鴻上尚史×上遠野太洸「舞台の上に立ったら誰にも負けたくない」~虚構の劇団『天使は瞳を閉じて』
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(左から)上遠野 太洸・鴻上 尚史
――今回久しぶりに『天使は瞳を閉じて』(以下『天閉じ』)を上演することになったきっかけは?
鴻上: 虚構の劇団としては5年ぶりなんです。前回の上演時に手前味噌ながら手ごたえがありました。放射能汚染のために地球に残された人々というSF的な設定と、上演時に起きた3.11と福島原発のことがシンクロして。あれから5年経った今、この作品を演じると、それぞれが成長してもっといい作品になるのかなと思ったんです。「原発」の話が今だと「再稼働」の話とリンクするかと思います。いまだに「終わっていない」話ですからね。
――そもそもこの物語ができたきっかけも「チェルノブイリ原発事故」でしたよね。『天閉じ』が上演されるたびに、人間ってなんでこんなに学習しない生き物なんだろうと思います。
鴻上: 上演を決めたのは3.11の前年ですから、その時はまさか上演時期にこんな事態が起きるなんて思ってなかったんです。3.11が起きたときに関係者から「公演中止にしないんですか?」って何度も聞かれました。でも、そういう時にやるのが芸術だったり芸能の仕事だと思うので、自粛はせずあえてやる道を選びました。みんなが混乱したり苦しいときに観るのが「演劇」だと思うんです。そんなときに「やらない」というのは僕らが存在している意味がないことだと思うんです。
――そんな鴻上さんの想いがこもった『天閉じ』に今回出演する上遠野太洸さんですが……。
鴻上: 「かとおの」くん、読みにくいでしょー(笑)。「たいこう」って名前もまた読みづらくてねえ。
――鴻上さん、親のようなリアクションですよ(笑)。
上遠野: (笑)最初の顔合わせのときに、「僕のことをどう読むか、どう呼ぶか」って話題になってましたよね。上も下も読みづらい名前だから。
鴻上: 結局今は「太洸」って呼んでるんです。本人に聞いたら親ぐらいしか名前で呼ぶ人がいないっていうので、悪いかなあとも思ったんですが……。うちの劇団員にデリカシーのないやつ……三上(陽永)ってのがいて(笑)、「太洸でいいじゃん!」って言いだしたのでそうなりました。
上遠野: でもそのおかげで、一気に距離感が縮まりましたね。
上遠野 太洸
――上遠野さんが演じる役をご紹介いただけますか?
鴻上: 太洸がやる「ユタカ」という役は、基本的にモテる役。自分を持て余しながらも本人は周りを傷つけようなんて意識はないんですが、結果的に集団の中に波紋を呼ぶ役。これができる役者って限られてくるんです。イケメンでこの人だったらそういうことが起こっても当たり前だなと思える役者でないと。「そんな人、いるかなあ?」と周りに相談したら、『イントレランスの祭』に出ていた岡本玲ちゃんの事務所から「一人いますよ」ってお返事がきて、それが上遠野くんでした。オーディションをやったら態度も含めて熱心に挑んでくれたのでこの人なら大丈夫だ、と思いまして。
――オーディションで選ばれて、上遠野さんはどんなお気持ちでしたか?
上遠野: また舞台に出られると思って嬉しかったです。『仮面ライダー』が終わってから映像作品が多く、この前は時代劇撮影のために京都に行ってました。舞台の仕事はより深く自分と向きあえるし、稽古時間もしっかり設けられるので、自分自身を新たに発見できる場なんです。そして自分のファンにも成長を直接ナマで見てもらえる場でもある。最初はやれるかどうかわからなかったんですが、「自分のためにもやれたらいいな」と思ってオーディションを受けましたた。
鴻上 尚史
――ちなみに鴻上さんのオーディションってどのようなことをなさるんですか?
鴻上: ユタカのセリフを言ってもらうだけですよ。本当にそれだけ。できそうかどうかを見るだけなんです。
――上遠野さん、鴻上さんの舞台を観たことは?
上遠野: なかったんです。だから『イントレランスの祭』を観に行きたかったんですが、京都に行っていたので観れないままとなっていました。後ほど過去作品のDVDを貸していただこうと思ってましたが、『天閉じ』は観ようかどうしようか、悩んでます。観てしまったら前に演じた人の演技を真似てしまいそうで。そのほうがやりやすいこともあるとは思うけど、それだと僕がやる意味がないよなあって。だから『天閉じ』は終わってから観るか、もしくは自分の中で演じ方が固まってから観ようかと。
鴻上: それなら5年前の舞台の映像と、本当に最初の舞台……勝村政信がユタカをやったときの映像と両方観ればいいんだよ。二つ観れば真似しようがなくなるから。
――ユタカって尾崎豊から名前をもらってるんですよね?……上遠野さん、尾崎豊はご存知ですか?
上遠野: 知ってますよ!! まだ生まれていないかもですが、知ってます!
(※補足。尾崎豊さんが亡くなったのが、1992年4月25日。上遠野さんが生まれたのは同年10月27日。生まれていなかった……!)
上遠野 太洸
――今回の座組みで演じる「天閉じ」。鴻上さんが楽しみに感じていることは?
鴻上: 今回は劇団員と豪華な客演とのコラボが見どころですね。あまり「一からスタート」的なものにはせず、ちゃんとできる人たちを選んでいます。若手とはいえこれだけ実力がある人たちが集まってやるとどうなるか…それを見るのが楽しみですね。劇団員は前回から成長がなければふざけんなって話だし、次の段階に上ってもらわないと困るし。客演の人たちはもちろん求められる演技ができると思っているからこそお呼びした訳だし。……両者の火花散る稽古場は楽しいですよ。
――稽古をしていて悩んでいることなどありますか? 鴻上さんを目の前にして言うのは難しいかもしれませんが。
鴻上: いや、案外稽古場だと言えないけど、こういう取材の場のほうが言えたりするもんだよ。
上遠野: そうですね。聞かれて話さなきゃ「取材」じゃなくなりますしね(笑)。自分が意図している、生み出そうとしているものがちゃんと外に現れているのか。客観的に観て、全然違う風に伝わっているんだったら「うわ、何やってんの?」って話だし。鴻上さんはその都度指摘してくださるので、軌道修正できるんですが、それでも悩ましい。……僕、正解にたどり着こうとしているのかな。だからうまくいかないのかな。一つゴールを決めてしまいたい思いがどこかにあるせいで、着地点を探している自分がいるんです。
鴻上: 「こういう感情になりたい」ということが見えているんだよね。その見えている感情に近づこうとしてしまうってことなのかもね。それは演技の途中で、ついやってしまうことだから悪いことじゃないよ。
上遠野: そこにたどり着くのは悪くないけど、そこで止まってはいけないってことですよね。さらにそこから上に行かないと。それがなかなか難しいな。その先を目指すにはまだ不安があって。本番までの残りの日数で突破してやろうと思っているんですが……自分との闘いですね。
あとは、周りの人たちと共に作る芝居なので、自分が言った言葉が起点になり、それによって相手がどんな反応を起こすのか、そこまで意識を貫けるようになりたいです。人は何かを言われたから怒るし、喜ぶ。セリフは決まっていて、そこに乗せる感情があって、そのセリフによって相手に新たな感情を起こさせるには、自分はどうやってその感情を伝えたら相手はそうなれるのか……そこを意識してやりたいですね。まあ、今はそこに至るまでの状態でいっぱいいっぱいなんですが。
――こんなに細かく考えてそれを言葉にできる若手の方に初めてお会いしたかも。
鴻上: すごいでしょ? 賢いでしょ? だいたいこの年代の人だとフワーッと考えている人のほうが多いからね(笑)。
上遠野: ある芝居の途中で、「これ、会話になってないな」って思ったことがあったんです。最初は芝居をしているつもりだったんだけど、途中から相手と会話をしている感じがしなくなって。これ、僕もセリフを言っているだけだし、相手もセリフを返しているだけ……それに気が付いたらすごく気持ち悪くなってしまった。
鴻上: それに気が付いたのは、ラッキーだよ。今回はマリ役の鉢嶺(杏奈)がグイグイくるタイプなのでラッキーだよ。お上品に役を作る子……ガラスの目玉で演技をする子が相手役だと本当に苦労するんだよ。「話しかけてよ!」「話しかけてるよ!」って言っているのにずっと透明な壁を作ってセリフだけを繰り返す人って結構いるんだよ。ベテランの人でもね。そういう人にあたると俳優さんは可哀想なくらいフラストレーションがたまるんだよ。
鴻上 尚史
上遠野: 聞いているだけだと、それっぽく聞こえたりするんですよね。抑揚とかテンポでごまかされているというか。実際、面と向かって言われると「この人は誰と話しているんだろう」って思うんです。
鴻上: 舞台だとバレちゃうね。なんか心に響かない。映像だと腕のいいディレクターがいればうまく編集するのでバレないけど。二人のやり取りの切り返しを入れたり、自然の風景を重ねたり、覗き見ているような編集にすればバレないし。
上遠野: 舞台はどうやっても丸出しですからね。……僕が相手に反応することが大事なんですね。頑張って受けとめるというか。
――今、お名前が出ましたが、共演される鉢嶺さんはそんなにグイグイ系の方なんですか?
鴻上: 大したヤツですよ。オーディションのときは、ここまでグイグイ来るコだと思っていなかったけど。もう一人、佃井皆美も、訳もなく過剰にグイグイきますよ(笑)。そんな二人がいるのはラッキーなことですよ。
上遠野: 二人ともグイグイ系ですね!(笑) 何かを「伝えよう」という気持ちがすごく強い。そういえば、鉢嶺さんはオーディションで虫を食べた話をしたって聞いてます(笑)。
鴻上: ああ、そうだ。(『日立 世界・ふしぎ発見!』の)ミステリーハンターだからね。
上遠野: すごいですよー! 面白い話がいっぱい出てくるんです。突然「この前、熱帯雨林に行ったときにさー」って話しだして。普通そんなところに行かないって。すごく自然な流れで熱帯雨林に行った話をするんです。
鴻上: だいたいそのテの話をしているときって、俺が演出をつけているときなんだけどね。僕がしゃべっているときに(笑)。
――鴻上さんの話を聞いてないってことですね!
鴻上: うん、最近だんだんわかってきた(笑)。
――男性陣はそんなパワフルな女性陣に対抗できていますか?
上遠野: 普段はさておき、お芝居では負けちゃいけないと思ってやってます。今の状態のままで僕と鉢嶺さんが立っていたら、たぶんお客様は鉢嶺さんを見ちゃうと思うんで、そうならないように本番まで頑張りたいです。舞台の上に立ったら負けたくないんで。ましてや「主演」って言われているのに「あのコ、地味だったね」って言われたくないし。
(左から)上遠野 太洸・鴻上 尚史
――ここから上遠野さんにどんなことを教えていこうと思っていますか?
鴻上: もう自分自身の「課題」はわかっていると思うので、あとは他の俳優たちとのキャッチボールをしっかりしていくことですね。ユタカって役が自分を持て余すくらいのエネルギーを持っている役なので、その鬱屈したエネルギーを常に抱えている役っていうのは、普段からそういう意識がないと難しいだろうな、って思います。
――上遠野さん自身、これまでにユタカのような心境になったことってありますか?
上遠野: 以前は、理由もなく何かに不満を持っていた時期もありました。僕ってこんな人間じゃない、僕はこんなもんじゃない……なぜかそう思っていて。根拠のない自信を持っていましたね。僕にはもっとできることがあるはずだ、と自分に言い聞かせてたので、周りから何か言われるたびにはねのけていました。人との繋がりを感じられない時期がありましたね。
――それっていつ頃ですか?
上遠野: 最近ですね。一年位前……。
鴻上: なにいぃぃぃぃ! そんな最近かい! そうかー!(笑)
上遠野: 最近になって、ようやくそんな自分を自覚できるようになったんです。自分の年齢を考えたときかな、今年24歳になるんですが「もう24歳かよ」って思ったときに、このままじゃいかん、大人になりたいと思ったんです。いつまでも子ども扱いされるのも嫌だし、その割に子どもみたいなことを言ってたり考えていたりしまうことが増えていたんです。同じ歳でもすごく大人な人っていっぱいいるじゃないですか。そういう人たちと並び立てるようにならないと、この世界ではやっていけないだろうなって思ったんです。大人に言われるがままのことをやるのではなく、自分から確固たるものを作って。周りに言われて「はい」と受けることも時には必要だけど、自分自身の中で「僕の芯」みたいなものを持ってやっていかなきゃと思ったんです。
……でもよく考えたら、一年前って本当に最近ですよね!(笑)
鴻上: そうだよ! 俺、てっきり中3くらいの頃の話かと思って聞いてたよ(笑)。でもいくつになっても気づくのは大事なことだよ。
――鴻上さんが「大人」を意識したのはいつ頃でしたか?
鴻上: 俺は22歳で劇団を持っちゃったから、22歳で強制的に大人にならざるを得なかった。タレントのマネージャーさんとかもそうかもね。だって自分の責任じゃないことを自分が謝らなきゃならないだろうし。「私は遅刻してませんが、弊社のタレントが遅刻しまして……」とかね。俺も「俺は全く声も枯れてないし体調もばっちりですが、うちの劇団員が朝まで飲んでて声が枯れてしまいすみません」とかね。自分が大人にならざるを得なかったことで、逆によかったことは、大人になってしまった分、いろいろなキャラクターを書きたくなったことかな。
上遠野: 大人になると見えてくるものってありますか?
鴻上: あるね。事情がわかるようになるから、立体的に見えてくる。今までは前だけしか見えてなかったものの側面も見えてくるからね。いいこともあるけど、「なんで見えちゃうんだろうな」ってこともあるよ。見たくないものもあるが、見えないよりはいいかな。
(取材・文・撮影:こむらさき)
(左から)上遠野 太洸・鴻上 尚史
2016年8月05日(金)~8月14日(日) 座・高円寺1[東京]
2016年8月20日(土)~8月21日(日) あかがねミュージアム あかがね座(多目的ホール)[愛媛]
2016年8月26日(金)~8月28日(日) AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)[兵庫]
2016年8月31日(水)~9月4日(日) あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)[東京]
■作・演出:鴻上尚史
■出演:
上遠野太洸 鉢嶺杏奈 伊藤公一 佃井皆美/
小沢道成 杉浦一輝 三上陽永 渡辺芳博 森田ひかり 木村美月(虚構の劇団)
■公式サイト:http://kyokou.thirdstage.com/