千草は今回が初めての共演となり、俳優同士の新鮮なぶつかり合いで心に迫る舞台が展開されている。
 
【あらすじ】
 
江戸裏長屋に住むお勝(藤山直美)は、親のない子を引き取り、女手一つで育てている。長屋の人々の中には「子供に働かせてお金を貯め込んでいる」と噂する者もあるが、当のお勝は気にする素振りもない。いつ何があっても生きていけるようにと、子供たちにも仕事を持たせ、手を取り合い、つましくも賑やかに暮らしていた。ある時、お勝は橋の上で今にも飛び込みそうな男(中村雅俊)を救う。深い訳がありそうな…。そんなお勝の家に泥棒が! そこへ幽霊まで現れて!?
 

 
夜鷹、その客、商人、酔っ払い…町人たちが行き交う寒い夜の川端。柳の下でむしろをかぶった男。身なりは汚いがどこか品性を感じさせる中村雅俊の伊兵衛。世をはかなみ、身投げしようと橋の欄干にまたがったところへ、屑拾いに精を出す藤山直美の“かあちゃん”(お勝)が通りかかる。この奇妙な出会いで物語が動き出す。
 
ひょんなことから一緒に暮らすようになったお勝と伊兵衛。元武士の伊兵衛と大坂出身の町人お勝、育ちも立場も違う二人が、いつしか互いにかけがえのない存在になっていく。その二人がある結末を迎えるまでが、お勝と子供たちの成さぬ仲ながらの絆、伊兵衛を取り巻く人々の思い、お勝と伊兵衛との心の結びつきなどを通して、切なくも温かなタッチで描かれていく。
 
藤山のお勝は、こういう役では最早右に出る者はないくらいのハマり役。子供たちへの母の優しさ、優しさゆえの厳しさ。陰口を言われても信念を貫く逞しさ。息を殺して、人知れず涙を流す繊細さ。月夜に、屋根の上で伊兵衛と過ごしたお勝の表情は、彼女が一瞬“かあちゃん”から一人の女性に戻った証。その可愛らしさ、場面の美しさに、昔誰かが「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したというエピソードがよぎる。もちろん、随所で見せる喜劇女優としてのキレ味も抜群である。
 
中村の伊兵衛は、窮地の自分を助けてくれたお勝たちとの生活で、武士の頃には知らなかった人として大切なものに気づき、成長していくさまを嫌みなく演じる。高慢さのかけらもない、素直で真面目な男。正統派の二枚目だがコミカルな芝居も意外と似合い、秋祭りの場面での、藤山との本当に息の合った撥さばきも必見だ。
 

 
太川の啓之助は、当初は武士を捨てた伊兵衛が理解できない様子や、藩のことを最優先する態度、町人たちを気にも留めないそぶりなど、当初はいかにも武士という印象だが、伊兵衛の将来を本気で心配する姿や、ある決断をしたお勝への感謝など、彼が決して木石でないことが伝わってくる。
 
八千草の杉江は、出番はそれほど多くないが、圧倒的な存在感で芝居に奥行きを与える。楚々とした雰囲気、穏やかな口調はまごうことなき武家の良家の奥方。同じ母として、女性として、お勝を気遣いながらも、大事な息子・伊兵衛と藩の行く末を案じ、死してなお思いを伝えたいという芯の強さを滲ませる。
 
メインキャストに負けない活躍を見せるのが、子役の市太と七之助(それぞれWキャスト)。幼いながら、嫌な顔せず母の教えどおり懸命に働く姿は、健気で明るい。離れたくないと泣いてお勝にすがりつく市太、たった6つでも母ちゃんを支えるという気持ちを持つ七之助。お勝と同じく地に足の着いた、大切なものが何かをちゃんと知っている兄弟だ。
 
人生、嬉しいことや楽しいことだけじゃない。それでも逃げずにまっすぐ前に進むしかない。時には足踏みしても、諦めなければ必ず道は続くと信じながら。親子の絆、友情、愛する人への思い。出会いと別れ。言葉にならない気持ち。辛くなって初めて気づく、人の温かさ、自分自身の強さ…。お勝たちが精一杯生きる姿を通して、観る者の心をじんわりと潤してくれる作品である。

〈公演情報〉

 


明治座3月公演
『かあちゃん』
原作◇山本周五郎
脚本◇鎌田敏夫
潤色・演出◇石井ふく子
出演◇藤山直美 中村雅俊 太川陽介
八千草薫 ほか 
3/5~27◎明治座 
〈料金〉S席(1階席・2階前方)¥13,000 A席(2階後方)¥9,000 B席(3階)¥6,500(全席指定・税込) 
〈お問い合わせ〉明治座 03-3666-6666(10:00-17:00)
 
【文/内河 文 写真提供/明治座】
 
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