大駱駝艦・田村一行が“子供向け”に『はだかの王様』を舞台化

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『はだかの王様』大駱駝艦の面々

『はだかの王様』大駱駝艦の面々


『はだかの王様』を通して、大駱駝艦としての活動を改めて考える

なんと、麿赤兒が主宰する舞踏カンパニー「大駱駝艦」がアンデルセンの『はだかの王様』に挑むという。その振付・演出を、舞踏だけでなく、ジョセフ・ナジ振付作品、宮本亜門、渡辺えり、白井晃、小野寺修二演出作品への出演などで活躍の場を広げている田村一行。なにがどうしてアンデルセンなのか、子供も対象にした作品への挑戦について聞いた。


--「はだかの王様」にはどういう経緯で取り組むことになったんでしょう?

あうるすぽっとの企画で、『はだかの王様』でということは先に決まっていたんです。今思うと、作品が決まっていたのが良かった。僕自身が作品を探していたら、“はだか”という単純なつながりだけで捉えてしまって、まず『はだかの王様』は選ばなかったと思います。

--夏休みの企画ということで、最初に思い描いたことはどんなことでしたか?

子供が見る、親子で見るとかいった前提や、舞踏作品をつくるとか、コンテンポラリーダンス作品をつくるとかでは、何か型にはめられてしまうような気がするので、基本自由に作ろうとは思いました。それに子供向けと言っても、ものすごく範囲が広いですから。バブバブ言っている赤ちゃんと小学6年生が喜ぶものは違いますし、個人差もある。もちろん子供が飽きないようにとは考えますが、まず自分がどう感じるかを大事にしたいと思います。ですから裸であるということはどういうことなのか、王様や子供は何者なんだろうかということから入っていっていきました。結果、子供向け、親子向けになってきたとは感じています。

大駱駝艦 田村一行

大駱駝艦 田村一行

--大駱駝艦の舞台を拝見していると、あまり客席に子供がいるイメージはありません。日常的に舞踏家として子供と触れ合う機会はあるのですか?

それがここ数年、ワークショップやアウトリーチで小学校などに出向く機会がかなりありまして、現段階で1000人くらいと接しているとは思います。先生たちが舞踏をどう説明したらいいかわからないという時は「身体を使って面白いことをやる」と伝えてくださいと言っています。僕がまず話すのは「お母さんがおむすびをにぎってくれるでしょ、焼き鳥屋さんが背中をまるめて焼き鳥を焼いているでしょ、そういうものも踊りだと思うんだ」というところから。そうすると価値観をひとつ変えることができるんです。たまにバレエやジャズダンスをやっている子がいて、最後に「本当のダンスじゃないけど楽しかった」って言われるんです(笑)。「そうだよね、いろいろな種類のダンスがあって、こういうのも面白いでしょ」とわかってもらえればと思いますね。「気持ち悪い」と騒ぎ出す子もいれば、真剣に自分を見つめてくれる時間を持つ子がいたりもする。いろいろと感じてくれるので面白いですね。

--改めて『はだかの王様』を読み直してみていかがでしたか?

『はだかの王様』には元になった説話集があって、そこでは頭の悪い人に見えない服ではなく、自分の父親と血がつながってない人には見えない服という設定なんです。もし血がつながってなければ、自分は王ではいられなくなる、大臣ではいられなくなると慌てざるを得なくなる、そういう人間臭さのある物語なんです。最後「王様は裸だ」と言うのも、王様の馬の世話係。「自分は父親と血がつながっていようがいまいが、これ以上どうなるわけじゃないから言わせてもらいます」と話始めるんですよ。そういう背景を通して読み返すと、いろんな(しがらみを回避しているような)怖さが残る。物語的には王様がダメだという感じになっていますが、王様が服をあえて着ていなかったとしたらどうだろうとも考えます。裸を着ると言いますか、裸こそすごい衣装なんだという思いがあるとしたら、それはふだん裸で踊っている僕らと共通点が生まれるんじゃないかなあと。脱ぐということはどういうことなのか、服を脱いだくらいでは田村一行は脱げないと思うんですよね。名前を捨てて、培ってきた価値観を捨てて、性を捨てて、教育や知識などすべて取り去ったら何が残るんだろう、そういうものを着ているんだととらえれば、着るとか脱ぐという意味合いをすごく広くとらえられるようになりました。そして、結果、裸であり白塗りであるということを考えるきっかけになりました。白塗りをして変身するということは見た目だけの変化ではなく、田村一行が何者でもなくなるような瞬間でもあるのです。それは王様でもなくなっていくのだということでもあり、そのあたりのことがリンクしていくような踊りをつくれたらいいなと思いますね。

--それが田村さんがつくる意味ですね?

そうですね。ただ、物語の構造は崩さないほうがいいなとは思っています。教訓めいて王様は悪いやつだとか、あまりこういう設定にしようということを決めないでつくり始めたんですが、自ずといろんな解釈が生まれてきた感じで、結果的に僕らしかやれないものになってきた気がします。何かを伝えよう伝えようと思うとなかなか伝わりづらかったり、表現しようしようと思うとできなかったりということは、よくあると思うんです。花は「私、きれいでしょう」とは言いませんよね。月を見てきれいだと思う人もいれば、何も感じない人もいるし、狼になってしまう人もいる。受け手によってそれぞれ。そして、そもそも身体がそういうふうにあるものですから、それを見て自由に感じていただければそれでいいです。

--物語としての起承転結というのは?

今回はそこをちゃんとやろうと思って、せりふも試している最中です。僕は自分の作品をつくるときは起承転結を考えるほうなんです。例えば頭の悪い人には見えない服という設定は、言わないと全く知らない人に伝えるのは無理じゃないですか。何も知らない方が見てもわかるようにしなければ。そういう意味で核になるところはせりふを入れるように試しています。ふだんやらない作業なので面白いですし、身体とせりふが分離せずに、そこになんかへんな人たちがいるという構図になればいいと思ってやっています。

僕が子供のころに見た子供向け作品というのは意外に記憶に残っていないし、それを見てこの世界に入ろうとは思わなかった。でも大駱駝艦も、子供の頃に見た夢の遊眠社も、わけはわからないけれど生き様を本気で見せるというエネルギーに感動したんだと思います。表現するということは自由で、本気で遊んでいる人がいるんだ、という僕が感じたような感動を、今度はこの舞台を見た子供たちが感じてくれたら最高ですね。

大駱駝艦 田村一行

大駱駝艦 田村一行

田村一行
大駱駝艦舞踏手。1998年大駱駝艦に入艦。舞踏家・俳優である麿赤兒に師事。以後現在まで国内外すべての活動に参加。2002年『雑踏のリベルタン』(第34回舞踊批評家協会新人賞受賞)より自らの振付・演出作品の創作を開始。2006年フランスを拠点に活躍するダンサー、ジョセフ・ナジ振付作品『遊*asobu』に出演。アヴィニョン演劇祭オープニングを皮切りに5ヵ国15都市のツアーに参加。2008年、個のルーツに挑む作品『血』を東京初演。以降、大阪・オルレアン(フランス)・福岡・豊川・八戸で上演。同年、文化庁新進芸術家海外留学制度によりフランスへ留学。2010年『オママゴト』、2014年『又』『おじょう藤九郎さま』などを手がける。社会での価値観や既成概念を排除し、どのようにプリミティブなカラダと出会うのか。そしてそのカラダはいかにして動かされるのか……。舞踏の特性を活かしたワークショップは幅広く好評を得ている。


(取材・文:いまいこういち)

公演情報
あうるの街の夏まつり
あうるすぽっと+大駱駝艦プロデュース『はだかの王様』

 
■日程:2016年8月25日(木)~8月28日(日)
■会場:あうるすぽっと
■原作:アンデルセン童話(「皇帝の新しい服」より)
■振付・演出:田村一行
■監修:麿赤兒
■出演:田村一行、我妻恵美子、松田篤史、高桑晶子、塩谷智司、湯山大一郎、若羽幸平、小田直哉、阿目虎南
■料金:[全席指定]一般3,500円/学生2,500円/高校生以下1,000円
■開演時間:25日19:00、27日14:00/19:00、26日・28日14:00
■問合せ:あうるすぽっと Tel.03-5391-0751
■公式サイト:http://www.owlspot.jp/performance/160825.html

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