『義経千本桜』とスーパー歌舞伎『ワンピース』の共通点とは? 市川猿之助が『六月大歌舞伎』を語る
市川猿之助
6月2日(木)から東京・歌舞伎座にて『六月大歌舞伎』が始まった。今回上演されるのは『義経千本桜』。珍しく3部制での上演となる。今回の見どころの一つに、松本幸四郎、市川染五郎、市川猿之助の競演/共演があげられる。六月を間近にしたある日、猿之助が取材に応じてくれた。
『義経千本桜』とは、源平合戦のあとを描いた大作。兄・源頼朝に疎まれ追われる義経、そして源氏に追われる平家の人々を描いた3部制の大作だ。
猿之助といえば、代々の技である「宙乗り」が有名。本演目の第3部「狐忠信(きつねただのぶ)」では、源九郎狐を演じて歌舞伎座で宙乗りを披露する。実は現在の歌舞伎座になってから宙乗りのある演目が上演されるのは初めてとのことで、「落ちないようにしてもらってます。工事しているって聞いたから」と笑顔を見せる。「(歌舞伎座での)宙乗りの初めてを、僕のときまで取っといてくれてうれしい。“宙乗りといえば猿之助”ということだと思うから。三代目まで築いてくれたものの大きさを感じますね」
市川猿之助
実際のところ、「宙乗り」とは難しいのか? と聞くと、猿之助は「劇の最高潮のときに宙乗りがあって、それでもっと盛り上がるんですが、吊られているほうは相当苦しいんです。笑顔を振りまいていますが、笑顔どころじゃなくて。糸が見えないくらいに宙に乗らないといけないのに、慣れていないと荷物が吊られているみたいになる。そう見えないようにするのが意外と大変」と語る。先日まで上演されていた『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』の稽古場でも若手役者が宙乗りのテストのときに「(自分に)やらせてください、というのでやらせてみたら、意外と難しいと言ってました。宙で綺麗な形で止まるとか、足の動かし方とかね」
今回演じる源九郎狐については、狐らしく見せる工夫を叔父・市川猿翁から教わった。
「成人した狐だから子ぎつねらしくはやらない、という解釈もあるようですが、叔父の場合、本当に子ぎつねらしくやる、という解釈でした。そもそも動物は神の使いだから年齢なんぞないと。人間の年齢と神の年齢は違うと思うし。子ぎつねはとにかくかわいく、あと息遣いを見せるな、無邪気に、無心にやれ…と教えられてきましたね」
大好評だった『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』について、得たものが多いと話す猿之助。
「これで終わりなら感慨もありましょうが、来年やること決まったから、ああ、またか。しんどいことをまたやるんだなって」と笑いをとったが、「若手が変化した。器が大きくなってくるし度胸もついてくる。若手の育成と歌舞伎の発展。それがうれしいですね」
そして、『ワンピース』から歌舞伎に興味を持った人にとって『義経千本桜』は入りやすい作品だとも語る。「白ひげ海賊団の白ひげって実は『義経千本桜』の平知盛なんです。あとはチョッパーの最初の出の部分は“四の切”(川連法眼館)の最初の出の部分を使っています。みんなが元ネタを見てみたいっていうんです。そういう人にはちょうどいい演目だと思います」
市川猿之助
いつしか、先日他界された演出家・蜷川幸雄の話に。
「いい思い出しかないんです。優しかった。すごく気を使ってくれて。“次、何やりたい?”って聞いてくれたり。『元禄港歌~千年の恋の森~』をやりたい!と言ったら、わかったよ!って出演させてくれて。その稽古中に具合を悪くされてそれが稽古場でお見かけした最後。最後の最後まで怒鳴ってたし机を蹴りとばしてた。でも僕には恐縮なくらい丁寧でね」
蜷川演出の『ヴェニスの商人』に出演した際、忘れられない言葉を蜷川からかけられた。
「“お互い、ずっと異端でいよう”って。ヴェニスの商人のシャイロックはユダヤ人であり異端の人なんですが、“シャイロックは猿之助と俺たちなんだよ。だから俺たちは一生シャイロックでいよう、それでいいじゃないの”と言われました。蜷川さんと出会ってなかったら僕はシェイクスピアをやることはなかったと思う」
蜷川の「異端魂」は、様々な役者の「魂」に刻まれ、受け継がれることとなったが、猿之助もその一人であることは間違いない。市川家代々の芸と、時代が心の奥底で求める独自の芝居をこれからも進化させていくことだろう。
市川猿之助