「演劇だからできる“タブー”に挑戦したかった」劇団チョコレートケーキ『治天ノ君』インタビュー
(左から)演出:日澤雄介、大正天皇役:西尾友樹、脚本:古川健
第21回読売演劇大賞選考委員特別賞をはじめ、優秀男優賞(西尾友樹)、優秀女優賞(松本紀保)、優秀演出家賞(日澤雄介)を受賞。さらにCoRich舞台芸術アワード!2013で年間1位に輝くなど、目の肥えた劇評家から演劇ファンまで幅広く愛された『治天ノ君』が、いよいよ再演される。
物語の舞台は、激動の明治・昭和に挟まれた大正時代。描かれるのは、これまであまりスポットライトを浴びることのなかった大正天皇(嘉仁)の生涯だ。この時代に、「天皇」を題材に扱うことは決して容易ではない。しかし、劇団チョコレートケーキは様々な重圧を跳ね除け、大正天皇を「ひとりの人間」として描き切り、喝采を浴びた。
劇団チョコレートケーキを名実ともに最注目劇団へと押し上げた記念碑的傑作はいかにして生まれたのか。現在、ツアー公演中の彼らに話を聞いた。
(左から)演出:日澤雄介、脚本:古川健、大正天皇役:西尾友樹、
――さんざん言われていると思いますが、本当に劇団名と作風がまったく合いませんね(笑)。
日澤:劇団名詐欺だと言われ続けています(笑)。もともと大学で一緒に演劇をしていた5人が、卒業記念に何か外小屋で1本やるために生まれた団体で。だから名前に固執してなくて、喫茶店に集まっていたとき、ふっとメニューの「本日のオススメ」にチョコレートケーキがあったので、これでいいんじゃないかということで決まったんです(笑)。
――え! じゃあ、よく言われている「チョコレートケーキを嫌いな人はいないから」っていうのは…。
日澤:後づけです(笑)。あ、でも後々はもちろんそういう心意気でやってはいるんですけど。ほら、甘いものが苦手な人でもチョコレートケーキは大丈夫だったりするじゃないですか。
西尾:僕、チョコレートケーキはあんまり…(笑)。
日澤:え、そうなの!? まあそれは置いといて(笑)、名前に関しては諸先輩方から「売れたいならこんな名前じゃいけない」と言われ続けています。
西尾:僕も入団のとき、チョコレートケーキのことは好きでしたけど、劇団名には抵抗がありました(笑)。ほら、役者って客演のとき、自分の名前の後ろに劇団名がつくじゃないですか。自己紹介のときも「劇団チョコレートケーキの西尾です」って名乗るのかと思うとちょっと…(笑)。今はもちろんそんなことないですけど。
脚本:古川健
――まあ、このギャップ感もすっかりチョコレートケーキさんのお約束になってますもんね。もともとはコメディをやられていたけれど、脚本が古川さんに交替になってから作風が一転。以降、大逆事件やサラエヴォ事件など史実の中でもかなりヘビーな題材を次々と取り上げられています。一般的に間口を広げようと思ったら、もう少しライトな題材の方が入りやすいはず。こうした社会性の高いテーマに挑むのは勇気のいることのように思うのですが、ためらいはありませんでしたか?
古川:そこは確かにやってみるまで受け入れられるか自信はありませんでした。でも、実際に蓋を開けてみたら軽い作品ばかりが求められているわけではないんだということが、はっきり感じられた。舞台は、演者と観客が空気感を共有することが醍醐味。こういう重たい題材にどっぷり浸かりたいという方もいらっしゃるんだと、みなさんの反応や感想に僕らの方が背中を押してもらえました。
――そして、10年の『サウイフモノニ…』から主宰の日澤さんが演出を担当されるようになった、と。もともと役者をやってこられたわけですし、キャリアの途中でいきなり演出に転向というのは戸惑いも大きかったのではないですか?
日澤:実は一度、学生時代に演出をやったことがあるんですよ。でもそのときは何もできず空回りしたまま終わった記憶しかなくて。これは自分のやることじゃないなと思って、以降、ずっと役者一本でやってきました。だから最初は大変でしたよ、何しろキャリアも知識もないわけですから。
――そこからどのように成長されていったんですか?
日澤:はじめのうちは、この場面ではこんな明かりを象徴的に入れてみようとか、作品に根差しているつもりで、つい独りよがりな技法に走っちゃうことがあったんです。でも、結局、取っ掛かりにすべきなのはホン(脚本)であり俳優なんだっていうことに気づいて。そこから気持ちの面で楽になったし、演出の仕方も変わりました。
――今はどんなことを大切に演出をされているんですか?
日澤:僕は今、脚本と俳優をつないでお客様に渡す“触媒”でありたいと思っているんです。だからホンと俳優に向き合うことが自分にとってはいちばん大事な作業。そもそも古川くんの書くホン自体が強いので、これに変な味付けをしちゃうと訳がわからなくなってしまう。だから味付けは最低限の塩だけで十分。結果的にそれがホンや俳優の魅力を引き出す上でも最適なんじゃないかと思えるようになってきました。
演出:日澤雄介
――俳優の目から見た劇団チョコレートケーキの特徴はありますか?
西尾:意外とお茶目な人が多いですよ。みんないろんなアイデアやネタを持ち込んでくるから、稽古場はいつも笑いが絶えない感じです。
――そうなんですか。てっきり音ひとつ立てるのもはばかられるような厳粛な雰囲気の中でやっているもんだとばかり(笑)。
西尾:いやいや、全然そんなことないですよ。もちろん俳優としてぶつかる壁はあります。古川さんの書く台詞はとても強い力を持っているので、そこにはどうしたって勝てない。その台詞の強さとどう戦っていくかは、チョコレートケーキに出演する俳優がみんな最初にぶつかる壁ですね。実際、他の現場と比べても、こんなに稽古以外でも俳優がずっと台詞を口にしている現場はない気がします。
日澤:本番前も、みんなひと通り自分の台詞をブツブツと喋ってるよね。古川の書く台詞は、シンプルで硬質。それをいかに血の通った言葉にするかが俳優の作業なんですね。そのためには口から出るときのストレスを最小限にとどめることが大前提。感情的になったら古川の台詞は言えないんです。ただそこにいるだけで自然と口から出てくるような状態にしなければ言えない。そういう意味では、俳優にとってはタフさが求められる現場だと思います。
大正天皇役:西尾友樹
――では、このあたりで『治天ノ君』に関するお話を。初演は2013年ですが、当時、大正天皇を取り上げようと思ったきっかけは何があったんですか?
古川:まず小劇場だからできることがやりたいという気持ちがあって。それは何かと言ったら、自由さだと思うんですね。映画やテレビと違って、さしたる規制がない。他ではできないような“タブー”を破っていくことに、3年前の僕は喜びを感じていました。『治天ノ君』の前の作品でヒトラーを扱ったので、じゃあ日本で何か同じような“タブー”はないかと考えたときに、行き着いた答えが天皇だった。それもやるなら大正天皇だな、と。
――大正天皇に着目したのは、なぜ?
古川:大正天皇は一般的に暗君として知られていて、精神的におかしかったというふうにも伝えられています。でも、実際には決してそうではなかった。
――何でも国民にも普通に話しかけるような方だったとか。「現人神」として称えられ、その肉声を聞く人間はごく限られていた時代背景を鑑みれば、とても考えられないことですよね。
古川:そうなんです。真実の大正天皇は、とても人間味のある方だった。なのに、間違ったイメージで後世に伝えられてしまっている。それはある種の悲劇だな、と。この悲劇性を利用して、何か感動的な物語をつくれるんじゃないかと思ったのが、最初のきっかけです。
――書く上で苦労されたことはありますか?
古川:書きたいものを書いていくうちに長くなっちゃって、最終的には上演時間の1.5倍くらいになりました(笑)。
日澤:通し稽古が時間内に終わらなくて、途中で打ち切ったんですよ、今日はここまでにしますって(笑)。結局、本番直前まで僕と古川でカットする作業をしてたんですけど、あれは辛かったよね、自分で書いた台詞を自分で切るわけだから。
古川:この作品以降は、どこ切っても恨み言は言わないから現場でやってくれっていうふうになりました(笑)。
脚本:古川健
――作品内には、明治・大正・昭和の3天皇が登場します。3人の天皇をひとつの作品で描くということも、なかなかないことだと思いますが。
古川:意識したのは、明治、大正、昭和前期という歴史の流れを3天皇のキャラクターで表現することですね。明治天皇なら、日露戦争に向けて国家の威風が高まっていた当時の空気感を表す存在として、昭和天皇は大正を踏み越えて明治の栄光をもう一度取り戻そうとする時代のシンボルとして、キャラクターをつけていきました。
――では、その中で間に挟まれた大正時代はどんな時代だと捉えて書かれたんですか?
古川:大正時代は、いわゆる戦間期。軍縮が進められ、軍人も街中をあまり大きな顔して歩けなかった時代です。大正デモクラシーが起きるなど、一般市民の間で自由と平等が謳われるようになったのも、この時代から。そういう意味では短いけれど非常に面白い時代だったんです。作中で直接言及されるわけではありませんが、そういった大正浪漫の香りを大正天皇を通じて感じてもらえればとは思っています。
――演出面で大変だったことは何がありますか?
日澤:ホンの中にこめられた膨大な情報量をいかに処理して、ひとつの人間ドラマに仕立てるかということは、俳優と一緒になってかなり頑張った記憶があります。この時代下で、それぞれの人物が何を考え、何を感じていたのか。それはもう想像するしかありません。とは言え、登場人物は天皇という浮世離れした人たちや、政界の中でも頂点に君臨した人たち。そういう人たちが発する感情は、また一般市民とは違うはず。そのあたりはストレートに出しすぎないよう、かなり手探りになって見極めていましたね。ただ、俳優へのダメ出しという意味では、しょっちゅう「遊び過ぎだよ」って言ってた気がします(笑)。
西尾:遊んでましたからね~(笑)。
日澤:本当にうちの俳優はよく遊ぶんです。でもそうやって自由に躍動してくれることは大事ですよ。むしろそれがないとつまらない。特にうちのような作品は、脚本も演出も硬めですから、俳優は柔らかいくらいでちょうどいい。真面目な俳優より、ちょっとヤンチャなくらいがいいんです。で、最終的に演出の言うことを聞いてくれれば言うことなしです(笑)。
演出:日澤雄介
――後半、大正天皇は病に伏し、身体も自由を失い、言語障害に陥ります。俳優としては相当難易度の高い表現ですよね。終演後は、どんな状態になるんですか?
西尾:本当に疲れます。発症してからはそんなに動かないはずなのに、もうグッタリです。1日2回公演のときは、夜の公演が恐ろしくなりました。できれば、このままもう帰りたいなって(笑)。
日澤:1公演終わると衣裳が汗でビショビショなんです。それを見て、相当大変なんだろうな、と。
西尾:初演のときは駅前劇場だったんで、照明が近いせいなのかなと思ってたんですけど。今回、ツアーでいろんなホールをまわっても汗だくなので、どうやら照明の問題ではなさそうです(笑)。何もしてないけど、肉体が緊張を強いられる。これはチョコレートケーキの公演だから味わえる感覚ですね。
――大正天皇という人物像はどのように捉えて演じたんですか?
西尾:天皇ということはそれほど意識せず、この嘉仁という人間ととにかく向き合う作業でした。嘉仁はどういう天皇になろうとしたのか。周囲の期待に応えられず、身体も壊し、自分の思うようにもなかなかいかない中で、嘉仁は何を考えていたのか。天皇という職業に就いた男という認識で、嘉仁と向き合っていました。
大正天皇役:西尾友樹
――今回は再演です。今、全国を回っているところだと思いますが、初演と比べて何か違いを感じるところはありますか?
西尾:いや、余裕ができたかと言えば全然そんなことなくて。むしろ3年前はどうやってたんだろうって思うこともあるくらいですし。
日澤:脚本も演出も変えてはいませんが、訳もわからず必死に走りぬいていた初演と比べれば、よりそれぞれの人間関係や心のつながりに踏み込んでやれているのかなという気はします。ただ、そうすると今度はまた“型”がほしくなるんですよね。
――“型”というのは?
日澤:それまでの生き方や足跡からにじみ出る空気感と言うんですかね。見た目の型ではない、内面を拠り所にした存在感の重みをつくっていきたいな、と。もう一段高いレベルで、役の立っている場所をそれぞれの足が踏みしめることができれば、もっと良いものになるんじゃないかと。そういう課題をひとつ抱えて、今、次のツアー公演に臨もうとしています。
――では、読者に向けてメッセージをぜひ。
古川:僕が一貫して課題にしているのは、歴史物だけど、決して歴史を書くのではなく、そこに生きる人々を書くのだということ。舞台上に生きる役の生き様と、俳優の魂が融合したときに生まれるものが必ずある。そこをぜひ見てほしいし、みなさんの心に何か届けばいいなと思っています。
日澤:舞台上にいる俳優が、何を感じ、何を想ったのか。それをお客さんと共有することが僕たちの願いだし、この劇団の強みだと思う。ぜひ俳優たちと一緒に感情が動く瞬間をみなさんに体感しに来ていただきたいですね。
西尾:会社を辞めて演劇の道に入ったことに対して、親に申し訳ないとかいろいろ考えていた僕が、責任を持って俳優としての人生をまっとうしようと思えるきっかけになったのが、この作品。ぜひチョコレートケーキという名前に躊躇せず見に来てください!(笑)
(左から)演出:日澤雄介、大正天皇役:西尾友樹、脚本:古川健
1976年5月23日生まれ。東京都出身。劇団チョコレートケーキ主宰。00年、駒澤大学OBを中心に劇団チョコレートケーキを結成。以降、俳優として、劇団本公演の他、多数の作品に出演。10年、『サウイフモノニ…』より演出を担当。その後、演出家として劇団内外の様々な作品を手がける。13年、若手演出家コンクール2012最優秀賞を受賞。14年、『起て、飢えたる者よ』『治天ノ君』で第21回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。
古川 健(ふるかわ・たけし)
1978年8月31日生まれ。東京都出身。劇団チョコレートケーキ所属。02年、第2回公演『ヒーロー』以降、劇団チョコレートケーキの全作品に参加。09年、『a day』より脚本を担当。以降、劇団本公演の全作品の脚本を手がける傍ら、外部作品にも積極的に脚本を提供している。14年、『あの記憶の記録』で第25回テアトロ新人戯曲賞最優秀賞および2013年度サンモールスタジオ選定賞最優秀脚本賞を受賞。15年、『ライン(国境)の向こう』が第60回岸田國士戯曲賞最終候補、『追憶のアリラン』が第19回鶴屋南北戯曲賞にノミネートを果たした。
西尾 友樹(にしお・ゆうき)
1983年8月25日生まれ。大阪府出身。劇団チョコレートケーキ所属。大学入学を機に演劇を始め、10年、『サウイフモノニ…』より劇団チョコレートケーキに参加。12年の『熱狂』『あの記憶の記録』より劇団員に。劇団本公演の他、ミナモザ『彼らの敵』、トム・プロジェクト プロデュース 『スィートホーム』などに出演。14年、『熱狂』『治天ノ君』の演技で第21回読売演劇大賞優秀男優賞を受賞。16年、オフィスコットーネ『埒もなく汚れなく』の大竹野正典役で第24回読売演劇大賞男優賞上半期ベスト5に選出された。
■脚本:古川健
■演出:日澤雄介
■出演:西尾友樹、浅井伸治、岡本篤(以上、劇団チョコレートケーキ)/青木シシャモ(タテヨコ企画)、菊池豪(Peachboys)、佐瀬弘幸(SASENCOMMUN)、谷仲恵輔(JACROW)、吉田テツタ/松本紀保
<東京公演>
■日程:2016年10月27日(木)~11月6日(日)
■会場:世田谷 シアタートラム
■料金:[前売]3500円、[当日]3800円、[前半割]3300円(10月27日㈭~30日㈰)、[U20]2500円(劇団、前売りのみ取扱。枚数限定。要身分証提示。)
<神奈川・北海道・兵庫・愛知・京都・ロシア公演>
2016年9月2日(金)~10月16日(日)
詳細は公式サイトにて
■公式サイト:http://www.geki-choco.com/