三谷幸喜に聞く! 待望の新作、段田安則、優香、栗原英雄、戸田恵子による4人芝居『不信~彼女が嘘つく理由』
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三谷幸喜
大河ドラマ『真田丸』を大好評のうちに終え、その手応えを胸に書き下ろされる三谷幸喜の新作『不信~彼女が嘘をつく理由』が今春、東京芸術劇場シアターイーストで上演される。段田安則、優香、栗原英雄、戸田恵子という顔合わせで演じられる濃密な4人芝居だ。果たして三谷はどんな笑いを仕掛けようと企んでいるのか……?
――まず『不信』というこのタイトルは、どういう意味からつけられたんでしょうか。
僕、大河ドラマの脚本を書いている間、ずっと戦国時代に行っていたようなものだったので、お芝居の方を少しお休みしていまして。それでようやく戻ってきてから次に何をやるのかを考えた時、いい機会だからこれまでやってきたものの延長線上のものではない、新しい世界を切り開いてみたいなと思ったんです。なので、内容もそうですけどタイトルも今までにないものにしたかったんですね。だいたい僕の芝居のタイトルって説明的で長いものが多かったので、今回は初めて漢字二文字に挑んでみました。画数のいいものを探してね。
――画数にもこだわったんですか?(笑)
十三画で大吉。ですから、『不信』という言葉自体にそれほど重きを置いたわけではないんですよ。
――『彼女が嘘つく理由』というサブタイトルもついていますが、この“彼女”とは優香さんですか?
そうですね。僕が新作を書く時はいつも、自分の中で「書きたい!」という欲求が高まってというよりは、俳優さんありきで「この人に何をさせたいか」みたいなところから始まるんです。優香さんとは一度『酒と涙とジキルとハイド』(2014年)という舞台を一緒にやらせていただいていて。彼女はそれが初舞台だったんですけれども、すごくセンスがあって舞台女優さんとしての可能性をすごく感じたので、この人とまた何かやりたいと思っていたんです。それで前回がかなりスラップスティックなドタバタだったので、今回はもう少し心理サスペンス寄りの作品で優香さんが翻弄されるようなものがいいなと。彼女がビックリしたり、ひどい目に遭ったり、とにかくさんざんな目に遭う姿が見たいんですよね(笑)。そこからの発想です。じゃ、彼女はなぜひどい目に遭うんだろうか。それは自分の蒔いた種であり、彼女が些細な理由でついた嘘からどんどん抜き差しならなくない状況になっていく、という。そんなドラマに、今一番僕が信頼している3人の舞台俳優さんと彼女をからめることで、全体像が見えてきた感じですね。
――優香さんの、たとえばどういうことろが魅力的だったんでしょうか。
僕の中のコメディエンヌ、喜劇女優の条件が、頭から水をかぶっても悲惨な感じがしないこと、なんですね。優香さんは、まさにその最たるものじゃないですか(笑)。どれだけボロボロになっても悲しい感じがしないのは、本当に素晴らしい。だから僕は彼女と出会えたことがすごくうれしいですし、出会ったからにはもっともっと、いじめたいという想いがあるんです(笑)。いい意味で。
――4人の登場人物の関係は、夫婦2組ということなんでしょうか?
今はそう考えているんですが、なにしろこれから台本を書くので、まだ分かりません。全員兄弟になっている可能性もある(笑)。それに小さな嘘を積み重ねて、それが自分では修復できないようにふくらんでいって……という展開だと、『君となら』みたいな、これまで僕が書いてきたコメディに近くなってしまうから、そこももう一捻りしたい。優香さんの嘘つきアリスが、おじさんとおばさんしか住んでいない不思議の国に迷い込んだイメージですね。まったく分からないでしょう。今回、大河ドラマの脚本を書くことで自分なりにすごく勉強になったんです。2年かけて書いていたんですが、その間に自分が進むべき道、やるべきことを見つけていく作業だったようにも思います。もちろん基本的にはコメディ、喜劇というのは大前提としてあるんですが、どんなものを人は好むのか、観たがるのか。どういうものに人はワクワクするんだろうか、みたいなことを考えながらずーっと書いていました。大河って1年間ずっとお客さんを引っ張っていかなきゃいけませんからね。そういう勉強もさせてもらえた気がするんですよ。だから今回は、改めて2時間近い舞台の観客の興味を引っ張っていく際には、笑いプラスどんなものが自分にできるのか。それを考えて出した答えのようなものになる気もします。とはいえ、まだ書き終わったわけでもないし、書き始めてさえいないので、はっきりしたことは何も言えないんですが(笑)。ちょっと取材、早すぎない?
――なるほど(笑)。
今回はまずひとつ、先が読めない物語というものにしたい。だいたいどんな物語でもなんとなく想像はついてしまうものが多いけれども、そうじゃない作り方もあるんじゃないかって。それは歴史ものをやるとすごく感じることで。どうしても作家が考えると、スタートからゴールまでなんとなくは見えてしまうものなんだけど、現実世界ではそうはならずに想像を絶する展開にもなることがある。歴史ものをやっているとすごく感じるんですよ。それをうまくフィクションに生かせないかな、と。この物語は一体どこに到達するんだろう?と観ている人が不安になるくらいのわからない話をやってみたい。不条理とも違うんです。不条理って、実は分かりやすいから。
――では、やはり大河ドラマを書くことで得られたスキルを活かしつつ、新たなジャンルに挑戦するという感じなんですね。
ええ、大河はすごく勉強になりました。歴史上の出来事を自分で再構成していった時、そこに作家が考えるものを越えた何かをすごく感じました。だから今回は逆にそれを生かしたい。僕も歳を重ねてきて、もう中堅とも言えなくなってきて。でも大家とか大御所にはなりたくないんですよ。いつまでも発展途上でいたい。そのためには、新しいものをやり続けるしかない。そしてたまに失敗したりして。大河はその意味ですごく勉強になるんです。笑いだけじゃなくて、いろんなテクニックで、視聴者=観客を引きつける方法を学ばせてもらったというか。あとは、ここ数年で、自分の家庭環境も激変し、それも書くものに、確実に影響を与えています。以前は集団というものが自分の書くテーマになっていて、『新選組!』もそうでしたけど、何か共通の目標を持った人たちの集まりの中で生まれる悲喜劇みたいなものをずっと書いてきて。でも、自分の人生観も少しずつ変わってきたし、それプラス夫婦であるとか父子であるとか、家族を描くボリュームが増えてきたような気がします。『真田丸』もいろいろな家族の話ですからね。ああいう、お父さんと子供の関係なんてこれまでほとんど書いていなかったですから。でも、今回の『不信』はまったくそういう話ではありません。
――それが新しい色として作品に反映される、かもしれない。
そうですね。でもこの年齢で気づくなんて、遅いのかもしれないですけどね(笑)。
――その『真田丸』でも活躍されていた栗原英雄さんが今回、三谷さんの舞台作品に初参加されます。どんなところに期待されていますか。
僕、栗原さんのことは『タイタニック』(2015年)というミュージカルで拝見するまで、本当に申し訳ないんですが存じ上げなかったんです。でもその舞台でなんて素敵な俳優さんなんだろうと思って。たたずまいも素敵だし、声もいいし、お芝居もとても素晴らしいし。だから実は、その『タイタニック』で栗原さんがやられた役のイメージの延長線上に真田信尹(のぶただ)という役があったんですが、それがまたさらに良くて。お会いしてお話をさせてもらったらとてもクレバーな俳優さんだなあと思いましたしね。それにまだ僕のように栗原さんを知らない方もいらっしゃるから、まだミステリアスな部分が多い。このチャンスに、栗原さんの得体の知れない感じを最大限に生かしたいです。それって今しか出来ないことだから。
――そして三谷さんの作品にはおなじみの戸田恵子さんと段田安則さんも出演されます。
特に戸田さんは僕が何か新しいジャンルに挑む時には必ず戸田さんに出てもらっているという感じなんですよね。今回もちょっと今までにないものをやりたいので、とにかく戸田さんは絶対必要だなと思いました。
――なぜ、戸田さんだとそんなに安心できるんですか?
これは戸田さんに限らず段田さんもそうなんですけど、自分と同じ言語を持っている感じがすごくあるんですよ。僕も経験を重ねてきて、さまざまな俳優さん、女優さんと一緒にお仕事をさせてもらってきましたから、何らかの形できちんと答えを出すことはできますが、人によってはそのゴールにたどり着くまでに時間がある程度かかってしまうんですね。その点、戸田さんや段田さんだと時間がかからないので、その分さらに深いところまで進めるというか。そう考えるとやはり、戸田さんはとても僕にとってとても大事な女優さんなんです。
――新たな世界に挑むということだと、今回はブラックな感じ、ダーティな感じになったりするんでしょうか。
温度で言うと、すごく低い温度のお芝居にしたい。だけどダーティではない。ダーティではなく、クール。このひとつ前に『エノケソ一代記』(2016年11/27~12/26、世田谷パブリックシアター)というお芝居をやりましたが、そちらはものすごくベタな世界で、温度の高いホットな人情喜劇で。それとの差を計算してやっていく感じですね。
――まったく違うイメージのものが観られそうですね。
はい。あっちは、ある種大衆演劇に近いものですからね。
――では、こちらは誰を目指しましょうか。
こっちは誰だろうなあ。ピーター・シェーファー? いや、違うな。ハロルド・ピンターにします。ん? これも違うか……(笑)。
――タイトルが『背信』と似ているからですか?(笑) そして今回は4人という少人数で、場所もシアターイーストという小劇場での上演です。ここまで小さい劇場でお芝居をやるのも久しぶりなのではないかと思いますが。
そうですね、そういえばシアタートップスでやっていた頃以来になりますね。
――少人数で、狭い場所でやるお芝居の醍醐味とは。
まあ、トップスでやってた頃はそこしかなかったからだったりもするんですが(笑)。でも僕のお芝居って決して声を張ったりしないし、かといって静かな演劇の範疇でもなく、ただ普通にしゃべって、普通にリアクションするからこそ生まれる面白さでもありますしね。そういう意味ではお客さんと俳優さんとの感覚が近ければ近いほど、面白さも増すと思うんです。大舞台でやるような大勢コロスがいるようなお芝居や、ぶわーっと走って来て客席に向かって絶叫するような芝居は僕には書けないので。やはり自然体の普通のやり取りの面白さが楽しめるということでは、たぶん今回のような狭い空間のほうが向いているとは思いますね。
『不信~彼女が嘘つく理由』出演の段田安則、優香、栗原英雄、戸田恵子
(取材・文:田中里津子)
■作・演出:三谷幸喜
■出演:段田安則、優香、栗原英雄、戸田恵子
※プレビュー公演 3月4日(土)〜6日(月)
■場所:東京芸術劇場シアター・イースト
■料金:9,000円 ※プレビュー公演 7,500円(全席指定・税込)
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■企画製作:株式会社パルコ
■お問い合わせ:パルコ 03-3477-5858 http://www.parco-play.com
■公式サイト:http://www.parco-play.com/web/play/fushin/