高野麻衣・宮本珠希・高橋森彦が振り返る、“プリンセスもの”の王道をゆく『Ballet Princess~バレエの世界のお姫様たち~』
宣伝画:萩尾望都
2016年3月31日に東京・新宿文化センター大ホールで開催された『Ballet Princess~バレエの世界のお姫様たち~』は、バレエ・ダンス用品の総合メーカーであるチャコット株式会社の企画/主催によりバレエ鑑賞普及啓発公演として行われた。『白雪姫』『シンデレラ』『眠れる森の美女』という3大プリンセス物語がバレエ少女アンの想像の世界のなかでひとつになり華やかに繰り広げられる――。日本バレエ界を代表するスターの好演は記憶に新しく、宣伝画を少女漫画界の大御所である萩尾望都が担当したのも話題となった。
この一夜限りの夢の饗宴を、音楽や漫画について執筆するコラムニストでプリンセス研究者でもある高野麻衣、女性誌の編集者でありバレエ公演/コンクールを数多く鑑賞し執筆活動も行う宮本珠希、バレエ/ダンス全般を対象に各紙誌やWeb媒体で評論活動を展開する舞踊評論家の高橋森彦が縦横無尽に語り合った!
切り口はプリンセス
高橋森彦(以下、高橋):まず公演を知った時の印象はいかがでしたか?
宮本珠希(以下、宮本):プリンセスという切り口が、ありそうでなかったので新鮮でした。そして、チラシを拝見して「萩尾先生!」(笑)。白、ピンク、ゴールドという色の組み合わせも印象に残りました。
高橋:女性中心に幅広い世代をターゲットにしていると感じました。
宮本:ゴージャスな世界を想像しました。
高野麻衣(以下、高野):しましたね。
宮本:私はブライダル誌の編集をしているのですが、多くの花嫁さんは、“姫”になりたいのだと思います(笑)!今、ウエディングドレスは、細身のスタイリッシュなものやミニ丈などのカジュアルなものも出ていますが、やはり定番人気なのは、スカート部分が広がるデザイン。そしてトレーン(裾)を引いてバージンロードを歩きたい…という方も変わらず多いです。一生に一度となると、とことん華やかに装いたいんですよ!
高野:正統的に姫になれる場ですものね(笑)。
宮本:プリンセスって女性の夢なのかなと普段仕事をしていて感じます。
高野:私はプリンセスを語ることが大好きで、女性誌で特集を組む時に呼んでいただいたりしています。だからプリンセスという言葉が入っているだけで「読者さんに伝えられる!」と思いました。その上、敬愛する漫画家・萩尾先生が宣伝画を描かれていて「私のための企画ですか!」みたいな(笑)。一般的に『Ballet Princess』のような切り口がないと、なかなかバレエの世界に目が留まらないんですよね。
高橋:バレエをご覧にならない方に「あのダンサーは凄いんですよ!」と言ってもなかなか届かない…。
高野:第一段階はワードとかビジュアルから入りますね。
宮本:その意味でプリンセスというキーワードはキャッチーだな、と。
高橋:「子供から大人までが楽しめる」というのがコンセプトですね。
高野:小さい子の立場から見ると、自分と同じような年齢の少女アンちゃんが主役なので自己投影がしやすい。入り口が子供たちと同じ目線になっていて凄く感心しました。また、大人の私たちにとってもバレエ教室の風景は懐かしいですね。幕が開いて『眠れる森の美女』のパノラマの曲がかかってバーの脇で少女たちがレッスンしている絵だけで泣けました。
プロローグ
プリンセスとは何か
高橋:ここで改めてプリンセスの定義を確認したいと思います。高野さん、いかがですか?
高野:プリンセスとは夢を実現する力となり得る、自分の先にいて導いてくれる存在です。「Ballet Princess」の冒頭の場面でピルエットができなかった少女アンちゃんが最後にできるようになるのは、プリンセスへの憧れの力だと思います。あの瞬間、「プリンセスたちに出会ったから、アンちゃんが頑張ったんだ!」と脳内で補完しました。客席から拍手が起こったのはきっと、皆さんがそう捉えたからですねよね。「美しいドレスを着た女の人」というビジュアルだけでないプリンセス精神が良く伝えられていました。
高橋:プリンセスの代名詞は何でしょうか?
高野:一般にはディズニーが圧倒的に強いです。今回の3人のプリンセスも全部揃っていますよね。最近だと『アナと雪の女王』なんかもプリンセスものの系譜です。キャラクターは時代ごとに全然違ってきますが、女の子が一目見て憧れる、仮想するという点では伝統ですよね。
宮本:確かに花嫁からも「編みこみに花を散らしてラプンツェル風に」という髪型のオーダーは多いですね。
高野:漫画にもプリンセス系統はありますが、今は範囲が広いですね。
高橋:新旧の漫画の中でプリンセス系統の代表格は何になりますか?
高野:一つ挙げるとするとするならば『ベルサイユのばら』(池田理代子)になると思います。萩尾先生よりも前の世代の漫画家の方は外国への憧れを抱く伝統があったので、マリー・アントワネット的なキャラクターを多く描かれています。バレエ漫画だと山岸涼子先生などがいらっしゃいますが、『おひめさまえほん』シリーズで有名な高橋真琴先生もかつてバレエ漫画を連載されていたりしました。現代の漫画家の方たちにしてもアニメーターさんにしても、その伝統があった上で自分も描いている。『プリキュア』とかもそうですよね。遺伝子は絶対に継がれていきます。バレエというのは小さな女の子が憧れる大きな要素なのでいつの時代も描かれている。だからバレエを習っていなかった私も懐かしくなるのだと思います。
高橋:最近でもバレエ漫画が色々出ていますね。
高野:美しい歌声と素晴らしいダンスはプリンセスの必須科目です。
バレエの中のプリンセス
高橋:古典バレエにも色々なお姫様が登場します。
宮本:なかでも、『眠れる森の美女』のオーロラ姫にはバレエ少女なら誰もが一度は憧れるのではないでしょうか。「これぞプリンセス!」という印象があります。
『眠れる森の美女』米沢唯、浅田良和
高野:お話の作りもロマンティックで、音楽もチャイコフスキーのベルサイユ的なフランス王朝への憧れがガンガン伝わってきます。
宮本:衣裳も装置も豪華。バレエ・リュスが上演した際も、財政を大きく圧迫しました。
高橋:バレエ・リュスを率いたセルゲイ・ディアギレフ(1872年-1929年)は20 世紀の初めに“総合芸術”を掲げ革新的なバレエをプロデュースしましたが、彼にしても古典的な『眠れる森の美女』への憧れは強かった。大作なので大バレエ団でないと全幕での本格上演は難しいのですが、実は発表会での上演は多いのですね。
宮本:第3幕には様々な童話のキャラクターが登場し、子供たちがたくさん出られる要素もある。発表会においては抜粋で上演されることが多いですね。
高橋:バレエコンクールでも踊る人も多い。オーロラ姫のヴァリエーションはもちろん人気ですし、フロリナ姫のヴァリエーションは小学生低学年の子が踊る定番です。
宮本:憧れであると同時に身近でもある。
高野:『眠れる森の美女』つながりなのですが、萩尾先生は『青い鳥 ブルーバード』という作品を描かれています。ブルーバード役を巡る男の子の関係性の話です。私は今回、萩尾先生もいらっしゃる客席でブルーバードをみられ感無量でした!
3つのプリンセス物語がひとつに!
高橋:物語の展開を振り返ります。最初少女アンがバレエの練習をしているスタジオの場面から空想の世界に入る。『白雪姫』は定番がなく振付・選曲もオリジナルです。続く『シンデレラ』には、おなじみプロコフィエフの音楽を用いています。宮殿で王子様と出会う場面が中心でシンデレラは片方の靴を残して去ってしまう。そして『眠れる森の美女』第3幕へと続き、オーロラ姫はめでたく王子と結ばれ、再びスタジオの場面に戻っていきます。
高野:3人のプリンセスがいることによって主役が主張しすぎないでアンちゃんの物語としてみられるのが良かったです。かつ舞台上では、その夢が美しく踊られる。そのバランス感覚が好きでした。3つの作品から成りますが、音楽の創られた年代も違うし、現代の新しい振付があったりする。それに白雪姫のドレスは萩尾先生のデザイン!色々な要素に魅せられバレエという芸術の広がりを感じました。アンちゃんの物語から「バレエってこんなに素晴らしい世界なんだよ!」ということをスクラップブックのようにみせてくれました。
高橋:ナレーションも入らないのにストーリーが良く伝わってくるしバレエの粋(すい)が散りばめられている。
高野:親切だけれど押しつけがましくない。子供だましじゃない感じがしました。
高橋:最後に3人のプリンセスが揃ってポーズする場面は宣伝画と同じでしたね。
「エピローグ」木村優里、米沢唯、池田理沙子
高野:萩尾先生のビジュアルが再現されていて感動しました。
宮本:私も!
高野:演出・振付の伊藤範子さんが萩尾先生を凄くリスペクトされているのを感じ、そこにも感動しました。