曽根麻矢子 × 大塚直哉 × 鈴木優人 × 渡邊順生〜チェンバロ・フェスティバル in 東京 第4回 J.S.バッハ 特別座談会
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大塚直哉(上段左)、鈴木優人(上段右)、渡邊順生(下段左)、曽根麻矢子(下段右)
4人のチェンバリストがバッハと向き合う濃密な3日間
チェンバロ奏者にとってJ.S.バッハの作品は、荘厳な神殿のような威厳を漂わせているのだろうか、それとも寄り添ってくれる家族のような存在だろうか。これまでにも多くのチェンバロ・コンサートが開催されてきた浜離宮朝日ホールを舞台に、濃密な3日間が繰り広げられる『チェンバロ・フェスティバル in 東京』。
芸術監督である曽根麻矢子を中心に、チェンバロおよび古楽シーンにおけるリーダー的存在の渡邊順生、演奏活動のほかNHK-FM『古楽のたのしみ』のパーソナリティも務める大塚直哉、そして指揮者・作曲家としても実績を積み上げている鈴木優人が加わり、J.S.バッハの曲を中心に多くの作品を演奏する。特に14曲の協奏曲(1台×8曲、2台×3曲、3台×2曲、4台×1曲)を2回のコンサートで一気に演奏するのは、演奏者にとっても聴き手にとっても破格の挑戦だ。
曽根麻矢子
曽根「私自身もこのホールでバッハのシリーズをやらせていただいたので“Back to 浜離宮”、“Back to Bach”という気分ですが、チェンバロ奏者が集まって協奏曲を共演する機会も意外に少ないですね」
大塚「僕は実を言いますと協奏曲を避けてきたので、演奏すること自体が新鮮なんです」
鈴木「単独で1曲だけを弾いたり、父(鈴木雅明)と2台の協奏曲を弾いていますけれど、3台と4台は学生のとき以来かもしれません。あまり弾いたことがない曲も演奏しますので、成長させてもらえるなと思っています」
渡邊「僕はバッハの協奏曲が出発点のひとつであり、1981年から協奏曲のシリーズを始めました。それ以前にシリーズを組んでいらっしゃったのは、たしか鍋島元子さんくらいだと思います。当時はまだチェンバロという楽器やバッハの協奏曲を、もっと一般に広めたい、たくさんの人に聴いて欲しいという気持ちが強かったですね。バロック・スタイルで演奏するアンサンブルも日本にはまだなかったので、若い世代の奏者を育てたいという気持ちもありました。そこに、若松夏美さんや高田あずみさん、鈴木秀美さん、諸岡範澄さんなどが興味を抱いて参加してくれたのです」
曽根「皆さん、日本ではバロック音楽演奏の歴史を作ってきた素晴らしい弦楽器奏者ですが、情熱をもって新しいことを始めようとした時代に、バッハの協奏曲が大切な役割を果たしていたのですね」
大塚直哉
協奏曲では、戸田薫(ヴァイオリン)や三宮正満(オーボエ)らが参加した「チェンバロ・フェスティバル・アンサンブル」が共演する。また、協奏曲だけではなく、曽根と鈴木はそれぞれソロのリサイタルを、渡邊と大塚はデュオのリサイタルも行う。もちろんそこでもJ.S.バッハの作品が中心となり、企画・選曲はそれぞれの個性が出ていて面白い。
曽根「私はこれまでコンサートでは弾いていない『平均律クラヴィーア曲集』の第2巻にチャレンジします。抜粋して12曲になりますが、ずっと弾きたいと思っていましたし、昨年にパリから届いた新しい楽器にも馴染んできましたので、“今がその時だ!”と思えました」
鈴木「宇宙探査機ボイジャーにも搭載されている名曲ですから、ぜひとも弾いていただかないと(註:グレン・グールドの演奏によるBWV870を収録したレコードが搭載されている)。私のリサイタルはバッハ親子の作品を選び、フルート・ソナタとして知られている変ホ長調のソナタやC.P.E.バッハのオーボエ・ソナタを、バッハ・コレギウム・ジャパンで共演しているオーボエの三宮正満さんと演奏します。実はデュオで共演するのは今回がほぼ初めてですから、とても楽しみにしています。パルティータ第2番を弾くのは学生時代以来ですけれど、舞曲集でありながら受難曲のような味わいも感じられる作品ですね」
渡邊順生
渡邊「イタリア協奏曲は、その後に行われる協奏曲のコンサートへもつながってくる、いい選曲ですね」
大塚「渡邊さんと僕のデュオ・リサイタルでは、ブランデンブルク協奏曲第6番やフランソワ・クープランの作品などをデュオに編曲した珍しいものを演奏します。チェンバロ協奏曲にもカンタータのシンフォニアを編曲したものがありますし、そうしたバッハのチェンバロ・エンタテインメント精神を楽しもうという企画。渡邊さんが演奏するルイ・クープランの組曲や、僕が弾くバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(BWV964)も名曲です」
鈴木「バッハはチェンバリストにとっては宝の山ですし、掘っても掘っても山が崩れる気配すら見せないので、無力感さえおぼえますけれど、これだけの作品を並べても動じないのが凄いですね。親しみやすさもあるけれど、軽い気持ちで弾くと音楽から叱られてしまいますので、緊張感は常に漂っているかもしれません」
渡邊「同じ曲、たとえば『ゴルドベルク変奏曲』を何度演奏しても、やはり毎回がチャレンジです。50回弾いたとしても、51回目はピクニック気分で弾けるということはありませんから」
曽根「バッハを演奏するとストイックにもなりますし、追いかけても追いかけても遠くに行ってしまうので目標がどんどん高くなります。それでも、いろいろなものを犠牲にしてさえ到達したいと思わせてくれるのが、バッハのすごさかもしれません。今回のフェスティバルは、私たちもお客様にとっても予想がつかない3日間になるでしょうね」
大塚「ここぞという出し物が並んでいるプログラムですし、こうして共演させていただくことにより、自分の中にある思いがけないものが引き出せるかもしれないと楽しみにしています」
5回あるコンサートのほかにも、植山けい、野澤知子という2人のチェンバリストによるレクチャー・コンサートや子供のための教室、楽器が弾ける体験コーナーなど盛りだくさんの企画が。またバッハ・ファン、バロック音楽ファンにはおなじみかもしれない伝説的な映画『アンナ・マグダレーナ・バッハの年代記』をDVDで上映する。
鈴木優人
鈴木「グスタフ・レオンハルトが主役のバッハを演じ、ニコラウス・アーノンクールや、私と大塚さんの師匠であるボブ・ファン・アスペレンも出演しています」
渡邊「1967年の映画ですけれど、出演の契約をしたのが10年前だったというから驚きました。1950年代の終わりといえばレオンハルトもアーノンクールも知名度が低く、バロック音楽の演奏自体が少なかった時代でしょう。かなり先見の明があった製作者だったということを、この映画は証明しています」
こうしたさまざまな楽しみ方が用意されている『チェンバロ・フェスティバル in 東京』。3日間とも通い詰め、バッハとチェンバロへの愛を深めたくなる祭典なのだ。
取材・文:オヤマダアツシ 写真:武藤 章
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年7月号より*)
*こちらで掲載のものは、7月号で掲載しきれなかったものも含め、著者が加筆・再構成したものです。
〈主な演奏会〉
7/1(金)19:15 曽根麻矢子 チェンバロ・リサイタル
7/2(土)13:00 鈴木優人 チェンバロ・リサイタル
7/2(土)16:00 J.S.バッハ チェンバロ協奏曲 全曲演奏会 第1回
7/3(日)13:00 渡邊順生 & 大塚直哉 デュオ・リサイタル
7/3(日)16:00 J.S.バッハ チェンバロ協奏曲 全曲演奏会 第2回
浜離宮朝日ホール
問合せ:朝日ホール・
http://www.asahi-hall.jp/hamarikyu
※フェスティバルの詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。