『コペンハーゲン』段田安則・宮沢りえ・浅野和之が二大物理学者決裂の謎に迫る
-
ポスト -
シェア - 送る
段田安則/宮沢りえ/浅野和之
英国の劇作家マイケル・フレインが、ナチスの原爆開発秘話に迫った問題作『コペンハーゲン』が、6月4日から7月3日まで東京・三軒茶屋のシアタートラムで上演される。過去、日本で二度上演されたことのある戯曲だが、今回はシス・カンパニーによる新たなプロダクションで、段田安則・宮沢りえ・浅野和之という手練れの演技者が揃い、脚本への徹底したアプローチに定評のある小川絵梨子が演出を手掛ける。
登場人物は3人。ドイツの理論物理学者であり、不確定性原理などによって量子力学に絶大な貢献をした、ヴェルナー・ハイゼンベルク(段田安則)。デンマークの理論物理学者で、量子力学の“育ての親”としてコペンハーゲン学派の中心的存在にあるユダヤ人ニールス・ボーア(浅野和之)。そして、彼の妻マルグレーテ(宮沢りえ)。
第二次世界大戦中の1941年の或る日、心ならずもナチスの原爆開発チームの一員に任じられていたハイゼンベルクは、かつての恩師であり、ナチス監視下にあったボーアとその妻に会うため、ドイツ占領下のコペンハーゲンを訪ねた。だが、そこで交わされた短時間の対話によって、強固な師弟関係で結ばれていたはずの2人は、完全に決裂してしまったのだ。ハイゼンベルクは何の目的でボーアと会ったのか、そして何が話し合われたのか。様々な推測が飛び交ったが、当事者たちは沈黙したまま世を去り、真相は闇に葬られた。
歴史的には、その時期を境に、核開発をめぐる世界の情勢が大きく変わり、誰もが知る結末へと向かったとされる。そんな「謎の1日」を題材に、ジャーナリスト出身の英国の劇作家マイケル・フレインが、ドラマチックな考察を加え、まるでサスペンスを見ているかのような興奮を呼び起こす戯曲として創作したのが『コペンハーゲン』だ。
『コペンハーゲン』
この劇では、3人の登場人物が<ある時点>に立ち、そこから「謎の1日」を振り返り、あらゆる角度から検証しながら、まるで今起こっていることのように語り合いを深めていく。しかし3人が懸命に記憶を再現しようとしても、確かな事実には行き当たらない。時には、記憶や言動の不確かさをお互いに補い合うかのように各人が謎解きのキーパーソンになったり、共鳴板となったり、また糾弾の最先鋒に立ったりと、絶妙なタイミングとリズムで立ち位置を変えてゆく。それぞれの熱量を最大限に放出しながら、彼らは記憶のカケラをたぐり寄せ、あるときはリアルに再現し、また崩し、そしてまた再構築を行うのだ。そして、その行為や心の動きが、まさに彼らの生み出した量子論のメタファーのように見えてくる。
その意味で、現代物理学のことをよく知らない向きには、それがどのようなものか、知的パズルを解く面白さも手伝って、具体的にわかってくることだろう。また、現代史に詳しくない向きには、時代に翻弄された科学者たちの葛藤を目撃しながら、当時の状況を生々しく読み取ることができるだろう。なにより唯一の被爆国であり原発事故の被害者であり、しかも現在進行形で様々な核の脅威にさらされている日本人にとっては、このような作品から様々な思いが湧き出てくるに違いない。
戯曲を書いたマイケル・フレインは当初、喜劇作家として世界に名を馳せた(代表作は『ノイゼズ・オフ』)。また英国ではチェーホフの翻訳家としても知られる。そんな彼が現代科学と現代史の謎に挑んだ戯曲だから、エンターテインメントと教養が一体化し、切れ味と深みが両立していることも頷ける。それゆえにこそ、今回翻訳に小田島恒志の訳本を採用したことは正しい判断といえるだろう。そして、この濃密な作品の魅力を新たに浮かび上がらせる俳優陣とスタッフ陣も、大いに期待できる顔ぶれである。シアタートラムという程よく小さい空間も、三人芝居にはふさわしい環境である。
余談だが、筆者は最近『スティーヴ・ジョブズ』という映画を観た。脚本がアーロン・ソーキン、監督がダニー・ボイルという鬼才コンビによる作品だ。これなども、シンプルな空間の中で、ジョブズを巡る史実(そのままコンピュータ進化の歴史でもある)と人間ドラマが、虚実の皮膜を震わせながら交差し、まるで演劇のように描かれてゆく見事な傑作であった。そのまま舞台に出来ると思えた。演劇的想像力は現代物理学よろしく時空や物質を突き抜ける。『コペンハーゲン』もまた、そのような類の必見作だと言える。
■日程:6月4日(土)~7月3日(日)
■会場:シアタートラム (東京都)
■料金:全席指定\7,800
■翻訳:小田島恒志
■演出:小川絵梨子
■出演:段田安則/宮沢りえ/浅野和之
■公式サイト:http://www.siscompany.com/copen/
※最速プレオーダー受付:4月5日(火)12:00~4月10日(日)18:00