#野水映画 “俺たちスーパーウォッチメン” 第九回レビュー『ハイ・ライズ』
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TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
今年の上半期も終わりかと思ったのもつかの間、もう8月。どんどん話題の映画が公開される月ではないか! そんな中、まず私が皆さんに推したい作品はこれだ。8月6日から公開中の『ハイ・ライズ』。
© RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015
『マイティ・ソー』(11)のロキ役で、“ロキ様”として女性の心を鷲掴みにした英国俳優トム・ヒドルストンが主演のSFである。SF、と一口に言っても、世の中には色々な作品がある。パッと思いつく有名なものだと、『ブレードランナー』(82)や『スター・ウォーズ』シリーズだろうか。もともとサイエンス・フィクションの略語だが、スペース・ファンタジーや、藤子・F・不二雄先生の造語“すこし・ふしぎ”など、その定義の範囲も広いようだ。
今回紹介する『ハイ・ライズ』はそんなSFの中でも、ユートピア=理想郷の崩壊や管理社会を描く、いわゆる“ディストピア”ものだろう。……ここまで読んで、SF詳しくないし……と難しく感じている人もいるかもしれないが、ご安心を。この作品を一言で表すならば、主人公と個性豊かな住人たちの“隣人トラブル”のお話なのである。
英国俳優といえばスーツですね © RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015
1975年のイギリス。医師のラング(トム・ヒドルストン)は、ロンドン郊外の富裕層向けタワーマンションの25階に引っ越してきたばかりだった。他の入居者たちも、女優やアーティストなど一流セレブばかり。毎晩のように彼らの開くパーティーに招かれ、ラングの順風満帆な生活は約束されたかに思えた。しかしある時、ラングは低層階に住むワイルダー(ルーク・エヴァンス)から、このマンションにフロアの高低に基づいた階級が存在し、住民たちが互いに牽制し合っているという事実を聞かされる。やがて、ある晩の停電をきっかけに住民達の不満は爆発し、大きな暴動へと発展していくのだった。
時代設定が1975年ということもあり、登場人物のキャラクターや衣装はとてもレトロ。映像もややアンバーがかってアンティークっぽさがあり、全体的な雰囲気はとても瀟洒で美しい。その美しさだけを取っても楽しめるだろう。だが正直言うと、内容は好き嫌いが分かれるかもしれない。
全裸でくつろぐトム・ヒドルストン © RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015
主人公のラングはどんな時でもスーツを着崩さず、部屋の壁を少しずつ丁寧に灰色に塗り変えるのが日課のキャラクター。そんな、ザ・神経質なところを除けば、取り立てて人となりは見えてこない。
対する住人たちは皆、とてもアクが強い。たとえば、ワイルダーは粗野でこのマンションに似つかわしくない男だし、ラングに興味津々のシャーロット(シエナ・ミラー)はお色気ムンムン。建築家のロイヤル(ジェレミー・アイアンズ)も自身が設計したマンションに命をかける不気味な人物だ。他にも主人公・ラングが霞むほどのキャラクターがどんどん出てくる。それだけバラバラな個性を持つ彼らに共通するのは、上層と下層のトラブルが一触即発状態までいっても、パーティーを続けるような人間ということだ。
『インモータルズ -神々の戦い-』のゼウスなど、神様役がハマる美貌の俳優ルーク・エヴァンス 今回はワイルドな役どころで登場 © RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015
お色気ムンムンのシエナ・ミラーお姉さま(左) © RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015
『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』でスーパー執事アルフレッドを演じたジェレミー・アイアンズ 今回はハイ・ライズの最上階に住む建築家役で登場 © RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015
さっぱりわからん!この人達は何を考えているんだ? 最初は私もそう思っていただけに、その浮世離れした世界観についていけない方もいると思う。けれど、この作品の面白さは、その「異常さ」なのだ。停電がきっかけに、みな緩やかにおかしくなってゆく。通路にはゴミの山があふれかえり、住民もそれを横目に平然と出勤する……もはやゴミ屋敷ならぬゴミマンションだ。マンションに併設されたスーパーで腐った桃が並べられているカットが登場するが、これはキレイな上っ面を剥がされて腐っていく住人たちの暗喩なのだろう。
嫌なら出て行けばいいのに、マンションに執着して権利ばっかり主張し合って……これはもう異常としか言いようがない! 最初はごく普通のちょっとプライドが高いくらいの人たちだったはずが、いつからかその境界線が無くなり、やがては暴力へと繋がっていく。ムカつく奴は殴る! 欲しいものは半殺しにしてでも奪い取る! そして皆、血のこびりついた服や顔のまま、さながらゾンビのようにマンションを彷徨うのだ。思わず、あれ?これってホラー作品じゃないよね? と確認したくなるほど、その様はエグくて退廃的。でもBGMには上質なクラシック音楽が流れている! これもまた「異常」な雰囲気を盛り立てるのに一役買っている。なるほど。やっぱり幽霊よりも悪魔よりも、一番怖いのは人間なのだ。
© RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015
怖いついでにもう1つ。クライマックスの対決シーンは、怖さで言うと私の中で一番印象に残るところだ。誰と誰の対決かは伏せておくが、どちらがより真っ当で正義と言えるのか、観ている者に問いかけてくるようなシーンである。まぁその対決も、ヒェェ〜っとなる決着を迎えるのだが……。このマンションの中で1番美しい場所で迎えるギャップ萌えのシーンでもあるので、楽しみにしていてほしい。
この作品の結末は実は冒頭で明かされる。暴動の行く末が描かれ、その後で「ここに至るまでに何があったのか」を語っていくスタイルだ。最後まで観れば、冒頭のシーンと繋がったときのうす気味悪さがどれほどのものかわかるはず。果たしてその時、ラングに対するあなたの印象はどう変わっているだろうか。これは、マンションの崩壊を経てラングが本当のユートピアを見つける、いい話……ではなく!怖いSFなのだ。
『ハイ・ライズ』はヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中。
映画『ハイ・ライズ』
© RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015
(2015年/イギリス/119分)
監督:ベン・ウィートリー
原作:J・G・バラード
出演:トム・ヒドルストン、ジェレミー・アイアンズ、ルーク・エヴァンス、シエナ・ミラー、エリザベス・モス、ステイシー・マーティン
配給・宣伝:トランスフォーマー
© RPC HIGH-RISE LIMITED / THE BRITISH FILM INSTITUTE / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2015