井上芳雄や小池栄子ら豪華キャストが揃う、ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出の新作書き下ろし『陥没』がいよいよ始動!
(左より)井上芳雄 小池栄子 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
世界大恐慌を背景に昭和4年を描いた『東京月光魔曲』(2009年上演)、敗戦の年である昭和20年を描いた『黴菌』(2010年上演)に続く“昭和三部作”の第三弾にして完結編でもある『陥没』。出演者には、ケラリーノ・サンドロヴィッチことKERAの作品に初挑戦となるミュージカル界のプリンス・井上芳雄や、出演作品ごとに舞台女優としての輝きを増し続ける小池栄子のほか、瀬戸康史、松岡茉優、緒川たまき、山崎一、高橋惠子、生瀬勝久ら、実に魅力的な顔ぶれが揃った。『陥没』の舞台となるのは東京オリンピックを2年後に控えた昭和37年。高度成長期で日本中が高揚感に包まれる中、時代の溝にはまってしまった一組の婚約中のカップルと、その周囲の人々の姿を描く群像劇となる。本格的な台本執筆はこれからだと意気込むKERAと、今回が初共演になる井上と小池に今作への想いを語ってもらった。
井上芳雄 小池栄子 (写真撮影:原地達浩)
――『陥没』は“昭和三部作”の完結編と謳われていますが、最初からこのシリーズは三部作にしようと思われていたのですか?
KERA: いえ、違いますね。最初の一本目が終わった時に、この流れでもう少しやりたいなと思ったんです。ですから三作品の全体を通して何かがあるかどうかは、観てくださるお客様が自由に感じ取っていただければ、という感じかな(笑)。もともと、時代を特定して過去の話を書くことは昔からやっていたんですけどね。昭和30年代、1980年代近辺はとくに多い。たとえば1978年だったらその年にキャンディーズの解散コンサートがあったとか、そうした時代のアイコンを利用しながらドラマを作っていたんですよ。でもまあ、別にその時代のことを知らなくても面白いものを書いていたつもりではありますが。
――そこで今回は、最初の東京オリンピックの少し前の年を描くということですが。
KERA: 二年前です。この時代にしようというのは、2020年の東京オリンピックの招致が決まる前から決めていたんですけどね。
――前回の東京オリンピックが、ちょうど昭和にとって節目だったから?
KERA: 高度成長期を象徴するエポックですからね。大きく日本の姿が変わっていった時代です。前作の『黴菌』は戦争が終わる日で物語が終わっているので、だったら次に描くべきは高度成長期じゃないかなと思ったんです。
――では、東京の招致が決まった時は。
KERA: 「お、しめた!」って思いました(笑)。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ
――どんな設定になるのでしょうか。
KERA: オリンピックを目指して建てられた施設が舞台です。ところが、予定の時期になってもある事情でオープンできず、そのまま放置されている。
井上: オリンピックに使うためにそれは建てられたものだったんですか。
KERA: 当然オリンピック景気を見込んで建てたんだろうけど。それを建てた人物は志半ばで死んでしまって、その人物の娘とその婚約者が、婚約当初すぐにでも結婚しそうだったのに結局しないまま何年かたってしまい……という話です。
小池: なるほど。
KERA: そのカップルと、彼らをとりまく人々の群像劇になります。ザックリ言うと、このふたりがどうなるのか? というお話ですよね。倦怠期というか既に心が離れてしまっていそうで、でもそのへんはあいまいに描こうとは思っているんですけど。そのふたりの気持ちが揺れつつも、周囲に起こる事態が刻一刻と変わっていく中、一体どうなるのか? という、そういうドラマを背負ってもらおうと思っています。周囲の人間たちも、それぞれにいろいろな境遇で。ただ今回の場合は、あまりマンガみたいにはしたくないんです。『グッドバイ』(2015年上演)の時の小池は、まあそれは見事に鮮やかに。
小池: サザエさんみたいだねって、人によく言われました(笑)。
KERA: あれは絶品だったよ。『グッドバイ』はある意味ラブコメで、少女マンガを意識して作ったお芝居だったんです。でも今回はああいうトーンの作品にはならないと思う。もう少し暗示的というか。お芝居っていろいろな分け方がありますけど、明示するものと暗示するものでも分けられる。それこそ『グッドバイ』の明示度は高かったんですけど、この『陥没』は暗示的な作品にしたい、ということですね。
――井上さんは、KERAさんの作品には初出演ですね。
KERA: 僕はミュージカルに関して本当に不勉強で。最初はもちろん井上くんのことをミュージカル俳優として知ったんですけど、実際に芝居を観たのはこまつ座にうちの劇団の松永玲子やみのすけが出た時(『イーハトーボの劇列車』(2013年))だったんです。まあ、ミュージカルにもいろいろな作品があるんでしょうけど、ショー的要素が強いのではと思います。ショー的な演劇を作るのは僕の仕事ではないと思っているので、あまり観る機会も少なくて。でも今回みたいな勝手にお客さんが覗き見るような作品って、意外と井上くんみたいな俳優のほうが似合うんじゃないかと、直観的に感じたんです。
井上: 取材で「KERAさんは井上さんの何を観て今回起用されたんですか?」って聞かれるたびに「いや、僕のほうが聞きたいです」ってずっと言い続けてきたので、今「ああ、そういうことか!」と思いました(笑)。ずっと「僕のこういうところが良かったんじゃないですかね?」って、予想でずっとしゃべっていたんですよ。
KERA: なんて言っていたの?
井上: 「これまで時代を背負った役をやってきたところとか? だから今回もたぶん時代を背負わされると思います」とかって勝手に言っていました(笑)。
井上芳雄(写真撮影:原地達浩)
――KERAさんは井上さんについて「プリンスだけど生活感がある」ともコメントされていましたが。
KERA: うーん。生活感という言葉がね、他にもうちょっといい言葉がないかなと探しているところなんですけど。でも、やっぱり生活感なのかなあ。
井上: いや、なんかうれしいです。
KERA: こういう作品にはあまり出ていないだろうから、新鮮にやってもらえるんじゃないかとも思ったんだよね。実は井上くんにはすごく前から返事だけはいただいていて。
井上: すごい前でしたね。とにかく僕としてはKERAさんから誘っていただいたことがすごくうれしかったんです。僕自身もKERAさんと接点があるとはあまり思っていなかったので。もちろん作品は拝見していたけれども、自分が出られるような種類の演劇ではないというか、出たくてもきっと縁がないだろうなって思っていたんです。
KERA: え、でもストレート・プレイも結構やっているじゃない。
井上: そうなんです、最近ちょっと方向を変えてやってはいるんですけど。でもKERAさんからそういう話をもらえたことがうれしかったし、だったらどんなものになろうがやらせていただきたい! という感じでしたね。
KERA: 楽屋で「やります!」って即答してくれたんだよね。
小池: へぇ~、そうだったんですか。
井上: それが初めてお会いした日で。直接お会いするのはそれ以来で、今日がまだ2回目なんです。
小池: え、今日が2回目? それもすごーい!
井上: その前から、お話をいただいているということだけは聞いていたんですけど「え? KERAさんって、あのKERAさんですか??」って半信半疑だったんです。どこから圧力があったんだろう、誰に言われたんだろうKERAさん、みたいに思っていて。
小池: アハハハ。
井上: それで、こまつ座の芝居を観に来てくださった時に、楽屋で誘っていただいたので「あ、本気なんだ」と思い「それはもう喜んで!」とお返事したわけです。生活感があって良かったなあ、と思いました(笑)。
――昨年『グッドバイ』で出ていただいたばかりの小池さんに、今回もまた出演してほしいと思われたのは。
KERA: 小池に今回の企画の話をしたのは、昨年『グッドバイ』をやっていた最中だったよね。演劇って一本一緒にやると、次はほとぼりが冷めるまでもういいかとなるのがありがちな話でしょ。だけどそうすると、あっという間に5年たつじゃないですか。
小池: はい、たちますね。
小池栄子(写真撮影:原地達浩)
KERA: そうはしたくなかった。早くまた一緒にやりたかったんだよ。とはいえ稽古中に次の話をするのもいやじゃないですか。だからとりあえず『グッドバイ』の幕が開いてからにしたとは思うんだけど。
小池: 幕は開いていました。
KERA: わりと、初日が開いてすぐに「こういう企画があるんで、またやってもらえないか」って話して。
――小池さんが『グッドバイ』で頭がいっぱいの時なのに、早くも次のことを?
KERA: まあ、そうなんだけど、でもあれはハッピーな公演だったから。
小池: そうでしたね。気持ち的には全然ピリピリはしていなかったです。だからうれしかったんですけど、今やっている公演の出来栄えによって、この話はなくなるのかもしれないみたいなプレッシャーはすごく感じていました(笑)。
KERA: 「この前頼んだ話だけどさ、やっぱりちょっと違うと思うんだ」って?(笑)
小池: そうなったらちょっと困るって、ヒリッとしましたけど(笑)。でも本当にうれしかったです。
――舞台女優としての小池さんの魅力は、どういうところに感じられていますか。
KERA: ナイロン100℃(『シャープさんフラットさん』(2008年))に出てもらった時にすでに思ったんですけど、とにかくダメ出しのとらえ方が的確なんです。しかも最初から思いっきり振り切ってやってくれる。そういうほうがやりやすいんですよね。おそるおそる少しずつっていう人より、思いっきりやってくれると、もし違ってたら「全然違う!」って言えますから(笑)。
――井上さんと小池さんはこれまで共演されたことは。
小池: ないんです、今回が初めてです。
井上: ちゃんとお話しすること自体、今日が初めてですよね。
小池: 年齢もひとつ違いのお兄ちゃんで。ほぼ同世代なのに、これまで歩んできた道が全然違うんです。異性ですけど、ほぼ同じくらいの年月をこれまで過ごしてきて、どういった意見や考え方を持っていて、芝居をどう作っていくんだろう? というまるっきり未知の人とご一緒にできるのは、きっと自分にもいい刺激になると思うんです。
井上: 小池さんのことはテレビではもちろん、舞台でも拝見していましたけどとにかく「怪物的で、すべて持っていく」みたいな印象がありましたね。何かの映画とかで、最後の最後だけ出てくる役だったのに全部小池さんが持っていっちゃったみたいな記事をいっぱい読んでいたので「こういう人とだけは一緒にやりたくない、全部持って行かれたくない」って思っていました(笑)。でも、それこそ自分とは接点があるともあまり思っていなかったので。
井上芳雄 小池栄子 (写真撮影:原地達浩)
小池: それは私も同じです。
井上:漠然とそんなことを思っていたのが、いまやいよいよ現実のものとなり。それでDVDで『グッドバイ』を観てみたら「これ、本当にヤバイ人かも」って思いました(笑)。でもせっかく一緒に芝居をやらせていただくんですから、得るものは絶対にあるはず。自分はボロボロになろうとも、何かは拾って帰りたいと思います。だけどこうしてお話していると同世代で楽だし、本当にすごく聡明な方じゃないですか。僕も聡明だとよく言われるんだけど、聡明とはまさにこういう方のことだと思いますから。
KERA: ふははは。
小池: 井上さん、面白いなあ(笑)。
井上: さっき小池さんは今全然違う道を来たと言っていたけど、実はいろいろなところで共通点もありそうな気もするし、聞いてみたいこともいっぱいあるなと思いました。
小池: 井上さんは、稽古でだっさいジャージとか着ることもあるんですか(笑)、それともやっぱり綺麗な格好をされるんですか?
井上: いや、上はともかく下のパンツとかは全然変えないほうです。
小池: 1着で通すタイプ?
井上: まあ、2着くらいはありますけど。でも何日間かは同じのをはきますね。
小池: すごく興味があります。上はダボッとしたTシャツなのか、ピタッとしたTシャツなのかとか。
KERA: あのね、小池は、相手役の男に意外とうるさいよ。
小池: アハハハ!
KERA: 最初はそうでもないんだけど地方公演で、夜に飲みに行くと「あそこのシーンで一回も私のことを見てくれない」とか言い出すから。
小池: アハハハハ!!
井上: 東京では言ってくれないんだ。
小池: いえ、お酒の力を借りてちょっと言っちゃったことを、KERAさんがまたずっと覚えてるんですよ(笑)。
小池栄子(写真撮影:原地達浩)
――KERA作品のどんなところをおふたりは面白いと思われていますか。
小池: 私はKERAさんの作品を観ると、客席で「あっ、へ? ああ? へぇ?」みたいになるんです。
KERA: それ、活字になるとわからないよ(笑)。
井上: 今の顔の表情込みじゃないと(笑)。
小池: アハハ、そうですね。私はあまり裏側とか考えずに発言したり、人の言葉をそのまま受けとるタイプなんで、舞台も素直に見ているから途中で「えっ?」てなるんです。それで、「あ、何分前の会話がこんなことにつながるなんて! はっ!!」みたいに思うことが多くて。KERAさんの作品に出るということは、お客さんをちょっとだます側に回れるんだということもうれしくて。この芝居の中では“素直ないい子”から脱却できるチャンスだとも思っているんですよ。
KERA: え? 素直ないい子の役なんて、やったことないじゃない。
小池: そうなんですけど!(笑) 世間的に思われている“素直でまっすぐで、男っぽくていい子”とか、“明るく、すくすく”みたいなイメージを少し脱却してみたいんです。
KERA: ああ、なるほどね。
井上: さきほどもおっしゃっていた明示するもの、という意味ではミュージカルってだいたいすがすがしいほどに「幸せだあ!」とか「哀しい!」とか、すべてを明示していくジャンルだと思うんですよ。僕もやっぱり小池さんと一緒で、なんでも素直に受け取ってしまうし「良かったあ、みんな幸せになって」って、泣けるタイプだから。物事には裏側があるなんてことは、25歳くらいまで思わなかったですからね。
KERA: 25歳? それは遅いな(笑)。
井上: 25歳くらいでやっと反抗期が来て「うちの親はなんで裏側があるということを教えてくれなかったんだろう」って思っていました。「おかげで役者としてめっちゃ今、苦労させられているじゃないか」みたいに(笑)。それくらい素直に受け取るから、裏側という意味ではいまだに不慣れかもしれないですけど。でもいろいろなお芝居、特にストレート・プレイをやる時には裏側を描くことが多いですし、自分も長く生きてきたら、やっぱり表だけでは生きていられないこともさすがにわかってきましたし。逆にそれがあるからこそ自分たちは表現をしているんだなとも思うので、それをKERAさんの世界でやらせていただけることはとても楽しみですし、ドキドキします。
井上芳雄(写真撮影:原地達浩)
――今回は群像劇ということですが、群像劇を作る時の面白さは。
KERA: 特に群像劇の時には、相関図を何十パターンも書くんです。直接大きな関わり方をしない関係でも、見るまなざしひとつでもドラマに大きな変化を与える場合もある。そういうことを考えている時が一番面白いですね。
――それが伏線になることもあるし。
KERA: はい。ただ、伏線貧乏になっちゃうと自分で自分の首をしめることになるのでそこは気をつけています。伏線を増やしすぎるとあとでそれを全部回収しなきゃいけなくなって、無理も生じてくるので。だけどとても楽しいですよ。ひとりずつ着地させていくのは。出番の多い少ないではないんですが、群像劇なのにどうしてもこの人とこの人は脇役になってしまったなあってこともありますからね。今回も理想としては全員、うまく着地させたいと思っています。
――みんな、ちょうどいいバランスでおさまるところにおさまるように。
KERA: うん。いやあ、今回もきっと面白いものになると思いますよ。
小池: すべて、KERAさん次第です(笑)。
井上: ハハハ、本当にそうですよ。
小池: でもこれだけ、面白くて大好きな人ばかりが揃いましたから。私も絶対に楽しい作品になると思いますよ、このメンバーなら!
井上芳雄 小池栄子 (写真撮影:原地達浩)
(取材・文:田中里津子 写真撮影:原地達浩 [井上芳雄・小池栄子])
『陥没』
■出演:井上芳雄、小池栄子、瀬戸康史、松岡茉優、山西惇、犬山イヌコ、山内圭哉、近藤公園、趣里、緒川たまき、山崎一、高橋惠子、生瀬勝久
■時期・会場
<東京公演>
2017年2月4日(土)~2月26日(日)
Bunkamuraシアターコクーン
発売:2016年11月26日(土)am10:00~
<大阪公演>
2017年3月3日(金)~3月6日(月)
森ノ宮ピロティホール
■企画・製作:Bunkamura、キューブ
■最新情報は下記オフィシャルサイトにて順次公開
Bunkamura http://www.bunkamura.co.jp
キューブ http://www.cubeinc.co.jp