名優・平幹二朗が実力派若手俳優たちを厳しく演技指導!? 森新太郎演出の話題作『クレシダ』稽古場レポート
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イギリスの劇作家ニコラス・ライトの戯曲を、今、最も勢いのある演出家と評価の高い森新太郎が演出する『クレシダ』。日本が誇る名優のひとり、平幹二朗を筆頭に、浅利陽介、碓井将大、藤木修、橋本淳、花王おさむ、髙橋洋という演技派俳優が顔を揃えることでも話題となっているこの舞台が、9月4日(日)の初日開幕に向けて順調に稽古を進めている。
背景となるのは、1630年代のロンドン、グローブ座。登場人物のセリフによれば、ウィリアム・シェイクスピアが死んでから約20年が経過した頃の物語となる。当時の劇団は男優のみで構成されていて、女役は若い少年俳優が演じるのが常だった。かつての名優・シャンクは今では演技指導者として、少年俳優を育成する立場にあった。昼の公演を終えたある日の午後、劇団の養成所に所属する少年スティーヴン(浅利陽介)がシャンクを訪ねてくる……。
分厚い扉が閉まっていてもセリフが外に漏れ聞こえてくるくらいに、熱気が溢れる稽古場。お邪魔したのは稽古開始から2週間ほど経った時点で、芝居がだんだんスムーズに流れ始めていよいよ深い部分まで掘り下げていこうという段階の稽古が始まっていた。
この日の稽古は、一幕の後半部分。舞台は主にグローブ座の舞台裏、ということになっている。一幕二場、芝居が終演した後の舞台裏で、少年俳優のトリッジ(藤木修)とグーフィー(碓井将大)、衣裳係のジョン(花王おさむ)、そして少年俳優たちの演技指導者であるシャンクが会話を交わしているところに、スティーヴンが初めて現れる場面。『夏の夜の夢』の妖精役として出演しようとしているスティーヴンだが、しゃべれば「さしすせそ」が「しゃししゅしぇしょ」になってしまう舌足らずな上、見た目は“浮浪児”。彼の一挙手一投足に笑い転げるトリッジたち、シャンクもイライラが隠せない様子だ。
この後に登場する人気役者のハニー(橋本淳)も含め、少年俳優役の3人は仮の衣裳とはいえ稽古中からドレスとカツラをつけて演技を行っていた。ドレスを脱ぐとコルセットなどクラシックな下着をきちんとつけていて、なかなかセクシー。
今回、平が演じるジョン・シャンクはかつて名優だったのだが、今では金にうるさく人間的には実に小さい、指導者というには程遠そうな男という印象。そんなシャンクを平は重厚に、時には軽妙に、人間味溢れる人物として演じていた。少年たちもそれぞれに魅力的。浅利は、前半は徹底して子供っぽく純粋に見えるのに意外と計算ずくなところもあるスティーヴンという難役を巧妙に表現。劇団の人気役者・ハニーを演じる橋本淳は、シャンクとの関係から生まれる複雑なニュアンスをうまくにじみ出させている。トリッジ役の碓井将大とグーフィー役の藤木修のセリフのかけあいとアクションはまさに息ピッタリで、さらにベテランの花王演じる衣裳係のジョンの哀愁ある枯れた雰囲気と共にいいアクセントになっていた。
続く一幕三場にはリチャード・ロビンソン、通称ディッキー役の髙橋洋が登場。リチャードは元シャンクの生徒でもある少年俳優だったのだが現在は経営側の人間。シャンクの不正に気付く、ふたりだけの緊張感溢れる場面だ。平と髙橋のやりとりはスリリングかつ面白味のあるかけあいになっていて、さすがに見応え充分。そのスピーディーなセリフの最中で「かまわないだろ?」という平のセリフのあと、ほんの一瞬できた隙間に「いや、絶対にダメ!」とアドリブでツッコミを入れるお茶目な髙橋。そのあまりのタイミングの良さには稽古場にいた全員が思わず爆笑させられていた。緊張感があるのはもちろんながら、変にピリピリすることもなくキャスト陣はみないかにも楽しそうに稽古を進めている様子が垣間見えた瞬間だった。
そして一幕四場、前半のクライマックスの舞台は再び劇場の舞台裏。ここではスティーヴンの二面性が見え、シャンクの過去が少し明らかとなり、ハニーの葛藤も表に出始めるという、大事な場面。この場では剣を使った殺陣を平と髙橋、さらには橋本も加わって行うにぎやかなアクションシーンもあり、一幕最後のドキッとさせられる幕切れの瞬間までテンポ良い流れで物語世界がしっかりと構築されていた。
この舞台、平と少年俳優を演じる若手役者陣との関係がまさにシャンクと少年たちに重ねられそうでいて、それと同様に森と若手役者陣との関係にも近い雰囲気が醸し出されているようにも感じられた。まったく臆せずに、自分のアイデアを出したり疑問を感じたらどんどんぶつけてくる若手たちにフランクに応えつつ、細かい指示を出して丁寧に演出をつけていく森。橋本がいろいろと小道具を自由に使いながら演技を試している最中も「ここは椅子を置かなくてもいいですか?」と提案すると「そこは、死んでも置いてくれ!」と森が叫んだりするなど、たとえ休憩中でもディスカッションはあちこちで交わされ続け、稽古場はしょっちゅう笑いに包まれていた。
役者たちの熱演、見応えある演出により良質な舞台が期待できるのはもちろんのこと、この『クレシダ』という作品には、実は指導者と生徒の関係が描かれると同時にボーイズラブ的な面が見えたり、役者同士の嫉妬などもあったりして人間ドラマとしての見どころ、あらゆる面白味が満載。また、しばしば平が会話の合間にシェイクスピア等の名台詞を口にしたり、おそらく誰もが聞いたことのある作品名や役名が頻繁に飛び交ったりもするので、バックステージものとしても演劇好きにはたまらない魅力が味わえそう、その点もどうぞお楽しみに。
■東京公演
会場:シアタートラム
■水戸公演
会場:水戸芸術館 ACM劇場
会場:サンケイホールブリーゼ
翻訳:芦沢みどり
演出:森新太郎
出演:平 幹二朗/浅利陽介・碓井将大、藤木 修、橋本 淳・花王おさむ/髙橋 洋
企画・製作:シーエイティプロデュース