笹久保 伸(ギター) “秩父前衛派”がつむぐ高橋悠治の世界

インタビュー
クラシック
2015.8.22

ギタリストの笹久保伸が高橋悠治作品集『道行く人よ、道はない』をリリースした。高橋悠治のギター曲? と思った方も多いはず。その大半は笹久保の委嘱で2009年以降に生まれた作品なのだ。

「そうなんです。希少なアルバムなのでぜひ盛り上げてください(笑)。悠治さんのギター曲は、編曲作品を除くと1960〜70年代の2曲だけでした。『他にないですか?』と直接問い合わせたのが最初の出会い。それ以来、一緒にコンサートをしたり、仲良くしていただいてます」

笹久保は1983年生まれ。日本でギターを学んだ後、2004年から約3年間ペルーに住み、演奏活動の一方でアンデスで民謡を採取した。

「父の仕事の都合で生後2ヵ月から1年間ペルーで暮らしたことがあるんです。その頃から向こうの民謡ばかり聴いて育ったので、僕のスタンダードはペルーの音楽。海外に行くのならやはりペルーだと思ったし、アンデスの民族音楽の中で、ペルーにだけはギター・ソロの音楽があるんですよ」

村々をまわってみて、その土地の伝統を継承している『人』があってこその音楽だということを痛感したという。

「技術はいまや動画サイトでも覚えられるかもしれない。でも直接触れてみないとわからない、音楽の精神みたいなものがやはりある。それは西洋のクラシック音楽でも同じだと思います」

現在は故郷・秩父で現代アート集団「秩父前衛派」を組織して、美術作品や8ミリ映画制作などにも創作の場を拡げている。今回のアルバムには、明治時代の秩父事件の主導者が詠んだ俳句を朗読する作品や秩父の民謡、またペルーの前衛詩による弾き語り曲も収録。つまり高橋悠治作品集であると同時に、「秩父」「ペルー」というキーワードで笹久保自身を投影している点でも無二のアルバムだ。

「その題材は悠治さんが独自に(笑)探してきてくれました。秩父事件は地元ではタブーで、今でも触れたくない人が多い、いわば負の歴史です。そういう題材を扱うとよく誤解されるのですが、僕自身は政治的なイデオロギーを掲げているわけではないんです」

多様な活動を展開していても肩書きはあくまで「ギタリスト」。「美術家」など複数の肩書きを並べるのは、「偽物っぽいというか、ダサい」と言い切る。とはいえ、彼が「ギタリスト」に他ならないことは、05年以降の10年間に制作したCDがなんとこれで23枚目というキャリアの蓄積や、この録音にも示されている、演奏家としての力量からも明らかだ。

取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年9月号から)



【CD】

道行く人よ、道はない
コジマ録音 ALCD-104
¥2800+税

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